ジャパンダイジェスト
独断時評


集団的自衛権とドイツ

日本では今、集団的自衛権をめぐり激しい議論が行われている。もし安倍政権の主張が通れば、日本が戦後約70年にわたって貫いてきた大きな原則が変更されることになる。

憲法解釈を変更へ

集団的自衛権とは、同盟に属するほかの国が攻撃された場合、自国が攻撃されたことと同等にみなして、他国を防衛するために戦う権利である。

例えば、ドイツが加盟している北大西洋条約機構(NATO)は、典型的な集団的自衛組織だ。もしポーランドが外国から攻撃された場合、ドイツはほかのNATO加盟国とともに、ポーランドを防衛するために戦う義務を負う。その代わり、ドイツが他国に攻撃された場合は他国の防衛援助を受けられる。

国連憲章の第51条は、個別自衛権だけではなく、集団自衛権も認めている。これまで日本の歴代政権は、「日本には集団自衛権があるが、憲法の制約のために行使できない」と解釈してきた。ところが安倍政権は、「国際情勢の変化に伴い、集団的自衛権を行使できるように憲法上の解釈を変更する」方針を打ち出している。安倍政権は集団的自衛権を行使する状況の具体的な例として次の2つを挙げている。

・公海を航行中の米軍の艦艇が他国から攻撃を受けた場合、併走していた自衛隊の艦艇が反撃する。
・米国に向かうかもしれない弾道ミサイルが飛んできたときは、自衛隊がこれを撃墜する。

安倍首相の私的な諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は、5月末までに報告書を首相に提出し、政府はこれを受けて6月22日の国会閉会までに憲法解釈の変更を決める予定だ。

安倍首相とラスムセンNATO事務総長
5月6日、ブリュッセルにあるNATO本部を訪れた安倍首相、ラスムセンNATO事務総長と

背景にアジアの緊張激化

端的に言えば、これまで自衛隊は米軍とともに戦うことはできなかったが、今回の憲法解釈の変更によって、初めて米軍と共同で外国軍と戦えるようになるということだ。

ただし、自衛隊の戦闘行動にどのような制約を加えるかについては様々な論議がある。例えば、自衛隊が戦える地域を国内もしくは周辺地域に限定するのか、それとも、アフガニスタンやイラクのような遠隔地まで含めるのかについては結論が出ていない。

背景にあるのは、東アジアでの緊張の高まりだ。日本は中国・韓国との間で、島の領有権をめぐるトラブルを抱えている。中国は核保有国である上、軍事予算を増やして装備の近代化を進めている。さらに、核爆弾を保有する北朝鮮は、弾道ミサイルの発射実験などの挑発行為を繰り返している。

地理的にNATO同盟国の中に身を埋めているドイツとは異なり、日本には周辺に同盟国がない。日本は米国との間で日米安全保障条約を結んでいるが、これは世界でも珍しい片務条約だ。つまり、日本が攻撃された場合に米国は日本のために戦う義務を負うが、日本は米国が攻撃されても、米国のために戦うことはできない。平和憲法(日本国憲法第9条)の制約があるからである。つまり日本は今、憲法の解釈をめぐって戦後最大の節目に立っているのだ。

米国の力の弱まり

集団的自衛権をめぐる議論のもう1つの背景は、米国の国力が弱まって「世界の警察官」の役割を果たせなくなったことだ。米国は2001年の9・11事件以後、アフガニスタンとイラクで戦争を行って多数の犠牲者を出し、巨額の戦費を支出してきた。米国政府は財政赤字や公的債務を減らすために、国防予算の増加に歯止めを掛けなければならない。このため、世界各地のあらゆる局地紛争に「火消し役」として馳せ参じることは、もはやできない。

そこで米国は、同盟国に軍事貢献を増やすように要求している。安倍政権が自衛隊の米軍との共同作戦を可能にしようとしている背景には、米国からの圧力もあるだろう。

ドイツの経験

私は24年前から、欧州の安全保障問題について取材、執筆を続けてきたが、日本での議論の中で1つ欠けているものを感じる。それは、自衛隊が米軍と肩を並べて戦うことについて、我々日本人に相応の覚悟ができているのかということだ。

死傷者のない戦争はない。ドイツはNATOの一員として、2002年からアフガニスタンに軍を派遣し、タリバンと戦ってきた。アフガニスタンには常時約5000人のドイツ軍将兵が駐屯し、これまでに55人が棺に納められて故国に帰還した。

1999年のコソボ紛争で、ドイツ連邦軍はNATOのセルビア空爆に参加。空爆の約90%は米軍が行ったが、ドイツも初めて電子偵察任務などを担当した。当時の政権党は社会民主党(SPD)と緑の党だったが、特に平和主義を重視する緑の党にとっては、参戦の苦悩は大きかった。ある意味、緑の党は志を曲げた。

国際情勢の変化に合わせて、法律を改正することはやむを得ない。ドイツは50回以上憲法を改正してきた。だが、今の日本での議論は、憲法や国際法に焦点が絞られている。我々は、これから自衛隊員を戦地へ送ろうとしている。そしてそのうちの何人かは、亡骸として日本に帰ってくることになるかもしれない。我々日本人はこのことについて十分な覚悟ができているのか、議論する必要があると思う。

16 Mai 2014 Nr.978

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:45
 

インターネット産業革命がやってくる

機械が自動的に機械を製造する―。SF映画に時々現れる「未来の工場」が、現実化しつつある。

欧米の産業界では、「第4の産業革命」ともいうべき大変革が静かに進行している。そのキャッチフレーズは、「インドゥストリー4.0(Industrie 4.0)」である。

ネットによる生産システム

これは、ドイツ連邦政府が「第4の産業革命」と名付けて、官民一体で推進している技術開発プロジェクトである。第1の産業革命は、18世紀から19世紀に掛けて英国で始まった。蒸気機関や水力機関が中心となり、自動織機の開発は、繊維業の生産性を飛躍的に高めた。第2の産業革命は、20世紀初頭に始まった、電力を使った労働集約型の大量生産方式の導入。3番目は1970年代に始まった、電子技術の導入による生産工程の部分的な自動化である。

これに続くインドゥストリー4.0は、インターネットと人工知能の本格的な導入によって、生産・供給システムの自動化、効率化を革命的に高めようとする試みだ。米国では「インダストリアル・インターネット(Industrial Internet)」、つまり産業インターネットと呼ばれている。

ハノーファー・メッセでも話題に

今年4月にメルケル首相は、世界最大の産業見本市ハノーファー・メッセの会場を訪れ、ある模型の前で足を止めた。それは、ベージュ色のプラスチック素材で作られた未来の自動車工場の模型である。ドイツで最大の電機・電子メーカー、シーメンスのヨー・ケーザー社長が、マイクを片手に解説した。この模型は、シーメンスが自動車メーカー、フォルクスワーゲンと共同で開発中の「スマート自動車工場」を概念化したものだ。

「スマート工場」は、インターネット産業革命の中核となるもので、ネットによって結ばれた生産システムである。インターネットの最大の特徴は、リアルタイム(即時)性だ。スマート工場はこの特性を最大限に活用し、生産拠点や企業間の相互反応性を高める。具体的には、生産工程に関わる企業がネットによって伝達される情報に反応して生産・供給活動を自動的に行う。人間が関与しなくても、機械がネットによって情報を伝達し合い、生産や供給を行うので、「スマート(利口な)」という言葉が使われている。

ハノーファー・メッセ
4月に開催された産業見本市「ハノーファー・メッセ」のシーメンスの展示

生産・供給への人間の関与が不要に

例えば、自動車を組み立てているA工場と、そのために自動車部品を供給しているB社をネットで繋ぎ、A工場で部品の在庫が一定水準以下に減ると、その情報がネットを通じてB社に自動的に伝達される。するとB社から自動的に部品がA工場に供給され、代金の支払いも自動的に決済される。このプロセスには、人間が一切関わる必要がない。組立工場の内部では、工作機械の不具合などがあると、システムが異常を自動的に感知し、自動的に修理する。

現在、ドイツではスマート工場に関する試験プロジェクトが次々に生まれている。例えば、企業財務ソフトウエアの大手SAPは、自動生産システムメーカー、フェストと電力・ガス供給の自動制御システムのメーカー、エルスターとともに研究を行っている。

ドイツでは自動車、IT、機械製造の各業界がインドゥストリー4.0に重大な関心を寄せており、連邦政府も「第4の産業革命の波に乗り遅れたら競争力に悪影響が出る」として、研究活動を積極的に支援している。

最先端は米国

この種のスマート・ビジネスが最も進んでいるのは、グーグルやフェイスブックが本社を置き、IT分野で欧州やアジアに水を開けている米国だ。同国は、インターネット利用者の嗜好に関するビッグ・データの活用においては世界で最も進んでいる。

例えば、読者の皆さんもインターネットを利用していて、自身が関心のある製品や旅行先の検索をした後、次に見るサイトの片隅にそれに関する広告が自動的に現れたり、そうした製品に関する宣伝メールが送られてくることに気付かれた方も多いだろう。大手通販サイトのアマゾンも、「あなたはこんな本に関心があるのではないですか」と新刊の購入を勧めてくる。これは、インターネットを利用して消費者の嗜好に関するデータを集め、人工知能がデータを分析して消費者に商品を勧めるスマート・ビジネスの一例だ。

このように米国は、まず大衆向けの商品に関するビジネスのスマート化を進めているが、今後は工業用のスマート・ビジネスを本格化させる。米国のジェネラル・エレクトリック、シスコ、インテルが、今年4月上旬に「産業インターネット・コンソーシアム(IIC)」というプロジェクトをスタートさせたのはその表れだ。

労働市場には悪影響も

スマート工場建設の鍵の1つはソフトウエアの開発だが、多額の資金が掛かるため、ドイツ企業の90%を占める中規模企業(ミッテルシュタント)にとっては不利だ。このため、政府が主導で産業のスマート化を進めようとしていることは重要である。

ただし、産業のスマート化には問題点もある。スマート工場が普及した場合、企業は人件費を大幅に削減することができるが、労働市場には悪影響が出る。政府は、インターネット産業革命が社会に及ぼす悪影響についても十分配慮してほしいものだ。

2 Mai 2014 Nr.977


最終更新 Donnerstag, 01 Mai 2014 13:35
 

エコ電力助成制度改革、「勝者は産業界・敗者は庶民」

4月8日、メルケル政権は再生可能エネルギー促進法(EEG)改革法案を閣議決定した。ジグマー・ガブリエル経済相(社会民主党=SPD)は、「この改革によってエネルギー革命(Energiewende)は新たなスタートを切る。我々は再生可能エネルギーを拡大するだけでなく、その透明性と安定性を高める」と述べて、法案の重要性を訴えた。

コスト増に歯止めを!

メルケル政権がこの法案を打ち出したのは、太陽光や風力など、再生可能エネルギー拡大のためのコストが年々増大し、産業界や消費者団体から苦情が出ていたためだ。今年、電力消費者が負担する助成金の総額は236億ユーロ(3兆3040億円、1ユーロ=140円換算)に上る。シュレーダー政権がEEGを施行させた2000年と比べ、約26倍の増加だ。電力を1キロワット時消費するごとに市民や企業が支払う助成金の額も、13年は前年比47%、14年には18%増えた。

ガブリエル経済相の狙いは、この助成金の増大に歯止めを掛けることにある。例えば、今年8月1日以降に建設される発電装置(出力500キロワット以上)については、その電力を卸売市場で直接売ることを義務付ける。将来は、市場で売らなければならないエコ電力の比率が拡大していく。

ガブリエル経済相
ガブリエル経済相(SPD)

弱められた改革案

だが、300ページを超える法案を読むと、ガブリエル氏が今年1月に打ち出した改革案の骨子に比べて、緩和された点が多いことに気付く。その理由は、産業界や一部の州政府がガブリエル氏の最初の提案に猛烈な集中砲火を浴びせて見直しを迫ったからだ。

例えば、ガブリエル氏は当初、「毎年新しく設置される陸上風力発電の発電容量を2500メガワットに限定する」と上限を設定していた。しかし、メクレンブルク=フォアポンメルン州など、風力発電を重視する州政府はこの上限に反対。北部の州が連邦参議院で法案をブロックすることを防ぐために、ガブリエル氏は「古い発電プロペラを更新する場合には、その分は新規の発電容量には含まない」という一文を盛り込まざるを得なかった。

さらに、洋上風力発電装置についても、助成金額の削減幅が今年1月の提案に比べて緩和された。これも北部の州政府の圧力によるものだ。北部の州政府は、ガブリエル氏の改革法案によって、洋上風力発電プロジェクトに資金を出す投資家が尻込みすることを懸念していた。

産業界の権益を保護

また、ガブリエル氏はドイツの産業界に対しても大幅に譲歩した。彼は1月の提案の中で、産業界のEEG助成金の負担を大幅に増加させることを計画していたが、もともとアルミニウム製造企業や製鉄業、化学メーカーなど、電力を大量に消費する企業については、EEG助成金の負担が減免されていた。電力コストによって、企業の国際競争力が弱まることを防ぐためである。現在、2098社がこの減免措置を受けており、これらの企業が支払いを免れているEEG助成金の総額は、毎年約51億ユーロ(約7140億円)に上る。

だが、この減免措置については、緑の党や消費者団体から是正を求める声が上がっていた。個人世帯や中小企業などは、減免措置を受けられないからである。さらに欧州委員会も、「EEG助成金の減免は国内企業への保護措置であり、欧州連合(EU)の法律に違反する」として調査を開始していた。

このためガブリエル氏は、EEG助成金の減免措置を受けられる企業の数を1600社に減らすことを決定。ただし、これらの企業が負担するのはEEG助成金の15%に過ぎず、助成金負担には企業収益の4%までという上限が設けられている。このため、51億ユーロの節約額は変わらない見通し。ここに、電力を大量に消費する企業に対する配慮が感じられる。ドイツ産業連盟(BDI)やドイツ商工会議所連合(DIHK)が、「電力コストが高騰するなら、企業は生産拠点をドイツから国外へ移す」と反対キャンペーンを行ったのが功を奏した。

また、自家発電についてもガブリエル氏は産業界に譲歩した。現在、自家発電による電力についてはEEG助成金が課されていないが、同氏はこの例外措置を廃止する方針だった。しかし今回の改正案によると、8月1日以前に稼働した自家発電装置についてはEEG助成金が免除され、それ以降に稼働する自家発電装置についても、EEG助成金負担は最高50%に制限される。

個人世帯の負担は増加へ

改革法案が緩和された結果、個人世帯の助成金はすぐには下がらない。2020年の時点で1キロワット時当たりのEEG助成金は、現在より0.2セント高くなる。個人世帯が1年間に払うEEG助成金は現在よりも7ユーロ増える。大企業が有利になり、庶民が相対的に重い負担を抱えるという構図は変わらない。

ベルリンのドイツ経済研究所(DIW)のクラウディア・ケムファート研究員は、「今回の改正案は抜本的なものではなく、ミニ改革。勝者は産業界と言える」とコメント。メルケル政権は結局、産業界と一部の州政府の権益を重視したようである。ドイツでは毎年、電力料金を支払えないために、およそ35万世帯が一時的に電気を止められている。消費者団体からは、さらに踏み込んだ改革を求める声が高まるに違いない。

18 April 2014 Nr.976

 

最終更新 Montag, 28 April 2014 16:37
 

ウクライナ危機・ メルケル首相の苦悩

 「ロシアによるクリミア半島の併合は、ウクライナの憲法と国際法に違反する行為であり、断じて受け入れられない。欧州の時計の針を19・20世紀に後戻りさせてはならない」。メルケル首相は、3月14日に連邦議会で行った演説で、ロシアのプーチン大統領(以下略称)を厳しく批判した。

第2の東西冷戦?

現在、欧米とロシアの関係はベルリンの壁崩壊後最悪の状態にある。プーチンは3月初めにクリミア半島に戦闘部隊を送ってからわずか1カ月の間に、クリミア半島をロシアに編入した。クリミア半島に駐屯していたウクライナ軍の将兵約1万8000人の大半はロシア軍に寝返り、プーチンは本格的な戦闘も行わずに、ウクライナの領土の一部を手に入れた。

このため欧州連合(EU)と米国は、ロシアの議会関係者や軍人らが欧米に持つ銀行口座を凍結したり、入国を禁止したりするなどの制裁措置を発動。さらに主要経済国の意見交換の場であるG8からロシアを締め出し、6月にソチで予定されていた首脳会議もボイコットした。

今、メルケル首相の肩にはウクライナ危機の解決の糸口を見付けるという大きな責任がのしかかっている。ドイツは、2009年末に表面化したユーロ危機との戦いで、EUの事実上のリーダーとなった。メルケル首相は欧州委員会との緊密な連携の下で各国の利害を調整し、合意に導いた。この結果、ユーロ危機は現在のところ沈静化している。

リーダー役を期待されるドイツ

EU諸国や米国では、ウクライナをめぐる外交紛争においても、ドイツが主導権を握ることを期待する声が高まっている。その最大の理由は、ドイツとロシアには歴史的・経済的に深い関係があるからだ。東西冷戦の時代、旧東独には30万人を超えるソ連軍が駐留していた。1989年のベルリンの壁崩壊以降、当時首相だったヘルムート・コール氏はソビエト連邦共産党のゴルバチョフ書記長と交渉して、東西統一への同意を勝ち取った。さらには、旧東独からのソ連軍の撤退も了承させた。

ドイツは合意と引き換えに、旧東独から撤退するソ連軍将兵が祖国で暮らす住宅の建設費用を負担するなど、様々な経済支援を行ってきた。ドイツは、旧ソ連諸国が政治的・経済的な混乱に陥った場合、難民の流入などによって最も大きな影響を受ける。このため、ドイツはロシアやウクライナとの関係を積極的に維持してきたのである。「ロシアを西側の運命共同体に取り込むことが、欧州全体の安定性を高める」というのが、歴代のドイツ政府の外交政策の基本であった。ドイツの提案により、1990年代にロシアをG7に迎え入れたのも、この哲学の表れである。

深い経済関係

経済関係も密接だ。ドイツは、単独の国としてはロシアとの貿易額が最大で、約6300社のドイツ企業がロシアに生産や営業活動の拠点を置いている。フォルクスワーゲンやシーメンスなどの大手企業だけでなく、中規模企業(ミッテルシュタント)もロシアに拠点を持っており、その投資額の合計は約200億ユーロ(2兆8000億円、1ユーロ=140円換算)に達する。さらに、天然ガス輸入量の35%をロシアに依存している。

また、ドイツはユーロ危機に端を発した不況によって大きな悪影響を受けていないため、ウクライナ問題に専念する余裕がある。これに対し、フランスやイタリアはロシアに地理的に遠い上、今なお不況の影響で苦しんでおり、自国の経済状態と財政を立て直すことで手一杯だ。また英国は、ロシアの富豪たちが欧州で最も多く投資を行う国であるため、ロシアに対する制裁については消極的だ。英国は将来、国民投票によってEUに残留するかどうかを決定する方針を発表しており、EUに対して距離を置く姿勢を強めている。

焦点はウクライナ東部

現在、メルケル首相やEUが最も憂慮しているのは、クリミア危機がウクライナのほかの地域に飛び火することだ。ウクライナ東部のドンバス地域では、ロシア系住民の比率が高く、一部の住民がロシアに帰属したいという意向を表明している。さらにプーチンは、ウクライナ東部国境に軍を集結させている。このため、欧米はウクライナ東部でも住民投票が行われ、ロシアがこの地域を併合することに強い危機感を募らせている。

欧米は、ロシアがウクライナ東部も併合した場合、ロシアからの天然ガスや、石油の輸入削減や禁輸も含めた本格的な経済制裁に踏み切る方針だ。メルケル首相はそのような事態を防ぐために、プーチンと頻繁に電話で協議する一方、シュタインマイヤー外相をウクライナ東部などに派遣して、事態の沈静化を図っている。3月末には、欧州安全保障協力機構(OSCE)が文民監視団をウクライナに派遣し、情報収集を開始したが、これもドイツの提案に基づいている。

メルケル首相は、前任者のシュレーダー氏ほどプーチンと密接な関係を築いていなかった。むしろ旧ソ連支配下にあった東独で育ったこともあり、秘密警察出身のプーチンに対しては、元々批判的で冷淡だった。

過去20年間で最も重大な安全保障上の試練を、メルケル首相はどう乗り切るのだろうか。

4 April 2014 Nr.975


最終更新 Mittwoch, 02 April 2014 17:08
 

ウクライナ危機とドイツ

2月末にウクライナで起きた政変はクリミア半島に飛び火し、西欧諸国や米国まで巻き込む事態となった。ドイツ連邦政府のシュタインマイヤー外相は、この事態を「ベルリンの壁崩壊以来、欧州の安全保障にとって最大の危機」と呼ぶ。欧米とロシアが対立する「第2次冷戦」を懸念する論調も強い。

クリミア半島を「占領」したロシア

 3月初めから黒い覆面で顔を隠し、国家記章や階級章を軍服から外した完全武装の兵士たちが、クリミア半島の空港や議会の建物を占拠。ウクライナ軍の兵舎を包囲した。その数は3万人に達すると言われる。

私は、テレビカメラの前で公共施設を封鎖する兵士たちの姿を見て、1961年8月に東独人民軍の兵士や警察官たちが、東西ベルリンの境界線に立ちはだかり、街の分割を始めた光景を思い出した。

ロシアのプーチン大統領(以下略称)は、キエフでの激しい市街戦の結果、ヤヌコビッチ大統領が失脚したことについて、「外国のテロリストによるクーデターによって、国家元首が追い落とされた。新しいウクライナ政府を承認することはできない」と主張し、「クリミアのロシア系市民を守る」という大義名分の下、戦闘部隊を投入した。ウクライナはロシアが「近い外国」と呼ぶ国の1つであり、かつてソビエト連邦に属していた国だ。

武装集団
クリミア半島でウクライナ軍の歩兵部隊基地を巡回する国籍不明の武装集団

ウクライナの西側接近を警戒

プーチンが恐れているのは、ロシア寄りだったヤヌコビッチ大統領が失脚したことで、ウクライナの新政権が欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)に加盟することだ。「近い外国」の一国が西側陣営に属することは、ロシアを取り巻く「防御帯」の縮小を意味する。1941年にナチス・ドイツ軍に侵攻されたソビエト連邦は、約2000万人の犠牲者を出し、国土が荒廃した。この記憶を持つロシアは、周辺国の西側諸国への急接近を強く警戒し、プーチンはウクライナのEUやNATOへの加盟を断固阻止しようとするだろう。

プーチンは、旧ソ連の秘密警察・対外諜報機関であるKGB出身。彼は過去に「ソビエト連邦の崩壊は、20世紀最大の惨事だった」と言ったことがあり、この言葉は、プーチンがソビエト連邦時代に強い郷愁を抱いていることを物語っている。彼が「近い外国」の国々からなる「ユーラシア連合」を創設しようとしていることも、EUやNATOに対抗する「東側陣営」を再生しようとする試みだ。

一方、ドイツなどEU加盟国と米国は、「ロシアのクリミア占領は、ウクライナの国家主権を侵すものであり、国際法に違反する」と強く批判。ロシアがクリミアから軍を撤退させない場合には、ロシア人へのビザの発給制限や、ロシア企業が西側に持つ資産の凍結を含む制裁を実施する方針だ。

EUはウクライナ新政権に、110億ユーロに上る経済援助を約束したほか、同国との間に提携条約を締結する方針で、これはロシアに対抗してウクライナ政府を強力に支援しようとする西側の決意の表れである。

EU経済に暗雲?

だが、旧ソ連のアフガニスタン侵攻後の経験からも明らかなように、経済制裁の効果は極めて低い。プーチンが経済制裁によって「改心」するとはとても考えられない。逆にロシアは、制裁に報復するためにEU向けの天然ガスなどの供給を減らす可能性がある。EUはエネルギー源をロシアに大きく依存しており、EU諸国が輸入する天然ガスの約3分の1はロシアからのものである。EUの石油、石炭についても、ロシアは最大の供給国だ。2009年にはロシアがウクライナへのガス供給を一時止めたために、ブルガリアやスロバキアなどのEU加盟国も影響を受けた。

さらに、ドイツはEUの制裁に同調する姿勢を打ち出したものの、ロシアと密接な経済関係があることから、当初制裁には及び腰であった。メルケル首相が、制裁よりもロシアと「コンタクト・グループ」という協議の場を作ることを最重視したのはそのためである。

ドイツは、ロシアの貿易額の8.7%を占め、同国にとって世界で3番目に重要な貿易相手国だ。現在ロシアでは約6100社のドイツ系企業が活動しており、投資額は約200億ユーロ(2兆8000億円・1ユーロ=140円換算)に上る。

ウクライナ危機は、ロシアと西欧間の経済紛争に発展する危険性がある。その場合、ユーロ危機後の不況からの回復途上にあるEU経済は、打撃を受けることになるだろう。

リーダー役を期待されるドイツ

親ロシア派のクリミア議会は、3月11日にウクライナからの独立を宣言した。この記事が掲載されるときには、すでにクリミア半島での住民投票が終わっているはずだ。住民の過半数を占めるロシア人は、この投票を通じて、クリミア半島をロシアに帰属させることを要求するだろう。その場合、EUと米国はロシアへの姿勢を硬化せざるを得ない。だがプーチンは、EUも米国も武力介入できないことを知っている。米国はもはや「世界の警察官」ではないからだ。

ウクライナ危機は、ドイツそして欧州全体に長期間にわたって暗い影を落とすだろう。歴史的にロシアとの関係が深いドイツには、プーチンとの交渉役として大きな期待が掛けられている。メルケル首相は危機のエスカレートを防ぐことができるのだろうか。

21 März 2014 Nr.974


最終更新 Donnerstag, 20 März 2014 13:49
 

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