ジャパンダイジェスト
独断時評


次期EU委員長の政策を読み解く

7月16日にドイツのフォンデアライエン氏が、欧州議会によって次期EU委員長に選ばれた。

7月17日、ドイツ国防大臣を辞任したフォンデアライエン氏(中)。後任はクランプ=カレンバウアー氏(左)が務める7月17日、ドイツ国防大臣を辞任したフォンデアライエン氏(中)。後任はクランプ=カレンバウアー氏(左)が務める

多数の反対票

ドイツの社会民主党(SPD)や緑の党の議員らは、筆頭候補モデル(1102号「独断時評」参照)が欧州理事会によってなきものにされたことに抗議して、同候補への投票を拒否。フォンデアライエン氏が属するキリスト教民主同盟(CDU)の会派である欧州人民党グループ(EPP)からも、約20人の造反者が出た。

このためフォンデアライエン氏の得票数は、過半数の確保に必要な374票をわずか9票しか上回らなかった。約40%の議員が同氏への投票を拒否したことは、欧州議会の亀裂が深いことを示している。彼女は「民主主義では、(僅差でも)過半数であることには変わりない。2週間前に候補として指名されたときは過半数を確保していなかったが、各会派に私の政策を説明することで、過半数を超えられた」と述べている。

地球温暖化対策を重視

ドイツの経済学者や財界は、フォンデアライエン氏が7月16日の採決前に欧州議会で行った演説について、懸念を強めている。彼女が演説のなかでSPDや緑の党に近いリベラルな政策を提唱したからである。同氏はこの日、過半数を確保できる自信がなかったので、社民党勢力や環境保護会派のハートをつかむために、演説の内容を大きく「左旋回」させたのだ。

まず彼女は、現在最も重要なテーマの1つである地球温暖化対策に力を入れると明らかにした。具体的には、就任後100日間にわたり「欧州のためのグリーン・ディール」というキャンペーンを実施し、「2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で40%削減」という欧州連合(EU)の目標を、少なくとも「50%削減」に強化する。さらに同氏は、「2050年までにEUを世界で最初の温室効果ガス排出量正味ゼロの大陸にする」と強調。正味ゼロとは、温室効果ガスの排出量と、人間が技術的に温室効果ガスを回収したり、自然の力で減少する量が同じになるという意味だ。

さらにフォンデアライエン氏は、欧州投資銀行(EIB)のなかに「気候保護銀行」を創設し、今後10年間に温室効果ガス削減のために1兆ユーロ(120兆円・1ユーロ=120円換算)の投資を行う。また独政府は今年9月に「気候保護法案」を閣議決定する方針だが、同氏も気候保護のためのEU指令を導入し、全加盟国に温室効果ガスの本格的な削減を求める。

これらの政策には、緑の党の会派にアピールするという狙いが感じられる。しかしフォンデアライエン氏は、どのようにして削減幅を40%から50%へ引き上げるかについては明らかにしていない。

EU最低賃金・失業保険制度を提唱

独経済界が特に懸念を強めているのは、フォンデアライエン氏が演説のなかでCDUの路線から逸脱して、ギリシャ、イタリア、スペインなどの南欧諸国さらにフランスの耳に快く響く政策を提案したことだ。例えば彼女は市民の所得格差を縮めるために、EU共通の最低賃金制度を導入する方針を打ち出した。これは、SPDのショルツ財務大臣が提唱している政策である。

だが独経済学者からは、「最低賃金よりも低い給料で働くことを拒否する人が増えるので、失業者数が増加する」という懸念の声が強い。さらに、EU域内の生活水準や物価水準には南北間で大きな違いがあるので、どのように共通の最低賃金を決めるのかについても未知数だ。そこでフォンデアライエン氏は、EU共通の失業保険制度を創設することも提唱している。彼女が考えているのは、ドイツ政府の短時間労働制度をEU域内に拡大することだ。

2009年にリーマンショックがドイツを襲ったとき、同国の国内総生産(GDP)は5%も下落し、多くのメーカーで受注額が大幅に減った。自動車メーカーなどは生産を縮小し、多くの従業員に自宅待機を命じなくてはならなかった。独政府は企業が熟練したエンジニアらを解雇しないように、労働時間の短縮によって給料が減った分の60%を負担。そのため、多くの従業員が路頭に迷わずに済んだ。2010年に製品受注が回復すると、独企業は自宅待機させていた従業員を直ちに工場に戻して、生産を再開することができた。もしも独企業が多くの従業員を解雇していたら、2010年以降急速に生産量を通常の水準に戻すことができなかったに違いない。フォンデアライエン氏はこの制度をEU全体に広げようとしているのだ。

安定協定の柔軟な運用?

特にドイツの財界が眉をひそめたのは、フォンデアライエン氏が「欧州通貨同盟の安定成長協定には、柔軟性を認めている箇所がいくつかある。われわれは投資や改革が必要な場合には、この柔軟性をフルに活用するべきだ」と述べている点だ。安定成長協定は、ユーロ圏加盟国に対し、毎年の財政赤字をGDPの3%未満、累積公的債務残高をGDPの60%未満に抑えることを義務付けている。フランスや南欧諸国からはこれまでドイツが要求してきた緊縮策が、経済成長を阻む足かせになっているという批判が強かった。

同氏が協定のどの部分を「柔軟性を許す部分」と見ているのかは不明だが、彼女の演説が自分を推挙したマクロン仏大統領に好まれる内容であることは確かだ。彼女が今後公約をどのように具体化するのか、一挙手一投足を欧州全体が注目するだろう。

最終更新 Mittwoch, 31 Juli 2019 18:30
 

EU委員長の選定で民意の反映は不十分

EU委員長の人選は、著しく混乱した。加盟国首脳は突如、U・フォンデアライエン国防相(ドイツのキリスト教民主同盟)を委員長候補として推薦したのだ。ドイツ、フランス、東欧諸国の間の亀裂が深まったばかりではなく、市民の間で「EUのトップ人事は非民主的」という批判が強まる可能性もある。

筆頭候補制度の終焉

2014年以来EU委員長は、筆頭候補モデル(Spitzenkandidatenmodell)によって選ばれる「慣習」だ。私が「慣習」という言葉を使うのは、この制度がEUを規定する「リスボン条約」に明記されておらず、拘束力を持たないからだ(2014年まではEU加盟国首脳だけが協議して委員長候補を決めており、その決定過程は完全に不透明だった。筆頭候補制度は、決定過程の透明性を少しでも高めようとするもの)。この制度によると、欧州議会選挙で議席数が最も多い会派が事前に決めた筆頭候補を、欧州理事会の大統領が委員長候補として欧州議会に推薦。欧州議会で議員の過半数が賛成すれば、候補が委員長に就任する。現在のJ・ユンケル委員長はこの方式で選ばれた。

今年5月の欧州議会選では保守中道の欧州人民党グループ(EPP)の議席数が最も多く、2番目が社民党系の社会民主選挙同盟(S&D)となった。このため本来ならばEPPが事前に選んでいた筆頭候補M・ヴェーバー(ドイツのキリスト教社会同盟)が、最有力の委員長候補だった。しかし問題は、欧州議会選挙で最も多い議席を取った会派の筆頭候補が大統領によって自動的に欧州議会に推薦されるのではなく、EU加盟国首脳の賛成を必要とするという点だ。つまり欧州理事会で各国首脳が反対したら、選挙の得票率が高くても委員長として推薦されることはない。

フランスのマクロン大統領は、ヴェーバー候補に真っ向から反対した。その理由は「ヴェーバー氏は国際政治の舞台での経験が浅い。ドイツ国内でも大臣職を経験していない。EU委員長はフランス語に堪能であるべきだが、ヴェーバー氏はフランス語を話せない」というもの。さらにハンガリーのオルバン首相など東欧諸国も、ヴェーバー候補を拒絶した。マクロン氏と東欧諸国は、議席数が2番目に多かったS&DのオランダのF・ティンマーマン候補(オランダ労働党)も拒絶。東欧勢による反対の理由は、過去にティンマーマン氏がハンガリーやポーランドがEUの法治主義重視の原則に違反していると厳しく批判し、これらの国への制裁措置を求めていたことだ。つまり、各国首脳は「どちらの候補も、欧州議会で過半数を取れない」と判断した。

4日にブリュッセルで撮影されたフォンデアライエン氏とユンケル委員長4日にブリュッセルで撮影されたフォンデアライエン氏(左)とユンケル委員長(右)

マクロン氏がフォンデアライエン氏を強く推薦

交渉が紛糾するなか、2日にEU加盟国の首脳たちは、驚くべき結論に達した。同日EUのD・トゥスク大統領は、「ドイツのフォンデアライエン国防大臣をEU委員長候補として欧州議会に推薦する」と発表したのだ。しかも首脳会議の席上でフォンデアライエン氏を推挙したのは、マクロン大統領だった。これはドイツの政界、メディア界に強い衝撃を与えた。ブリュッセル生まれのフォンデアライエン氏は、仏語に堪能であるほか、米国に住んだ経験もあるので英語も流暢に話す。マクロン氏の目には、「米国や中国との交渉の場でEUの立場を代表する上で、ヴェーバー氏よりも適した人物」と映ったのだ。当初ヴェーバー氏を推していたドイツのメルケル首相も、首脳会議で過半数の確保に失敗したため、ヴェーバー氏擁立を断念し、フォンデアライエン氏の支援に回った。ただしドイツ国内で社会民主党(SPD)が猛反対したため、首脳会議での議決でメルケル氏は棄権している。SPDは「筆頭候補モデルが突然首脳会議の場で無視された」として、フォンデアライエン候補の推薦を厳しく批判している。

ドイツの政界では、「欧州議会選挙で最も有権者の支持が多かった会派から推薦された委員長候補であるヴェーバー氏とティンマーマン氏が拒否され、仏大統領のお気に入りが突然推薦されるのでは、民意が反映されない。『EUでは有権者の意見が軽視され、首脳たちによる密室政治が続いている』という不信感が市民の間で大きくなる」という意見が強い。

ECB次期総裁へのドイツ経済界の懸念

さらにドイツの経済界が懸念しているのは、マクロン大統領の推薦により、国際通貨基金(IMF)のC・ラガルド専務理事が欧州中央銀行(ECB)の総裁に就任することだ。これは、フランスだけでなくイタリアやギリシャなどの南欧諸国にとって大きな勝利、ドイツやオランダなど北部の国々にとっては、手痛い敗北だ。

ドイツの経済界では「フランス人が次期総裁になることで、M・ドラギ総裁の金融緩和政策がさらに続く。フランスおよび南欧諸国は緊縮策よりも財政出動を重視しているが、今後ECBはそうした政策に理解を示すようになるだろう」という危惧を強めている。ラガルド氏は経済学者ではないため、理論よりもEUの政治力学によって強い影響を受ける恐れがある。メルケル政権は同国の連邦銀行のJ・ヴァイドマン総裁を推していた。ヴァイドマン氏は低金利政策の長期化と、ECBによる南欧諸国などの国債買取りに批判的で、緊縮策を重視することで知られていた。

EU委員長候補の推薦過程の不透明さについては、欧州全体で批判が上がっている。仮に同氏が委員長に選ばれても、結局大国の力関係で決められている」という不信感は、有権者の心の底に残るに違いない。

最終更新 Mittwoch, 17 Juli 2019 18:49
 

リュプケ氏暗殺事件 - 極右による政治的テロの衝撃

シリアなどからの難民支援に前向きだったヘッセン州の地方自治体の責任者が自宅で殺害された事件は、ネオナチによる犯行である疑いが強まり、ドイツ社会に強い衝撃を与えている。

殺害されたヴァルター・リュプケ氏の葬儀がカッセルの教会で執り行われた殺害されたヴァルター・リュプケ氏の葬儀がカッセルの教会で執り行われた

「民主社会への挑戦」

ヴァルター・リュプケ氏(65歳)は、6月2日にカッセル区長ヴォルフスハーゲン市の自宅のテラスで頭部を銃で撃たれて殺害された。ヘッセン州警察の特捜本部は同氏の衣服のDNA鑑定を基に、カッセル市在住の45歳のドイツ人(シュテファン・E)を殺人の疑いで逮捕した。

カールスルーエの連邦検察庁は、「ドイツの民主主義体制を揺るがす悪質な政治テロの可能性がある」として、6月16日以降この事件を担当することを発表。連邦検察庁が捜査を引き継いだという事実は、この事件の重大性を示す。ドイツでは通常殺人、強盗などの暴力事件は地方検察庁が担当する。ただし極右・極左によるテロなど、政治的な背景を持ち、憲法と議会制民主主義に基づく国家の枠組みに影響を与える犯罪については、連邦検察庁が捜査する。検察庁は「銃を発射する音がした後、現場から急発進した車が2台あった」という証言があることから、Eの単独犯行ではなく共犯者がいる可能性についても捜査している。

容疑者は極右組織に深く関与

Eは1980年代から極右組織のメンバーと接点を持つ、筋金入りのネオナチだ。彼は20代の頃から外国人を標的とする犯罪を繰り返しており、その名前は過激勢力の監視を担当する連邦憲法擁護庁のデータバンクに登録されていた。

たとえば、Eは1992年にヴィ―スバーデン駅で外国人をナイフで刺して重傷を負わせたり、1993年にはヘッセン州の亡命申請者の居住施設の近くで爆弾テロを試みた。Eはパイプ爆弾を仕掛けた車に放火して外国人たちを殺傷しようとしたが、爆発物が炸裂する前に消火されたため未遂に終わった。Eはこの事件のために実刑判決を受けている。彼は極右政党・ドイツ国家民主党(NPD)に一時加盟していたほか、ヘッセン州の極右団体「コンバット18」とも接点があった。

ただし、2009年以降目立った活動をしていなかったため、憲法擁護庁は彼に注目していなかった。同庁は「ドイツには暴力的なネオナチが約1万3000人いる。全員を24時間監視することは不可能だ」と説明している。捜査当局は、Eが2009年以降もインターネットを通じてほかの極右勢力との結びつきを強め、思想を過激化させていったものと見ている。

被害者は難民支援に積極的だった

リュプケ氏暗殺事件の背景には、2015年の難民危機がある。同氏はキリスト教民主同盟(CDU)の党員で、1999年から10年間にわたってヘッセン州議会の議員を務めた。2015年にメルケル首相が超法規的措置として、シリア難民の受け入れを決めたとき、リュプケ氏はキリスト教徒の相互扶助の精神に基づき、難民受け入れを支持した。彼は同年10月14日にヘッセン州の難民居住施設で開かれた住民集会で、難民支援について理解を求めたが、会場にいた右翼グループ・カギーダ(ドレスデンで創設された右翼団体・欧州のイスラム化に反対する愛国者=ペギーダのカッセル支部)のメンバーから罵倒された。このときにリュプケ氏は「われわれの祖国ドイツは、住むに値する国だ。しかしここに住む場合、ドイツで重要な価値を守らなくてはならない。この価値を守りたくない者は、いつでもドイツから出て行って良い。これはすべてのドイツ人に与えられた自由だ」と反論した。

これ以降、リュプケ氏はソーシャルメディアの世界でネオナチの激しい攻撃に曝された。極右勢力が彼の発言を収録したビデオをFacebookに発表すると、リュプケ氏は、誹謗中傷するメールを300通以上送り付けられた。そのなかには殺害を予告するメールも含まれていたため、彼は一時警察官による警護を受けなくてはならなかった。極右勢力は、リュプケ氏を「裏切者」、「欧州のイスラム化と非民主化に加担する敵」と呼び、彼の自宅の住所と電話番号もネット上で公表した。

Eはネット上で、「現在の政権を駆逐しなければならない。さもなければ、死者が出るだろう」と発言していた。

ほかの自治体首長にも殺害予告

リュプケ氏の暗殺以降、ネット上では今回の事件を「当然の報い」と高く評価する極右勢力の書き込みが氾濫しているほか、難民支援に積極的なケルンのヘンリエッテ市長などほかの地方自治体幹部にも殺害予告のメールが送られている。多くの自治体関係者にとって、極右のヘイトスピーチや脅迫に曝されるのは日常茶飯事となっている。ドイツでは旧東独のネオナチ集団NSU(国家社会主義地下運動)が、2000年からの7年間に外国人9人・ドイツ人警察官1人を射殺したり、爆弾テロや強盗を繰り返したりするという事件が2011年に明らかになったばかり。

極右の暴力犯罪のエスカレートの背景には、右翼政党の躍進やネット上での難民、イスラム教徒、ユダヤ人に対するヘイトスピーチの拡散により、社会の粗暴化が進みつつあるという事実がある。ドイツ政府は社会の劣化、政治的暴力犯罪の増加に歯止めをかけることができるだろうか。

最終更新 Mittwoch, 03 Juli 2019 15:49
 

BMW・ダイムラーが自動運転技術で提携へ

運転しなくても、車が自動的に目的地まで連れて行ってくれる――。人工知能やセンサー、画像解析技術の急速な発達が、自動車に革命的な変化をもたらそうとしている。自動運転技術は、人間のミスによる事故をなくすとともに、身体の不自由な人やお年寄りの行動範囲を大きく広げ、モビリティーに革命をもたらすテクノロジーだ。

試運転をしている、米・ウェイモ社による自動運転車試運転をしている、米・ウェイモ社による自動運転車

「戦略的な提携」

こうしたなか、ドイツの大手自動車メーカーBMWとダイムラーは、今年2月28日に自動運転技術に関して提携することを発表した。両社は高級車部門のライバルである。「なぜ、この2社が提携しなくてはならないのか?」と、不思議に思った人も多いだろう。この背景には、21世紀の自動車業界に迫りつつある大変化を前にした、メーカーの苦悩がある。

ダイムラーとBMWはこの提携を「長期的かつ戦略的な協力関係」と呼ぶ。両社はまず運転支援システム、高速道路での走行、自動駐車機能の共同開発に着手し、2020年代前半には自動運転機能を実用化する。

BMWで開発部門を担当するクラウス・フレーリッヒ取締役は、共同声明で「われわれは、2つのテクノロジー企業のノウハウを結集させる。柔軟で、ほかの製品にも利用でき、他社を締め出さないプラットフォームの下で自動運転技術の実用化を加速する」と述べた。フレーリッヒ氏が「排他的ではないプラットフォーム」という言葉を使っていること、さらに共同声明が「ダイムラーとBMWはほかのテクノロジー企業との提携の可能性も探る」と述べていることから、この提携がダイムラーとBMWの2社だけではなく、他社の参加をも想定していることは明らかだ。

規模の経済による効率性の追求

一方ダイムラーの開発部門担当取締役で、今年5月にCEOに就任したオラ・ケレニウス氏は「各メーカーが別々の技術を開発するより、信頼性の高い総合システムを開発する方が、顧客にとっての利益は大きくなる」と述べた。つまり、ケレニウス氏は複数のメーカーに共通のシステム、もしくは自動車業界全体が同じシステムを使うほうが、効率が良いと考えているのだ。

ダイムラーとBMWの提携の最大の動機は、効率性だ。ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネで自動車業界の取材を担当しているヘンニヒ・パイツマイヤー記者は、両社の提携の背景として、各メーカーの間で「自動運転車などの新技術の開発にかかる莫大な費用が、深刻な問題になりかねない」という認識が広がっていることを挙げる。

ドイツ自動車連合会(VDA)は、「今後3年間だけでも、ドイツの自動車業界が自動運転車とコネクテッド・カーの研究開発に注ぎ込まなくてはならない費用は、180億ユーロ(2兆3400億円・1ユーロ=130円換算)に上る」と見ている。巨額の研究開発費用を単独ではなく、他社と共同で負担すれば効率性を飛躍的に高められることは言うまでもない。

米国に水をあけられたドイツ企業

だが、自動車業界の事情に詳しい学者の間には、「提携の真の理由は、ドイツのメーカーが米国のIT企業に対して遅れを取っているから」という声もある。デュースブルク=エッセン大学のフェルディナンド・ドゥーデンへーファー教授は、ある新聞とのインタビューで「グーグルの自動運転技術はドイツのメーカーに比べて何光年も先を進んでいる。米国の監督官庁が公表している、人間が関与しない自動運転車の走行距離に関する統計を見れば明らかだ」と警告。

同教授は、「ハンドルやブレーキペダルがない自動運転車の技術をマスターしているのは、世界でグーグルだけ」と断言。ドイツのメーカーが単独でグーグルに追いつくことはもはや不可能なので、各社共同で自動運転技術を開発するべきと主張している。同氏は「自動運転車の開発はメーカーの存続を左右する問題」と指摘し、VWにも提携に踏み切るよう促している。

確かに米国のIT企業はドイツのメーカーよりも一歩先を進んでいるように見える。グーグルの親会社アルファベット傘下のウェイモ社は、2017年7月にアリゾナ州の公道で、自動運転車の実験を開始した。事前登録した市民モニターは、自動運転車を注文して乗ることが可能。ウェイモはモニターからその意見や感想を集めて、着々と製品を改善しつつある。同社は、昨年12月に市民が料金を払ってタクシーとして使える自動運転車「ウェイモ・ワン」の運行も始めた。

ウェイモ・ワンを頻繁に使うある市民は、米国のメディアに対して「たくさんの人が歩いている駐車場などを除けば、走行はスムーズで快適だった。料金も普通のタクシーに比べて高くない」と語っている。ウェイモは、ウェブサイト上で「自動運転車を公道で1000万マイル(約1600万km)、シミュレーションで70億マイル(約113億km)走らせた」と説明する。

ドイツで、これほどオープンな形で市民を参加させて自動運転車の実験を行っているという話は聞いたことがない。ドイツ企業の実証試験があまりメディアで報じられないのは、米国とドイツの自動運転に関する法律の違いや、秘密保持という目的のためかもしれないが、ウェィモのオープンな姿勢には、先行企業の余裕が感じられる。

BMWとダイムラーの提携は、両社の力を結集させることによって、米国のIT企業との差を縮めようという努力の表れなのかもしれない。

最終更新 Donnerstag, 20 Juni 2019 10:54
 

欧州議会選で緑の党が大躍進、保守・社民勢力の低落続く

5月26日にドイツで行われた欧州議会選挙では、大波乱が起きた。地球温暖化や気候変動についての市民の関心の高まりを背景に、緑の党の得票率が前回に比べ約2倍に増加。同党は第2党の座についたのだ。

5月26日、ベルリンにて撮影された緑の党の議員たち
5月26日、ベルリンにて撮影された緑の党の議員たち

緑の党の票が450万票増加

緑の党の得票率は前回(2014年)10.7%だったが、今回は20.5%に跳ね上がった。同党に票を投じた市民の数は、5年前の約314万人から約768万人に急増した。緑の党が全国規模の選挙で第2党となったのは、結党以来、初めてのことである。

これに対し大連立政権を構成しているいわゆる国民政党の得票率低下には歯止めがかからなかった。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は、前回の30%から22.6%にダウン。これはCDU・CSUが全国規模の選挙で記録した過去最低の得票率である。また社会民主党(SPD)の得票率は、27.3%から15.8%に11.5ポイントも下がった。

世論調査機関インフラテスト・ディマップは、「前回の選挙でCDU・CSUとSPDを選んだ有権者のうち、約236万人が緑の党に鞍替えした」と推定している。州や市町村レベルで見てもこれらの党は大きく票数を減らした。与党は総崩れ状態と言っても過言ではない。

地球温暖化対策の重視が勝因

緑の党を選ぶ有権者が約450万人も増えた最大の理由は、地球温暖化・気候変動についての市民の危機感の高まりだ。ここ数年、ドイツでも気候変動の影響が目に見えるようになってきた。昨年の年間平均気温は過去最高に達し、干ばつで農作物に大きな被害が出た。さらに暴風低気圧のために樹木が倒されたり、降雨量の減少によりライン川の水位が大幅に下がって大型の船舶が一時航行できなくなる影響が出た。

スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが地球温暖化に抗議するために独りで始めたストライキ「未来のための金曜日」は今年1月からドイツにも広がり、選挙直前の5月24日にも約32万人の生徒が授業をボイコットしてデモに参加した。彼らは「伝統的な政府は、地球温暖化に歯止めをかけるための努力を真剣に行っていない。今日でもすでに気候に異常が見られるのならば、30年後、40年後の地球はどうなるのか」として、経済の非炭素化を加速するよう求めている。トゥーンベリさんは講演のなかで「将来、私に孫ができたときに『なぜあなたは、地球がこのような状態になる前に行動しなかったの』と問い詰められるは嫌だ」と語っている。

「2038年の脱石炭は遅すぎる」

今年メルケル政権は褐炭・石炭火力発電所の使用を2038年までに停止することを決定。しかし若者たちは、「2038年では遅すぎる」として緑の党と同様に2030年の脱石炭を要求している。彼らは「欧州議会選挙を気候保護のための選挙にする」と宣言していた。

緑の党は、地球温暖化対策の加速と強化を他党よりも強く前面に押し出して、選挙戦を展開。CDU・CSUとSPDの幹部たちは、「緑の党ほど気候保護問題を重視しなかったことが敗因だった」と認めている。

右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、二酸化炭素が地球温暖化や気候変動につながっていることすら否定し、「市民がディーゼルエンジンの車に乗る自由を守ろう」というスローガンを使用した。その結果、得票率の伸びは3.9ポイントに留まり2017年の連邦議会選挙のような大躍進を果たせなかった。

レゾのネットビデオが後押し

投票日の1週間前に、伝統政党の票数をさらに減らし、緑の党の票数を伸ばす出来事が起きた。ドイツの若者の間で人気のユーチューバー・レゾは、「CDUの破壊」というビデオをネット上に公開。地球温暖化問題は55分間のビデオの約半分を占めている。レゾはスタッフに行わせた取材に基づき「伝統政党は科学者の警告を軽視し、気候変動に歯止めをかけるための対策を真剣に行っていない。CDU・CSU、SPD、AfDを選んではいけない」と市民に呼びかけた。わずか1週間で約1000万人がこのビデオを見た。CDUは本稿を執筆している5月29日の時点でも、レゾの批判に反論していない。ドイツでは批判に反論しないことは、負けを認めたと同じことである(CDUは反論ビデオを制作したが、レゾのビデオに比べると説得力に欠けたため、公開を見合わせた)。このエピソードは、選挙戦でネットメディアが新聞やテレビを大幅に上回る影響力を持っていることを示した。つまりCDU・CSU、SPDの多くの政治家たちは今なおデジタル時代の選挙の戦い方を習得していないのだ。

政治への関心の高まり

今回のドイツの欧州議会選挙で驚異的だったのは、投票率が前回(2014年)に比べて約13ポイントも増加して61.4%に達したことだ。このことは若者たちを中心として、気候変動や右派ポピュリスト政党の伸長に危惧を抱く人々が、投票所へ足を運んだことを示している。日本に比べるとドイツの若者の間では、政治への関心が高まっている。

欧州全体でも投票率が約8ポイント増え、危惧されていた右派ポピュリスト会派の大躍進は阻止された。英仏伊で右派ポピュリスト政党が首位に立つなど楽観は禁物だが、ドイツで起きた大変化は欧州の未来にかすかな希望を与える材料となるかもしれない。

最終更新 Mittwoch, 05 Juni 2019 15:52
 

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