ジャパンダイジェスト
独断時評


米独関係の改善に高まる期待

「安全保障のダボス会議」と呼ばれるミュンヘンの安全保障会議。ホテル「バイリッシャー・ホーフ」の大広間を埋めた約300人の政治家、外交官、軍人たちが今年最も注目したのは、米国オバマ政権の副大統領、ジョー・バイデン氏の演説だった。

「米国は、他国の意見に耳を傾ける。我々はこれまでとは違う口調で話すだろう。米国は、同盟国や国際機関の影響力を弱めるためでなく、むしろその安全や経済的利益を守るために貢献する」

その言葉には、前のブッシュ政権と一線を画そうとする姿勢がにじみ出ていた。ブッシュ前大統領の単独主義的な政策、特にイラク侵攻やテロ容疑者に対する拷問などの人権侵害は、ドイツをはじめとする欧州諸国から厳しく批判されてきた。

オバマ政権はすでに、前政権が設置したグアンタナモ収容所の閉鎖と、テロ容疑者に対する拷問の禁止を決定している。ブッシュ前大統領は、安全保障にかかわる情報を引き出すためにテロ容疑者を拷問したり、外国で誘拐してグアンタナモ収容所に連行し、無期限の拘禁を行ったりする許可を軍に与えていた。捕虜の人権を守る国際協定(ジュネーブ協定)すらテロ容疑者には適用せず、国際法を堂々と破ることもためらわなかった。オバマ大統領はこれらの措置をすべて撤回することを約束している。

さらにバイデン氏は、悪化しつつあるロシアとの関係を改善するために「新しいスタートボタンを押す時が来た」と発言。核兵器開発を続けるイランに対しても「直接対話する準備がある」と述べ、欧州諸国の首脳を喜ばせた。

毎年この会議に参加しているドイツの安全保障関係者は、「今年の会議の雰囲気は、例年と全く違っていた。ブッシュ政権時代の険悪な空気が消えて、協調的なムードだった。オバマ政権は、国連などを重視する多国間主義の傾向を見せるだろう」と語り、米独関係の改善に向けて期待感を見せた。

しかし関係改善は、同盟国に新たな負担をも要求する。バイデン副大統領は、「米国はこれまでよりも多く貢献する。だが米国は、パートナーに対してもこれまでより多くの貢献を求める」と述べた。米国は、グアンタナモ収容所に拘留されている一部のテロ容疑者の受け入れを欧州諸国に求めている。さらにオバマ政権はアフガニスタン駐留部隊の増強を予定しているが、この点についても欧州諸国に支援を強化するよう求める見込みだ。アフガニスタンでは自爆テロの件数が増加しているほか、一部の地域でタリバンが勢力を盛り返している。ドイツ人はブッシュ氏に強い嫌悪感を抱いていたので、要求をはねつけやすかった。だが彼らは、オバマ氏に対しては強い尊敬と愛着を抱いている。このため、安全保障に関するこれらの貢献を強化するように依頼された場合、その要求を断るのはこれまでよりも難しくなるだろう。

いずれにしても、冷戦後衰える一方だった米欧間のパートナーシップの前途に、オバマ政権の誕生で一筋の光が見えてきたのは、喜ぶべきことだ。

20 Februar 2009 Nr. 753

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:21
 

教皇ベネディクト16世の大失敗

4年前にバイエルン州出身のヨーゼフ・ラッツィンガー氏がローマ教皇になった時、ドイツ人たちは盛大に祝福した。だが教皇ベネディクト16世は今年に入って、重大なミスを犯していたことが明らかになった。

カトリック教会には様々な宗派があるが、「聖ピウス10世・同胞団」はその中でも極めて保守的なグループ。バチカン教皇庁は1988年にこのグループが分派的な傾向を示しているとして、4人の司教を破門していた。ベネディクト16世は先月、この4人の破門を解除してカトリック教会に迎え入れることを決めた。

ところがその内の1人リチャード・ウィリアムソン司教が、ナチスのユダヤ人大量虐殺を矮小化する発言を繰り返していたことが明らかになったのだ。彼は89年4月にカナダで、「ホロコーストはユダヤ人の作り話。アウシュビッツではユダヤ人は1人もガスで殺されていない。すべては嘘だ」と発言。また今年1月末にはスウエーデンのテレビ局に対するインタビューの中で、「アウシュビッツにはガス室はなかった。ナチスの強制収容所で殺されたユダヤ人の数は20万~30万人」と語っている。ドイツでは、ナチスの犯罪を矮小化する発言を行うことは「国民扇動罪」に当たる。ベネディクト16世は、極右的な思想傾向を持つ人物をカトリック教会に迎え入れたわけである。

これについてドイツ・ユダヤ人中央評議会のザロモン・コルン副会長は、「ローマ教皇は、このような人物をカトリック教会に迎え入れることで社会復帰させた。博識のローマ教皇が、ウィリアムソン司教の背景について知らなかったとは考えられない」と述べ、ベネディクト16世を強く批判した。イスラエルのユダヤ教関係者は激怒してバチカンとの対話を凍結。ドイツのカトリック教会の幹部の間からも、今回の措置に困惑する声が聞かれる。

ウィリアムソン司教がホロコースト否定論者であることは、宗教界では広く知られていたことで、インターネットで検索するだけで誰にでも簡単にわかるほど。バチカンの教皇庁がこの司教の思想背景について全く知らなかったとは考えにくい。

もともとユダヤ人たちとバチカン教皇庁の関係は険悪だった。バチカンは65年まで、「ユダヤ人はキリストの磔刑について罪はない」と公式に認めなかった。一方、イスラエル人たちは「ローマ教皇庁は第2次世界大戦中にナチスのユダヤ人迫害を強く批判しなかった」と批判してきた。

このため故ヨハネ・パウロ2世は、ユダヤ教徒との関係を改善するために対話を深めようとしていたが、今回のウィリアムソン司教問題で両者の関係は再び冷え込んだ。この氷を溶かすには何年もかかるだろう。

ベネディクト16世は、これまでもユダヤ教徒やイスラム教徒の神経をさかなでする発言を何度も繰り返してきた。カトリック教会の最高権力者は象牙の塔に閉じこもるだけでなく、人々の感情や国際情勢に対する配慮が必要なのではないだろうか。

13 Februar 2009 Nr. 752

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:21
 

景気刺激策は十分か?

米国の不動産バブルの崩壊、そしてリーマン・ブラザースの破たんは100年に1度と言われるグローバル金融危機を引き起こし、ドイツだけでなく欧州全体の銀行業界、実体経済に深刻な影響を与えている。現在多くの企業が発表しつつある2008年度の業績は、惨憺(さんたん)たるものだ。

ドイツ銀行界の重鎮ドイチェ・バンクですら、39億ユーロ(約4680億円)という当初の予想を大幅に上回る損失を出した。同行は投資銀行部門を重視し、グローバル化を進めることによって一時は高い収益性を誇ったが、その経営方針が今や裏目に出た。

コメルツバンクは、アリアンツ保険からドレスナー銀行を買収した後になってから、ドレスナーの損失が当初の推計よりも多いことに気づき、政府に対して100億ユーロの公的資金の注入を要請。部分的に国有化されることになった。コメルツ銀の頭取は1月8日の記者会見で「8週間前にはこんなことになるとは夢にも思わなかった」と述べ、見通しが甘かったことを認めている。不動産融資銀行ヒポ・レアル・エステート(HRE)に至っては、サブプライム関連の損失によって自己資本が著しく不足しているため、政府が株式の半分以上を保有する大株主になる見通しが強まっている。

国有化とは、銀行を市民の税金によって救うことだ。銀行の役員たちは、景気が良かった時には高収入を得て我が世の春を謳歌し、経営状態が悪化すると「金融システム全体が危うくなる」と政府に泣きついて、倒産を免れる。しかし中堅企業を中心として、「融資を受けるのは相変わらず難しく、銀行は貸し渋りを続けている」という批判の声は根強い。

自動車産業も苦戦している。今年の新車販売台数は2年前に比べて10%減り、290万台になる見通しだ。各社とも生産を減らし、労働時間の短縮を行っている。自動車産業は、国内勤労者の7人に1人が依存する基幹産業だ。このため政府は、古い車を廃車にして有害物質の排出量が少ない新車を購入すれば、2500ユーロの「環境ボーナス」を支給する方針を打ち出した。自動車メーカーの銀行子会社も政府の援助を申請し始めている。

市民の間からは、「銀行と自動車産業は政府によって助けてもらえるが、他の業種は見捨てられる」という不満の声が聞かれる。大手半導体メーカーだったキモンダの破綻は、そのことを如実に示している。今後倒産が増えるにつれて、批判の声が高まるだろう。

メルケル首相は先月「ドイツの歴史で最大の景気刺激策」を発表した。確かに政府が500億ユーロ(約6兆円)もの規模で公共投資や減税を行うのは異例だ。だが今年の国内総生産は前年に比べて2.25%も減ると予想されている。1949年の西ドイツ建国以来、これほど激しいマイナス成長は1度もなかった。銀行業界の業績悪化もまだ底を打っておらず、政府、つまり納税者が最終的にどれほどの額を保証したり注入したりしなくてはならないのかはわかっていない。不況の暗雲が我々の頭上から去るのはいつのことか。

6 Februar 2009 Nr. 751

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:21
 

スーパー選挙年・SPDの試練

今年は9月末に行われる連邦議会選挙をはじめ、欧州議会選挙、5つの州議会選挙、多数の市町村選挙が行われる。ドイツ人はこのように選挙が集中する年を「スーパー選挙年」と呼ぶが、社会民主党(SPD)はその幕開けで大きくつまずいた。

18日に行われたヘッセン州議会のやり直し選挙でSPDは、1年前に比べて得票率を17ポイントも減らし大敗したのだ。SPDに失望した有権者の内、保守派は自由民主党(FDP)に流れたため、同党は得票率を前回の9.4%から16.2%に伸ばした。SPD支持者の左派は緑の党を支援し、同党の得票率は前回の2倍近い13.7%に増えた。このほか、SPDに失望して棄権した支持者は20万人に達すると推定されている。

最大の敗因は、SPDヘッセン支部を率いていたイプシランティ女史の路線をめぐる内紛だ。同氏が左派政党リンケの支持を得て連立政権を作る方針を表明したため、一部の党員が造反。イプシランティ氏は2度に渡って州首相の座に就こうとして失敗した。ヘッセンの有権者は「このような党に政権を任せることはできない」と判断したのである。

大喜びしたのはキリスト教民主同盟(CDU)のコッホ首相。1年前の選挙では敗者だったにもかかわらず、SPDの「自爆」によってFDPとともに連立政権を樹立し、権力の座にとどまる可能性が強まった。

SPDのミュンテフェリング党首は「ヘッセンの選挙結果は特殊事情による」と述べて、9月の総選挙に影響はないという態度を取っている。しかし、本当にそうだろうか。

イプシランティ女史のリンケとの共闘路線にお墨付きを出したのは、前SPD党首ベック氏である。彼はシュレーダー前首相が社会保障を削減して財界の立場を代弁したことに反発し、リベラル志向の有権者をSPDに引き戻そうとした。つまりヘッセンの混乱の間接的な原因は、SPD全体の路線が左右に激しく揺れていることにあるのだ。

現在、党の執行部を率いるミュンテフェリング党首、首相候補になるシュタインマイヤー外相はシュレーダー氏と同じく、社会保障コストを減らしてドイツの国際競争力を強めることを重視している。その結果、エネルギー問題を除けばCDU・FDPの路線との違いが見えにくい。

現在ドイツは、第2次世界大戦後もっとも深刻な不況に襲われている。自動車産業や銀行業界を中心に、数十万人の雇用が危険にさらされており、市民の将来への不安は高まるばかりだ。そうした中、SPDは大企業重視のシュレーダー路線を続けることができるのか。

SPDがヘッセン州で記録した23.7%という得票率は、全国レベルで毎月行われる世論調査での支持率に比べて大きく変わらない。9月の連邦議会選挙でもCDU/CSU・FDPの黒・黄連立政権が樹立され、SPDが野党に転落する可能性が高まりつつある。同党はこの危機をどのようにして乗り越えるのだろうか。

30 Januar 2009 Nr. 750

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:29
 

ガス供給は大丈夫か?

欧州連合(EU)は、5億人近い人口を抱える世界最大の経済圏だが、「エネルギーの安定供給を確保できない」というアキレス腱を持っていることが明らかになった。そのきっかけは、ロシアとウクライナの天然ガスをめぐる紛争である。両国の間では2006年以来、毎年のようにガスの代金などをめぐるトラブルが起きているが、今年は一段とエスカレートした。初めの内、ロシアは「ウクライナが天然ガスの代金を滞納している」と非難。ウクライナが代金を振り込むと、今度は「ウクライナが西欧向けのガスを盗んでいる」と難癖をつけた。両国の交渉は決裂し、元日からロシアはウクライナ経由の天然ガスの供給を停止させた。このパイプラインは、ドイツ向けのガスの80%が通過する大動脈である。

国内で消費されるガスの内、ロシアのガスが占める比率は37%に及ぶ。だが、その内の5分の1を輸送しているベラルーシ経由のパイプラインは閉鎖されなかったことなどから、国内ではガスの供給が途絶えることはなかった。さらにガス会社は供給が完全に断たれても、70日間は持ちこたえられるだけの備蓄を持っている。

今回のガス紛争で最も深刻な影響を受けたのは、ブルガリア、スロバキアなど、ロシアのガスに100%依存している国だ。よりによって寒気団の影響で気温がマイナス10度前後まで下がったこの時期に、一部の家庭で暖房がストップしたり、工場が操業を停止したりするなど経済に大きな悪影響が出た。ガスの備蓄が少ないスロバキアは、昨年暮れにEUの要請で停止した旧式の原子力発電所の運転再開を検討するほど、追いつめられた。この原稿を書いている1月14日の時点では、ガス供給は完全には復旧していない。

今回のガス紛争は、単なる貿易上のトラブルではない。背景にはロシアとウクライナの間の政治的な関係が悪化しているという事実がある。去年のグルジア戦争は、ロシアが自国の権益を守るためには武力行使を含む強硬手段を取ることをはっきりと示した。今後もガスをめぐるトラブルは再発するだろう。いや、将来ロシアがウクライナそしてEUとの政治的な紛争を解決するために、パイプラインを長期間に渡って遮断することもありうる。

その意味で、ガス紛争が3年前から断続的に起きているにもかかわらず、安定供給を確保するための本格的な対策を取ってこなかったドイツ政府、そして欧州委員会の責任は重大である。EU市民は、ロシアの人質になっているようなものだ。ドイツが議会制民主国家ではないロシアに天然ガスの4割を依存することは危険であり、輸入先を多角化することが緊急の課題だ。政府は、ロシアが天然ガスの供給を停止する事態に備えて、昨年夏に戦略備蓄を構築することを決定しているが、これは正しい措置だ。ドイツは原油の戦略備蓄は行っているが、政府による天然ガスの備蓄制度はなかった。

寒冷地帯であるヨーロッパで、ガスは生活に欠かせない資源だ。ドイツを始めEUの政治家たちには、エネルギー安全保障の重要さをもっと強く認識してもらいたい。

23 Januar 2009 Nr. 749

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:08
 

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