ジャパンダイジェスト
独断時評


ドイツ経済のカムバック?

今年10月末、ドイツ経済にとって明るいニュースが舞い込んだ。フォン・デア・ライエン労働大臣は、10月の失業者数が18年ぶりに300万人台を割ったことを明らかにしたのだ。失業者の数は9月と比べ、実に8万6000人も減った。特殊技能を持つエンジニアなど一部の人材は不足しつつあり、企業の間で奪い合いが始まっている。

ドイツはリーマン・ショックに端を発するグローバルな金融危機、そして輸出の激減によって大きな打撃を受けたが、その後遺症から急速に立ち直りつつある。

その兆候は、経済成長率にもはっきりと表れている。連邦統計庁によると、今年4~6月にドイツの国内総生産(GDP)は第1四半期と比べて2.2%も増えた。3カ月間の成長率としては、1990年のドイツ統一以来最高の数字だ。第1四半期の成長率は、まだ0.5%にすぎなかった。

GDPを押し上げたのは、外国での急激な需要の伸びである。特に好調なのが、ドイツ経済の屋台骨である自動車業界。フォルクスワーゲン社は、「2010年の1~8月までに販売台数が13.4%増加した」と発表した。特に米国で販売台数が22.1%、中国で41%、インドで126%増えるなど、海外市場での伸びが目立った。

またダイムラーでは、今年第2四半期の売上高が前年同期に比べて28%増加した。高級車への需要が増えたために、同社の米国での売上高は21%、中国では182%も増加している。BMWでも第2四半期の売上高が18.3%増加し、利益は前年の同時期と比べ、約7倍に増えた。

現在、ユーロの他通貨に対する交換レートが比較的低いことが、ドイツの輸出産業にとって有利に働いていることは間違いない。しかしドイツ経済のカムバックは、ユーロ安だけでは説明できない。たとえばユーロ圏加盟国の4~6月の成長率は、ドイツよりもはるかに低いのだ。EU統計局によると、第2四半期のフランスのGDP成長率は0.6%、イタリアは0.4%と、ドイツに大きく水をあけられている。ユーロ安だけが経済成長の起爆剤だとすれば、ドイツ以外の国でも成長率はもっと高くなっているはずだ。経済関係者の間では、ドイツ工業界の受注が増えているのは、中国や米国などでドイツ製品の質が評価されているためだと言う声が強い。

また、ドイツの産業界が急激に生産を拡大できた背景には、各企業がクルツアルバイト(短時間労働)制度によって、正社員の解雇を最小限に抑えられたという事実もある。受注が大幅に減った場合、企業は連邦労働庁に短時間労働制度の適用を申請し、労働時間を短縮する。労働時間の削減によって給料は減るが、連邦労働庁が給料の差額の60~67%を社員に支払う。さらに公的年金保険や健康保険、介護保険などの保険料も政府が負担。つまり社員は、給料が減った分を国に補てんしてもらえるので、直ちに経済的な困難に陥らずにすむ。

短時間労働の支援を受けられる期間は原則として最高半年間だったが、政府は2009年1月に支援期間を1年半まで延ばした。社員はこの制度によって解雇を免れられるし、経営者も経験豊富な社員を失わずにすむ。

もっとも、アイルランドやギリシャなど、ユーロ圏の公的債務危機の火種は今もくすぶっている。債務問題が再燃した場合、輸出大国ドイツは再び冷水を浴びせられる。EUには、欧州発のグローバル金融危機を防ぐために、最大限の努力をしてもらいたい。またドイツ政府は、経済の輸出依存度を減らすために、内需を拡大する努力も行うべきだろう。

19 November 2010 Nr. 843

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:30
 

ユーロ安定化への遠い道

昨年の総選挙に勝ち、ドイツの保守中道連立政権の首相として再選されたメルケル氏だが、今年は内外から批判の集中砲火を浴びている。これまでメルケル首相は外交政策に関して高い評価を受けてきたが、この秋には欧州連合(EU)との折衝で大きな挫折を経験した。焦点となったのは、ユーロの安定化をめぐる交渉である。

今年5月のギリシャの債務危機をきっかけとしてEUは、3年間にわたる緊急救済制度を発足させた。メルケル首相はEUのリスボン条約を改正して、財政赤字や公共債務に関する基準に違反した国に、自動的に制裁を加えることを提案していた。特にドイツは、違反国から理事会での議決権を剥奪することを求めていた。ユーロを安定化させるには罰則を厳しくしなければならないというのが、ドイツの主張だ。

さらに現在の緊急救済制度は、EUの事実上の「憲法」とも言うべきリスボン条約に盛り込まれていない。このためドイツでは2013年度以降、連邦憲法裁判所が緊急救済制度を「憲法違反」と判断する可能性がある。その場合、ドイツ政府の面目は丸つぶれになる。メルケル氏はこうした事態を防ぐために、リスボン条約を改正してこの制度について明記することを要求していた。 

しかし10月29日にブリュッセルで開かれたEU首脳会議で、メルケル氏は孤立した。自動的な制裁措置や議決権の剥奪は、ほかの加盟国の激しい反対によってリスボン条約に盛り込まれないことが決まった。そして将来、ギリシャのように基準に違反し続ける国が再び現われても、自動的に罰を受けるのではなく、各国の首脳が集まって様々な事情を勘案した上で、罰則を適用するかどうかを決めることになった。ドイツ人は日常生活でも万事について法律や規則を最優先しようとする傾向があるが、フランスや南欧の国々ではそうした態度は受け入れられない。今回の決定は、サルコジ仏大統領の勝利である。

EU諸国は、ドイツの国内事情にも配慮し、リスボン条約を改正して救済制度に法的な裏付けを与えることには同意したが、規則の強化というドイツにとって最も重要な提案は認められなかった。

メルケル政権の副首相であるヴェスターヴェレ外相は、「ユーロを安定化させるには、政治家がケースバイケースで判断するのではなく、厳しい規則が必要だ」と述べ、メルケル首相が自動的な制裁措置の導入に失敗したことを間接的に批判した。ヴェスターヴェレ氏は外相という立場にありながら、ユーロ安定化をめぐるEU諸国との交渉でメルケル首相から蚊帳の外に置かれていたので、腹を立てている。副首相が首相を公然と批判するとは、メルケル政権にとって末期的な症状である。

ドイツは、ユーロが誕生する前の1990年代後半にも、基準に違反した国に対する自動的な制裁メカニズムを導入しようとして失敗した。当時のコール政権のヴァイゲル財務相も、フランスなどの強硬な反対にあって要求を引っ込めざるを得なかった。

規則や法律よりも、国家としての決定権を重視するフランスと、規則最優先のドイツ。EUの屋台骨である2つの国の意見が、火と水のように異なっているのだ。さらにEUの小国は、独仏が中心となってユーロに関する政策を取り仕切ることを不愉快に思っている。これらの事実は、ユーロを安定化させ、信用性を長期的に維持するという課題が、いかに難しいものであるかを浮き彫りにしている。

12 November 2010 Nr. 842

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:30
 

ドイツ外務省の過去

世界には、自国の歴史の暗い部分を隠そうとする国と、積極的に公表して犯罪の再発を防ごうとする国の2種類がある。ドイツは世界で最も積極的に、過去の犯罪を自ら暴いてきた国である。この秋、歴史と批判的に対決する試みに、新たな1ページが加えられた。

シュレーダー政権の外相だったヨーゼフ・フィッシャー氏は、在任中に4人の歴史学者に外務省の内部文書を公開して、ナチス時代の外務省の役割について研究を依頼していた。そして今年10月末、ついに歴史家たちが最終報告書を発表した。その結果、ドイツ外務省がこれまで知られていた以上に、ナチスの犯罪に積極的に加担していたことが明らかになったのだ。

当時の外務省の職員の中には、ユダヤ人虐殺に積極的に加担していた者もいた。たとえば「ユダヤ人問題担当課」に属していた外交官フランツ・ラーデマッハーが、ベオグラードとブダペストに出張した際の旅費の精算書類には、出張目的として「ベオグラードのユダヤ人殲滅(Liquidation)」とはっきり記されている。この1枚の紙片には、外交官たちの間で犯罪の感覚が麻痺していたことが浮き彫りにされている。旅費の精算を担当した事務職員も、ユダヤ人虐殺を知っていたことになる。

リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー元連邦大統領は、ドイツの政治家の中でも過去との対決を最も重視した人物だが、彼の父親エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー氏は、ナチス政権のリッベントロップ外相の下で外務次官を務めていた。今回公表された文書から、エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー氏が、ナチスに批判的だったために迫害された作家トーマス・マンの市民権の剥奪に賛成していたことが、初めて明らかになった。この事実は、息子であるヴァイツゼッカー元連邦大統領も知らなかったという。報告書を執筆した歴史家の1人、エッカート・コンツェ氏は、「ナチス時代の外務省は、犯罪的な組織だった」と断言している。

さらに報告書は、戦後ドイツ外務省がナチスに協力した外交官の大半を追放せず、多くの協力者が外交官として勤務し続けたことも指摘。特に注目されるのは、戦後外務省に設置された「中央権利保護局」である。この機関は、外国に逃亡したナチスの戦犯に対して、どの国で逮捕状が出ているかを教える一種の情報サービスを行っていた。役所が犯罪者を助けるとは、今日のドイツの価値観では考えられないことである。フィッシャー元外相はこの組織の存在を、「最大のスキャンダルの1つ」として厳しく批判している。1950年代の西ドイツでは、ホロコーストの全容すら、まだ市民には明らかになっていなかった。このため、ナチスを批判的に見る社会の空気は、現在に比べてはるかに薄かったのである。

最終報告書は「役所と過去・第三帝国とドイツ連邦共和国の外交官たち」という本として書店で販売される。半世紀以上前のこととはいえ、ドイツ人にとって歴史の恥部を全世界に公表することは、つらい作業である。それでもドイツ政府は、周辺諸国の信頼を維持するには、自らの過去と批判的に対峙する以外、道はないと考えて、1960年代からこうした作業を地道に行ってきたのである。過去との対決は、被害者への補償、教育、犯罪捜査、マスメディアによる報道、若者のボランティア活動など様々な形で行われており、国民の大半が支持している。一部の大企業も社史の中で暗部を公表している。もしもドイツが戦後こうした努力を怠っていたら、この国が現在ほど周辺諸国、そして被害者が最も多く住んでいるイスラエルから信頼されることはなかったに違いない。

5 November 2010 Nr. 841

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 09:53
 

エネルギー革命の請求書

ドイツは世界の先進工業国の中で、環境保護に最 も力を入れている国だ。そのことはメルケル政権が今年秋、「エネルギー・コンセプト2050」という野心的な二酸化炭素(CO2)削減計画を打ち出したことにも表われている。

この構想によると、ドイツはCO2の排出量を2050年までに1990年比で80%削減する。環境保護を重視する緑の党や社会民主党(SPD)だけではなく、キリスト教民主同盟(CDU)など保守政党もCO2削減に真剣になっているのが興味深い。つまり環境問題は、この国では党派の壁を超えた、市民の関心事なのである。

ドイツ人はこの国を「低炭素社会」に変えようとしているわけだが、エネルギー革命が市民や企業に及ぼす経済的な負担について、激しい議論が起きている。

ドイツ政府が最も大きな期待をかけているのは、風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギーの拡大だ。再生可能エネルギーが発電や暖房などを含めたエネルギー消費量に占める比率は、2009年には約10%だったが、2050年には60%まで引き上げられようとしている。

また2009年には電力消費量のおよそ16%が再生可能エネルギーによってまかなわれていたが、今後40年間以内にこの比率を80%まで増やすという。

メルケル政権はかつてシュレーダー政権が実施した脱原子力政策を修正し、現在運転されている17の原子炉の稼動年数を平均12年延長することを決定した。政府は原子力を、再生可能エネルギーが普及するまでの「つなぎ」のエネルギー源と見ている。

だが、現在再生可能エネルギーの比率が急激に高まっているのは、政府が風力や太陽光で作られた電力を、ほかの電力に比べてはるかに高い値段で買い取っているからだ。その買取価格は、我々の電力料金に税金として上乗せされている。たとえば連邦カルテル庁によると、今年ドイツ市民や企業が再生可能エネルギーで作られた電力の助成金のために負担する額は90億ユーロ(約9900億円)だが、来年は150億ユーロ(約1兆6500億円)にはね上がる。連邦カルテル庁は助成金を大幅に減らして、自由競争の原理を取り入れるべきだと主張している。

さらに、CO2対策の第二の柱である暖房効率の改善についても、批判の声が出ている。政府は2050年には建物からのCO2排出量を80%減らすことを目指している。そこで暖房効率を引き上げてエネルギー消費量を減らすために、2020年から段階的にアパートや民家のリフォームを開始する。

だが建設省によると、ドイツの2300万棟の住宅などから排出されるCO2をゼロにするには、2.4兆ユーロ(約264兆円)もの費用がかかる。80%減らすにしても100兆円を超える投資が必要なことは間違いない。このため不動産業界や住宅の所有者たちからは、強い批判の声が出ている。政府が財政赤字や公共債務を減らそうとしている中、巨額の費用をどこから捻出するのかについて、メルケル首相は明確な答えを出していない。

またドイツだけがCO2を減らしても、中国、インド、米国などが国際的な合意の下に本格的にCO2を減らす努力を始めなければ、地球温暖化にブレーキをかけることは難しい。ドイツ企業だけが、CO2削減のための費用を負担させられることによって、国際的な競争力が下がる危険もある。

「エネルギー・コンセプト2050」は、ドイツ人の環境ロマン主義を象徴する大胆な計画だが、その実現への道はかなり険しいものになるだろう。

29 Oktober 2010 Nr. 840

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:29
 

ヴルフ演説と外国人論争

クリスティアン・ヴルフ連邦大統領が10月3日の統一記念式典で行った演説が、大きな議論を巻き起こしている。ヴルフ氏は「ドイツは世界各地からこの国にやってくる人々に対して開かれた国でなくてはならない。我々は移民を必要としている。外国人や帰化した外国人たちが、現在ドイツで行われている議論によって傷付いてはならない」と述べ、外国人を弁護する姿勢を示した。彼はティロ・ザラツィン氏の著作が引き金となってトルコ人などイスラム系市民に対する批判が強まっていることから、移民系市民の側に立とうとしたわけである。

そして彼は演説の中でこう言った。「キリスト教とユダヤ教は疑いなくドイツ文化の一部だ。しかし今ではイスラム教もまたドイツの一部だ」。この言葉に対して、連立政権の一翼を担うキリスト教社会同盟(CSU)から、激しい反発の声が上がったのである。

たとえばCSUのフリードリヒ議員は「ドイツの指導的文化は、キリスト教・ユダヤ教であり、イスラム教は指導的文化ではない。イスラム教がドイツ文化の一部であるという大統領の発言には同意できない」と述べた。CSUのほかの議員たちも、「イスラム教をキリスト教・ユダヤ教と同列に並べるのはおかしい」としてヴルフ氏の発言を批判している。

バイエルン州の首相であるゼーホーファーCSU党首は、さらに右寄りの発言をした。彼は「トルコやアラブからの移民が、ドイツ社会になかなか溶け込めないのは明らかだ。ほかの文化圏からの移民はもう必要ない」と述べ、ヨーロッパ以外からの移民の停止を求めたのだ。「ほかの文化圏(aus anderen Kulturkreisen)という言葉を文字通り解釈すると、トルコやイスラム諸国だけでなく、日本も含めたアジア諸国やインドなどからの移民も拒否するということになる。

天然資源に乏しいドイツの経済を支えているのは、外国との貿易である。この国の雇用の3分の1は、外国とのビジネスに直接・間接的に関わっている。私はヴルフ大統領が言うように、ドイツは外国に対して門戸を閉ざしてはならないと考えている。戦後の西ドイツは外国人の受け入れについて、比較的寛容な国だった。私はこのことが経済的、文化的にドイツを豊かにしてきたと思う。

移民の中には高い教育水準を持ち、ドイツの経済や文化に貢献している人もいる。トルコ人やイスラム系市民の中にも、高度な教育を受けた人はいるはずだ。たとえそうした人々が少数であっても、「異文化圏からの移民はいらない」として門を閉ざすことは、ドイツを精神的に貧しい国にするのではないだろうか。少なくともドイツの国際的なイメージを悪くすることは間違いない。CSU党員らの発言には、外国人に不満を持つ市民の票を確保しようとする意図がうかがえる。

ザラツィン氏の著作「Deutschland schafft sich ab」は110万部も売れた。マスコミも含めてこの本を批判するドイツ人は、少数派になりつつある。この本を読んだ多くの大学教授らが、次々に「正しい内容だ」とお墨付きを与えている。彼の本に集められているデータや見解は客観的には正しいかもしれない。しかしネオナチが支持する本がベストセラーリストの第1位になり、ほとんどのドイツ人がその主張に賛成するのは、外国人の1人として薄気味悪い。20年前のドイツでは考えられなかった現象だ。ドイツ政府の過去40年の移民政策に対するドイツ人の不満、この国で異文化が増殖することへの不安は、それほど大きいのである。統一後のドイツ人の意識は水面下で保守性を強めているのだろうか。その方向をしっかりと見極める必要がある。

22 Oktober 2010 Nr. 839

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:29
 

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