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ドイツ経済はAIの普及を加速できるか?

ハノーファーでは、毎年春に世界最大の工業見本市「ハノーファー・メッセ」が開かれる。今年は4月1日から5日間にわたり、世界各国からエンジニアやビジネスマン、報道関係者ら約21万5000人が訪れた。

4月1日ハノーファー・メッセに出展されたロボット
4月1日ハノーファー・メッセに出展されたロボット

インダストリー4.0とAIが焦点

ハノーファー・メッセは、ドイツのデジタル化構想の中で重要な役割を果たしている。製造業のデジタル化計画「インダストリー4.0」が連邦教育科学省とドイツ工学アカデミーなどによって発表されたのも、2011年のハノーファー・メッセの直前だった。その後も、インダストリー4.0に関する重要な発表が、この見本市の会場で行われてきた。今年の展示の中心もインダストリー4.0だった。シーメンスやボッシュなど多くの企業が、機械と部品がネットで接続されたスマート工場のためのソフトウエアについて解説したり、デモンストレーションを行ったりした。

今回の見本市で加わった新しい力点は、人工知能(AI)だった。AIはインダストリー4.0を成功させる鍵の1つである。デジタル化とは、工作機械や部品をネットで接続させてコミュニケーションを可能にし、生産性を引き上げることだけではない。より重要なのは、世界中に売られた製品から毎日送られてくる膨大な情報(ビッグデータ)を分析して、製品の使用状態などをリアルタイムで把握し、メーカーが顧客に新しいサービスや製品を能動的に提供することだ。

たとえば一部のメーカーは、販売したエレベーターがリアルタイムで送って来る電力使用状況の変化などを分析して、故障が起こる時期を推定し、保守サービスを行う。そうすれば、エレベーターが故障して使えなくなる時間を最小限に留めることができる。この予測保全にも、AIは不可欠だ。

スマート・サービスに不可欠なAI

ビッグデータの分析によって新しいビジネスを生み出すことを「スマート・サービス」と呼ぶ。こうした新ビジネスが創造できないと、インダストリー4.0は本当に成功したことにはならない。ビッグデータを解析し、顧客の消費行動や機械の状態についての傾向を掴むには、AIが欠かせない。データ量が多いので、人間が分析することはコスト面から見ても不可能だ。

ドイツは1988年にカイザースラウテルンにドイツ人工知能研究センター(DFKI)を創設するなど、AIの研究を積極的に進めてきた。DFKIでは約1000人の科学者がロボットなどの研究を行っている。

ドイツの問題は、AIに関する研究水準が高いにもかかわらず、実体経済での活用が他国に比べ遅れていることだ。ドイツの企業コンサルタント会社などの調査によると、中国企業の81%がAIを積極的に利用しているのに対して、ドイツではその比率は49%にすぎない。

AI競争における遅れに警鐘

技術者からは、AIの応用の遅れを危惧する声が出ている。技術者や科学者約15万人が加盟する民間団体・ドイツ技術者協会(VDI)のV・ケーファー会長は、ハノーファー・メッセ初日の記者会見で「ドイツにはAIを活用するための技能や人材が不足しており、米国や中国に大きく水を開けられている」と警告した。

VDIが2018年に会員に対して行ったアンケートによると回答者の30.4%が「ドイツはAIに関して世界で指導的な立場にある」と答えたが、今年はその比率が半分以下の14.4%に下がった。対照的に「中国が指導的な立場にある」と答えたエンジニアの比率は、前年よりも約5ポイント増えて60.5%に。また回答者の59.7%が「ドイツ企業にはAIを効率的に実用化する技能や人材が欠けている」と答え、「そうした技能がある」と答えた回答者の比率(20.0%)を大きく上回った。

VDIによると、多くのエンジニアが悲観的な意見を持つ最大の理由は、IT関係の人材不足が深刻化していることだ。ドイツ企業は2018年の第4・四半期に約4万3000人のIT技術者を募集したが、そのポストに適した人材を見つけることができなかった。

メルケル政権は去年11月に発表した「AI戦略」の中で、「インダストリー4.0の普及にAIは不可欠。2025年までにAI開発に連邦政府の予算から30億ユーロ(3900億円・1ユーロ=130円換算)を投じ、大学のAI関連の教授の数を100人増やす」と発表した。しかしケーファー会長は、「世界各国がAI専門家を探しているなか、100人の教授をどこで見つけるのか」と述べ戦略の実効性に疑問を呈した。

インダストリー4.0導入における格差

インダストリー4.0関連技術の導入に関しても、大企業と中小企業の間で格差が開きつつある。ドイツ情報通信ニューメディア連合会(BITKOM)が今年1月に行ったアンケートによると、インダストリー4.0関連技術をすでに使っていると答えた企業の比率は47%だった。特に大手メーカーでは、デジタル化が急速に進んでいる。これに対し、中小企業の間ではデジタル化に二の足を踏む会社が多い。去年企業コンサルタント会社・EYが中小企業に対して行ったアンケートによると、「製造工程の全体、もしくは一部をデジタル化した」と答えた企業の比率は25%に留まった。

政府と産業界は、AIの利用に関して中国や米国との距離を縮め、中小企業をインダストリー4.0関連技術の導入に踏み切らせることができるだろうか?

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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