ジャパンダイジェスト
独断時評


TTIP文書が暴露した 欧米間交渉の実態

ここ数年、ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞(SZ)」の特ダネ攻勢がすごい。オフショア口座の実態を暴露した「パナマ文書」、「オフショア・リークス」に関する調査報道は、世界的なスクープとなった。

SZは今年5月2日にも、スクープを放った。欧州連合(EU)と米国政府が3年前から行っている大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)についての交渉内容を、暴露したのだ。この報道は、環境団体グリーンピースがEU側の協力者から入手したオリジナル文書に基づくもの。SZはグリーンピースから事前に240ページの機密文書を入手し、文書が公表される日の朝に内容を詳細に伝え、米国政府とEUの間の交渉が事実上暗礁に乗り上げている実態を明らかにした。その中で、米国政府がEUに強い圧力をかけていることも分かったのだ。

高レベル放射性廃棄物
欧米間で難航する大西洋横断貿易投資
パートナーシップ協定(TTIP)

最大の焦点は食品輸入規制

米国では、遺伝子組み換え処理を行った農作物や、ホルモンを投与した家畜の食肉、塩素で消毒された鶏肉などに対する規制が、欧州ほど厳しくない。米国は、EUにこれらの食品への規制を緩めることを要求している。農業バイオ大手モンサントなどの米国企業が、こうした食品の欧州への輸出を増やせるようにするためだ。

これに対し、EU側は「消費者保護の観点から、これらの食品の規制を緩める気はない」として、米国の要求を拒否している。一方EUは、米国に対して自動車部品の市場を開放し、欧州メーカーの米国への部品輸出を容易にすることを求めている。

グリーンピースが暴露した文書から、米国側がこの問題で態度を硬化させていることが明らかになった。米国は「EUが食品の輸入規制を緩めない限り、自動車部品市場の開放について話し合う気はない」と通告し、欧州の要求を拒否したのだ。

交渉が難航している背景には、EUと米国との間に横たわる「リスク」についての考え方の違いがある。欧州ではリスク意識が比較的高い。このため欧州委員会は、人体に対する悪影響が懸念される場合には、具体的に病気の例などが報告されなくても、予防的に輸入や販売を禁止することができる。欧州、特にドイツなど欧州大陸の国々では、米国の自由放任主義とは一線を画し、政府が企業活動に対して厳しい枠組みをはめるのが普通である。特に近年、欧州委員会は消費者保護を重視する傾向が強い。

これに対し米国では、政府が食品や化学物質の販売を禁止できるのは、人体に対する悪影響が科学的に証明された場合か、実際に病気や後遺障害が発生した場合に限られている。自由放任主義と市場のダイナミズムを重視する米国は、政府の経済活動への介入を最小限にしようとする。

消費者保護を重視する欧州

欧州、特にドイツでは「消費者の間で有機農業やビオ農産物への人気が高まりつつあるところへ、遺伝子組み換え処理を行った農作物が米国から流入すると、市場が混乱する」として反対意見が強い。

ドイツ消費者センター連合会のクラウス・ミュラー会長は、「我々は、米国がTTIPによって食品規制の大幅な緩和を狙っていると懸念していたが、今回公表されていた文書によって、我々の懸念が正しかったことが証明された」と述べている。

政界からも、米国側の態度への批判が強い。社会民主党(SPD)のヴェストファール連邦議会議員は、「環境保護と消費者保護は、SPDにとって越えてはならない一線。我が党は、現在の協定案に同意することはできない」と述べている。また、バイエルン州の首相ゼーホーファー(キリスト教社会同盟=CSU)は、「透明性と消費者保護が確保されない限り、TTIPには同意しない。EUの消費者保護の水準をTTIPによって引き下げることはできない」と批判している。

投資家保護でも対立

また米国は、TTIP交渉の中でEUに対し、米国の投資家保護を強化するように求めている。具体的には米国政府は、「外国の投資家が欧州で政府から差別されたり、補償金を受けることなしに財産を剥奪された場合には、投資家が欧州政府を相手取って、裁判所ではなく投資家差別を専門に審判する裁定機関に提訴できるようにするべきだ」と主張している。これに対しEU側は、「米国企業は各国の裁判所に提訴すれば済む問題だ」として、米国側の要求を拒否。さらに欧州では、「現在の形でTTIPが妥結した場合、各国政府が行っている芸術活動への補助金、出版物の再販制度などが禁止される恐れがある。さらに、労働者の権利が制約される危険もある」という懸念も出されている。

交渉は一層難航か

フランスのオランド大統領も「現在のTTIPの内容にイエスと言うことはできない。我々は、ルールを欠いた自由貿易には反対だ。農業や文化に関する欧州の原則を犠牲にすることはできない」と述べ、TTIPに反対。同国の通商問題担当次官マティアス・フェクルも「EUにとっては、TTIP交渉を凍結するというのが、最も現実的なオプションだ。私が悲観的な理由は、米国が相互主義を無視しているからだ。EUは多くの提案を行ったのに対し、米国側の提案は限られていると語っている。TTIP反対派にとって、グリーンピースが暴露した文書は追い風となる。今後、欧米間の交渉は一段と難しくなるだろう。

17 Juni 2016 Nr.1028

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:45
 

高レベル放射性廃棄物の処理費用をめぐる激論

ドイツは、2011年に東京電力福島第一原発で起きた炉心溶融事故をきっかけに、2022年12月31日までに、全ての原発を停止させることを決めた。

高レベル放射性廃棄物
高レベル放射性廃棄物の処分場の
場所をドイツは2031年までに決める

高レベル廃棄物との戦い

しかしその後も、原子力発電の負の遺産との戦いは続く。原発を使い終わっても、使用済み核燃料や、強い放射能を帯びた圧力容器など、高レベル放射性廃棄物を処理しなくてはならないからだ。

核のゴミは、長期間にわたって放射線を出し続ける。このため放射線が人体や環境、地下水などに悪影響を及ぼさないように万全の注意が必要だ。例えば原子力発電の燃料に使われるウラン235の半減期は約7億年。核のゴミの捨て場の安全は、気が遠くなるほど長い歳月にわたって確保されなければならないのだ。

こうした原発からの廃棄物の処理にかかるコストのことを、電力業界ではバックエンド費用と呼ぶ。今ドイツでは、この費用の負担をめぐり、連邦政府と電力会社の間で激しい議論が行われている。

国と企業が責任分担

ドイツ連邦議会の「脱原子力のための費用負担に関する調査委員会(KFK)」は、今年4月27日に、原子炉のバックエンド費用に関する提案を発表した。この中でKFKは、政府(納税者)と電力会社が、バックエンド費用を分担するという案を打ち出した。つまり電力会社は原発の廃炉と解体、廃棄物の貯蔵容器への収納を担当し、国(納税者)は廃棄物の最終貯蔵処分場の建設・運営を担当する。

原発を運転している大手電力会社4社(エーオン、RWE、ENBW、バッテンフォール)は、2014年末の時点で、バックエンド費用として約370億ユーロ(4兆8100億円)の準備金を積み立てている。FKKの提案によると、大手電力はこの内198億ユーロ(2兆5740億円)を使って、原子炉の解体、廃炉、廃棄物の貯蔵容器への収納を担当する。

KFKは、「2022年以降、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場の建設と運営については、国が責任を負うべきだ」と提案。つまり、電力会社は最終貯蔵処分については一切の費用負担責任を免除される。そのかわりKFKは、大手電力会社4社に対し、233億ユーロ(3兆290億円)の資金を、2022年までに公的な基金に払い込むよう要求した。万一電力会社が倒産した場合にも、準備金を確保するためである。だがこれまでに電力会社が積み立てている370億ユーロから、廃炉解体費用198億ユーロを差し引くと、172億ユーロしか残らない。KFKは、「最終貯蔵処分場の建設と運営のためのコストがいくらになるかについては、不確定要素が多い。このため電力会社の準備金だけでは足りなくなる場合に備えて、61億ユーロ(7930億円)上乗せした」と説明している。

大手電力4社にとって、2022年以降、放射性廃棄物に関する一切の費用負担責任とリスクから一切免除されることは大きなメリットだ。最終貯蔵処分場の運営者は、今後何百年にもわたって安全を保障しなくてはならないからだ。投資家はこの提案を歓迎した。KFKがこの提案を発表した日、エーオンの株価は4%、RWEの株価は6%上昇している。

電力会社は提案を拒絶

しかしKFKが、払い込む額を61億ユーロも増やしたことは、電力会社にとって大きなショックだった。電力会社はこの資金を準備するために、国内外の発電所や子会社などを売却しなくてはならない。メルケル政権の脱原子力政策だけでなく、再生可能エネルギー拡大による電力の卸売り価格の低下のために、大手電力会社の業績は、大幅に悪化している。バックエンド費用の負担増加によって、電力会社の業績がさらに悪化する可能性もある。

このため大手電力4社は、「我々はバックエンド費用について、相応の負担を引き受ける覚悟がある。だが61億ユーロの増額は、我々の支払い能力の限界を超える」という声明を発表し、KFKの提案を拒絶。同時に電力会社は、「脱原子力の費用をどう負担するかについて、KFKとの合意を目指したい」として、政府と話し合いを続ける用意があることを明らかにした。

これまで電力会社は「我々が1950年代に原子力発電を始めたのは、西ドイツ政府のエネルギー政策によるものだ。したがって、政府もバックエンド費用を負担するべきだ」と主張してきた。KFKの提案は、電力会社の主張を部分的に受け入れたものである。

2050年に稼働開始へ

フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)のエネルギー専門記者アンドレアス・ミームは、「KFKは、今回の提案の中で、大手電力が過度な負担によって倒産しないように、配慮した。政府と企業にとって公平な内容であり、電力会社はこの提案を受け入れるべきだ」と主張している。

ドイツ政府と電力会社が基金に払い込む金額について合意できれば、この国では核のゴミ処理のためのプロジェクトが大きく前進する。ドイツ政府は2031年までに最終貯蔵処分場を作る場所を決め、2050年頃に廃棄物の搬入を開始する方針。しかし候補地を選定する際には、地域の住民が激しく反対することが予想される。今後も紆余曲折がありそうだ。日本政府も、高レベル放射性廃棄物をどう処分するのかについて、本格的な議論を始めるべきではないだろうか。

3 Juni 2016 Nr.1027

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:52
 

ドイツ社会はAfDに歯止めをかけられるか?

「イスラム教は、ドイツには属さない」。これは、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が5月1日、シュトゥットガルトで開いた党大会で綱領に盛り込んだ言葉である。同党はイスラム過激派だけではなく、イスラム教そのものがドイツの基本法(憲法)と相いれないという立場を打ち出したのだ。

イスラム教全体を敵視

さらに同党は、イスラム教寺院の尖塔(ミナレット)や、尖塔から拡声器を使ってイスラム教徒に礼拝を呼びかけるムアッジンの禁止、外国からの資金で建設されたイスラム教寺院の閉鎖も要求している。AfDが「イスラム教はドイツの法秩序や文化と相いれない」と主張するのは、同党が「イスラム教は政治的性格が強く、キリスト教と違って、国家の支配を目指す宗教」と考えているからだ。

アンゲラ・メルケル首相はこれに対し「ドイツの憲法は宗教の自由を保障している」と述べ、AfDの主張に反対している。

ドイツにはトルコなどから来た約400万人のイスラム教徒が住んでいる。この数は、人口の約5%に当たる。彼らの大半は、平和を愛しテロを拒絶している。テロ民兵組織「イスラム国」(IS)のような過激集団は、糾弾されるべきだが、AfDの主張は全てのイスラム教徒を敵視するものだ。

AfDの主張は、メルケル首相への攻撃でもある。メルケルは、「イスラム教はドイツに属する」と公言したことがあるからだ。この発言には、キリスト教民主同盟(CDU)やキリスト教社会同盟(CSU)内の右派からも、疑問視する声が出た。AfDは、「メルケルの政策はリベラル過ぎる」という不満を持つ保守勢力を、ひきつけようとしているのだ。

シュトゥットガルトでの党大会では、「イスラム教徒と対話を深めるべきだ」と発言した党員もいたが、激しいやじとブーイングで沈黙させられた。

「AfDは外国人に敵意を抱いている」

同党は政策綱領の中で「ドイツ経済が必要とする技能を持ち、この国に溶け込もうとする外国人の移住は促進する。しかし、ドイツの社会保障制度を利用することを目的とする無秩序な移民の受け入れは禁止するべきだ」と主張している。だが今年1月末には、同党のフラウケ・ペトリー党首が「ドイツは国境を閉ざすべきだ。難民が警官の制止にもかかわらず、国境を突破した場合、警察官は銃を使用してでも、難民の侵入を防ぐべきだ」と発言した。

法律によると、ドイツの警察官は国境を越えようとする外国人に対して発砲することを禁じられている。ペトリー党首の発言はそうした法律を無視するものだが、AfD内部からは抗議の声は出なかった。

メルケル政権のハイコ・マース連邦法務大臣は、あるインタビューの中で、「AfDはドイツを全く異なる国に改造しようとしている。同党は外国人に敵意を抱いており、極右勢力との間に明確な一線を画していない。AfDはドイツ人を扇動して、外国人と対立させようとしている。多くのドイツ人は、AfDが望むような国には住むことを拒否するだろう」と述べている

またCDUのペーター・タウバー幹事長も、「AfDは、我々の国を強くし、成功させてきた価値体系を踏みにじる、反ドイツ政党である。その政策の背後にあるのは愛国心ではなく、反動主義と権威主義だ」と断定している。

州議会選挙で大躍進

確かに、AfDが主張する政策は極端である。同党は徴兵制度の復活を求めている。反EU政党であるAfDは、ドイツがユーロ圏から脱退し、マルクを復活させることを望んでいる。さらにテレビやラジオの受信料支払い義務に反対し、公共放送局の数を減らすべきだと主張している。また「メルケル政権のエネルギー転換、特に再生可能エネルギーの振興によって電力料金が高くなっていることは受け入れがたい」として、再生可能エネルギー拡張政策を見直して、原子力発電所の再稼働を求めている。

興味深いのは、これまでAfDの主張を大きく取り上げてこなかったドイツの大手メディアが、今年春以降はAfDの提案を具体的に報じ始めたことである。その背景には、報道関係者の間で、「難民危機を追い風にして、ドイツでは中間階層にもAfDの支持者が増えている。このため、AfDについて、極右政党という烙印を押すだけでは、もはや問題を解決できない。AfDの主張を詳しく報道・分析して、その誤りを暴くことにより、市民にAfDの危険性を伝える必要がある」という意見が強まっているからだ。

報道関係者がこのような危機感を抱く理由は、AfDが3月に旧西ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州、ラインラント=プファルツ州、旧東ドイツのザクセン=アンハルト州で行われた州議会選挙で、二桁の得票率を記録し、大躍進したことだ。特にザクセン=アンハルト州では、約27万人がAfDを選び、得票率は24.2%に達した。AfDが来年の総選挙で連邦議会入りすることは、確実と見られている。

AfD現象は、フランスでの極右政党の躍進、米国大統領選挙でのドナルド・トランプへの人気集中、ポーランドやハンガリーの右傾化と共通の根を持つ。社会と経済の急激な変化に不安を持つ庶民が、排外主義に拠り所を求めているのだ。

ドイツ社会は、AfDの躍進に歯止めをかけることができるだろうか?

20 Mai 2016 Nr.1026

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:26
 

VW、排ガス不正で創業以来最大の赤字に転落

昨年9月に発覚したフォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正は2015年の同社の業績に深い爪痕を残し、VWは創業以来最大の赤字を記録した。2016年4月22日、VWのミュラーCEOは2015年12月期の業績を発表した際に、「排ガス不正は、我が社に非常に大きな経済的負担をもたらした」と述べ、VW史上最悪のスキャンダルが、業績の大幅な悪化につながったことを認めた。

監査役会会長
ハンス・ディーター・ペッチュ監査役会会長と、
VWのマティアス・ミュラーCEO(右)

排ガス不正対策費用を増額

VWの本業からの儲けを示す業務利益は、2014年には126億9700万ユーロ(1兆6506億円・1ユーロ=130円換算)だった。だが2015年の業務利益は、40億6900万ユーロ(5290億円)の赤字となった。

またVWは2014年に110億6800万ユーロ(1兆4388億円)の当期利益(税引き後)を稼いでいたが、2015年は13億6100万ユーロ(1769億円)の赤字に転落した。

その最大の原因は、排ガス不正対策費用の大幅な増加である。2015年9月にVWは、「排ガス不正による追加コスト」として67億ユーロ(8710億円を準備した。しかしこの額ではリコール費用や米国での訴訟での和解費用、民事制裁金をカバーできない可能性が強まった。このためVWは「排ガス不正対策コスト」を当初の2倍を上回る162億ユーロ(2兆1060億円)に引き上げたのだ。

この結果、VWは配当を前年に比べて大幅に引き下げた。2014年に基幹株を持っていた株主は、1株あたり4.80ユーロ、優先株を持っていた株主は4.86ユーロの配当を受け取ったが、VWの取締役会は、2015年度の配当を基幹株について0.11ユーロ、優先株について0.17ユーロに引き下げた。

ミュラーCEOは株主の怒りをなだめるために、コメントを出した。「VWの基幹ビジネスそのものは、非常にうまくいっている。売上高は、前年に比べて5.4%増えている。排ガス不正がなければ、2015年度12月期の業務利益は、128億ユーロ(1兆6640億円)になるはずだった」。

ミュラーは、排ガス不正が2016年度の業績にも影を落とすという見通しを明らかにした。同社は年度の売上高が2015年度よりも最高5%減ると予想している。特に米国市場ではVWの車の売れ行きが鈍っている。2016年の第1四半期の米国での販売台数は、排ガス不正のために、前年比で13%減った。

取締役の巨額報酬に対する批判

2016年の春、ドイツではVWの取締役が受け取る巨額の報酬について、激しい議論が行われた。ドイツの日刊経済紙「ハンデルスブラット」のガボア・シュタインガルト編集長は、2016年4月8日付の電子版でこう述べている。「2014年に財務担当取締役だったハンス・ディーター・ペッチュの2014年の年間報酬は、646万ユーロ(8億4000万円)だった。ペッチュは2015年に監査役会長に就任し、その報酬は1000万ユーロ(13億円)に引き上げられる。約55%の増額である。排ガス不正によって、多くの人々が迷惑を受けている。VWの社員は会社の将来を案じ、株主は経済損害を受け、顧客はだまされたと感じている。こうしたときに、VWの深刻な危機について責任の一端がある人物が、以前の報酬を大幅に上回る報酬を受け取るのだ。長い伝統を持つVWという企業が、今日ほど市民感覚から遠ざかったことは一度もなかった」。

VWの取締役報酬の計算方法は、複雑である。取締役報酬の大半は、業績連動型のボーナスである。しかも単に前年の業績だけではなく、その年に先立つ数年間の業績に基づいて計算される。例えば、排ガス不正の責任を取って2015年9月にCEOを辞任したヴィンターコルンの2014年度の年間報酬は、1502万ユーロ(19億5260万円)だった。次の表が示すように、その内基本給は192万ユーロ(2億5000万円)で、残りは前の年もしくはそれ以前の年の業績に連動して支給されるボーナスだ。

事故保険料例

ドイツ社会からの批判を受けて、2016年4月22日にペッチュは、2015年の業績連動型ボーナス230万ユーロの一部を返上することを明らかにした。取締役も、契約に基づく報酬の一部を返上する。

さらにVWは、排ガス不正による業績悪化を理由に、取締役の業績連動型ボーナスのうち30%を優先株の形で3年間にわたって凍結する。3年後のVWの株価が、2016年春の株価に比べて25%高くなっていない場合には、ボーナスの内凍結された部分は、支払われない。

VWは「この結果、2015年12月期の業績について、取締役に払われる業績連動型ボーナスは、2014年に比べて57%減る」と説明している。当初取締役たちからは、「契約に基づく報酬の一部を、なぜ減らされなくてはいけないのか」という声も出ていた。だがさすがのVW経営陣も、世論の批判や従業員の感情を無視することはできず、報酬を削減せざるを得なかったわけだ。

VWは排ガス不正をきっかけに、今後も企業体質の改善を迫られるだろう。

6 Mai 2016 Nr.1025

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:53
 

パナマ文書 暴露の衝撃

調査報道に基づくドイツ発のスクープが、全世界を揺るがしている。4月4日、ドイツの日刊紙南ドイツ新聞(本社ミュンヘン)は、多数の政治家、スポーツ選手、ビジネスマンらがパナマなどに持っていたオフショア資金口座の実態を暴露した。この報道をきっかけに、資産を隠していた富裕層に対し、税務署や検察庁の捜査のメスが入る可能性もある。

パナマ文書
パナマ文書を基に、各国指導者や著名人による脱税など
不正取引がなかったか調査を開始

アイスランドの首相が退陣

南ドイツ新聞は、パナマの弁護士事務所「モサック・フォンセカ」が、政治家や富裕層のために英国バージン諸島、パナマ、バハマ、セイシェルなどの租税回避地(タックス・ヘイブン)に設置した21万4488件のペーパーカンパニーに関する情報を入手した。その情報量は、2.6テラバイト、文書にして1150万枚に達する。同紙はデータの量が膨大である上、取材対象が多くの国にまたがっていることから、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の協力を依頼。約80カ国の新聞社や放送局100社から、約400人の記者が取材に加わった。

取材チームは、ペーパーカンパニーの名義人のリストの中に、多くの有力者や著名人の名前を発見した。たとえばウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領、アイスランドのシグムンドゥル・ダヴィード・グンラウグソン首相、ロシアのプーチン大統領の側近セルゲイ・ロルドゥギンらの名前がリストに載っていた。またシリアのアサド大統領の従弟や、アルゼンチンのサッカー選手リオネル・メッシもこの弁護士事務所を通じて、郵便受けだけがあって実体のない幽霊会社を開設していた。

この内アイスランドのグンラウグソン首相は、2009年末まで妻とともにペーパーカンパニーを持っており、オフショア口座にアイスランドの銀行の社債を保管していた。首相は4月5日に市民らの抗議を受けて辞任した。

各国政府が調査を開始

ドイツ連邦政府の副首相ジグマー・ガブリエル経済大臣は、「名義人に匿名性を与えるペーパーカンパニーや財団の設置を、世界中で禁止するべきだ」と要求。連邦財務省のヴォルフガング・ショイブレ大臣も、「パナマ文書の暴露によって、実体のないオフショア幽霊会社への資金隠しを禁じるための圧力が高まったと言える」と述べた。各国の政府も、モサック・フォンセカ弁護士事務所を通じてペーパーカンパニーを作った企業や個人に対する調査を開始。さらに南ドイツ新聞の報道から、ドイツの銀行28行が、モサック・フォンセカ弁護士事務所の仲介でオフショア幽霊会社を開設していたことも明らかになった。この事務所の仲介でオフショア幽霊会社を顧客のために作った銀行の数は、世界中で約500行に上る。ペーパーカンパニーを作ること自体は違法ではないが、脱税のために使われた場合は、法律に触れる可能性がある。各国の税務当局は、金融機関に対して会社設立を仲介した経緯について、事情聴取を開始する方針。 モサック・フォンセカ弁護士事務所は、「過去40年間にわたり、全く違法行為を行っていない」と述べた上で、わが社が仲介して創設されたオフショア会社を悪用する顧客がいたとしたら、遺憾である」という声明を発表している。また同事務所は、「我々はハッカーによって情報を盗まれた被害者だ」と主張している。

背景に金融業界の変化

インターネット上では、この事務所だけでなく、 多くの会社が顧客のためにオフショア資金口座を開設するサービスを行っている。これらの企業は、顧客に匿名性と秘密厳守を約束する。このため資金を目立たない場所にプールしたいと考える企業や個人にとっては、オフショア幽霊会社や秘密口座は「隠れ家」として悪用されかねない。

バージン諸島やパナマなどのタックス・ヘイブンが多くの企業・個人によって使われる背景には、金融業 界のグローバルな変化がある。近年、欧米の捜査当局や税務署はテロ組織の金の流れや資金洗浄、脱税犯に対する捜査を強化しており、スイスやルクセンブルク、リヒテンシュタインの銀行は匿名口座を原則として禁止している。30年前には、ドイツの富裕層が多額の現金を車でスイスまで運んで、銀行に匿名口座を作り、ドイツの税務署の目を逃れることができたが、現在では金融機関側が拒否する。多くの国の銀行では、税務当局からの問い合わせがあった場合、「銀行の顧客に関する情報の守秘義務」は存在しない。

ドイツでは、2008年頃からドイツ・ポストの社長だったクラウス・ツムヴィンケルや、サッカーチームFCバイエルン・ミュンヘンのマネジャー、ウリ・ヘーネスなど大物脱税者の摘発が目立っている。これらの脱税犯が摘発されたきっかけは、リヒテンシュタインなどの銀行員が、資産を隠していた富裕層のリストをドイツの税務当局に数億円の報酬と引き換えに売ったことだった。これを受け、ドイツでは富裕層が刑事訴追を逃れるために、税務署に脱税の事実を暴露するケースが急増している。このように欧州で税務調査が厳しさを増していることから、一部の富裕層は、匿名性を保証するオフショア・カンパニーに資金を隠しているのだ。世界中の大半のサラリーマンは、源泉徴収で税金を取られているので、資産隠しは難しい。多くの国々で所得格差が拡大し、市民の不公平感は強まっている。パナマ文書の暴露報道で、各国政府はタックス・ヘイブンへの圧力を高めるだろう。

15 April 2016 Nr.1024

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:53
 

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