ジャパンダイジェスト
独断時評


燃え上がる外国人論争

昨年ミュンヘンで二人の外国人が、ドイツ人のお年寄りに激しい暴行を加えて重傷を負わせた事件は、ドイツ社会と外国人の関係をめぐる大きな論争に発展してきた。

戦争中にナチスはユダヤ人や外国人を虐殺し、迫害した。このことに対する反省から、戦後の西ドイツ政府と社会は、外国人に対して寛容な政策を取ってきた。例えば「祖国で政治的な理由から迫害されている」と主張する亡命申請者には、とりあえず滞在を許した。トルコなどから流れ込む労働移民たちには、ドイツ語をマスターしたり憲法への忠誠を誓ったりすることを強要しなかった。

西ドイツ人たちは、ナチスが行った外国人に対する迫害があまりにもひどかったことから、戦後は自分たちの価値を外国人に押しつけることをためらったのである。数十年間にわたり、こうした態度が「先進的」と思われてきた。マスコミも、刑法犯の中に外国人が占める比率が高いことを、あえて強調することを避けてきた。外国人に対する市民の反感を煽らないための配慮である。

ところが、いまや多くの大都市で、外国人の若者がドイツ人を罵倒したり、暴力をふるってけがを負わせたりする事件が目立ち始めている。この結果、ドイツ社会の堪忍袋の緒は切れ、「外国人による犯罪」について正面から議論することが、もはやタブーではなくなったように見える。ミュンヘンの事件以降、外国人による暴力事件に関する統計が頻繁に公開されるようになってきた。

例えば、ニーダーザクセン州犯罪学研究所のクリスティアン・プファイファー氏は、14歳から21歳までの若者による暴力事件について調査を行った。彼は「外国人や、外国人だったがドイツに帰化した市民が、青少年による犯罪の中に占める割合は大都市では43%に上る」と主張している。彼は2万人を超える青少年に対して、匿名を条件に「どのような違法行為を行ったか」というアンケート調査を行った。その結果、「他人に暴行を加えたことがある」と答えたのは、ドイツ人回答者の中では14%だったのに対し、トルコ人の間では27%、旧ユーゴ移民の間では24%、ロシア系の若者の間では23%だった。このため同氏は、「外国人の若者の間では、ドイツ人よりも暴力に走る傾向が強い」と結論づけている。

さらに連邦内務省は、昨年末にドイツに住むイスラム教徒について行った調査の結果を発表し、「この国に住むイスラム教徒の若者の4人に一人は、暴力に訴える傾向を持っている」と指摘した。

これまで「路上で暴力の犠牲になった」というと、ネオナチに襲われる外国人を思い出すことが多かった。だがミュンヘンの事件をきっかけに、この状況が一転して、多くの市民が外国人に路上で襲われることに不安を抱くようになったのだ。

最近の論調を見ていると、「自分の国で外国人に罵倒されたり、暴力の犠牲になったりするのはもうごめんだ」と主張する例が目立つ。戦後はあまり見られなかった傾向である。当分の間は外国人問題が台風の目となるだろう。外国人に対するドイツ人の視線が、厳しくなる可能性もある。

25 Januar 2008 Nr. 698

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:45
 

若者による暴力を減らすには

私は18年前からミュンヘンに住んでいるが、比較的治安が良い町だという印象を持っていた。それだけに、昨年暮れにこの町で起きた暴力事件には、強い衝撃を受けた。

ギリシャ人とトルコ人の若者が地下鉄の車内で煙草を吸っていたので、ドイツ人のお年寄りが喫煙をやめるよう注意した。すると二人の外国人は、お年寄りに殴る蹴るの暴行を加え、頭蓋骨陥没などの重傷を負わせたのである

この事件はミュンヘンだけでなく、ドイツ全土で激しい議論を巻き起こした。そのきっかけは、ヘッセン州のローラント・コッホ首相(キリスト教民主同盟=CDU)が行った発言である。彼は「この国には犯罪を犯す外国人の若者が多すぎる」と述べ、ミュンヘンでの事件は、ドイツの外国人政策が破綻したことを示していると指摘した。

コッホ氏によると、戦後ドイツ社会では、文化の多様性を重んじる政策が取られてきた結果、一部の外国人の乱暴な態度まで大目に見られてきた。今回、監視ビデオがとらえた目をそむけたくなるような暴力シーンは、外国人政策が甘すぎ、機能不全を起こしたことを象徴しているというのだ。

この発言の背景を理解するには、ヘッセン州で州議会選挙が迫っていることを見逃がしてはならない。外国人に対する寛容な政策を取るよう、特に強く求めてきたのは、社会民主党(SPD)と緑の党である。Multi-kulti(文化的多様性を重視する姿勢)は、一時リベラルな知識人の代名詞ですらあった。

つまりコッホ氏の発言は、SPDと緑の党への間接的な批判なのだ。そこには「外国人による暴力を減らすには、CDUに政権を任せる必要がある」というメッセージが隠されている。コッホ氏は、SPDと緑の党に対する有権者の支持を減らすために、ミュンヘンの事件を使ったのである。

CDUはこの事件をきっかけに、犯罪を犯した青少年への罰則を強化したり、警告の意味で、若年容疑者を一時的に逮捕する制度を導入したりすることを提案している。だが、刑事罰の強化だけでは犯罪は防止できない。米国や日本には死刑があるのに、凶悪犯罪が大きく減らないことは、その証拠である。外国人を社会に溶け込ませる努力を怠ってきたのは、SPDと緑の党だけではない。コール氏など歴代のCDUの首相たちも、Integrationspolitik(外国人を社会に溶け込ませるための政策)には熱心ではなかった。

経済成長期にこの国にやって来たトルコ人たちは、人材不足を補う労働力としてしか見られていなかった。彼らに言語の習得や資格の取得を義務付け、法律や慣習、民主主義の精神を守るように教える努力は不十分だった。ドイツ社会はいま、そのツケを払わされている。昨年12月の外国人の失業率は18.6%と平均の2倍を超える。所得格差の拡大で最も影響を受けるのは、外国人の若者だ。

彼らを社会に溶け込ませる努力を本格的に行い、希望を持たせなければ、ミュンヘンの事件はこれからも、形を変えて再発するかもしれない。

18 Januar 2008 Nr. 697

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:44
 

どこへ行く、ドイツ経済

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

昨年の師走は、週末とクリスマス休日がずらりと並んだために、ほとんどのサラリーマンにとっては、有給休暇を取らなくても5日連続して休むことができるという素晴らしい年の瀬だった。ふだんの忙しさから解放されて、ほっとひと息つかれた方も多いのではないだろうか。

しかしながら、油断は禁物。今年のドイツ経済の前途には、暗雲が立ち込めているように見える。その最大の理由は、米国で不動産バブルがはじけたために、サブプライム危機が各国の経済にじわじわと影響を与え始めていることだ。

2000年初頭から、支払い能力の低い市民に貸し出された不動産ローンは不動産価格の下落によってどんどん焦げ付き、不良債権化しつつある。このローン劣化現象は今年、ピークを迎えるものと推測されている。

こうした不動産ローンは、最新の金融工学テクノロジーによって証券化され、グローバル資本市場で投資家に提供された。世界中の銀行や保険会社は、高い利回りを求めて、こうしたサブプライム証券に投資していった。世界中の金融機関のポートフォリオに、悪性のウイルスのように危険度の高い証券が忍び込んでいったのだ。

公的銀行であるIKB産業銀行やザクセン州立銀行が経営破綻の瀬戸際まで追い込まれた背景には、投資担当者が十分にリスクについての審査を行わずに、サブプライム証券に投資していたという事実がある。これからもドイツの金融機関の損失はふくらみ、銀行による貸し渋りの傾向が強まる恐れがある。

ドイツでは昨年から、景気の回復傾向が顕著になり、失業者の数が大幅に減り始めている。だが残念なことに、米国に端を発したサブプライム危機のせいで、国内経済の成長率に再び鈍化の兆しが見え始めている。欧米の中央銀行が年末に金融市場に大量の資金を注入したのも、銀行の貸し渋りによって各国の景気が悪化するのを防ぐためである。

昨年、IKB産業銀行の巨額損失が明るみに出たとき、ドイツ金融サービス監督庁のヨッヘン・ザニオ長官は「今回の危機は1930年代以来、最も深刻なものだ」と発言したが、各国政府の関係者の間では、米国発の景気停滞について同じような危惧が強まっているように思われる。

今後米国では、国民の消費意欲が減退するので、景気の悪化を恐れて資金逃避が進行する。このためドルはユーロや円に対してますます弱くなり、ドイツから米国への輸出はますます難しくなるに違いない。ドイツ企業にとっては、悪い知らせだ。サブプライム危機によるドイツおよび欧州経済への悪影響が、最小限にとどまることを切望する。

11 Januar 2008 Nr. 696

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:10
 

子どもたちを救うには?

クリスマスを目前に控えたドイツで、悲しい事件が立て続けに起きた。

シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州のダリーという村では、精神を病み妄想に苦しんだ母親が、自分の子ども5人を殺害した。彼女は、3歳から9歳の子どもたち全員に睡眠薬を飲ませた後、ビニール袋を頭にかぶせて窒息させていた。同じ日、ザクセン州のプラウエンでは、若い母親が生まれたばかりの赤ちゃんを次々に殺して、遺体を自宅に隠していたのが見つかった。

ダリーの家庭には、医師やソーシャル・ワーカーたちが頻繁に訪れて、貧困や子どもの障害、ボーイフレンドとの関係で悩んでいた母親に手を差し伸べようとしていた。この女性が幻覚や幻聴を体験し、精神分裂病の兆候を示していることに、人々は気づいていた。しかし、まさか彼女が5人の子どもの命を奪うほど追いつめられているとは、だれも想像できなかった。

これに対してプラウエンの母親は、子どもができるとボーイフレンドに嫌われると思って、自宅で出産するたびに殺害を繰り返していた。遺体を自宅に隠していたのは、子どもに愛着を抱いていた証拠であろう。クリスマスマーケットやホットワイン、歳末商戦でにぎわう繁華街とは無縁な、寒々とした師走の風景である。

ドイツでは毎年100人近くの子どもが、親によって殺されている。貧しい家庭が惨劇の舞台となることが多い。

メルケル政権はこの事態を重く見て、子どもが親に虐待されている兆候がないかどうかを調べるために、すべての児童・生徒に学校での定期健診を義務づけることを提案した。親が定期健診を拒否する場合には、家庭に深刻な問題が起きている可能性があるとして、ただちに社会福祉局の職員が自宅を訪れる。しかし、児童福祉の専門家の間では、「医師やソーシャル・ワーカーが危険な兆候を見抜くことは非常に難しく、政府の支援には限界がある」という悲観的な意見も強い。

ドイツでは、仕事のストレスが高まると同時に、うつ病や精神分裂病に苦しむ人の数が徐々に増えている。しかし公的健康保険は、コストを節約するために、精神分裂病の患者のための支出を減らしつつある。このため彼らが公的健保によって病院に滞在できる日数は、10年前に比べて半分になってしまった。これでは、ダリーのような事件が再び起きても不思議はない。

社会保障の削減が進むドイツでは、市民の間の所得格差が急激に広がりつつある。格差が広がれば、精神的、経済的に追いつめられた母親が、わが子を手にかける事件が増えるに違いない。この国も、米国や日本のように「勝ち組」がどんどん富を蓄え、「負け組」だけがしわ寄せを食う社会になるとしたら、きわめて残念なことである。

21 Dezember 2007 Nr. 694

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:43
 

最低賃金をめぐる議論の背景

読者のなかには、「なぜいまドイツで最低賃金(Mindestlohn)をめぐる議論が激しく行われているのだろう」と思われる方がいるかもしれない。社会民主党(SPD)は賃金の最低水準を法律で定めることに積極的で、まず郵便配達人に最低賃金が導入されることがほぼ確実になった。これに対しキリスト教民主同盟(CDU)は、「最低賃金を導入すると、働こうという人は増えるが、人件費が増えるので企業は採用を手控えるかもしれない」として、やや慎重な姿勢である。

最低賃金の導入は、経済のグローバル化、欧州の拡大と大いに関係がある。ご承知のように、欧州連合(EU)の加盟国は現在27カ国で、人口は5億人に近づいている。今後も旧ユーゴスラビア諸国や旧ソ連の国々が、加盟を申請する見通しだ。

今月21日からは、国境検査を廃止し、人や物の行き来を容易にするシェンゲン協定が、ブルガリアや英国などの5カ国を除くすべてのEU加盟国で発効する。ドイツからフランスやオーストリアに旅行するときパスポートや税関検査はないが、これがポーランドやチェコ、ハンガリーなどでも適用されるのだ。今後は、中欧、東欧の国々からさらに多くの人々が、職を求めてドイツなど西欧諸国に移住する可能性が強い。

ところで、中東欧の国々では、賃金がドイツに比べて大幅に安い。このため、なかにはドイツ人よりも低い給料で働く労働移民も少なくない。人件費の削減を望んでいる経営者にとっては、願ってもない話である。

実際、ドイツのある工場では、20人のドイツ人が月給1528ユーロで働いていたが、ある日突然全員クビにされ、ルーマニア人労働者に取って代わられた。ルーマニア人たちが、月給1000ユーロで働くことを承知したからである。経営者にしてみれば、労働者一人につき毎月528ユーロも節約できたわけだ。だが、いきなり解雇されるドイツ人は、たまったものではない。ドイツで暮らすには税引き前の給料が1000ユーロというのは苦しいが、ここに永住するつもりはなく、故郷に仕送りするルーマニアからの労働移民には悪くない金額なのである。

国境が開放されるボーダーレスの時代には、このようなことが日常茶飯事になる。欧州での大幅な賃金格差のためにドイツの労働者が解雇されるのを防ぐ対策として、最低賃金は重要なのである。すでにフランスなど多くの国々が、最低賃金によって、自国民が不利になったり労働者が搾取されたりするのを防ごうとしている。

ドイツでは失業者数が減り続けており、過去15年間で最低の水準になった。だが、仕事はしているが、給料が安すぎるために家賃などを払えず、第2種失業給付金をもらう市民の数は徐々に増えている。米国のような「ワーキング・プア」の問題が、ドイツでも浮上し始めているのだ。

こう考えると、猛スピードで進む経済グローバル化の衝撃を少しでも緩和するには、最低賃金制度は必要であるように思われる。

14 Dezember 2007 Nr. 693

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:43
 

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