ジャパンダイジェスト
独断時評


メルケル、マクロンが見せたEU改革の温度差

4月19日に仏マクロン大統領が、ベルリンでメルケル首相と会談した。この会談はEU、特にユーロ圏の改革を推進しようとするマクロン氏と、国内情勢に配慮してフランスの要請にブレーキをかけようとするメルケル氏の姿勢の違いをはっきりと浮かび上がらせた。

ユーロ圏改革を重視するマクロン氏

「欧州にナショナリズムが復活しつつある」と主張するマクロン氏は、EUを強化することが国粋主義を抑える上で極めて重要だと考えている。このため、彼は去年9月26日にパリのソルボンヌ大学で長時間にわたる演説を行い、デジタル化の推進など21世紀にEUの競争力を強化するための、さまざまなビジョンや施策を打ち出した。彼はドイツと協力して、EU改革を推進しようと考えていた。

ところが去年9月にドイツで行われた連邦議会選挙では、反EU政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進し、伝統的な政党が後退した。このため第4次メルケル政権が成立するまでに約6カ月もかかってしまった。つまりマクロン氏はこの間ドイツ側から自分の「ソルボンヌ提案」に対する正式な回答を得ることができず、貴重な時間が空費されたのだ。本来マクロン氏は、今年6月までにドイツ政府とEU改革案について合意し、同月に開かれるEU首脳会議に提出することを望んでいた。しかしメルケル政権の誕生の遅れにより、残された時間は極めて少なくなっている。

ターフェルの食糧配給を待つ人々
4月19日ベルリンにて、メルケル首相(左)と会談した、フランスのマクロン大統領

独仏間で大きな温度差

マクロン氏にとっての大きな試練は、ユーロ圏の改革に関するドイツ政府との意見の相違だ。彼は2009年のギリシャ危機のような緊急事態に対するユーロ圏の抵抗力を強化することを目指している。そのために、ユーロ圏財務大臣という新たな役職を創設し、独自の予算権を与える。またユーロ圏に「銀行同盟」を創設して、金融機関の経営難により迅速に対応できる態勢を整えるほか、欧州共通の預金保護制度を導入して、市民の預金の安全性をこれまで以上に高める。また現在ユーロ圏には、過重債務に陥った国に緊急融資を行う欧州安定化メカニズム(ESM)という機関があるが、マクロン氏はESMを、国際通貨基金(IMF)の欧州版・欧州通貨基金(EMF)に発展させることを提案。

マクロン氏は、「イタリアやギリシャなど南欧諸国に緊縮財政や構造改革を強制するだけではなく、南欧諸国の経済成長を促すように、ユーロ圏の財政大臣が機動的に、独自の財政出動をできるようなシステムを整えるべきだ」と考えているのだ。だがベルリンでの会談で、メルケル氏は慎重な姿勢を打ち出した。彼女は、EU改革の重点として、まずEU域内共通の亡命申請システムとEU共通の外交政策を挙げ、ユーロ圏改革の順位を3番目にした。この発言からメルケル氏がマクロン氏ほどは、欧州通貨同盟の改革に高い優先順位を与えていないことが浮き彫りになった。

メルケル首相が、ユーロ圏改革に慎重である理由は、国内でマクロン氏の提案に対する反対意見が強まっていることだ。大連立政権に参加している姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)だけでなく、メルケル氏が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)でも、「ユーロ圏財務大臣に独自の予算権を与えたり、EMFを創設したりすると、ドイツ連邦議会の承認なしに、我が国の納税者の血税が、南欧諸国の救済などに使われる危険が高まる」という意見が強まっている。つまりドイツの保守派は、ユーロ圏財務大臣やEMFが、加盟国の議会を素通りして、南欧諸国などに金融支援を行うことに警戒感を強めているのだ。EUで最大の経済パワーであるドイツは、将来の債務危機での負担が増えることを懸念しているのだ。

独連邦議会で反EU勢力が拡大

さらに、マクロン氏が提唱している「ユーロ圏共通の預金保護制度」についても、「イタリアの銀行が破綻した時に、イタリア市民の預金を保護するために、ドイツの預金者の負担が増えることにならないか」という懸念が出されている。メルケル氏の慎重な態度には、ユーロ圏からのドイツの脱退を求めているAfDが、第3党として連邦議会に100人近い議員団を送り込み、政府の態度に目を光らせているからだ。去年議会に復帰した自由民主党(FDP)も、ユーロ圏改革が連邦議会の権限を弱めることに反対している。つまり去年起きたドイツ中央政界の地殻変動が、メルケル氏の態度に大きな影を落としているのだ。メルケル氏は、「南欧諸国に気前良く財政出動を行うのではなく、まず南欧諸国が財政の健全化や、競争力を高めるための構造改革などの自助努力を行うことが先決だ」と主張。

独仏は意見の違いをどう克服するのか

マクロン氏はドイツ側に「今EUは、深刻な危機を乗り越えられるかどうかの瀬戸際にある。我々は未曽有の冒険を経験しつつある」と、迅速な対応を迫った。彼はメルケル首相がユーロ圏改革を最重要課題と位置付けなかったことについて、落胆したに違いない。メルケル氏は、「ドイツとフランスの議論の初めに、意見の相違があるのは当然なことだ。我々は率直な議論と、最後には譲り合いの姿勢を持つべきだ」と述べた。

今後ドイツとフランスの間では、EUとユーロ圏の針路をめぐって、激しい議論が展開されるに違いない。EUの主軸である独仏は、ポピュリズムの台頭に歯止めをかけ、中東欧諸国で強まる遠心力を抑えることができるだろうか。

最終更新 Donnerstag, 03 Mai 2018 11:10
 

ドイツの難民問題は解決していない

ドイツでは2015年からの2年間に、約116万人の外国人が亡命を申請した。これは世界で最も多い数だ。難民危機は、極右政党の連邦議会進出を許すなど、政界、社会に大きな影響を及ぼしたが、その余波は今なお続いている。

難民の家族呼び寄せをめぐる議論

連邦内務大臣に就任したホルスト・ゼーホーファー氏は、今年4月3日に、難民の家族呼び寄せについて、新たな制限を設けることを提案した。彼はキリスト教社会同盟(CSU)の元党首で、バイエルン州の首相でもあった。ドイツ政府は今年8月から、同国に住む難民がシリアなどから家族を呼び寄せることを部分的に許可する。その数は、毎月1000人に限られる。

だがゼーホーファー氏は、「長期失業者(ハルツIV)として登録され、国から失業者援助金を受け取っている難民には、家族の呼び寄せを禁止するべきだ」と発言したのだ。この提案についてはSPDなどから、「家族と再会できるかどうかを、難民の経済力で決めるという提案は、連立協定に違反するものであり、まったく受け入れられない」と厳しい批判が出ている。

またゼーホーファー氏は、内務大臣の席に着くや否や、イスラム教に関する議論を蒸し返した。彼は3月16日に大衆紙「ビルト」とのインタビューで「ドイツはキリスト教の伝統を持つ国であり、イスラム教はドイツには属さない。勿論ドイツに住むイスラム教徒はこの国に属しているが、彼らに配慮してドイツの慣習や伝統を放棄するべきではない」と語ったのだ。

これはメルケル氏が総選挙前に行ったインタビューで打ち出した「イスラム教はドイツの一部だ」というコメントを否定するものだ。メルケルは、「この国には約400万人のイスラム教徒が住んでおり、ドイツの憲法を守る限り、イスラム教はこの国の一部だ」と述べている。メルケル氏は2015年からこうした主張を繰り返しており、CDU/CSUの保守派から「伝統的な価値観を崩す姿勢」として強く批判されてきた。

ターフェルの食糧配給を待つ人々
ターフェルの食糧配給を待つ人々

右旋回の理由は10月のバイエルン州議会選挙

ゼーホーファー氏は、なぜ難民やイスラム教について厳しい発言を繰り返すのか。その最大の理由は、今年10月にバイエルン州で行われる州議会選挙だ。

CSUはバイエルン州の地方政党で、1957年以来単独で過半数を確保し、州首相の座を占めてきた。だが極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、バイエルン州でも支持率を増やしつつある。同党は去年9月の連邦議会選挙で、バイエルン州での得票率を前回の選挙の4.3%から12.4%に増やした。AfDは連邦政府の難民政策を厳しく批判し、「イスラム教はドイツの憲法と文化にそぐわない」と主張してきた。彼らの主張はリベラルな政策に不満を持つ有権者の心をひきつけた。ゼーホーファー氏がCSU党首の座を追われたのも、この敗戦の責任を問われたからだ。

現在CSUでは、今年10月の州議会選挙でもAfDが大きく躍進することが危惧されている。このためゼーホーファー氏は、政策を右旋回させることによって、AfDから有権者を取り戻そうとしている。つまりCSUは、難民政策やイスラム教に対する姿勢を、AfDに近づけつつあるのだ。

ターフェルが外国人新規登録を一時停止

ドイツ社会の難民に対する姿勢の硬化を示すもう1つのエピソードがある。ドイツには、長期失業者やホームレス、年金生活者など低所得者に、商店で売れ残った野菜やパンを無償で配る「ターフェル(ドイツ語で食卓の意味)」という慈善団体がある。

ところがエッセンのターフェルは、外国人の数が余りにも増えたので、今年1月10日から、食料の配給を受けるための新規登録をドイツ人に限ることに決めた。外国人の排除は、4月上旬まで続いた。

ターフェルが外国人の新規登録をやめた理由は、配給を受けるために並ぶ市民の75%が、難民など外国人で占められているからだ。ターフェルの代表は、「若い難民たちは、列に並んで順番を待つということを知らない。このため年老いたドイツ人や子供を抱えた母親が、外国人に押しのけられて、食料を受け取れない場合が多い。外国人の集団が怖いために、ターフェルに来ないお年寄りや女性が増えている」と説明した。

メルケル首相は「ターフェルの人々が苦労していることは理解できるが、外国人・ドイツ人という基準で区別するのは良くない」というコメントを出した。これに対しターフェルの全国組織は、「ターフェルに外国人が殺到する原因を作ったのは、メルケル首相の難民政策ではないか」と反論した。

ドイツの空気を変えた難民危機

戦後の(西)ドイツは、第二次世界大戦でのナチスの外国人・ユダヤ人差別に対する反省から、外国人差別を避けようと細かい配慮を行ってきた。しかし、「許容の時代」は終わりを告げた。私はこの国に28年間住んでいるが、ターフェルほど露骨に、ドイツ人と外国人を区別した決定は珍しい。以前のドイツならば、お年寄りや女性が食料を受け取る時間と、外国人が受け取る時間をずらすなどの工夫をして、外国人締め出しを避けたはずだ。今回ボランティアたちが、外国人を露骨に排除した背景に、私は2015年の難民危機以来、この国の空気が変わったことを感じる。かつて「欧州の良心」と呼ばれたドイツは、右派勢力の圧力に抗して、人間性を守ることができるだろうか。

 

最終更新 Donnerstag, 19 April 2018 14:32
 

フェイスブックと個人情報をめぐる激論

約20億人が利用する世界最大のソーシャルメディア・フェイスブックは、世論から集中攻撃を受けている。引き金を引いたのは、英国のガーディアン・グループに所属するオブザーバー紙が3月17日に放ったスクープ記事だ。同紙は「フェイスブックの利用者約5000万人の個人情報が、英国のデータ分析企業ケンブリッジ・アナリティカ(CA)に不正流出し、トランプ陣営が大統領選挙戦で有権者の投票行動を分析・操作するために使われた疑いがある」と報じたのだ。

不十分だったフェイスブックの対応

オブザーバーに内部告発を行ったCAの元社員によると、同社と繋がりのあるケンブリッジ大学の心理学者アレクサンドル・コーガンが、2014年にフェイスブックのページで心理クイズを実施。約27万人の利用者がこのクイズに参加して、あるアプリケーションをダウンロードした。彼らは自分の個人情報をコーガンに渡すことに同意し、データはCAに流れた。しかしコーガンは、この27万人のアカウントに含まれている約5000万人の友人・知人の個人情報も入手して、CAに供与。これらの利用者は、自分のデータが第三者にわたることを承諾していなかった。これはフェイスブックの規則に違反する行為であり、各国の個人情報保護法にも違反する恐れがある。

フェイスブックは2015年にデータ流出に気付いたが、CAに個人情報の消去を求めただけで、約5000万人の「被害者」たちに、データが第三者に流れたことを通報しなかった。つまりフェイスブックの対応は、極めてずさんだった。

2018年ドイツの展望
3月26日、フェイスブックの欧州子会社の幹部と会見した後、
記者会見を開くカタリーナ・バーレー司法大臣

データ分析がトランプを勝たせた?

CAは消費者や有権者の行動に関するビッグ・データを分析し、市民の性格、嗜好、政治思想のプロファイリングを行い将来の行動を予測する。コーガンが実施したような心理クイズの結果を人工知能で分析すれば、その人の所得水準、趣味や政治思想、投票行動などをかなりの確度で予測することが可能。CAはそうした分析結果を企業や政党に売り利益を得ている。

オブザーバー紙は、「2016年の大統領選挙でトランプが勝った背景には、CAによるフェイスブックの個人情報の分析がある。トランプ陣営はCAの分析結果に基づき、激戦州で有権者の政治思想に合わせた個別広告を送ることにより、ヒラリー・クリントン候補の票を減らし、勝利することができた」と主張。トランプ政権の戦略担当補佐官だった右派ポピュリストのスティーブ・バノン氏は、一時CAの幹部として働いていた。つまりフェイスブックの利用者5000万人の個人情報が、大統領選挙で有権者の投票行動を左右するために使われた可能性が浮上したのだ。

フェイスブックは対応に落ち度があったことを全面的に認めた。同社のマーク・ザッカーバーグ社長は3月下旬にドイツなどの新聞に全面広告を掲載し「我々はあなたの個人情報を守るという責任を十分に果たさなかった。このことについて謝罪する」と述べている。

「民主主義が脅かされている」

欧州諸国では、個人情報の保護への関心が米国よりも強い。このためオブザーバーがデータの不正流出について報じると、各国政府から怒りの声が上がった。欧州委員会のベラ・ジュロバ司法担当委員は「個人情報の保護は、民主主義の基本である。今回のスキャンダルは、民主主義を脅かす物であり、全く許しがたい」と批判した。メルケル政権のカタリーナ・バーレー司法大臣も、フェイスブックの欧州子会社の幹部を司法省に呼びつけて、説明を求めた。同社によると、CAにデータが不正流出した5000万人の約1%は欧州に住んでいた市民で、ドイツ人も含まれている。フェイスブックは、データがCAに流れたすべての利用者に対し、その事実を連絡することを明らかにしている。

EUは今年5月25日から、世界で最も厳しい個人情報保護法(GDPR)を施行する。企業は個人情報の流出が起きた場合、被害者に直ちに通報することを義務付けられる。この法律の最大の特徴は、罰則の厳しさだ。同法に違反すると、最高2000万ユーロ(36億円・1ユーロ=130円換算)、もしくは年間売上高の最高4%の内、多い方が科される可能性がある。

ソーシャルメディアへの規制強化へ

今回のスキャンダルをきっかけに、欧州では個人情報の保護を強化し、ソーシャルメディアに対する規制を厳しくするべきだという声が強まっている。

ミュンヘン工科大学でソーシャルメディアの政治への影響を研究しているズィーモン・ヘーゲリヒ教授は、「フェイスブックがなかったら、トランプは大統領になっていなかっただろう」と断言する。ヘーゲリヒ氏は、「今日ではソーシャルメディアが多くの市民の情報源となっているために、世論の構造が大きく変化しつつある。ドイツでは極右政党『ドイツのための選択肢(AfD)』がソーシャルメディアを最も積極的に使っているが、キリスト教社会同盟(CSU)などほかの政党も、AfDの真似をしようとしている。政党がソーシャルメディアを使う例が急増しているのだから、政府は規制を強める必要がある」と述べている。

CAのデータ分析がトランプ勝利にどの程度寄与したのかは、まだ立証されていない。しかし今回のスキャンダルは、ソーシャルメディアを使えば数千万人の個人情報を容易に集められることを示した。民主主義を守るためには、何らかの対策が必要だろう。

最終更新 Donnerstag, 05 April 2018 10:32
 

ディーゼル乗り入れ禁止は適法 - 判決の衝撃

2月27日にライプツィヒの連邦行政裁判所が下した判決は、ドイツの自動車業界だけではなく、政界にも強い衝撃を与えた。この国が進める「モビリティ転換」に拍車をかける出来事だ。

環境保護団体が勝訴

連邦行政裁は「大都市で窒素酸化物(NOx)の濃度がEUの上限値を上回っている違法状態を終わらせるため、最終的な手段として、特定の町や道路へのディーゼル・エンジン車の乗り入れを禁止することは適法」という判決を下した。これにより地方自治体は、ほかに手段がないと判断された場合には、ディーゼル車を締め出すことが許される。ドイツの交通政策や環境保護の歴史で例がない、画期的な判決である。この判決は、過去にシュトゥットガルトとデュッセルドルフの行政裁判所が下した判決を追認したもの。共に環境保護団体「ドイツ環境援助(DUH)」が、NOxの濃度がEUの上限値を上回る状態を是正するよう求めて、バーデン=ヴュルテンベルク(BW)州政府とノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州政府を訴えていた。

財産権よりも市民の健康を重視

去年7月28日には、シュトゥットガルト行政裁判所が、「市民の健康を守るには、ドライバーの所有権が制限されるのもやむを得ない」とし、ディーゼル車の乗り入れ禁止は適法とする判決を下していた。これに対しBW州政府はライプツィヒの連邦行政裁判所に控訴していた。だが上級審はDUHの訴えを認めて、地方自治体に是正措置を取るよう命じた。裁判官たちはディーゼル・エンジンを使った車を持っている市民の経済的な利益よりも、市民の健康を重視したのだ。

ユーロ6の基準を満たしていることをステッカーで宣伝しているディーゼル車ユーロ6の基準を満たしていることをステッカーで宣伝しているディーゼル車

乗り入れ禁止は社会に大きな影響

もちろんディーゼル車の乗り入れ禁止措置は、社会生活や経済活動に大きな影響を与える。このため裁判官たちは、「乗り入れ禁止措置は段階的に実施し、地域に住む人たちの暮らしや経済活動を阻害しないための、代替措置についても検討すること」と命じている。例えば、暖房や水道の修理作業を行う技術者や、在宅介護を行う介護要員には、例外的にディーゼル車の使用が認められるだろう。また電気バスの開発が進んでいない今日、庶民の足である、ディーゼル・エンジンを使った路線バスも直ちに廃止することはできない。

この判決を受けてハンブルクの環境省は、今年4月にはマックス・ブラウアー・アレーなど二つの道路の一部の区間で、排ガス規格ユーロ6を満たしていない車の乗り入れを禁止する方針を明らかにした。

だが連邦交通省を始めとして、大半の地方自治体は、ディーゼル車の乗り入れ禁止を避けたいと考えている。シュトゥットガルトとその周辺地域で使われているディーゼル車の数は約50万台。その内、ユーロ6の基準を満たしているのは、30%にすぎない。毎日車で郊外からシュトゥットガルトに通勤している市民約7万6000人が影響を受ける。

自治体はNOx対策を迫られる

このため行政と自動車業界は、NOx濃度をEUの上限値よりも低くするためのさまざまな措置をまず講じる。したがって、広範囲にユーロ6未満のディーゼル車の乗り入れの禁止措置が始まるのは、2020年以降のことになると見られている。だが連邦行政裁判所が今回判決を下したからには、地方自治体はいつまでも対策を先延ばしにすることは許されない。現在ドイツでNOxの濃度がEUの上限値(1㎥あたり40㎍=マイクログラム)を超えている都市は、約70カ所。最も汚染がひどいのがミュンヘンで、78㎍だが、シュトゥットガルト(73㎍)やケルン(62㎍)、デュッセルドルフ(56㎍)などでもNOx汚染は深刻だ。

去年ドイツの自動車業界は、ディーゼル車のソフトウエアを更新することによって、NOxの値を下げる方針を明らかにした。しかし地方自治体からは、「ソフトウエアの更新だけでは不十分であり、ハードウエアの交換が必要だ」という声も出ている。ハードの交換には、ソフトの更新よりも費用が多くかかるので、自動車業界は難色を示している。

どのようにディーゼル車の乗り入れを規制するかも、まだ決まっていない。例えばドライバーが法律を守っているかどうかを警察官が点検できるようにするためには、「青いステッカー」のように、外部から見てすぐにわかる表示を導入しなくてはならない。警察官がいちいち車を停車させて、車両証を点検していたら、道路の混雑が悪化するだけだ。

EV拡大に追い風

今回の判決は、自動車業界、特にディーラーには大きな打撃となるだろう。ユーロ6よりも古い車の価値が下落する可能性が強いからだ。2015年に発覚したVW排ガス不正の影響で、ディーゼル車のマーケットシェアは下がりつつある。ドイツで毎年認可される車の内ディーゼルの比率は、2016年には45%だったが、2017年1月には33%に下がっている。今回の判決の影響で、ディーゼル車への人気はさらに下がり、自動車メーカーは電気自動車やプラグイン・ハイブリッド車への転換に拍車をかけることになるだろう。

「モビリティ転換」は脱原子力に続き、ドイツ人が技術の転換を経済界に強制する試みだ。日本ならば、とても無理だろう。市民の健康と安全を重視するドイツの司法と政治の意志の力には、感心させられる。

最終更新 Donnerstag, 15 März 2018 11:30
 

クランプ=カレンバウアー CDU幹事長就任へ

最近のドイツの政界は、驚きに満ちている。2月19日にメルケル首相がアンネグレート・クランプ=カレンバウアー氏(55歳)を、キリスト教民主同盟(CDU)の次期幹事長に推薦したことは、政界と論壇をあっといわせた。

2018年ドイツの展望
2月19日、メルケル首相(右)と共に会見に臨むクランプ=カレンバウアー氏

次期首相を狙う?

その理由はクランプ=カレンバウアー氏が現在ザールラント州首相であるからだ。州政府の首相の座を捨てて一政党の幹事長になることは、形式的には地位が下がることを意味する。クランプ=カレンバウアー氏は、連邦議員の資格もない。それにも関わらず同氏がベルリンに行く決意を固めたのは、CDU幹事長の席がCDU党首そして選挙で勝てれば、連邦政府首相の座に通じているからだ。メルケル氏自身、コール元首相の不正献金事件に揺れるCDUで、1998年に幹事長に抜擢された後、2000年に党首に就任。2005年の連邦議会選挙で、社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権を破って、大連立政権の首相に就任した。その意味でクランプ=カレンバウアー氏は、メルケル氏が歩んだのと同じ階段の手前に立っているのかもしれない。

ドイツのメディアは、早くもクランプ=カレンバウアー氏を「メルケルの後継者として最短距離に立つ人物」として取り上げ始めている。

CDU内では高い人気

ザールラント出身のクランプ=カレンバウアー氏は、1981年にCDUに入党。1999年にザールラントの州議会議員となり、2000年には女性として初めて州政府の内務大臣に就任した。その後同州で教育・家庭大臣や労働・社会福祉大臣などさまざまなポストを経験。ザールラントでは、2011年にCDU、緑の党、自由民主党(FDP)が三党連立政権(ジャマイカ連立政権)を構成した時に、クランプ=カレンバウアー氏は首相に就任した。クランプ=カレンバウアー氏のCDU内での人気は高い。2012年の党大会で執行部の役員に選ばれた時には、83.86%もの支持率があった。

同氏がドイツの中央政界で注目を集めたのは、2017年のザールラント州議会選挙だった。この時クランプ=カレンバウアー氏が率いたCDUは、40.7%の得票率を確保し、SPD(29.6%)に大きく水を開けた。この選挙はSPDがマルティン・シュルツ氏を党首に選んでから最初の州議会選挙だった。この選挙以降、シュルツ氏とSPDの支持率は下がっていく。当時クランプ=カレンバウアー氏が、まだ「シュルツ・フィーバー」が続いていたSPDを撃破して冷水を浴びせたことは、CDUで大きな功績とされている。

また2017年12月に世論調査機関フォルサがCDU党員を対象として行ったアンケートでは、回答者の45%がクランプ=カレンバウアー氏をメルケルの後継者として支持し、2位のユリア・クレックナー(ラインラント・プファルツ州議会院内総務)や3位のイェンス・シュパーン(前連邦財務次官)に水を開けた。人気の高さにもかかわらず、クランプ=カレンバウアー氏がCDU幹事長になる可能性が低いと考えられていたのは、州首相からの降格になるためだ。

難民危機でメルケル氏を擁護

メルケル氏は、クランプ=カレンバウアー氏について「非常に親しい友人であり、お互いに信頼できる関係にある」と語っている。クランプ=カレンバウアー氏はメルケル氏と同様にCDUの中道左派に属する。2015年9月の難民危機の際には「欧州連合がバラバラになるのを防がなくてはならない」とし、メルケル首相が多数のシリア難民らを受け入れたことを支持。

2017年の連邦議会選挙で、CDU・CSUは首位を確保したとはいえ、得票率を前回の選挙に比べて8.6ポイントも減らすという、惨憺(さんたん)たる結果となった。

CDUの地方支部や保守派からは、「メルケル氏が難民政策などにおいて、まるで緑の党のように左派的な政策を取ったことが、多くのCDU支持者たちを極右政党ドイツのための選択肢(AfD)の下へ走らせた」という批判の声が出ていた。このため、AfDに奪われた票を取り戻して支持率を引き上げるには、党の指導層の若返りだけではなく、保守的な思想の持ち主を幹事長にするべきだという声が強まっていた。その意味でベルリンの政界通の間では、メルケル首相の難民政策について批判的なシュパーン前連邦財務次官が幹事長に就任するという憶測が流れていた。これに対しメルケル氏は、シュパーン氏ほど保守的ではなく、自分の路線を継承してくれる女性を後継者として選んだ。

保守派の票を取り戻せるか?

クランプ=カレンバウアー氏は、保守派が喜ぶような毅然とした態度を見せたこともある。2017年3月に、トルコの政治家がドイツに住むトルコ人市民向けに選挙演説を行おうとした時、同氏は州首相として、ザールラントでそのような集会を禁じる方針を打ち出した。さらに保護者なしでドイツに来た未成年の難民に対しては医学的な年齢検査を行い、身元や年齢について嘘をついた難民については、国外追放を含めた厳しい措置を取るべきだという姿勢を打ち出している。

クランプ=カレンバウアー氏は、党大会で承認されて幹事長に就任した際には、CDUの政策プログラムを刷新する意向を明らかにしている。同氏にとっては、支持率が落ちているメルケル氏の影から抜け出し、独自の政策を打ち出すことによって、保守層の票を奪回できるかどうかが、最大の課題である。

最終更新 Donnerstag, 01 März 2018 14:22
 

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