昨年12月26日、安倍首相が靖国神社を参拝した。ほとんどの首相側近は、国際関係に配慮して参拝を思いとどまるよう説得を試みたが、首相は個人の信条を重視して、参拝に踏み切った。
読者の皆さんは、この靖国参拝に対するドイツ・メディアの報道について、どう思われただろうか。
厳しい独の論調
ドイツ・メディアの、靖国参拝に対する論調は厳しかった。例えば、保守系日刊フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)は、第1面で安倍首相の靖国参拝を取り上げ、首相の態度を厳しく批判する社説を載せた。「安倍首相は、靖国参拝によって自民党内外の国粋的な勢力から高い評価を受け得るだろう。だが、首相のこの態度は懸念を募らせる。彼は日本を、各国に共通で普遍的な価値観や人権とは別の方向に導こうとしている」。記事を書いたシュトルム記者は、「日本の歴史認識を中国が批判するのはもっともだ」と述べ、中国側に軍配を上げる。また、リベラルな立場を取る週刊ツァイト紙も「首相は参拝によって中韓を挑発した。日本はドイツと比べると、歴史との批判的な対決を怠ってきた」と手厳しい。
南ドイツ新聞のナイトハルト東京特派員も、「参拝は計算された挑発だ」と指摘。彼は「安倍首相は靖国参拝によって、中韓との経済関係に悪影響を及ぼす。中韓は靖国神社を参拝した首相とは交渉したがらないだろう。(中略)だが安倍首相は、彼の右翼的思想と軍国日本へのノスタルジーを覚えつつも、中韓と良好な経済関係を維持できると考えているようだ」と批判する。
安倍首相による靖国神社参拝
靖国神社本殿の参拝を終えた安倍晋三首相(左)=
2013年12月26日午前、東京・九段北「時事(JIJI)」
「歴史を反省しない日本」のイメージ
ただし、このような論調は珍しくない。ドイツのメディアは、約20年前から日本の歴史認識について批判的だからだ。私は24年前からドイツに住んでいるが、新聞・テレビ・雑誌を問わず、「日本政府はドイツと違って、戦争中に自国が行った残虐行為やほかのアジア諸国に与えた被害について真剣に反省していない」という報道に繰り返し接してきた。
この結果、多くのドイツ人の間では「日本は過去の過ちを真剣に反省しない国」というイメージが出来上がっている。特にFAZは、販売部数こそ約34万部と少ないものの、首相をはじめとする閣僚、連邦議会議員、中央官庁の幹部、大学教授、企業のトップらにとっては必読紙となっている。よって、この新聞がドイツの政財界のリーダーや知識層に与える影響は大きいと言えるだろう。冒頭に掲げたような記事によって、ドイツの知識層の日本に対するイメージが形成されていくのは、我が国にとって決してプラスにはならない。
深まる経済関係
私は、日本・中国・韓国の間で対立が深まっていることに強い危惧の念を抱いている。これら3国間では、歴史問題へのパーセプション・ギャップ(認識のずれ)が広がっているからだ。朝日新聞の12月末の世論調査によると、回答者の41%が「安倍首相の靖国参拝は良かった」と答え、産経新聞のアンケートでは、30代の回答者の過半数が「評価する」としている。ネット上では、「首相が戦死者に哀悼の意を表して何が悪い」と発言する若者も少なくない。日本の現代史に関する教育が、不十分な証拠である。
実のところ、経済や貿易の面では、日中韓の関係は深まっている。中国、台湾、香港の若者の間では、日本文化や和食、化粧品への関心が非常に強く、日本を訪れる観光客の数も増えている。「安全で美味しい」という理由から、日本からの食材もたくさん香港に輸入されている。中国、香港、台湾の消費者は、日本の製品に多大な信頼を寄せているのだ。
このように、草の根的に深まっている交流や経済関係が、政治上の諍いさかいによってダメージを受けるのは残念である。日本の経済界はコメントを発表していないが、本音の部分ではこの靖国参拝が日中貿易に与える影響について、憂慮する人もいるのではないだろうか。
相互信頼の回復を!
もちろん、日本だけが一方的に批判されるのは不当である。尖閣諸島を含む海域上空への防空識別圏の設定や、反日教育、軍備拡張など、中国側の態度にも大きな問題がある。中国は日本だけでなく、フィリピンやベトナムとも島の領有権をめぐって対立している。
だが、世界で第2・第3の経済大国の首相が領土や歴史認識で対立し、会談すら実現していないことは、異常事態だ。米国やドイツは、中国との間で着々と首脳外交を展開している。
現在東アジアが必要とするのは、緊張緩和と相互信頼の回復だ。この時点で国家の最高指導者が、個人的な信条を理由に地域の緊張を煽ることは、長期的に見て日本の国益に適うのだろうか。米国政府は「安倍首相の靖国参拝に失望した」という異例の声明を発表した。安倍首相は今回の参拝によって、米国と中国の関係性をより近付けてしまったとも言える。
本来、アジアにとっての理想的なシナリオは、日本と中国が欧州連合(EU)におけるドイツとフランスのように協力し、牽引役となることだ。アジア人は勤勉で、力を合わせれば経済的に欧米を凌駕することはたやすい。だが今のところ、そうしたシナリオは各国の政治家たちの頑なな態度のために、遠い夢である。
東アジア地域の緊張が一刻も早く緩和され、対話が再開されることを切望する。
7 Februar 2014 Nr.971