ジャパンダイジェスト

2018年ドイツの展望 -「メルケル後」の時代が始まった

例年のように華やかな花火とともに、新しい年が始まった。暦は一歩一歩、春へ向けて進んでいく。しかし、ドイツは第二次世界大戦後、一度も経験したことのない暗雲に覆われている。

2018年ドイツの展望

3カ月を超える政権不在

去年9月24日に行われた連邦議会選挙からすでに3カ月以上経っているのに、次期政権の姿形は見えない。ドイツ人達にとって、このような事態は初めてだ。

現在最も可能性が高いとされているのは、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)と、社会民主党(SPD)の大連立政権である。しかし連立交渉が本格的に始まるのはクリスマス休暇以降であり、政権誕生までには時間がかかりそうだ。トーマス・デメジエール連邦内務大臣(CDU)は、去年末に「政権樹立は、3月までずれ込むだろう」という見方を明らかにした。彼の予測が的中すると、選挙から6カ月も「決定力のある中央政府を持たない状態」が続くことになる。

SPDの右往左往

私は27年間にわたりドイツの政治を観察して記事を書いてきたが、2017年ほど伝統的な国民政党(Volkspartei)が右往左往するのを見たのは一度もない。一番悲惨なのはSPDだ。同党は、9月の連邦議会選挙で惨敗した。得票率が約20%という結党以来最低の水準まで下がったために、敗軍の将マルティン・シュルツ党首は、9月24日の夜に「次期政権には加わらず、野党として党の改革を目指す」と宣言した。彼は11月19日にCDU・CSUと自由民主党(FDP)、緑の党のジャマイカ連立政権をめざす交渉が決裂した時にも、「政権不参加」の方針を再確認した。大半の政党指導者は選挙をやり直すことになると考えていた。

だがフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領が再選挙に否定的な姿勢を示すと、シュルツ党首は「政権不参加」の方針を撤回し、「大連立政権の可能性について協議する」と言い出した。SPDの左派や若い党員の間では、シュルツ氏の「朝令暮改」を批判する声が聞こえる。現在のままでは、SPDはメルケル氏を首相の座に据えるために利用されているという印象を与える。シュルツ氏は去年の選挙期間中にメルケル氏の政策を「社会の格差を拡大する」と批判していたが、あの時の態度をもう忘れたのか。

FDPは、「政権に加わるために、党の原則を曲げたら、有権者の期待を裏切る」として、連立交渉から離脱する道を選んだ。FDPは、2013年に連邦議会から締め出されるという屈辱を味わった後、去年の選挙でカムバックを果たした。したがってFDPは不利な妥協を重ねるよりは、原則に忠実であることを重視したのだ。それに比べると、周囲の圧力に負けて、わずか3カ月で前言を翻したシュルツ党首の姿勢は、一貫性と信用性に欠ける。有権者がどちらの党を強く信頼するかは、言うまでもないだろう。

政局混乱はAfDに追い風

私が懸念しているのは、混乱の長期化によって、より多くの有権者が国民政党に対し失望感や怒りを抱き、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に賛同することだ。AfDは、ツイッターやフェイスブックを最大限に利用して、国民政党の不甲斐なさや、難民問題、イスラム教の脅威についてのプロパガンダを社会に流し続けている。その頻度において、CDU、CSU、SPDはAfDに負けている。国民政党は、AfDほどソーシャルメディアの重要性を理解していないのだ。

私は、大連立政権が成立する可能性も、五分五分だと考えている。その理由は、健康保険制度の改革や、難民の家族の呼び寄せなどをめぐり、CDU・CSUとSPDの間に大きな隔たりが残っているからだ。CDUにはイェンツ・シュパーンのように、「少数派与党政権」を望む議員がいるし、SPDには「再選挙へ向けて準備を始めるべきだ」と主張する勢力がある。

「メルケル後」を模索するCDU

CDU党員の間でも、メルケル首相に対する不満は強まっている。たとえばメルケル氏は、連邦議会選挙の結果が判明した時、集まった支持者とメディアの前で「これまでの政策を変える必要はない」と断言した。この言葉は、多くのCDU・CSUの党員を唖然とさせた。保守層の間では「メルケル氏は現実世界と切り離され、自分だけの殻の中に閉じこもっているのではないか」という意見が出ている。CDU内部でも、「メルケル後の時代について協議するべき時期が来た」という意見が出ている。2018年秋には、バイエルン州とヘッセン州で州議会選挙が行われる。有権者は、これらの選挙で国民政党に対する不満を表明するだろう。

マクロン大統領の野望

ほかのEU加盟諸国も、ドイツの政治の空白が長期化することについて当惑している。メルケル首相の影響力が低下する中、仏・マクロン大統領は、「欧州のリーダー」の地位に就くことを狙っている。去年12月にマクロン氏が、パリに約50人の首脳を招いて「気候サミット会議」を開いたのは象徴的である。政権が成立していないため,メルケル氏はこの会議に出席しなかった。「欧州の女帝」の威光に影が落ちつつある。

2018年は、ドイツの政治が安定する年であって欲しい。こう祈っているドイツ人は、少なくないはずだ。

 

 

ー 筆者より読者の皆様へ ー

いつも独断時評をお読み下さり、どうも有り難うございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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