東京・新橋の地下道。汐留の高層ビル街から銀座線の駅へ向かう通路に、ぼろぼろになった背広を着た白髪のホームレスが新聞紙を敷いて横たわっている。何日も入浴していないのだろう。顔が真っ黒に汚れた老女が、わずかな身の回りの品を入れた紙袋の横でカップラーメンをすすっていた。
ここからわずか15分も歩けば、日本で最もにぎやかな繁華街の一つである銀座に着く。プラダ、ルイ・ヴィトン、アルマーニの高級ブティックがずらりと並び、フランスから来た1個40万円のバッグや100万円を超えるスイスの腕時計が売れていく。昼間の気温は20度近いのに、毛皮のジャケットを着て歩く若い女性も目立った。
日本で格差が急激に広がっていることを、強く感じた。駅の電光掲示板には、「XX駅で人身事故」という報せが1日に何回も載る。経済大国ニッポンでは毎年3万人を超える人々が自殺するが、彼らの多くは格差社会の犠牲者である。
ドイツでも、市民の間で所得や資産の格差は広がっている。この国の個人資産は5兆4000億ユーロ(約864兆円)。ドイツ経済研究所(DIW)によると、全体の10%に当たる最も裕福な市民が、国全体の個人資産の6割を持っている。ドイツ最大手の銀行ドイチェ・バンクのアッカーマン頭取は、毎年17億9000万円の収入がある。これに対し、市民の3分の2は資産らしい資産を持っていない。
地域差も大きい。旧西ドイツ市民の平均資産額は9万1500ユーロ(1464万円)だが、これは旧東ドイツ市民の2.5倍である。統一から17年経っても経済格差が縮まらないことは、社会主義体制が残したつめ跡がいかに深いかを物語っている。
財界と太いパイプを持つシュレーダー前首相は、企業の国際競争力を高めるために法人税を引き下げ、社会保障サービスを削って、企業の負担を減らすことに力を入れてきた。この政策が、ドイツ社会で格差を広げる原因になったことは間違いない。
ドイツ人は、キリスト教的価値観の影響で、いまも米国人や日本人に比べて社会的正義(Soziale Gerechtigkeit)を重く見る傾向がある。私は、社会民主党(SPD)の支持者が減って左派政党に共感する市民が増えていることに、「格差社会を変えなくてはならない」という世論の動きを感じる。SPDがハルツIV法の見直しを決めたことも、同じ文脈の中にある。
鉄道の機関士たちが波状的にストを繰り返しているが、市民の間から大きな反発の声は上がっていない。むしろ低賃金で働かされている機関士たちに理解を示す人が多いことも、「所得の格差拡大に歯止めをかけなくてはならない」という姿勢を感じる。外国の投資ファンドから買収を仕掛けられたときに企業を守るような法律を施行するべきだという意見が強いことも、市民の米国型資本主義への強い不信感を表している。
シュレーダー氏が導入した改革への反発として、私は今後ドイツで左派政党への支持が強まるのではないかという印象を持っている。
※1ユーロ=160円換算
30 November 2007 Nr. 691