ジャパンダイジェスト
独断時評


メルケル首相の人気の秘密は

今年7月は、日本・ドイツともに「選挙の夏」だ。日本では猛暑の中、参院選の候補者たちが汗を流しながら有権者たちに政策を訴えた。ドイツでも6月末に連邦議会の審議が終わり、議員たちが2カ月という日本よりもはるかに長い選挙戦に突入した。9月22日の連邦議会選挙の投票日まで、ドイツは選挙一色になる。私が住むミュンヘンでも、与野党の幹部たちの演説会のポスターが至る所に掲げられている。

日独ともに現役首相に人気

世論調査
出所: 公共放送ARD, 2013年7月実施

彼は米国の諜報機関である中央情報局(CIA)と国家安全保障局(NSA)で勤務した経験を持つ。さらに、NSAの下請けである民間企業で働いたこともある。

日本の安倍首相とドイツのメルケル首相には、1つの共通点がある。それは、ともに有権者の支持率が圧倒的に高く「我が世の春」を謳歌していることである。

日本では、民主党が権力の座にあった頃の政策に対する国民の不満が今なお根強く、その反動として安倍政権に対する支持率が高くなっている。さらに、日銀による国債の大量買い取りなど「異次元の金融緩和」を主軸とする経済政策アベノミクスによって株価が回復し、円高も緩和されたほか、経済成長率についても回復の兆しが見られる。安倍政権は、原子炉については「安全が確認されたものから再稼動」という方針を掲げている。国民の大半はエネルギー政策よりも、デフレと不況からの脱出を重視し、安倍政権に大きな期待を寄せているのだろう。

ドイツのメルケル首相の支持率も上がる一方だ。公共放送ARDが7月4日に行なった世論調査によると、「次の首相は誰であって欲しいか」という設問にメルケル氏の名前を挙げた人は58%。野党・社会民主党(SPD)のシュタインブルック候補の27%に大きく水を開けている。メルケル首相への支持率は前月に比べて1ポイント増え、シュタインブルック候補への支持率は3ポイント減っている。

政党支持率を見ても、メルケル首相の率いるキリスト教民主同盟(CDU)とバイエルン州の姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)は、前回のアンケートに比べて1ポイント高い42%を記録した。今年旗揚げした反ユーロ政党「ドイツの選択肢(AfD)」がCDU・CSUの票の一部を奪うことが予想されているが、現在の世論調査の結果を見る限りでは、メルケル首相にとって大きな打撃にはならない模様だ。

大連立の可能性?

メルケル首相にとって最も心配なのは、現在連立政権を組んでいる自由民主党(FDP)の低迷だ。FDPは、「5%条項」をクリアできずに、連邦議会で会派を組めない恐れがある(ドイツでは小党乱立を防ぐために、得票率が5%に達しない政党は、会派を議会に送り込めない)。一方、社会民主党(SPD)と緑の党も、現時点では50%に達していない。つまり現在の情勢が9月まで続けば、保守・リベラルともに単独で過半数を確保することが難しそうだ。このため、第1次メルケル政権のように、CDU・CSUとSPDが大連立政権を組む可能性が強いと思われる。

独り勝ちのドイツ経済

なぜメルケル首相の人気は高いのだろうか。その最大の理由は、ドイツの景気が非常に良いことだ。ユーロ危機による不況の暗雲が、フランスやイタリアなどほかの国を覆っている中、数年前からドイツだけが「独り勝ち」という状況が続いている。

ユーロ圏加盟国の失業率は、過去最高の12%に達している。ギリシャとスペインでは失業率が20%を超えている。特に深刻なのが、若年労働者の失業問題。ユーロ圏全体で失業している25歳未満の若者は、353万人に上る。ギリシャの若年労働者の失業率は59.2%、スペインでは55.8%に達している。

GDP成長率
出所: 経済協力開発機構(OECD)

これに対し、ドイツの失業率は約5.5%。ユーロ圏平均の約半分である。ドイツの物づくり企業では、エンジニアなど特殊な技能を持つ人材が枯渇しており、人手不足に悩んでいる。このため、スキルを持つエンジニアなどがスペインやギリシャからドイツに流入している。製造業が多いバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州では、失業率が4%を割って完全雇用状態に近付いている。

フランスやイタリアが貿易赤字に苦しむ中、ドイツだけはここ数年間、貿易黒字を増加させている。上のグラフをご覧頂ければ、ドイツとほかの国の経済成長率に大きな差があることがご理解いただけるだろう。

現在のドイツの好景気はメルケル政権だけの手柄ではない。むしろ、真の功労者は1998年から2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(SPD)である。経済界では、彼が断行した社会保障制度の大改革の効果が、今現れているという見方が強い。メルケル氏は、シュレーダー氏が蒔いた種の果実を収穫する幸運な立場にあるのだ。次の政権がどのような形で連立を組むにせよ、よほどの番狂わせが起きない限り、メルケル首相が続投する可能性は高い。

19 Juli 2013 Nr.958

 

最終更新 Donnerstag, 18 Juli 2013 12:30
 

米英のネット盗聴とドイツ

「米国と英国の諜報機関が、テロ捜査の一環として、インターネット上の市民の会話やメールのやりとり、携帯電話による会話を傍受し、膨大なデータを蓄積している」。米国人エドワード・スノーデンがマスメディアに対して暴露した情報は、全世界に衝撃を与えた。

元CIA職員の告白

個人情報
ドイツでは個人情報や通信内容を守ろうとする傾向が強い

彼は米国の諜報機関である中央情報局(CIA)と国家安全保障局(NSA)で勤務した経験を持つ。さらに、NSAの下請けである民間企業で働いたこともある。

彼は「テロリストであるという疑いがなくても、市民は政府によって監視され、通信の秘密などの基本的な人権を侵害されている」と主張して、機密を暴露した。元CIA・NSAの職員が、諜報機関の監視システムという機微に触れるテーマについてここまで率直に語ったのは、珍しいことだ。米国政府は、スノーデンを国家反逆罪などで起訴。香港に滞在していたスノーデンはエクアドルに亡命を申請したが、本稿を執筆している6月末の時点ではモスクワ空港のトランジット・エリアで足止めを食っている。

米国政府は、国家に対する反逆者に厳しい制裁を加える。冷戦時代に東ドイツの諜報機関に情報を流していたNSAの職員ジェームズ・ホールは1988年に米国の捜査当局に逮捕され、禁固40年の刑を受けている。スノーデンも米国に送還された場合、重い刑を受けることは確実だ。

ドイツ政府の批判

ドイツでは、米英がネット上の情報を監視、蓄積していたことについて激しい怒りの声が上がっている。その反応は、日本や英国などに比べてはるかに激しい。例えば英国の諜報機関「政府通信本部(GCHQ)」が、米国と欧州を結ぶ光ケーブル回線の盗聴を行っていたというニュースが流れると、ドイツ連邦司法省のロイトホイサー=シュナレンベルガー大臣は「ハリウッド映画が現実になったような悪夢だ。もしも報道の内容が事実だとすれば、大変なことだ。欧州連合(EU)は直ちに調査を始めるべきだ」と述べた。また、メルケル政権の報道官も「ドイツ政府は報道の内容を重く見ている。調査した上でコメントする」と述べている。メルケル首相は6月中旬にベルリンを訪れたオバマ米大統領との会談でもこの問題を取り上げた模様だ。

自由民主党(FDP)の連邦議会議員団で、内政問題を担当するピルツ議員は「市民の通信内容の分析は、法治国家の原則を侵害する。EUでは、政府機関が技術的に可能な手段をすべて駆使して監視を行わないというのが、政府と市民の間の暗黙の了解となっていたはずだ」と述べ、米英の態度を厳しく批判した。

ナチスとシュタージの影

なぜドイツでは、この問題に対する関心が高いのか。それは、ナチスドイツが秘密国家警察(ゲシュタポ)や保安局(SD)などによって国内外に監視網を張り巡らせて、市民の一挙手一投足を見張っていたという歴史と関係がある。外国のラジオ放送を聴いたり、ヒトラーを批判したりした者は密告されて罰せられた。

この伝統は、東ドイツ政府によって引き継がれた。社会主義政権は、国家保安省(シュタージ)に強大な権力を与える。シュタージは市民の間にスパイ(非公然協力者=IM)を送り込んで、四六時中人々の言動や行動に監視の目を光らせていた。反体制派とみなされた人物については、電話や自宅での会話の盗聴、手紙の開封は日常茶飯事。盗聴によって集められたデータに基づき、社会にとって有害な人物と烙印を押された者は、投獄されたり、国外へ追放されたりした。

ドイツ人は、過去2度にわたり独裁政権が強大な監視網によって人権を踏みにじっていたことを反省し、個人情報の保護や通信内容の厳守を極めて重視しているのだ。私は23年間ドイツで働いて、この国では個人データを守ろうとする傾向が、日本や米国よりもはるかに強いことを学んだ。

テロ捜査と市民権の制限

米国政府は、NSAの監視プログラム「プリズム」が監視していたのは米国民ではなく外国人だったことを明らかにしている。オバマ米大統領は、「監視は裁判所の許可の下に行われた」とした上で、プリズムによって複数のテロ計画を事前にキャッチし、犯行を防ぐことができたと釈明している。その中には、ドイツで計画されていたテロ攻撃も含まれていたという。

スノーデンの告白によると、NSAが監視、蓄積していたデータの中で、ドイツに関する情報は特に多かった。これは、2001年に米国で同時多発テロを実行したモハメド・アタらがドイツに拠点を持っていたことなどから、米国の諜報機関がドイツに住むイスラム過激派に対する監視を強めていることを示唆している。

テロ組織に最も頻繁に狙われている米国や英国では、「テロを防ぐために政府が監視の目を光らせるのはやむを得ない」として、ドイツに比べると政府による情報収集を容認する傾向が強い。さらに一部の米国人は、「重大なテロ行為を防ぐためには、容疑者の拷問や令状なしの拘留も正当化される」と考えている。ドイツでは想像もできないことだ。ドイツと米英の間には、「テロ捜査のための市民権の制限」について考え方のギャップがあるのだ。

9・11を境に米国は、それ以前と異なる国になった。今後もドイツと米英の間ではテロ捜査をめぐって様々な意見の違いが表面化するだろう。

5 Juli 2013 Nr.957

 

最終更新 Donnerstag, 04 Juli 2013 13:12
 

日独の政治家と歴史認識

5月中旬から3週間にわたって日本に滞在した。この間、アジア諸国は歴史認識をめぐる議論で揺れた。

橋下発言の波紋

記念碑とドイツ連邦議会
ベルリンにある「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための
記念碑」と、ドイツ連邦議会(背景)

そのきっかけは、5月13日に日本維新の会の橋下徹・共同代表が「第2次世界大戦中には、日本だけでなく他国も慰安婦制度を活用していた。(銃弾が飛び交う戦場で精神的に高ぶっている兵士たちを休息させてあげようと思ったら)慰安婦制度が必要なのは誰にだってわかる」と述べたことだ。

橋下氏が「慰安婦制度は必要だった」と公言したことについて、韓国、中国だけでなく日本、米国、国連で抗議の声が上がった。

橋下氏はこの会見の中で「日本がアジアへの侵略によって周辺諸国に多大な苦痛と損害を与えたことは事実であり、反省とお詫びをしなくてはならない」と述べているほか、「今日も慰安婦制度が必要だとは言っていない」と強調する。しかし、彼の本音は「他国も似たような制度を持っていたのだから、日本だけがレイプ国家だと批判されるのは不当だ」というものだ。

彼は、同じ会見の中で、日本が慰安婦を強制的に拉致したことについても疑問視している。日本の右派勢力の中には、「慰安婦は売春行為を強制されたのではなく、自発的に行った」と主張する者がいる。

橋下氏の発言は、日本の対外的なイメージを深く傷付けた。アジアのメディアはもちろん、欧州の新聞も橋下発言を大きく取り上げている。ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙は、「日本の政治家たちは、何年も前から挑発的な発言を繰り返してきた。過去から目をそらさせ、自国の軍隊が行った犯罪行為を矮小化するためである」と辛辣だ。

橋下氏は、問題の会見の中で「沖縄で米軍兵士による婦女暴行事件を減らすためには、合法的な風俗業を活用してはどうか」と、米軍の司令官に進言したことも明らかにした。この発言は女性への侮辱であり、沖縄だけでなく日本の多くの女性によって強く批判された。

「みんなの党」は、一連の発言をきっかけに参議院選挙における日本維新の会との協力関係を打ち切ることを明らかにしている。

歴史認識をめぐる議論は慎重に

だが日本の政治家の歴史認識に関するレベルを示す発言は、これにとどまらない。5月12日に自民党の高市早苗政調会長は、日本が行った侵略と植民地支配について謝罪した1995年の「村山談話」の中の「国策を誤り」という部分はおかしいと指摘した。

さらに安倍首相も今年4月末に村山談話に関連し、「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」と発言。安倍氏は日本軍の侵略を否定しているわけではない。しかしこの発言は、首相が日本軍による侵略を相対化しようとしているかのような印象を与える。

歴史認識をめぐる議論は複雑である上に、対外的なインパクトも大きい。歴史的事実に関する深い知識が必要である。したがって歴史認識については、政治家がテレビカメラの前でぺらぺらと語るべきテーマではない。彼らの言葉に「重み」を感じられないのは、私だけだろうか。日本の政治家たちには、慎重さを求めたい。

この原稿を書いている時点で橋下氏は大阪市長の座も、日本維新の会の共同代表の座も辞職していない。もしもドイツで政治家がこのような発言を行なったら、辞職は免れない。ドイツでは多くの政治家が、歴史認識をめぐる失言によって政界から姿を消した。

過去との対決はドイツの国是

ドイツ語には「Erinnerungskultur(過去を心に刻む文化)」という言葉がある。これは、ナチスの犯罪を心に刻み、ドイツ人がユダヤ人や他民族に被害を与えた過去を思い出す生活態度を意味する。心に刻む文化は、ドイツ政府はもとより、(旧東ドイツの極右などを除く)社会の主流である市民の間に根付いている。

ドイツが今日の欧州連合(EU)の中で主導的な立場にあり、周辺諸国から信頼されている背景には、ドイツ人が続けてきた「自己批判」と「謝罪」の努力がある。ドイツの首相や大統領は、イスラエルに行くたびに必ず慰霊施設を訪れ、謝罪の言葉を述べる。もしもドイツ人が戦後ナチスの過去と対決することを怠ってきたら、この国がEUの中で信頼されることはなかったに違いない。以前、首相が行った「謝罪」に関する談話について、保守派から「撤回するべきだ」という意見が出されることは、ドイツでは考えられない。

私は歴史認識に関しては、ドイツの保守派は日本の保守派よりもリベラルだと考えている。この国で政治家になるには、ナチスの過去と批判的に対決するという姿勢が、必要不可欠な前提条件なのだ。

歴史リスクへの配慮を

アジアでは経済的な交流が深化しつつあるが、政治的な関係はギクシャクする一方だ。私は、ある国が過去に犯した罪と批判的に対決することを怠ると、「歴史リスク」が生じると考えている。ドイツはこの歴史リスクの重大さを理解しているので、今なお過去との対決を続けているのだ。

日本の政治家たちも、「歴史リスク」の重要さをかみしめるべき時が来ているのではないだろうか。

21 Juni 2013 Nr.956

最終更新 Donnerstag, 20 Juni 2013 18:19
 

再生可能エネルギー助成をめぐる激論

福島の原発事故をきっかけとして、2022年までに原子力発電所を全廃することを決めたドイツ。メルケル政権は、2050年までに発電量の80%を再生可能エネルギーでまかなうことを目指しているが、今この国では、再生可能エネルギーの助成をめぐって激しい議論が行われている。アルトマイヤー環境相は今年1月28日に、再生可能エネルギー促進法(EEG)の大幅な見直しを打ち出した。

助成金の引き上げ率を制限

アルトマイヤー環境相は「EEGにはコストを制限する措置が組み込まれていないという欠陥がある」と指摘し、今年と来年の再生可能エネルギー助成金を、1キロワット時当たり5.28セントに据え置くことを提案した。2015年以降の増加率も2.5%に制限する。また「コストが消費者だけに押し付けられるのは不公平」として、発電事業者にも負担を求め、将来建設される発電施設については助成金の支払い開始を遅らせることによって5億ユーロを節約。既存の発電施設についても、助成金を一時的に減らして「エネ連帯税」を課す。

また現在、政府は電力を多く使う大手鉄鋼・化学メーカーなどが国際競争力を失わないように、EEG助成金の緩和措置を認めている。しかしこの特例についても、中小企業や市民から批判の声が出ているため、緩和を受けられる企業の数を減らす。

さらに2月13日に、アルトマイヤー環境相とレスラー経済相は、エコ電力の買取価格を引き下げ、助成金を総額18億6000万ユーロ節約することを発表した。まず政府は、今年8月1日以降に稼働する発電装置について、最初の5カ月間にわたり、買取価格を市場での電力価格まで引き下げる。稼働から6カ月目以降についても、買取価格を1キロワット時当たり8セントに削減する。再生可能エネルギーへの投資を考えている企業や市民にとっては、寝耳に水であろう。

国民の不満の緩和が狙い

アルトマイヤー環境相は、「今対策を取らなかったら、2030年末までに脱原子力・再生可能エネ拡大のコストが総額1兆ユーロに達する」と警告。野党である社会民主党(SPD)と緑の党に対し、改正案の可決を妨害しないよう訴えている。ただし、これらの措置は市民の不満を和らげるための応急措置にすぎない。環境相は、「EEGの抜本的な改正が必要」としており、9月の連邦議会選挙で与党が勝った場合、より踏み込んだ法改正を実施する予定だ。

なぜこのような措置が必要になったのだろうか。昨年、この国では太陽光発電装置が多数設置されて、発電キャパシティーが7ギガワットも増えた。昨年の1キロワット時当たりの再生可能エネルギー助成金は3.59セントだったが、今年の助成金は5.3セントに増える。実に47%の増加である。このため約600社の電力販売会社が、今年1月から電力料金を平均12%引き上げている。電力料金の引き上げは、低所得層にとって大きな負担となる。ノルトライン=ヴェストファーレン州の消費者センターによると、2011年に同州内で約12万人の市民が電力料金を支払えずに、一時的に電気を止められた。

助成金急増のメカニズム

助成金急増のもう1つの理由は、EEG助成金が、法律で定められたエコ電力の買取価格と電力取引市場での価格の差を補てんすることだ。現在、ドイツの電力取引市場では再生可能エネルギーの拡大などによって、電力価格が下落しつつある。エコ電力の買取価格と市場価格の差が広がれば広がるほど、その差を埋めるための助成金の額は増えるのだ。アルトマイヤー環境相は、「助成金が市場価格にリンクしているために、将来助成金の額がどれだけになるかを正確に予想することができない。エネルギー革命が国民経済に過大な負担を強いることは許されない」と主張する。

反発する再生可能エネルギー業界

これに対し、風力発電などの再生可能エネルギーに関連する企業団体は激しく反発している。再生可能エネルギー連邦連合会(BEE)のファルク専務理事は、「助成金の額を調整することには賛成だが、再生可能エネルギー拡大にブレーキを掛ける極端な削減措置は拒絶する」という声明を発表した。BEEは、「政府の提案が実行されたら、再生可能エネルギーへの投資が大幅に減り、地球温暖化防止に歯止めが掛かる」と警告する。再生可能エネルギー業界は、助成金を削減する前に電力税などの引き下げを提案している。

連邦議会選挙までの施行に失敗

政府は再生可能エネ促進法の改正案を、今年夏までに議会で可決させ、8月1日に施行させる方針だった。9月の連邦議会選挙までに、国民の電力料金高騰への不満を和らげるためである。しかし4月下旬、メルケル政権はこの法案に関する連邦政府と州政府の協議が決裂したことを明らかにした。連邦参議院では、SPDと緑の党が議席の過半数を占めている。つまり、州政府の同意が得られなければ、この法案を連邦議会・参議院で審議にかけても意味がないのだ。このため、連邦議会選挙までにEEG見直しのための法律を施行するというメルケル政権の目論見は失敗に終わった。今後与野党は、選挙戦の中で電力料金高騰の責任をお互いになすりつけ合うに違いない。世界でも例のないエネルギー供給構造の急激な変革「Energiewende」には、紆余曲折がありそうだ。

7 Juni 2013 Nr.955

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:03
 

ドイツ総選挙後は増税か?

今年9月のドイツ連邦議会選挙の重要な争点の1つは、所得格差の是正だ。わかりやすく言えば、「所得が多い市民への課税を増やして、所得が低い人に再分配する」ということだ。このため、政権への参加を狙う社会民主党(SPD)と緑の党は、高所得層への課税を強める方針を明らかにし、庶民の浮動票を確保する作戦に乗り出している。

最高税率を49%に引き上げ?

例えば今年3月末にSPDの首相候補P・シュタインブリュック氏は、政権に就いた場合、所得税の最高税率を現在の42%から49%に引き上げる方針を打ち出した。SPDの提案によると、課税対象となる年間収入が6万4000ユーロ(768万円・1ユーロ=120円換算)以下の市民については、これまで通りの税率が適用される。しかし、この額を超える市民については徐々に税率を引き上げ、年収が10万ユーロ(1200万円)を超える市民については、49%の所得税率が適用される。

緑の党は、高所得者にとってさらに厳しい税制を提案している。同党の提案によれば、課税対象となる年収が8万ユーロ(960万円)を超えると、49%の所得税率が適用される。最高税率が適用される額が、SPDよりも2万ユーロ低いのだ。より多くの市民が、最高税率の網に掛かることになる。

さらに緑の党は、期限を設けて資産税を導入したり、相続税を大幅に引き上げたりすることも提唱している。同党は税収の増加分を、学校や幼稚園、託児所の整備、公共債務の削減などに当てることにしている。

同党の首相候補J・トリッティン氏は「ドイツに住む納税者の90%は、毎年の収入が6万ユーロに達していない。所得がより高い人々の税率を増やすことによって、納税者の90%の負担を減らすことが目的だ」としている。

さらに緑の党は、現在夫婦に対して適用されているEhegattensplitting(夫婦の所得均等分割の原則)を部分的に廃止する方針も打ち出している。Ehegattensplittingとは、夫婦の所得の格差に関わらず、夫と妻の所得の合計を2等分して、それぞれの所得に税率を適用する原則。この原則を廃止した場合、所得額や子どもの数によっては毎年の税負担が増えるケースが出てくる。

所得の再分配が狙い

これらの主張から、SPDと緑の党が所得の再分配を目指していることは明らかである。ドイツでは、市民の6人に1人が貧困にさらされている。(EUの定義によると、全市民の所得の中間値の60%を下回る市民が貧困層とされる)これに対し、所得が最も多い20%の市民の所得の合計は、所得が最も少ない20%の市民の所得の合計の4.5倍に達している。

さらに欧州中央銀行の調査によると、ドイツの個人資産の中央値は、ギリシャやキプロス、スペインなどよりも大幅に低い。その理由は、ドイツではアパートや家を所有している市民の比率が44%と南欧諸国に比べて大幅に低いことである。この国では可処分所得が低いために住宅を購入できる人は限られており、市民の6割以上が賃貸アパートに住んでいる訳だ。SPDや緑の党は、こうした格差を是正することを狙っているのだ。

自営業者は強く反発

これに対し、ドイツの自営業者たちからは両党の案に対する批判の声が上がっている。ドイツ手工業者中央連盟(ZDH)は、「SPDと緑の党の増税案は、特に個人企業への負担を最も大きくする」と指摘。またメルケル首相の率いるキリスト教民主同盟(CDU)からも、「特に緑の党の増税案が実行に移された場合、100万人分の雇用が失われる」と警告している。

9月の総選挙では、SPDが何らかの形で政権に加わる可能性が高い。公共放送ARDが4月4日に行なった世論調査によると、CDU・CSU(キリスト教社会同盟)、自由民主党(FDP)の与党勢力への支持率は45%。FDPは5%の得票率を確保できるか微妙で、連邦議会に会派を送り込めない危険性もある。一方、SPDと緑の党への支持率は41%。与野党ともに過半数を取れない可能性が強まっているのだ。

だが現在、与党勢力への支持率はさらに下がっていると見られる。メルケル首相にとって都合の悪いことに、4月末にバイエルン州でCSUの重鎮たちのスキャンダルが発覚したからだ。バイエルン州議会のCSU会派代表であるG・シュミット議員は、長年にわたり妻を秘書として雇用する契約を結び、公費で毎月5500ユーロの「給料」を支払っていた。さらに州政府の教育相、農業相らについても同様の疑惑が浮かんでいる。すさまじい公私混同である。

大連立政権は不可避?

このスキャンダルによって、CSUへの支持率が低下することは火を見るよりも明らかだ。SPDにとっては追い風となろう。このため連邦議会選挙の結果次第では、CDU・CSUとSPDが嫌々ながら大連立政権を組まざるを得なくなるかもしれない。

大連立政権が誕生した場合、SPDが富裕層への課税強化を要求することは明白である。自営業者や高所得層にとっては、厳しい4年間がやってくることになりそうだ。

17 Mai 2013 Nr.954

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:04
 

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