ジャパンダイジェスト
独断時評


チベット問題とドイツ

チベットの僧侶らによるデモを鎮圧するために、中国の治安部隊が発砲し、少なくとも市民18人が犠牲となった問題で、ドイツ政府や欧州連合(EU)の中国政府に対する批判のトーンが日一日と強くなっている。シュタインマイヤー外相は、「中国政府に対し、透明性を確保するようはっきりと伝えた。我々は、チベットで何が起きたのかを正確に知りたい」と述べ、中国がチベットで外国人記者の取材活動を事実上禁止し、情報封鎖政策を取っていることを批判した。中国政府は、日本や米国の外交官が自国民の安全を確認するために、チベットに行くことすら禁止している。

ヘッセン州のコッホ首相は、チベットの宗教指導者ダライ・ラマと15年前から親交がある。彼も、「チベット人の生命を守るためにも、記者の取材活動は重要だ。自由主義諸国は沈黙してはならない」と指摘した。また欧州議会の議長で、ドイツのキリスト教民主同盟(CDU)出身のH.G.ペッタリング氏も、「中国政府には、チベット人の文化的・宗教的アイデンティティを尊重してほしい。場合によっては、北京五輪のボイコットもありうる」と述べている。五輪委員会などスポーツ選手の代表はボイコットに批判的だが、政治家らが開会式だけをボイコットする可能性もある。

メルケル首相は連邦首相府で昨年9月、歴代首相として初めてダライ・ラマと会談した。「非公式な話し合い」としながらも、この会談にメルケル氏が、ダライ・ラマを精神的に支援する意味を込めていたことは間違いない。実際、この会談は中国政府を激怒させた。メルケル氏は旧東ドイツの社会主義体制を経験している。このため、ロシアを訪問した時、ドイツ大使館のレセプションに、プーチン露大統領に批判的な市民団体を招いたことにも表われているように、人権問題に強い関心を持っている。シュレーダー前首相とは異なり、「相手の国とビジネス関係さえ築ければ、人権抑圧には目をつぶる」という姿勢ではない。チベット問題は、ドイツだけでなくすべての国にとって、「独裁政権にどのような態度を取るのか」という問いを突きつける試金石だ。

ドイツ人の間では、「チベット問題を武力で解決しようとする政府が、国威発揚のために催すスポーツ大会に参加する必要があるのか」という声が出始めている。その理由の一つは、72年前のベルリン五輪にある。1936年にナチスは、ユダヤ人迫害政策を実行する一方で、国力を誇示し、対外的なイメージを良くするために、ベルリンでオリンピックを催した。ユダヤ人迫害を理由にボイコットを求めたのは、ほんの一部の人だけだった。それだけに、今後チベットからの悲惨な映像が国外に流されるごとに、ドイツの政治家や市民の間では、北京五輪に対して批判的な態度が強まるだろう。

これに対し中国政府は、「チベット問題は内政問題であり、外国政府は干渉するべきでない」という、ほぼ半世紀前と変わらない態度を貫いている。中国政府が、欧米諸国が求めるようにダライ・ラマと正式に会談することを受け入れたら、中国は敗北を認めることになる。今後、中国と欧米諸国の間で、議論が平行線をたどり、対立がエスカレートする可能性は強い。

4 April 2008 Nr. 708

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:47
 

失業者は減っているが…

ニュルンベルクの連邦労働庁が毎月発表する雇用統計は、昨年から急激に改善しつつある。今年2月の失業者数は約362万人。これは前年の同月に比べて、失業者数が63万人、約15%も減ったことを意味する。戦後最悪の数字を記録した2005年2月に比べると、失業者の数が、じつに166万人も減ったことになる。

失業率も8.6%で、過去16年間で最も低い水準だ。メルケル政権は、連邦労働庁が失業者数の減少を報告するたびに、改革路線が実を結び始めたと強調する。だが、本当に手放しで喜ぶべきなのだろうか。私は完全に楽観的にはなれない。このところ、業績が回復しているにもかかわらず、人員削減計画を発表する大企業が目立っているからだ。

たとえば昨年の暮れには、大手自動車メーカーBMWが、従業員数を約8000人減らす方針を明らかにした。同社は、2012年までに製造コストを60億ユーロ減らし、利益率の向上を目指しているからである。化学製品のメーカーであるヘンケルでは、従業員数を約3000人減らす予定。欧州最大の電機メーカー、ジーメンスも、電話関連部門で雇用している従業員の数を、全世界で7000人減らすが、その内2000人はドイツで働く人々である。またノキアのボーフム工場閉鎖によって、2000人を超える人々が路頭に迷う。

私の周辺でも、黒字を計上している企業で働いていたのに解雇されたり、近く職を失ったりする人が増えている。Xさんは、大手金融関連企業で働いていたが、最近解雇を言い渡された。二人の子どもを抱えているほか、最近家を買ったばかりなので急いで新しい仕事を見つけなくてはならず、労働局に通っている。またあるパーティーでは、中年のカップルと知り合った。女性は大手航空機メーカーに勤めていたが、解雇されて失業中。男性の方は、大手電機メーカーに20年以上勤めたが、リストラの影響でまもなく解雇される予定。なんとなく、会話もしめりがちであった。こんな話をあちこちで聞く。

つまり、グローバル企業で働いている社員たちにとって、雇用状況は決して安定していないのだ。企業が黒字を増やしつつあっても、それは従業員にとって必ずしも朗報ではない。経営者たちは、利益を出し続けるためには、社員を整理し、コストを減らすことを迫られるからだ。従って、大手企業が人員削減を発表すると、株価は上昇することが多い。投資家たちが人件費の削減を高く評価するからである。

また、サブプライム危機の影響で金融市場に暗雲が広がっていることも、ドイツ企業にとっては不安の種だ。特に、各国の中央銀行が多額の資金を投じてドルを買い支えているにもかかわらず、ドル安に歯止めがかからないことは深刻な問題である。ドイツ企業の輸出先の半分はユーロ圏だとはいえ、米国が重要な消費市場であることには変わりない。米国の景気失速が本格化した場合、これら企業の業績にも影が落ちるだろう。こう考えると、現在失業者が減っているからといって、楽観は禁物である。

28 März 2008 Nr. 707

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:46
 

社会保障小国ニッポン

毎年、ドイツの企業や市民が働いて生み出す価値のほぼ3分の1は、社会保障のために支出されている。連邦労働省の調べによると、2006年の時点で、国内総生産(GDP)の30.3%が社会保障のために使われた。その額は、実に7002億ユーロ(112兆32億円、1ユーロ=160円換算)に上る。具体的には、年金、介護費用、失業者への援助金、 家賃の補助、生活保護などである。

経済協力開発機構(OECD)は毎年、各国の社会保障支出がGDPに占める比率を比較する統計を発表している。これによると、03年の時点で、ドイツはGDPの27.3%を社会保障に充てていた。スウェーデン、フランスなどに次いで世界4位である。これに対して、日本がGDPのうち社会保障に回す比率は17.7%と、ドイツを約10ポイントも下回っており、OECD平均値の20.7%をも下回る数字である。世界有数の経済大国にしては、低いのではないだろうか。

政府による社会保障は、格差社会のショックを和らげる働きをしている。健康で職を持つ人々が、年老いたり病気になったりして働けない人を支える。戦後西ドイツ経済の大原則である「Soziale Marktwirtschaft(社会的市場経済)」の具体的な表れである。

一方、米国はGDPの16.2%しか、社会保障に回していない。ダイナミックな経済成長を実現するために、強者が弱者を顧みない純粋資本主義の国なのである。だがドイツは、米国とは異なる道を歩んでいる。もっとも、シュレーダー前首相は、「アゲンダ2010」の名の下に、社会保障サービスを減らして、企業の国際競争力を強めようとした。このため、社会保障支出がGDPに占める比率は、05年から少しずつ減り始めている。多くの市民が社会保障の削減に不安感を持っているが、その水準はまだ高いというべきだ。

私は18年前からドイツに住んでいるが、毎年日本に行くたびに、ドイツ以上に貧富の差が拡大し、ホームレスやインターネットカフェ難民が増えて いるのを見て、心を痛める。OECDが発表した統計は、日独間でなぜこのような差が表れるのかをはっきり示している。日本人の多くは、「日本は社会保障制度が整った国」と思っているようだが、国際比較をすれば、必ずしもそうは言えない。5000万人分の国民年金番号が宙に浮いても、市民は泣き寝入りさせられている。未曾有の不祥事にもかかわらず、政治家も官僚も、責任を取ろうとはしない。

ドイツは日本に比べると、華やかさに欠ける国かもしれない。しかしドイツでは、国富の一部を市民に還元しようとする姿勢が日本よりも強い。社会保障だけでなく、市民の憩いの場である公園も、その例である。

東京で次々と建てられる超高層ビルを見ながら、「強者は、もう少し弱者のことを顧みてもよいのではないか」と考えるのは私だけだろうか。現在のままの状態が続けば、30年後の日本は、米国に極めて似通った国になっているかもしれない。

21 März 2008 Nr. 706

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:46
 

社民党は左旋回すべきか

来年、ドイツは連邦議会選挙を控えているが、メルケル政権の一翼を担う社会民主党(SPD)で激しい内部抗争が起きている。そのきっかけを作ったのは、党首のクルト・ベック氏である。

1月末に行われたヘッセン州議会選挙ではSPDが勝利を収めたが、単独で政権を作れるだけの得票率は確保できなかったので、他党と連立しなくてはならない。ベック党首は、イプシランティ候補が連立政権を作る際に、必要ならば左派政党リンクスパルタイと協力してもよいと発言したのだ。つまり、SPDが社会主義者と手を組み、急激に左旋回することを容認したのである。この発言は、SPDの保守派だけでなく、中央政界でSPDと大連立政権を組んでいるメルケル首相にとっても、驚きだった。

今回ヘッセンだけでなく、ニーダーザクセンとハンブルクでも初の州議会入りを果たしたリンクスパルタイの母体は、統一前の東ドイツで独裁的な権力を握っていたドイツ社会主義統一党(SED)の後身、社会主義民主党(PDS)である。旧東ドイツでは30%の支持率を持っているが、最近は旧西ドイツでも社会保障の削減などに不満を持つ人の支持を急速に集め、10%近い有権者が共感を抱いている。特に、シュレーダー政権の保守的な政策を批判して、SPDを脱党したオスカー・ラフォンテーヌ氏らの左派政治家が加わったことで、同党の人気はがぜん高まった。

逆に、SPDに対する支持率はジリ貧傾向にある。このためベック党首は、「ハルツIV」に象徴されるシュレーダー前首相の「弱者切り捨て路線」に背を向け始めている。彼が旧西ドイツでも左派政党との連立を容認したのは、庶民の意識が左傾化するなか、SPDも政策を修正しなければ、来年の選挙で惨敗する恐れがあるという危機感を持っているからだ。そのためには、ミュンテフェリング氏のような大物を切り捨てることも辞さなかった。

まだシュレーダー氏が首相だったころ、連邦首相府で開かれた懇談会で私は同氏と話をしたことがあるが、「伝統的なSPDの政治家というよりは、企業の社長みたいな人だなあ」という印象を持った。実際、彼が実行した法人税の引き下げや社会保障サービスの削減によって、市民の負担は増えたが、企業の業績は大幅に改善しつつある。「ドイツ病」を治して国際競争力を高めることを目的とした彼の政策は、財界からは大歓迎されたが、労働組合など伝統的なSPDの支持基盤からは総スカンを食った。

ベック党首がSPDのトップとなったいま、シュレーダー時代に大きく右に寄っていた振り子が、左に大きく振れようとしているのだ。だが、リンクスパルタイとの協力を、すんなりと受け入れられない人も多い。1946年、ソ連が占領していたベルリン東部で、スターリンに操られていたドイツ共産党はSPDを強制的に併合し、SEDを作ったからだ。その際にSPD党員の意見はまったく聞かれず、ソ連に批判的なSPD党員は追放された。この現代史の暗い1ページは、リンクスパルタイにとって重荷である。そうした党との協力は、SPDにとって大変デリケートな問題であり、慎重な舵取りが必要とされるだろう。

14 März 2008 Nr. 705

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:46
 

左派躍進と格差社会

ドイツの政界を、「左旋回」という妖怪が徘徊(はいかい)している。ニーダーザクセン、ヘッセンでの州議会選挙に続き、ハンブルクでも左派政党「リンクス・パルタイ」が議会入りを果たしたのだ。

ハンブルク市は州に相当するが、2月24日に行われた市議会選挙では、リンクス・パルタイが6.4%の得票率を記録し、5%条項の壁を突破して議会入りした(ドイツでは小党の乱立を防ぐため、得票率が5%を超えない政党は、会派として議席を持てない)。これとは対照的に、与党キリスト教民主同盟(CDU)は約5ポイント得票率を減らし、自由民主党(FDP)の得票率は4.8%と、リンクス・パルタイを下回った。

これで、全16州のうち、10州で左派政党が議会入りしたことになる。社会民主党(SPD)のベック党首は、「SPDが過半数を確保できなかったときには、旧西ドイツの州でも、リンクス・パルタイと協力して政権を作ってよい」という姿勢を示して、物議を醸した。この発言は、SPDの左傾化を如実に表しているからだ。特に、連立政権の組み方をめぐって紛糾が続いているヘッセン州では、SPDのイプシランティ氏が公約を破って、リンクス・パルタイの支援を得て州首相になるかどうか注目されている。

リンクス・パルタイは、旧東ドイツの政権党だったドイツ社会主義統一党(SED)の後身である民主主義社会党(PDS)を母体とする小政党である。同党は旧東地域では平均30%の支持率を得ているが、西側ではほとんど注目されなかった。それが今年に入って、旧西の地方選挙でも躍進を続けている最大の理由は、市民が社会保障の削減に強い不安を抱き、格差の拡大に反対していることだ。

これまでは、旧東ドイツに比べると比較的裕福だった旧西地域でも、格差は広がる一方である。輸出は好調で、大手企業は利益を増やしているにもかかわらず、サラリーマンや労働者たちは、コスト削減や工場の東欧への移転などにより「リストラの対象になるかもしれない」という不安を抱いている。シュレーダー前首相が実行した社会保障改革によって、失業した時の給付金は大幅に減らされ、実質的に公的年金は削減された。「定年になったら貧しくなる」という不安が、じわじわと広がっているのだ。

ドイツ経済研究所(DIW)によると、この国では全体の10%に当たる最も裕福な市民が、国全体の個人試算の6割を持っている。これに対し、市民の3分の2は資産らしい資産を持っていない。検察庁と税務当局の調べによって、ドイチェ・ポストの元社長など富裕層に属する何百人もの市民が、リヒテンシュタインに資産を移して多額の脱税をしていたことも明らかになった。庶民の間の不公平感は、募る一方だ。

リンクス・パルタイは、失業者への給付金の引き上げなど、所得格差の是正を前面に打ち出している。これが、現状に不満を持つ市民の心に訴えかけたのだ。左派政党の躍進は、「格差拡大に歯止めを」という有権者の抗議の表れである。連邦議会選挙が来年に迫るなか、CDUやSPDなど伝統的な政党は、この抗議にどう答えるのだろうか。

7 März 2008 Nr. 704

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:46
 

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