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どこへ行く? 大連立政権

1月27日未明、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)は、大連立政権の柱となる連立協定書の内容について合意に達した。SPDが12月中旬に行う党員アンケートで、過半数が大連立政権への参加に賛成すれば、第3次メルケル政権が正式に発足する。

大連立政権
大連立政権合意の記者会見に臨むメルケル首相(中央)と
ガブリエル(CSU)、ゼーホーファー(SPD)各党首

CDU・CSUが大幅に譲歩

しかし、180ページを超える協定書の草案を読んで感じることは、保守政党とリベラル政党による大連立政権の樹立が、いかに難しい作業かということだ。 そのことは、両党の交渉が難航し、9月22日の連邦議会選挙から、協定書に関する合意までに約2カ月も掛かったことにも表れている。協定書からは、CDU・CSUがSPDに大幅に譲歩したことが強く感じられる。

最低賃金制導入の背景

例えば、CDU・CSUは法定最低賃金については選挙前に反対していたのだが、交渉の過程でその姿勢を撤回。2015年から、原則として時給8.50ユーロの最低賃金が導入されることが決まった。これは、選挙期間中から法定最低賃金の導入を要求していたSPDの要求が通ったことを意味する。ただし、開始後2年間は様々な例外措置を設け、すべての地域や業種において最低賃金が導入されるのは、2017年からとなる。

政府は業種ごとに経営者団体と労働組合の代表者から成る「最低賃金委員会」を設置し、最低賃金の額を毎年決定させるという。

ドイツでは、2003年にゲアハルト・シュレーダー前首相(SPD)が断行した構造改革「アゲンダ2010」の結果、ミニジョブなど低賃金の職種で働く市民の比率が増大。ドイツの低賃金部門で働く就労者の比率は約24%で、ユーロ圏内で最も高くなっている。このためドイツの国際競争力は高まり、現在ドイツ経済は、欧州で事実上「独り勝ち」の状態を謳歌している。

しかしその一方で、1つのミニジョブだけでは生活することができず、就労者でありながら、国から失業者援助金を受け取っている人(Aufstocker)が多数いるのも事実である。シュレーダー、そして彼の政策を継続したメルケル首相は、一時400万人を超えていた失業者の数を約100万人減らすことに成功したが、その裏では低所得層、そしてワーキングプアと呼ばれる人々が大幅に増えたということである。

最低賃金の導入は、政府がこうした人々の経済状態を改善するための第一歩である。

産業界は強く反対

一方、産業界からは「8.50ユーロの最低賃金が導入されると、企業の国際競争力に悪影響が出る」として反対の声が強かった。また、経済学者の間からは「特に旧東独地域では時給8.50ユーロよりも低い賃金で働いている市民が多いので、最低賃金の導入は東部を中心として失業率を高める」という懸念が出ている。

法定最低賃金の全面的な適用までに4年間の過渡期を設けたことは、大連立政権が企業の国際競争力の低下や、失業率の上昇を防ごうとするための配慮と思われる。

またSPDは、選挙前に富裕層の所得税率を大幅に引き上げることを公約として掲げていたが、この案はCDU・CSUの強い反対によって葬られ、連立協定書の草案からは消えている。SPDは増税案を撤回する代わりに、CDU・CSUから最低賃金の導入という譲歩を引き出したのだろう。

国富の一部を市民に還元

大連立政権は、公的年金についても一部かさ上げする。例えば、現在ドイツには1992年以前に生まれた子どもを持つ母親が900万人いるが、新政権は来年7月から彼らに対する年金支給額を引き上げる。この改善措置により、公的年金運営者の支出は約65億ユーロ(8450億円、1ユーロ=130円換算)も増える。また、SPDは「45年間以上働いた人には、支給額を減らさずに63歳から公的年金を受け取れるようにするべきだ」と主張していたが、この要求も部分的に満たされる。さらに、病気やけがのためにフルタイムで働けなくなった人や、低所得層の市民への年金支給額も、これまでに比べて増加する。

最低賃金や年金のかさ上げには、「2003年以来の構造改革によって生まれた国富を、市民に再分配する」というSPDの筆跡が強く感じられる。

SPDの危機

SPDは、企業寄りの国家的リストラ政策であった「アゲンダ2010」によって、多くの市民を失望させた。同党の一部の党員は「SPDは労働者ではなく経営者の利益を代表している」と失望して離党し、左派党(リンケ)に加わった。リンケは今やCDU・CSUとSPDに次ぐ、第3の政党に成長している。SPDが2005年から4年間にわたりメルケル首相と大連立政権を組んだ後、2009年の連邦議会選挙で23%という史上最低の得票率を記録したことは、市民の失望がいかに強かったかを物語っている。SPDがアゲンダ2010を一部修正し、「企業寄りの政党」というイメージを払拭しようとしているのはそのためである。

メルケル首相は、ドイツ経済の競争力の維持と、市民への国富の還元という一見矛盾する2つの目標を、どのように達成するのだろうか。第3期目の舵取りは、これまでよりも難しいものになるだろう。

6 Dezember 2013 Nr.967

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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