ジャパンダイジェスト
独断時評


大連立政権を揺るがす エダティー事件

日本と同じく、ドイツの政界も一寸先は闇だ。そのことを感じさせるのが、現在メルケル政権を揺るがしている「エダティー事件」だ。社会民主党(SPD)の議員が行ったオンライン・ショッピングがきっかけとなって、2カ月前に発足したばかりのメルケル政権の閣僚が辞任に追い込まれるとは、誰が想像しただろうか。

捜査情報を漏えいした大臣

2月14日、メルケル政権のハンス=ペーター・フリードリヒ農相(キリスト教社会同盟=CSU)が、辞任を発表した。その理由は、同氏が内相だった昨年10月に、連邦検察庁の捜査情報をSPDの党首らに漏らしたからだという。

2月14日、農相を辞任したフリードリヒ氏(CSU)
2月14日、農相を辞任したフリードリヒ氏(CSU)

フリードリヒ氏は、検察庁がSPDのゼバスティアン・エダティー連邦議会議員(当時)に対し、児童ポルノグラフィーのデータを買った疑いで捜査を行っていることをSPDのジグマー・ガブリエル党首に伝えた。昨年11月にカナダの警察が児童ポルノを販売していた企業を摘発した際、その顧客リストにエダティー氏の名前が含まれていたという。ガブリエル氏はこの情報を同党のトーマス・オッパーマン院内総務らに通告。エダティー氏は、2月7日に議員を辞職した。

2月10日、検察庁と警察はエダティー氏の自宅と事務所を家宅捜索したが、検察庁によると「明らかに児童ポルノと断定できる露骨な映像は発見できなかった」という。

その理由としては、2つの可能性が考えられる。1つは、エダティー氏が購入した映像が法に抵触しない内容であった可能性。もう1つは、SPD関係者がエダティー氏に捜査の情報を伝えたために、彼が法律に触れるような映像を捜索前に廃棄した可能性だ。エダティー氏は2月に、連邦議会に対して「列車の中で議会から貸与されていたコンピューターを紛失した」と届け出ている。彼がコンピューターを紛失した1月に、直ちに議会に報告しなかったことも不自然である。

捜査妨害の可能性も

なぜ捜査当局が、エダティー氏の家宅捜索で法律に違反する映像を見付けられなかったのかは分かっていない。しかし、仮にSPD関係者が情報を漏らしたために証拠が隠滅されたのだとしたら、捜査妨害という重罪である。

フリードリヒ氏の責任も大きい。昨年秋の時点では、警察と検察庁はエダティー氏について「疑わしい点がある」と考えていただけであり、クロとは断定していなかった。内相が進行中の捜査について、捜査に関係のない政治家に伝えるというのは言語道断である。その情報が第三者に伝わって、捜査が妨害される危険性があるからだ。さらに、仮に容疑者の嫌疑が最終的になくなり、「シロ」という結果になっても、内相が伝えた情報が独り歩きして、無実の市民がメディアなどに追及される危険性もある。したがって、フリードリヒ氏は、エダティー氏に関する捜査情報を部外者に伝えるべきではなかったのだ。捜査関係者は、内相が捜査情報を容疑者の属する政党に伝えていたという事実に唖然としたはずである。

このため検察庁は、2月26日にフリードリヒ氏に対して、「秘密漏えい」の疑いで捜査を開始した。法治国家ドイツでは当然のことだが、「法の番人」であるべき内相が捜査情報を漏らして検察の捜査を受けるとは、前代未聞である。

法律よりも党利党略を優先

これに対しフリードリヒ氏は、辞任の意向を明らかにしたときの記者会見で、「私は正しいことをしたと思っている」と反論。彼は、このような重要な情報を独占することは許されないと思っていたようだ。確かに、フリードリヒ氏がこの情報を得たのは、政治的に極めてデリケートな時期だった。当時キリスト教民主同盟(CDU)とCSU、SPDは大連立政権を樹立するために、連日連夜交渉を続けていた。

フリードリヒ氏は、機微な情報を入手して、こう考えたに違いない。「もしも自分がエダティー氏に嫌疑がかかっていることを誰にも伝えなかったら、SPDがエダティー氏を政権内で要職に就かせる可能性もある。後にエダティー氏が『クロ』と断定された場合、このことをSPDに連絡しなかったとして自分が責任を問われる。だからSPDに連絡して、児童ポルノを買った疑いがある人物を要職に就かせるかどうか、党自身に判断させよう」。だがこれは、法律よりも党利党略と自分の保身を優先する考え方であり、まさに噴飯ものである。フリードリヒ氏が非を認めず、自分の行為の正当化を試みていることは、彼が内相の器ではなかったことを示している。

大連立政権に不協和音

エダティー事件のために、大連立政権の足並みは大きく乱れている。閣僚の1人を失って激怒したCSUは、SPDの情報管理に問題があったのではないかと批判する。連邦議会に、エダティー事件に関する調査委員会を設置するべきだという意見もある。

エダティー氏は、「自分は法律に違反しておらず、検察庁の捜査は不当だ」と主張している。メディアからは、検察庁が情報を入手してから4カ月間もエダティー氏に対する強制捜査に踏み切らなかったことを批判する声も出ている。

メルケル首相はこの事件について多くを語らないが、「捜査情報を外部に漏らしたウブな内相」を見て、CSUの人材不足を苦々しく思っているに違いない。

7 März 2014 Nr.973


最終更新 Donnerstag, 06 März 2014 12:17
 

ドイツは軍事貢献を増やすべきか?

毎年1月、ミュンヘンで世界各国の外相や国防相らが集まり「安全保障会議」が開かれているが、今年は2月1日から3日間にわたって開催され、「ドイツの軍事貢献」が重要なテーマの1つとなった。

積極的な貢献を求めたガウク大統領

ドイツのガウク連邦大統領は、この会議の冒頭に行った演説で、「ドイツは国際的な安全保障の分野で、十分な責任を果たしていない。我々は、連邦軍の派遣も含めて、もっと積極的に貢献するべきだ」と述べて、大きな注目を集めた。

ガウク氏によると、ドイツは今日、世界でグローバル化が進んだことにより、経済的に大きな恩恵を受けている。そのことは、この国が世界最大の貿易黒字国であることにも表れている。貿易だけではない。ドイツ企業はアジアや北米、南米など、多くの地域で生産活動を行っている。ドイツ政府は、欧州の多くの国との間で関税や国境検査を撤廃し、ユーロ圏では同じ通貨まで使用しており、これはドイツにとって重要な「グローバル化の果実」と言える。

大統領は、「ドイツにとって、21世紀の外交政策の中で最も重要な目標は、現在の国際秩序を守り、将来へ向けて発展させることである」と断言した。

しかしガウク氏は、現在のドイツの努力が不十分であるとみている。「ドイツが、これまでと同じように外国での紛争について知らん顔をすることは許されない。我々は同盟国の良きパートナーとして、国際貢献を増やすべきだ」と主張する。

軍事貢献も選択肢に

最も注目すべき点は、ガウク大統領が、地域紛争などへの対処には資金援助だけではなく、ドイツ連邦軍の派遣も含まれるべきであると主張したことだ。「ドイツはナチス時代の経験のために、長年にわたって他国から軍事貢献は求められなかった。しかし今日の世界では、平和主義を理由に貢献を怠ることは許されない」と述べ、外国の紛争で市民が苦しんでいる時に、ドイツが「自分たちには関係ない」と無視してはならないというのだ。もちろんガウク氏は、軍事貢献さえすれば良いと言っている訳ではない。軍事貢献はほかの手段では効き目がない時に使う最後の手段であり、連邦議会で十分な議論を行った上で、実施すべきか否かを判断しなければならない。

しかし、東独時代に福音主義教会の神父だったガウク氏が「外国での紛争に対処する際の手段として、軍事貢献を選択肢の中から除外してはならない」と主張していることは、非常に興味深い。

ドイツは軍事貢献を増やすべきか?

増加する地域紛争

なぜ、ガウク氏はこのような演説を行ったのだろうか。鉄のカーテン崩壊後、ドイツなど欧州の国々が平和な状態を享受しているのに対し、中東やアフリカでは地域紛争が多発している。

南スーダンの分離独立をめぐる地域紛争では、すでに200万人が死亡し、400万人が難民となった。シリアの内戦では約10万人が犠牲となり、900万人を超える市民が故郷を追われた。1994年にルアンダで起きた部族紛争では、国際社会が見守る中、80~100万人の市民が虐殺された。

米国は世界で最も強大な軍事力を持ち、あらゆる地域での紛争に、短時間のうちに介入する能力を備えた唯一の国だ。しかし、米国はもはや「世界の警察官」ではない。米国は2001年の同時多発テロ以降、アフガニスタンとイラクでの戦争で疲弊し、莫大な財政赤字と債務に苦しんでいる。このため米国は、国益が直接絡まない地域紛争への介入は拒む。

例えばオバマ米大統領は、シリアのアサド政権に対して「化学兵器の使用というレッドラインを越えたら、米国は黙っていない」と見得を切っていた。それなのに、シリア政府軍が昨年8月21日に、ダマスカス近郊で神経ガスのサリンを使用して多くの市民から死傷者を出した時、米国は軍事介入を行わなかったのである。この出来事は米国の権威に深い傷を付けた。米国だけでなく国連でさえもシリアを非難するだけで、紛争を終わらせる上で有効な措置を何も取れなかった。

独自の紛争処理能力を問われる欧州

つまり、仮に将来、欧州で旧ユーゴ内戦のような事態が発生しても、米国が軍事介入して助けてくれるという保証はないということである。90年代に吹き荒れたボスニア・ヘルツェゴヴィナやコソボの内戦は、米軍が軍事介入してようやく終息した。当時の欧州連合(EU)は、自力で紛争を終わらせることができない「張子の虎」だった。

欧州諸国は、米国が参加しなくとも、自力で地域紛争に軍事介入して、停戦させることができる危機管理体制を持たなければならないのだ。

近年では、ドイツ政府の消極的な姿勢が目立つ。例えばヴェスターヴェレ元外相は、国連安全保障理事会がリビア内戦への限定的な軍事介入を決議した際に棄権した。その時、米英仏などの同盟国は、ドイツが軍事介入に賛成しなかったことに驚愕した。

これまでドイツは「経済では巨人、軍事貢献では小人」という態度を取ってきたが、今後はほかのEU加盟国からも、ドイツに積極的に軍事貢献をしてほしいという声が強まるに違いない。自国の兵士の命を危険にさらすだけに、政府にとっては苦しい選択を迫られる局面が増えるだろう。

21 Februar 2014 Nr.972

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:43
 

東アジアの緊張緩和を!

昨年12月26日、安倍首相が靖国神社を参拝した。ほとんどの首相側近は、国際関係に配慮して参拝を思いとどまるよう説得を試みたが、首相は個人の信条を重視して、参拝に踏み切った。

読者の皆さんは、この靖国参拝に対するドイツ・メディアの報道について、どう思われただろうか。

厳しい独の論調

ドイツ・メディアの、靖国参拝に対する論調は厳しかった。例えば、保守系日刊フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)は、第1面で安倍首相の靖国参拝を取り上げ、首相の態度を厳しく批判する社説を載せた。「安倍首相は、靖国参拝によって自民党内外の国粋的な勢力から高い評価を受け得るだろう。だが、首相のこの態度は懸念を募らせる。彼は日本を、各国に共通で普遍的な価値観や人権とは別の方向に導こうとしている」。記事を書いたシュトルム記者は、「日本の歴史認識を中国が批判するのはもっともだ」と述べ、中国側に軍配を上げる。また、リベラルな立場を取る週刊ツァイト紙も「首相は参拝によって中韓を挑発した。日本はドイツと比べると、歴史との批判的な対決を怠ってきた」と手厳しい。

南ドイツ新聞のナイトハルト東京特派員も、「参拝は計算された挑発だ」と指摘。彼は「安倍首相は靖国参拝によって、中韓との経済関係に悪影響を及ぼす。中韓は靖国神社を参拝した首相とは交渉したがらないだろう。(中略)だが安倍首相は、彼の右翼的思想と軍国日本へのノスタルジーを覚えつつも、中韓と良好な経済関係を維持できると考えているようだ」と批判する。

安倍首相による靖国神社参拝
安倍首相による靖国神社参拝
靖国神社本殿の参拝を終えた安倍晋三首相(左)=
2013年12月26日午前、東京・九段北「時事(JIJI)」

「歴史を反省しない日本」のイメージ

ただし、このような論調は珍しくない。ドイツのメディアは、約20年前から日本の歴史認識について批判的だからだ。私は24年前からドイツに住んでいるが、新聞・テレビ・雑誌を問わず、「日本政府はドイツと違って、戦争中に自国が行った残虐行為やほかのアジア諸国に与えた被害について真剣に反省していない」という報道に繰り返し接してきた。

この結果、多くのドイツ人の間では「日本は過去の過ちを真剣に反省しない国」というイメージが出来上がっている。特にFAZは、販売部数こそ約34万部と少ないものの、首相をはじめとする閣僚、連邦議会議員、中央官庁の幹部、大学教授、企業のトップらにとっては必読紙となっている。よって、この新聞がドイツの政財界のリーダーや知識層に与える影響は大きいと言えるだろう。冒頭に掲げたような記事によって、ドイツの知識層の日本に対するイメージが形成されていくのは、我が国にとって決してプラスにはならない。

深まる経済関係

私は、日本・中国・韓国の間で対立が深まっていることに強い危惧の念を抱いている。これら3国間では、歴史問題へのパーセプション・ギャップ(認識のずれ)が広がっているからだ。朝日新聞の12月末の世論調査によると、回答者の41%が「安倍首相の靖国参拝は良かった」と答え、産経新聞のアンケートでは、30代の回答者の過半数が「評価する」としている。ネット上では、「首相が戦死者に哀悼の意を表して何が悪い」と発言する若者も少なくない。日本の現代史に関する教育が、不十分な証拠である。

実のところ、経済や貿易の面では、日中韓の関係は深まっている。中国、台湾、香港の若者の間では、日本文化や和食、化粧品への関心が非常に強く、日本を訪れる観光客の数も増えている。「安全で美味しい」という理由から、日本からの食材もたくさん香港に輸入されている。中国、香港、台湾の消費者は、日本の製品に多大な信頼を寄せているのだ。

このように、草の根的に深まっている交流や経済関係が、政治上の諍いさかいによってダメージを受けるのは残念である。日本の経済界はコメントを発表していないが、本音の部分ではこの靖国参拝が日中貿易に与える影響について、憂慮する人もいるのではないだろうか。

相互信頼の回復を!

もちろん、日本だけが一方的に批判されるのは不当である。尖閣諸島を含む海域上空への防空識別圏の設定や、反日教育、軍備拡張など、中国側の態度にも大きな問題がある。中国は日本だけでなく、フィリピンやベトナムとも島の領有権をめぐって対立している。

だが、世界で第2・第3の経済大国の首相が領土や歴史認識で対立し、会談すら実現していないことは、異常事態だ。米国やドイツは、中国との間で着々と首脳外交を展開している。

現在東アジアが必要とするのは、緊張緩和と相互信頼の回復だ。この時点で国家の最高指導者が、個人的な信条を理由に地域の緊張を煽ることは、長期的に見て日本の国益に適うのだろうか。米国政府は「安倍首相の靖国参拝に失望した」という異例の声明を発表した。安倍首相は今回の参拝によって、米国と中国の関係性をより近付けてしまったとも言える。

本来、アジアにとっての理想的なシナリオは、日本と中国が欧州連合(EU)におけるドイツとフランスのように協力し、牽引役となることだ。アジア人は勤勉で、力を合わせれば経済的に欧米を凌駕することはたやすい。だが今のところ、そうしたシナリオは各国の政治家たちの頑なな態度のために、遠い夢である。

東アジア地域の緊張が一刻も早く緩和され、対話が再開されることを切望する。

7 Februar 2014 Nr.971


最終更新 Donnerstag, 06 Februar 2014 11:37
 

政治家の天下り規制強化を!

日本に住んでいる方々、特に年配の方の間では、ドイツ人について、質実剛健、規則を守る真面目な人々という先入観を抱いている人が少なくない。しかし最近のニュースを聞いていると、こうした先入観が当てはまらない著名人が多いことに気付かされる。特に政界人と経済界の癒着は、年々深まる一方だ。

連邦首相府からDBへ

ドイツでは現在、閣僚や高級官僚の天下りが大きな問題になっている。その理由は、第2次メルケル政権で連邦首相府の長官だったロナルド・ポファラ氏が今年、ドイチェ・バーン(DB)の取締役に就任し、政府へのロビイング(企業が政府へ働き掛ける活動)を担当することが明らかになったからだ。

ちなみにDBの取締役の年収は、110~160万ユーロ(1億5400~2億2400万円、1ユーロ=140円換算)に達する。

キリスト教民主同盟(CDU)に所属するポファラ氏は、在任当時はメルケル首相の右腕であった。そうした背景から、野党・緑の党からは「もしポファラ氏が本当に鉄道会社の取締役になるとしたら、憤慨すべきことだ」という怒りの声が上がっている。

政治家の天下りや腐敗を監視する市民団体は、「議員の辞職後3年間は、民間企業に天下りしてロビイング活動を行うことを法律で禁止すべきである」と主張している。

発足したばかりの第3次メルケル政権にとって、ポファラ氏の天下りは都合が悪い。その理由は、メルケル政権は大連立協定書の152ページに、「利害の対立(腐敗)の印象を避けるため、閣僚、政務次官、官僚の天下りについて適切な規制を設ける」という方針を明記したからだ。しかし、大連立協定書はあくまでも「公約」であり、法律はまだ制定されていないので、目下のところポファラ氏の天下りを妨げることはできないだろう。

ドイチェ・バーンの取締役、ロナルド・ポファラ氏
ドイチェ・バーンの取締役に就任することとなった
ロナルド・ポファラ氏(右)

企業とロビイング

天下りが実現すれば、DBは首相の元側近をロビイング担当者として獲得することになる。鉄道運営会社にとって、交通政策などに関する政府内の情報をいち早く入手することは大変重要である。このため、これまでも天下りした政治家を幹部として雇用してきた。

また昨年末には、連邦首相府の次官E・フォン・クレーデン氏がダイムラー社にロビイストとして再就職した。クレーデン氏は欧州連合(EU)の排ガス規制がドイツの自動車業界に過度の負担とならないよう交渉を行った人物。ドイツの自動車メーカーの主力製品には大型車が多いので、二酸化炭素(CO2)の排出量が比較的多いことが問題視されている。このためドイツ政府は、EUがCO2規制を直ちに厳格化しないよう働き掛けて、自国の自動車業界の利益を守ろうとしたのだ。クレーデン氏の再就職については、検察庁が「利益供与に当たるのではないか」として、一時捜査をした。

シュレーダー氏の天下り

ドイツでは、首相や閣僚経験者の天下りは珍しくない。これまでに最も大きな議論を呼んだのが、1998年から2005年まで首相を務めたゲルハルト・シュレーダー氏(社会民主党=SPD)の再就職だ。彼は首相を辞任してからわずか数週間後、ロシア政府の息のかかった企業に、監査役会長として再就職した。

この会社は、スイスに本社を置くノルト・ストリーム社。同社の株式の51%を保有するのは、世界最大の天然ガス生産企業であるロシアのガスプロム社。同社は、ロシア政府を大株主とする事実上の国営企業だ。ノルト・ストリーム社は、ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプラインを所有、管理している。

この当時、ほかの政党はシュレーダー氏を強く批判。その理由は、彼が首相時代にロシアのプーチン大統領と親密な関係を結び、パイプラインの建設プロジェクトを支援していたからである。

自由民主党(FDP)のディルク・ニーベル幹事長(当時)は、「この天下りには、政治腐敗の匂いがする。個人の利益のために国益が損なわれたのではないか」と非難した。シュレーダー氏は自伝の中で、「私が首相時代にバルト海のパイプライン計画を支援したのは、ドイツと欧州のため。個人の利益のためにやったという批判はばかげている」と反論しているが、首相時代の経験が再就職を可能にしたことは間違いない。

また、シュレーダー政権の経済相だったヴェルナー・ミュラー氏も、2002年に辞任した翌年に、エネルギー関連企業の社長に就任している。同政権で交通大臣を務めたマティアス・ヴィスマン氏も、ドイツ自動車工業連合会(VDA)の会長となった。

天下り規制法の必要性

政治家や高級官僚の華麗な転身が後を絶たない理由は、天下りを規制する法律がないからである。政治家たちも、自分の将来に関わることを見据えて、本格的な天下り規制には乗り出したくないというのが本音だろうか。

企業は、元政治家たちの政府へのコネや影響力を利用するために、高額の報酬を与える。政治家が辞職後直ちに企業に雇われて高給を手にするのは、法律違反ではなくても道義的に問題がある。ロビイストたちの裏工作が、政策にどの程度影響を与えているのかは、市民には全く分からない。今後メルケル政権は、閣僚経験者の再就職に関する法律の制定を急ぐべきではないだろうか。

17 Januar 2014 Nr.970

最終更新 Freitag, 17 Januar 2014 10:39
 

2014年のドイツを展望する - ユーロ圏経済に希望の兆し

夜空を焦がす花火と爆竹の音とともに、2014年が明けた。今年はドイツにとって、そして欧州にとって、どのような年になるのだろうか。

大連立政権に課題山積み

今年は、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)の長い交渉の末、大連立政権がようやく本格的に仕事を開始する。昨年の連邦議会選挙前、メルケル首相(CDU)は、再生可能エネルギーの助成制度を抜本的に見直して、電力価格の高騰に歯止めを掛けることを「最優先課題」と位置付けた。産業界と市民は、脱原子力の方針には賛成しているものの、「エネルギー革命」の進み具合、特に再生可能エネルギー電力拡大のコストが増大していることについて、不満の声を強めている。メルケル首相が今後、どのような対策を打ち出すのかが注目される。

また大連立政権は、最低賃金制度を導入する予定だが、これは過去10年間に拡大した所得格差を是正しようとする動きの表れだ。近年、税収が改善しているドイツでは、2015年に財政均衡を達成し、2016年以降は財政黒字を生む予定だ。この国の労働者たちは、シュレーダー政権が断行した「アゲンダ2010」による、身を切るような改革に耐えてきた。第3次メルケル政権では、国富の一部を労働者に還元する政策を取ってほしいものである。

ユーロ圏の景気は?

景気の動向は、どうだろうか。ユーロ圏では、暗く長いトンネルのはるか彼方に、かすかな希望の光が見えつつある。2014年は、欧州経済がユーロ危機の悪影響から順調に脱却できるかどうかを占う上で、重要な年になるだろう。

国際通貨基金(IMF)は、ユーロ圏の経済成長率(GDP)が2013年に0.4%縮小した後、2014年には1%増加すると予測しているが、欧州連合(EU)統計局はIMFよりポジティブな見方を示し、「2014年にはユーロ圏加盟国17カ国のGDPが1.2%増える」と予測。ユーロ圏最大の問題児であるギリシャでは、6年間連続でマイナスだったGDP成長率が、2014年にプラスに転じる見込みで、2013年にGDPが縮小したフランス、スペイン、イタリア、ポルトガルでも、2014年には増加が見込まれている。

ユーロ圏で事実上の「独り勝ち」状態にあるドイツは、2014年にGDP成長率の大幅な伸びを予想しており、IFO経済研究所を含む4つの経済研究所は、「2013年に0.4%だったドイツのGDP成長率は、2014年には4倍以上の1.8%となる」という楽観的な見通しを打ち出した。欧州経済が不況の影響から脱却し始めるため、ドイツの輸出が増えると想定しているからだろう。ドイツでは今でも、高度なスキルを持つエンジニアなどの専門労働力が不足しているが、今年以降はこの人手不足がさらに深刻化するかもしれない。

EUとドイツの国旗

欧州金融監督庁が始動へ

2014年には、ユーロ危機対策の重要な柱の1つである欧州銀行同盟の創設へ向け、重要な一歩が踏み出される。それは、EU域内の大手銀行を監督する新しい規制官庁として始動する。

銀行同盟の創設は、単一通貨ユーロの誕生並みに重要な意味を持つ。理由は、それが再び金融危機が勃発することを防ぐための「防波堤」でもあるからだ。

EUは2014年に欧州中央銀行の中に欧州金融監督庁を設置し、域内の大手銀行約130行に対する直接の監督・規制を開始する。これらの銀行は、規模が大きい上に様々な金融商品を扱っているため、倒産した場合に世界中の金融市場に甚大な悪影響を及ぼすシステム・リスクとなりかねない銀行である。欧州金融監督庁は、これらの銀行のバランスシートを分析するとともにストレステストを実施するという。例えば、国債や株価の暴落といった異常事態が起きても、これらの銀行に破たんしない資本力とリスク管理体制があるかどうかを試すのだ。テストの結果次第では、いくつかの銀行は自己資本の増強を求められるだろう。

また、経営難に陥った銀行を破たんさせるか否かについて、現在は各国の金融監督庁が決定を下しているが、将来は欧州金融監督庁も発言権を持つことになる。

これまでユーロ圏の銀行規制は国ごとにバラバラだった。スペインとアイルランドの金融監督庁は、銀行業界で肥大しつつあったリスクを見抜くことができなかった。両国とも、不動産バブルの崩壊による不良債権の急増により、銀行が破たんの一歩手前まで追い詰められ、合計1850億ユーロ(24兆500億円、1ユーロ=130円換算)もの緊急融資が必要になった。

銀行業界では、EUに約1000人の職員を抱える巨大な規制機関が誕生することに対して批判的な意見もあるが、リーマン・ショックに続き、ユーロ危機でも銀行を救うために巨額の公的資金が投じられたことを考えれば、銀行規制の強化はやむを得ないだろう。

NSA問題の闇

昨年、ドイツ政界を揺るがした米国の諜報機関(NSA)による盗聴問題も、解明の途上だ。オバマ米大統領は、メルケル首相の携帯電話の盗聴について本当に把握していなかったのか。ドイツと米国は、互いの政府機関や経済界へのスパイ行為を禁じる協定に調印できるのか。調印したとしても、NSAは協定を本当に守るのか。

メルケル政権にとって、2014年も課題が山積みの1年になりそうだ。

3 Januar 2014 Nr.969

最終更新 Freitag, 17 Januar 2014 11:12
 

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