ジャパンダイジェスト
独断時評


国家債務の削減を!

「われわれは、どんなにコストが掛かってもユーロを防衛する」。欧州委員会のバローゾ委員長の言葉である。EUは5月10日に、ギリシャ、ポルトガル、スペインなど多額の債務に苦しむ国々のために、国際通貨基金(IMF)と共同で7500億ユーロ・日本円で約84兆円(1ユーロ= 112円換算)という空前の支援プログラムを打ち出した。EUは5月初めにギリシャに対する1100億ユーロ(11兆3200億円)の緊急融資計画を発表したばかりだった。ドイツの負担額は、224億ユーロから1230億ユーロに増えた。EUで最も多い額である。

なぜEUはこれほど矢継ぎ早に、多額の融資プログラムを公表しなくてはならなかったのだろうか。それは、ギリシャへの融資計画の発表がマーケットを鎮静化できなかったからである。南欧諸国の国債は暴落を続けて、リスクプレミアムが上昇し続け、債務危機がギリシャ以外の国々にも広がる兆候が現われた。ユーロが円やドルに対して下落し始めたばかりでなく、日欧米の株式市場で株安傾向も強まった。さらに、銀行が慎重になって金融機関の間のお金の流れもスローダウンし始め、信用不安の影がマーケットを覆い始めた。

このためEUは投機筋に対してユーロ防衛の固い意志を見せるために、天文学的な金額の支援計画を打ち出したのである。その上EUは各国に、予算案を議会で可決される前に欧州委員会に提出させ、点検させることなど、危機の再発を防ぐための管理体制の強化を提案した。これらの措置によって、南欧諸国の国債のリスクプレミアムは、本稿を執筆している5月19日の時点では、ひとまず小康状態にある。

だが7500億ユーロの融資プログラムは対症療法に過ぎず、病気の根源を取り除く治療法ではない。EUはこの金額を提示することで、とりあえず時間を稼いだだけである。さらに欧州中央銀行(ECB)がタブーを破って、ギリシャなど債務危機に悩む国の国債を買い取り始めたことも、市場関係者や経済学者に衝撃を与えた。ECBは本来政府から独立していなくてはならないのだが、国債買い取りはECBが政治家の圧力に負けて独立性を失ったことを意味するからだ。

さらに、債務比率が100%を超えており、国際競争力も弱い国が莫大な借金を返せるのかという疑問も残る。ドイツ銀行のアッカーマンCEOが言ったように、ギリシャが今後1100億ユーロの金に利子を付けて返済できると信じている人は少ない。ギリシャ破たんの危険は、今後も「ダモクレスの剣」のように欧州の頭上にぶら下がり続ける。7500億ユーロの融資プログラムが発表された後も、ユーロがドルや円に対して下落したのはそのためである。

最も重要なのは、南欧諸国だけでなくすべてのユーロ加盟国が財政赤字と公共債務を減らす努力を真剣に行うことだ。国民は耐乏生活を強いられるが、それ以外に病を治す道はない。ドイツ人は1990年代に、「ほかの国が債務危機に陥っても、ドイツが支援させられることはない。条約でそうした援助は禁じられている」と政府から説明されて、しぶしぶマルクを捨てることに同意した。しかしこの約束は、ユーロ導入からわずか11年で破られた。保守派の間では、「ドイツは今後、際限なく借金を返せなくなった国の援助をさせられるのか」「ユーロ圏を北と南に分けたらどうか」という不満の声が上がっている。欧州通貨同盟だけでなく、欧州統合というプロジェクトそのものが大きな岐路に立っているのだ。

28 Mai 2010 Nr. 818

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:31
 

NRW選挙・保守政権崩壊

「私にとって、そして党にとって厳しい日だ。私は敗北の責任を取る」。ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のJ・リュトガース首相(キリスト教民主同盟=CDU)は、5月9日夜、こわばった表情でこう語った。「ミニ連邦議会選挙」と呼ばれるほど注目された同州の議会選挙で、有権者はCDUとFDP(自由民主党)の連立政権に鉄槌を下した。

CDUは前回の選挙に比べて得票率を10.2ポイント下げ、34.6%しか確保できなかった。FDPは得票率を0.5%増やしたものの、両党は議席の過半数を取れなかった。NRW州での保守中道政権の崩壊により、CDUとFDPは連邦参議院でも過半数を失った。SPD(社会民主党)も得票率を2.6%減らしたが、CDUと同じ67議席を確保。今回の選挙の勝利者は、緑の党である。同党の得票率は前回の6.2%からほぼ2倍に増え、12.1%となった。

注目されるのは、連立政権をめぐる交渉である。最も自然な流れは、SPDと緑の党の連立だ。SPDの州首相候補であるH・クラフト氏も、「まず緑の党と連立について話し合う」としているが、SPDと緑の党だけでは議席が過半数に達しない。このため、SPDと緑の党が、初めて11議席を確保した左派政党リンケと「赤・赤・緑政権」を樹立するかどうかが焦点である。しかしヘッセン州議会選挙で見られたように、SPDには社会主義時代の東ドイツの政権党の流れをくむリンケとの連立に強い反感を持つ人々がいる。

また、SPDがCDUを交えて大連立政権を作る可能性もある。だが大連立政権には、政党の間の政策の違いが不明確になり、有権者の不満が募るという難点がある。いずれにせよ、クラフト氏は慎重な判断を迫られる。

元々NRW州は、SPDの牙城だった。CDUは前回の選挙で、39年間にわたったSPDによる支配体制を終わらせたのだが、CDUとFDPの連立政権はわずか1期と短命だった。最大の理由は、リュトガース氏の指導力の弱さである。NRW州は、州政府や自治体の債務、雇用、教育など様々な懸案を抱えているが、リュトガース氏はこれらの問題について有効な対策を打ち出せず、有権者の間では現政権に対して不満感が高まっていた。

さらに、今年2月にCDUのNRW州支部に対して「スポンサー疑惑」が浮上したことも痛手だった。同支部は、企業に対して「1万ユーロから2万ユーロを払えば、リュトガース首相と単独で話したり、首相を交えて写真撮影をしたりできるように便宜を図る」という手紙を送っていたのだ。リュトガース氏は関与を全面的に否定し、支部の幹事長を更迭したが、この疑惑がCDUのイメージを悪くし、選挙戦の出足をくじいたことは間違いない。

また、中央政界でのメルケル政権のイメージも最近は芳しくない。たとえばCDUとFDPの間には、減税や健康保険制度の改革をめぐって足並みの乱れが見られる。多くの市民がFDPの提案する「国民一律保険料制度」に不満を抱いている。ギリシャの債務危機について、メルケル首相がほかのEU加盟国の圧力に抗することができず、ドイツが多額の負担を強いられることも、CDUの票を減らした。

NRW州の州議会選挙の結果は、その次の連邦議会選挙に密接に反映されることがある。メルケル首相は選挙結果を詳しく分析し、早急に対策を取る必要があるだろう。

21 Mai 2010 Nr. 817

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:31
 

ユーロを救え!

「すべてはユーロの安定性を守るために必要なことです」。5月4日にメルケル首相はこう語り、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)による総額1100億ユーロ(約13兆2000億円)という天文学的な融資の必要性について、国民の理解を求めた。

ドイツの負担額は224億ユーロ(約2兆6880億円)。EU随一の経済力を反映し、1国としては最も多い額だ。これは資本注入ではなく融資なので、利子付きで返って来ることが前提となる。しかし経済力が弱まっているギリシャが、これだけの金を返済できるのか、不安が付きまとう。ドイツでは社会保障が削られる方向にあり、国も地方も緊縮財政を迫られているのに、分不相応な借金をしまくっていた他国の失策のつけを払わされる。国民の不満は募っている。

しかし欧州諸国にとっては、問題児ギリシャを救済する以外に道はなかった。今回の債務危機は、1999年に創設された欧州通貨同盟が経験する最大の激震である。もしもギリシャ政府が債務不履行(借金を返せなくなる状態)に陥っていたら、ユーロという通貨に対する信用性が大きく揺らぐばかりではなく、ギリシャにお金を貸している民間銀行にも大きな悪影響が及ぶ。

ただし、この救済ですべての問題が解決したわけではない。今回の危機は、欧州通貨同盟の法的な基盤であるマーストリヒト条約、そしてユーロ加盟国を律するための規則である安定協定に不備があることを浮き彫りにした。欧州委員会は、本来ユーロ圏に入る資格がなかったギリシャが、財政赤字や債務に関するデータを偽って2001年に通貨同盟に入ったことを見抜けなかった。04年にはドイツやフランスの債務比率が高まったため、安定協定の制裁措置が緩和された。つまりユーロ加盟国は、財政赤字や債務に関する基準に違反しても厳しい罰を受けないので、野放図な財政運営を続けることができたのだ。

さらにギリシャ政府が昨年の暮れまで、実は13.6%である財政赤字比率を「3.7%」と大幅に低く報告していたのに、欧州委員会はこの嘘を見抜くことができなかった。欧州中央銀行の関係者は「ユーロ圏加盟国が、意図的に偽りのデータを報告するという事態は想定していなかった」と言うが、あまりにも世界の現実に疎い発言である。つまり欧州委員会は国家の「モラル・ハザード」の可能性を見落としていたのだ。これらの事実は、ユーロ安定協定が抜け穴だらけで、機能不全を起こしていたことを示している。

ユーロ加盟国は、マーストリヒト条約と安定協定を大幅に改正して罰則を強化するだけではなく、各国政府が報告するデータのダブルチェック態勢を整える必要がある。さらに、将来ギリシャで国民の不満が強まって政権交代が起こり、新しい政府が財政赤字と債務を減らす努力をやめ、EUとIMFからの借金の返済を拒む事態も考えられる。EUは、その時にどう対応するかについても準備しておかなければならない。

特に危険なのは、ほかの過重債務国の反応だ。ギリシャのように公然と規則に違反した国でも、結局EUとIMFに救済されたのを見て、イタリアやスペイン、ポルトガル、アイルランドなどが財政赤字と債務の削減努力を怠る可能性もある。これらの国々まで救済することになったら各国の納税者は反旗を翻し、ユーロ圏全体が重大な危機に陥るだろう。

EUが「債務国の救済機関」に変質することを、どのように防ぐか。ドイツを含めた加盟国首脳は、大変難しい宿題を与えられたのだ。

14 Mai 2010 Nr. 816

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:26
 

NRW選挙とギリシャ危機

5月9日に行われるノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州議会選挙は、今年ドイツで最も注目されている政治イベントである。NRW州はドイツ最大の人口を有しているため、州議会選挙は連邦レベルの政局を占う上でも重要なのだ。さらに、政界関係者やジャーナリストの間では、ギリシャの債務危機が今回のNRW州議会選挙に対し、どのような影響を及ぼすかについて急速に関心が高まっている。

4月23日、多額の債務に苦しむギリシャ政府は、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に対して、緊急融資を要請した。

ギリシャ政府は、2009年度の財政赤字が国内総生産(GDP)に占める比率を12.7%から13.6%に上方修正した。このため格付け機関は同国の信用格付けを引き下げ、ギリシャ国債の利回りはリスクプレミアムのために13%という驚異的な水準に達した。ギリシャは2360億ユーロ(約28兆3200億円)もの債務を抱えている。しかし、国際金融市場で国債を売って資金を調達するのはもはや不可能と考えて、EUとIMFに泣きついたのだ。

EUとIMFは総額1100億ユーロを融資する。その内EUの負担額は800億ユーロ。ドイツはEUの融資のおよそ28%、つまり224億ユーロ(約2兆6000億円)を負担させられるが、これはEU加盟国の中で最も多い。このことについて、ドイツ国民の間では不満の声が高まりつつある。「ギリシャは自国の債務に関するデータを改ざんして低く見せることによって、欧州通貨同盟に入った。外国政府のずさんな政策のつけを、なぜドイツの納税者が払わされるのか」ということだ。ギリシャに貸す1兆円の金を、ドイツ国内の減税に回してほしいという声が出て来てもおかしくない。

このためメルケル政権は日に日に苦しい立場に追い込まれている。ショイブレ財務大臣は、「ギリシャへの融資は他国の債務の肩代わりを禁じたマーストリヒト条約違反ではないのか」という質問に対して、「それぞれの国が二国間ベースで自発的にギリシャに融資することは、条約違反にはならない」と答えていたが、これは批判を交わすための言い逃れにすぎず、説得力に欠ける。

政界関係者の間では、ギリシャ救済をめぐるメルケル政権への有権者の不満のために、NRW州選挙でキリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FDP)が敗れるのではないかという予想が出ている。

自営業者や企業経営者を支持基盤とするFDPからは、すでに大衆迎合主義(ポピュリズム)的な意見が聞かれる。「ギリシャはエーゲ海の島のいくつかを売って、財政再建の足しにするべきだ」というあるFDP議員の発言は、その例である。

もしもギリシャの債務危機が原因となって、多くの有権者が伝統的な政党に失望し、EUに対して批判的な極右政党に票が流れるとしたら、大きな問題である。メルケル政権内では、ドイツの大衆紙が、ギリシャの債務危機をめぐって外国やEUへの反感を煽るような見出しを付けていることを懸念する声が出ている。

ギリシャが支払不能に陥った場合、ユーロの信用性が揺らぐ。このためEUそしてドイツは、通貨の安定性を守るために支援せざるを得ない。だが、ギリシャ以外にも、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランドなどが債務に苦しんでいる。これらの国々すべてをEUが救済することは不可能だ。このジレンマをめぐり、NRW州の有権者がどのような判断を示すか、選挙結果が大いに注目される。

7 Mai 2010 Nr. 815

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:36
 

ドイツ人の戦争

2010年4月は、ドイツ連邦軍にとって創立以来最も血塗られた月となった。2日には、アフガニスタンのクンドゥズ近郊でパトロールをしていた空挺部隊の兵士がタリバンの待ち伏せ攻撃に遭って、3人が戦死、8人が重軽傷を負い、15日にはバグランという町の近くで軍医らの乗った装甲車がタリバンのロケット砲に撃たれ、4人が死亡、5人が重軽傷を負った。ドイツが2002年にアフガン駐留を始めて以来、戦死したドイツ兵の数はこれで43人になった。

メルケル首相は4月9日にニーダーザクセン州で行われた3人の兵士の葬儀に参列し、「ドイツ全体が皆さんに感謝し、敬意を表します」と述べ、彼らの棺の前で頭を下げた。国家の最高指導者にとっては、政府の命令で戦場におもむき、若い命を落とした兵士たちの弔いの場に姿を見せることは最も辛い瞬間だろう。しかし首相にとって、若い犠牲者たちの葬儀への参列がこれで最後になるという保証はない。

いや、これからも死者は増えるだろう。タリバン・ゲリラは、以前より巧妙な戦法を駆使してドイツ軍部隊をおびき寄せている。前線の兵士たちからは「路側爆弾の破片から兵士を守るだけ強固な、装甲板で補強された車両が少ない」とか、「兵士たちは装甲車の運転の仕方について、ドイツで十分な訓練を受けないまま前線に送られている」という批判の声が上がっている。政府はアフガンでの犠牲者を減らすために、早急に対策を取る必要があるだろう。

グッテンベルク国防相がクンドゥズで3人が戦死した後に発表した談話の中で認めたように、ドイツ軍は第2次世界大戦後初めて、本格的な戦争に加わっているのだ。今後アフガンでの戦いはますますエスカレートしていくだろう。たとえば国防省は、前線の兵士たちの間で待ち望まれていた自走榴(りゅう)弾砲2両を、装甲板で補強された車両とともにアフガンに投入することを決めた。だがそれだけで、戦局を変えられるかどうかは未知数だ。なぜなら、タリバン・ゲリラはわざと民間人が多く住む地域に隠れて、ドイツ軍の車列を攻撃しているのだ。タリバンは、民間人が巻き添えになる危険が高い地域には、ドイツ軍や米軍が砲爆撃を行わないことを知っている。これでは自走榴弾砲も大して効果を発揮できない。

昨年9月4日に、タリバンが盗んだ2台のタンクローリーに対して米軍の戦闘機が爆弾を投下し、タリバン・ゲリラや市民ら、少なくとも50人が死亡するという事件があったが、この爆撃命令を出したのはドイツ軍のクライン大佐だった。今年4月19日、連邦検察庁は「クライン大佐は、現場に民間人がいることを知らなかったので、爆撃命令は国際法に違反しない」として、大佐を刑事訴追しないことを決めた。

この背景には、政治的な配慮もあるだろう。夏には気温が50度にも達する厳しい環境で兵士たちが汗と血を流している中、将校を訴追すれば前線の兵士たちから強い不満の声が上がることは目に見えている。しかしドイツ人が下した爆撃命令によって、罪のない多数の市民が死んだことは間違いない。戦後半世紀にわたって軍事介入に消極的な態度を保ち、血で手を汚すことがなかったドイツは、今や「Unschuld(罪のなさ、純真さ)」を捨てて、米国や英国と同じく「戦う国家」に変身したのだ。ドイツがここまで変わるとは、つい20年前には誰にも想像できなかった。2001年の同時多発テロは、平和国家ドイツを変貌させ、「対テロ戦争」の大義名分の下に行き先の見えない茨の道を選択させたのである。

30 April 2010 Nr. 814

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:26
 

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