ジャパンダイジェスト
独断時評


SPDショルツ候補の急上昇 三党連立交渉は難航か

「連邦議会選挙がこんな展開になるとは、夢にも思わなかった」。2日、ヘッセン州のブフィエ首相(キリスト教民主同盟・CDU)は、ため息をついた。彼を当惑させている選挙戦の混乱は、ドイツ公共放送連盟(ARD)が同日に発表した政党支持率調査の結果にはっきり表われている。

7日、ARDのテレビ番組「Wahlarena」に出演したショルツ氏7日、ARDのテレビ番組「Wahlarena」に出演したショルツ氏

終盤戦にSPD支持率が爆発的な伸び

社会民主党(SPD)は、支持率を前月に比べて7ポイント増やして25%を記録し、首位の座に躍り出た。わずか2カ月前には、誰も予想していなかった事態だ。これに対しキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は支持率を前月比で7ポイント減らして20%、緑の党も3ポイント減らして16%に下落した。CDU・CSUの支持率は、過去最低の水準である。

第2ドイツテレビ(ZDF)が3日に発表した、各党の首相候補に対する支持率調査でも、回答者の70%が「SPDのショルツ候補は首相になる適格性がある」と答えた。これに対しCDU・CSUのラシェット候補については、適格性ありと答えた人の比率は25%、緑の党のベアボック候補については23%にとどまり、ショルツ氏に大きく水を開けられている。

63歳のショルツ氏は、オスナブリュック出身。ハンブルク市長、SPD幹事長、第1次メルケル政権の労働社会大臣、第4次メルケル政権の副首相兼財務大臣などを歴任。3人の候補の中で最も中央政界、地方政界での実務経験が豊富だ。そして、他候補に比べ失点が少ない。党内では中道穏健派・実務派として知られ、シュレーダー政権の改革プログラム「アゲンダ2010」を支持した。

ラシェット氏の「笑い」が足かせに

比較的好調だったCDU・CSUの支持率が急落したのは、7月中旬にドイツ西部を襲った未曽有の水害以降である。ラシェット氏は7月17日にシュタインマイヤー大統領と共に、洪水で深刻な被害を受けたエルフトシュタットという町を訪れた。大統領が記者団の前で、犠牲者に対する哀悼の意を表す言葉を語っている時に、ラシェット氏は背後で地元の政治家と共に笑っていた。この映像はメディアに大きく取り上げられ、「不謹慎」という批判が集中。同氏は謝罪したが、これ以降CDU・CSUの支持率は急降下した。

さらにラシェット氏については、CDU・CSU内部でも「指導者としての力強いイニシアチブに欠ける」という批判が高まった。CDU・CSUは今年春のアンケートで人気が高かったCSUのゼーダ―党首ではなく、人気が低かったラシェット氏を首相候補に選んだ。今、この選択が裏目に出ている。

また緑の党のベアボック氏も、新著の無断引用問題、特別収入の議会事務局への申告漏れ、経歴の記入ミスなどによって政治家としての未熟さを露呈した。5月には、緑の党の支持率はCDU・CSUとSPDを上回っていたが、同党はまるで風船から空気が抜けるように下降の一途をたどった。緑の党は、今年春「女性優先」の原則を重視して、ハベック共同党首ではなくベアボック氏を首相候補に選んだ。

これに対しショルツ氏は、2020年の財政赤字が巨額になっても、市民と企業を支えるためのコロナ対策を優先させたほか、水害後に被災地へ足を運び、財務大臣として被災者に対し強力な支援を行うことを約束した。一見地味で物静かだが、実直そうな語り口が多くの市民の支持を集めた。

リンケが緑の党とSPDに秋波

さて、選挙後の連立交渉は極めて難航することが予想される。各党の支持率が伯仲しているため、二党の連立では、連邦議会の議席の過半数を取ることは難しい。三党連立には、CDU・CSUと緑の党と自由民主党(FDP)が組むいわゆるジャマイカ連立や、CDU・CSU、緑の党とSPDの連立など、さまざまなパターンが考えられる。

現在焦点となっているのは、SPD、緑の党と左翼党(リンケ)が左翼連立政権をつくるかどうかだ。少なくともリンケは、SPDと緑の党に対して秋波を送っている。CDU・CSUの凋落は、リンケにとって千載一遇のチャンスをもたらしつつある。今年7月には、緑・赤・赤政権の可能性など、夢想する人すらいなかった。

だがリンケは過激な左派政党であり、例えばドイツが北大西洋条約機構(NATO)から脱退することを要求している。これに対しショルツ氏は「ドイツはNATOとの繋がりを強固にしなくてはならない」と強調し、釘を刺している。緑の党も、NATO脱退は受け入れないだろう。このほかリンケは、住宅会社を国有化して、誰でも低い家賃でアパートに住めるようにすることや、勤労年数にかかわらず誰でも月1200ユーロの基本年金を受け取れる制度を提唱。社会主義的な色彩が濃い政策だ。ラシェット氏が「CDU・CSUはリンケとは絶対に連立しない」と断言するのに対し、ショルツ氏は連立の可能性を否定していない。

CDU・CSUと緑の党の間ですら、大きな隔たりがある。例えば緑の党は富裕税の復活や、所得税の最高税率の引き上げを求めているが、CDU・CSUは断固として反対している。CDU・CSUが想定している脱石炭の期日は2038年末だが、緑の党はこれを8年早めることを求めている。2党でも大きな違いがあるのだから、3党の間で政策の溝を埋めるのは、相当複雑な作業になるだろう。「メルケル後」の新政権が成立するまでには、かなりの時間がかかるに違いない。

最終更新 Mittwoch, 15 September 2021 14:55
 

アフガン政権崩壊とドイツ政府の苦悩

アフガニスタンで8月15日にイスラム過激勢力タリバンがカブールを制圧し、ガニ政権が崩壊したことは、メルケル政権に衝撃を与えた。外務省や国防省の判断ミスにより、ドイツに協力した約8000人のアフガン人現地職員と家族の救出が大幅に遅れている。

8月25日、カブール空港でドイツ連邦軍の輸送機に乗り込む人々8月25日、カブール空港でドイツ連邦軍の輸送機に乗り込む人々

タリバン復権でアフガン人協力者に迫る危険

国防省は8月16日に連邦軍の輸送機をカブール空港に派遣。8月26日までにタシケント空港に約5200人の民間人を脱出させた。この数字には現地の支援団体で働くドイツ人医師や慈善活動家、ジャーナリストだけではなく、アフガン人の現地職員など約40カ国の外国人も含まれる。北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるドイツは、同時多発テロで打撃を受けた米国を支援するため、2001年から約5000人の戦闘部隊をアフガニスタンに常駐させた。タリバンとの戦闘などで、59人のドイツ兵が死亡している。

過去20年間に何千人ものアフガン人が通訳、運転手、作業員などとしてドイツ連邦軍や大使館、諜報機関などに協力してきた。だが彼らはタリバンから「敵国に協力した裏切者」と見なされて逮捕されたり、処刑されたりする危険がある。このためアフガン人の協力者の大半は家族と共にドイツなどに亡命することを望んでいる。さらにドイツの国際放送局ドイチェヴェレやさまざまな支援団体で働いていたアフガン人、女性の権利を守るための運動を行っていた活動家、女性議員、弁護士たちも危険にさらされている。

独外務省の対応に大幅な遅れ

米国のトランプ政権は、昨年タリバンと行った合意のなかで、米軍を5月1日までにアフガニスタンから撤退させると発表。後任のバイデン大統領は今年4月にこの期限を延長し、9月11日までに撤兵を完了する方針を打ち出していた。しかし、7月以降タリバンの攻勢が強まり、アフガニスタンの地方都市はドミノを倒すように陥落していった。タリバンの戦闘員の数は約6万人。アフガン政府軍は約30万人だったが、政府軍はほとんど戦わずに壊走した。

だがメルケル政権は、諜報機関の情報に基づいて、「タリバンのカブール侵攻は早くても9月末」と考えていた。このため現地協力者へのビザの発給が大幅に遅れていた。カブールのドイツ大使館は、ベルリンの本省に対して、7月以来現地の状況が急速に悪化していることを伝えていたが、メルケル政権は素早い対応を取らなかった。現地協力者の中には、8月の第1週にビザを申請したのに、今なお外務省から退避時期を知らされていない人がいる。

8月16日、ハイコ・マース外相は、「弁解の余地は全くない。われわれは状況判断を完全に誤った。ドイツ連邦政府、同盟国、諜報機関はこのような状況を想定していなかった。タリバンがこれほど速くカブールを手中に収めるとは考えていなかった。アフガニスタン政府軍がタリバンと戦うと思っていたが、それは完全な見込み違いだった」と述べ、判断ミスを認めた。

メルケル政権に対する批判強まる

フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領も、混乱するカブール空港の映像について「このような状況は恥ずかしい」とコメントし、ドイツを含む各国政府が早期に民間人退避の準備を始めなかったことに対して、苦言を呈した。メルケル政権は遅くとも5月には、アフガン人協力者の国外退避の準備を始めるべきだった。なぜ準備が遅れたのかは謎である。野党からは「メルケル政権の判断ミスが、多くのアフガン人協力者とその家族を危険にさらしている」として、外相と国防相の辞任を求める声が上がっている。

「アフガン現地協力者支援機関」のマルクス・グロティアン氏は、8月24日の記者会見で「約8000人の現地協力者と家族のうち、脱出できたのは2000人にすぎない。それは、ドイツ政府が退避させるアフガン人現地協力者を厳しく選別しているからだ。空港にたどり着いても、『リストに載っていない』という理由で追い返された人もいる。ドイツ政府は、受け入れるアフガン人の数を低く抑えようとしているのではないか」と述べ、メルケル政権を厳しく批判した。

時間との戦い

カブールでは国外脱出が日に日に難しくなっている。バイデン大統領は軍による救出活動を8月末で終える方針。タリバンも「各国の救出作戦は8月31日で終了させる」と宣言している。これに対し米国以外のG7加盟国は、まだ多くの外国人やアフガン人の協力者が残っていることから、米国に対して軍を9月1日以降もカブールに残すよう要請している。

空港周辺には出国を希望する数千人のアフガン市民が集まっている。8月23日には何者かがアフガン政府軍兵士を狙撃して殺傷し、米軍とドイツ連邦軍が応戦した。8月26日には空港周辺で自爆テロが起き、多数の死傷者が出た。タリバンはカブール市内から空港に通じる道路に検問所を設置し、アフガン人を出国させないようにしている。このためドイツ連邦軍は、ヘリコプターでカブール市内の集合地点から空港へ退避者を空輸し始めている。

タリバンの広報官は記者会見で「われわれは、外国人のために働いたアフガン人に恩赦を与える。報復はしない」と語っているが、そうした発言を鵜呑みにすることはできない。1人でも多くのアフガン人協力者が脱出できることを、心から祈る。

最終更新 Donnerstag, 02 September 2021 09:54
 

メルケル首相の後継者にラシェット氏はなれるか?

ドイツの進路を大きく左右する連邦議会選挙まで、あと約1カ月。世論調査機関が公表する支持率調査の結果は、メディアの報道に応じて敏感に変化する。どの党が首位に立ち、どのような形の連立政権を築くかは、予断を許さない。

2日、ドイツ西部で起きた洪水によるゴミの山の前で話すラシェット州首相2日、ドイツ西部で起きた洪水によるゴミの山の前で話すラシェット州首相

緑の党の失速

今回の選挙戦で最も目を引くのは、華々しいスタートを切った緑の党が勢いを失ったことと、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の失地回復だ。緑の党の支持率は、4月19日にベアボック共同党首を首相候補に選んで以来上昇した。5月14日にインフラテスト・ディマップが発表した支持率調査によると、緑の党の支持率(25%)はCDU・CSU(24%)を追い抜いている。CDU・CSUへの支持率は今年1月以来、ワクチン接種の遅れや一部の党員によるマスク斡旋・収賄事件などのために低下傾向にあった。

だが首相候補は一挙手一投足をメディアによって監視され、どんなに小さな問題点でも容赦なく暴き立てられる。5月中旬以降、メディアはベアボック氏が3万7000ユーロの特別収入を連邦議会事務局に申告するのを忘れていたことや、党のウェブサイトなどに公開していた経歴に複数の誤りがあったことを報じた。

ベアボック氏にとって最も大きな打撃となったのは、同氏が6月17日に出版した著書の中で、他人の文章を無断で書き写していたことだ。問題を悪化させたのは、この報道に対するべアボック氏と党の態度だった。同氏は当初「私はすでに知られている事実については、公表されている内容を使っただけだ。専門書ではないので、あえて脚注を付けなかった」と、あたかも無断引用を正当化するかのように発言。同氏は7月23日まで、過ちを認めなかった。

ベアボック氏の人気が急落

べアボック氏が見せた頑なな態度と、緑の党の危機対応の稚拙さは、同党への信用性を傷つけた。緑の党の支持率は、5月14日の世論調査では25%だったが、ベアボック氏の「オウンゴール」のために、7月23日公表の調査では19%にダウン。逆にCDU・CSUの支持率は、同時期に24%から29%に回復した。

ドイツ第2テレビ(ZDF)が5月21日に発表したアンケート結果では、「仮に首相を選ぶことができるならば、べアボック氏を選ぶ」と答えた回答者の比率は43%だったが、その比率は7月16日には、半分以下の20%に下がっている。緑の党の内部でも、「州政府の閣僚はおろか、地方自治体の首長の経験もないベアボック氏を首相候補に選んだのは誤りだった」という意見が聞かれるほどだ。

水害で気候変動が重要な争点に

ただし、CDU・CSUの圧勝が決まったわけではない。7月にドイツ西部のラインラント=プファルツ(RP)州やノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州などを襲った水害や、ギリシャ・トルコ・ロシアなどで続く森林火災は、市民の間で地球温暖化や気候変動への危機意識を強めた。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、8月9日に公表した第6次報告書で、「地球温暖化が人間によって引き起こされていることは、疑いようがない」と断定し、「二酸化炭素(CO2)削減の努力を大幅に強めない限り、産業革命前と比べた地球の平均気温の上昇幅は、2030年頃に1.5度を超える」という悲観的な分析を打ち出した。これらの出来事に影響され、一部の有権者が緑の党に票を投じる可能性もある。

ラシェット氏もミスを犯した。7月17日に洪水の被災地を訪れた時、シュタインマイヤー大統領が記者団の前で犠牲者に哀悼の意を表わしている最中に、ラシェット氏は背後で笑っていた。ラシェット氏が笑う映像はメディアに大きく取り上げられ、「不謹慎」という批判が集中した。

連立交渉は難航か

8月5日の調査結果では、CDU・CSUの支持率は30%にも達していない。仮に同党が連邦議会選挙で首位に立っても、単独で議席の過半数を取ることは不可能だ。「誰を首相に望むか?」というアンケートでは、社会民主党(SPD)のショルツ氏が首位にあり、ラシェット氏、ベアボック氏を上回っているが、政党支持率ではSPDは第3位である。

CDU・CSUと緑の党だけでは議席の過半数を確保できない場合、自由民主党(FDP)やSPDが加わって連立政権を樹立する可能性もある。だが緑の党とCDU・CSUやFDPのマニフェストの間には、CO2削減や所得格差の是正のための対策において、大きな隔たりがある。2017年の選挙同様に連立交渉は難航し、政権誕生には相当時間がかかるに違いない。

政党支持率調査前月の調査に比べた変化(8月5日公表)
参考:Infratest dimap「Sonntagsfrage Bundestagswahl」

政党支持率調査

最終更新 Donnerstag, 19 August 2021 09:13
 

コロナ規制緩和と デルタ変異株のジレンマ

いよいよバカンスの季節の到来だ。読者の皆さんの中にも、久しぶりの旅行を計画されている方がいるに違いない。

2日、デュッセルドルフ国際空港のチェックインカウンターに多くの旅行客が並んだ2日、デュッセルドルフ国際空港のチェックインカウンターに多くの旅行客が並んだ

重症者・死者数が減少

幸いなことに、今のところドイツでは新型コロナウイルス感染拡大の速度が落ちている。7日間指数(直近1週間の10万人当たりの新規感染者)は、冬には一時100を超えていたが、7月6日には4.9と大幅に低くなった。パンデミック第3波のピークには、一時毎日万単位の新規感染者、数百人の死者が出ていたが、同日の新規感染者数は440人、死者数は31人に減った。1月6日には約5600人の重症者が集中治療室に収容されていたが、7月6日にはその数は509人と10分の1以下になっている。

ワクチン接種も着々と進んでいる。6日時点で市民の56.8%が1回目の接種を受け、39.3%が2回目を終えた。ワクチン接種のデジタル証明書をスマートフォンにダウンロードできるようになったため、ほかの欧州連合(EU)加盟国に入国する時には、QRコードを見せるだけで良い。ほかのEU加盟国も次々に国境での検疫や規制を緩和しつつある。特に昨年以来深刻な打撃を受けたイタリアやギリシャ、スペインなどの観光産業にとっては、現在の「パンデミックの中休み」は大きな朗報である。

デルタ変異株への懸念

だが、シュパーン保健大臣は、英国などでデルタ変異株が急激に拡大していることについて懸念を隠さない。インドで最初に確認されたデルタ変異株の特徴は、感染力がほかの変異株に比べて強いことだ。

世界保健機関(WHO)によると、英国では7月6日からの24時間の新規感染者数が2万7100人に達した。6月23日の新規感染者数は1万1481人だったので、約2週間で倍以上に増加したことになる。英国の保健当局によると、新規感染者の90%以上がデルタ変異株に感染している。ドイツでは現在のところ新規感染者のほぼ半分がデルタ変異株に感染しており、この国でも90%を超えるのは時間の問題である。

ジョンソン政権の「実験」

興味深いのは、英国のジョンソン政権がデルタ変異株による新規感染者の増加にもかかわらず、近く公共交通機関や店内でのマスク着用義務を廃止するなど、大半のコロナ規制を解除しようとしていることだ。同国の保健大臣によると、8月16日以降はワクチン接種を完了している成人については、コロナ感染者との濃厚接触があっても、自己隔離する義務を免除する。また英国ではすでに数万人の観客をスタジアムに入れて、サッカーの欧州選手権の試合も行われている。

英国の労働組合や医療関係者の間には、ジョンソン政権の方針に反対する声も出ている。しかし保健大臣は「夏に向けてコロナ規制を撤廃した場合、1日の新規感染者数が10万人に増えるかもしれない。しかしわれわれはコロナと共生することを学ばなくてはならない」と述べ、規制解除に踏み切る構えだ。ジョンソン政権の自信の根拠は、英国のワクチン接種率の高さにある。オックスフォード大学が運営するデータバンク「Our World in Data」によると、7月5日の時点で英国市民の66.8%が1回目のワクチンを接種し、49.7%が2回目を受けている。欧州では首位である。

注目されるのは、死亡者数の少なさだ。英国の7月6日の死者数はわずか9人だった。同国では今年1月23日に1401人が死亡していた。英国政府はワクチン接種が死亡者の数を大幅に減らしたと主張している。さらに現在の新規感染者の大半は、感染しても軽症で済むことが多い若者だと説明する。つまり英国政府はデルタ変異株が蔓延しているにもかかわらず、規制解除により新規感染者数が急増しても、死者や重症者の数が少なければ、社会にとって受け入れられる状態と判断しているのだ。ワクチンの力によって、新型コロナウイルスを季節性のインフルエンザウイルスのような病原体と見なそうというわけである。英国の飲食業界、旅行業界などは、この「実験」を歓迎している。

ワクチンの最大の効用は重症化の防止

実際、ドイツでワクチンを承認する国立機関パウル・エアリヒ研究所もワクチンの有効性を「感染する確率を下げること」ではなく、「発症する確率を下げること」と定義している。例えば「有効性95%」とは、ワクチン接種済みの場合、感染して発症する確率を、未接種者に比べて95%下げるということを意味する。

ワクチンの最大の効用は、感染を防ぐことではなく、重症化して病院に収容されたり死亡したりするリスクを下げることだ。感染しても軽症で済めば、病院に患者が殺到して医療資源が逼ひっぱく迫する事態を防ぐことができる。実際、英国やイスラエルでも、ワクチンを2回接種した後で新型コロナウイルスに感染した例が多数報告されている。しかし大半が無症状か軽症である(したがってワクチン接種を2回受けても、感染を防ぐには屋内でのマスクや社会的距離は重要である)。

ドイツなど欧州大陸の国々でも、将来接種率が増えた場合、新規感染者数が増えても、重症者や死者の数が少なければコロナ規制を減らす動きが強まるかもしれない。パンデミックで痛手を受けた企業や市民を支える政府の財政出動を、毎年行うことは難しいからだ。その意味で英国が行う「実験」の結果は、ほかの国々にとっても極めて重要な意味を持っている。

最終更新 Donnerstag, 15 Juli 2021 13:41
 

選挙公約はここが違う! CDU・CSUと緑の党

6月21日、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のアルミン・ラシェット氏とマルクス・ゼーダ―氏の両党首は、9月の連邦議会選挙へ向けたマニフェストを公表した。約140頁のマニフェストには「安定と更新のためのプログラム」という題名が付けられ、6月13日に緑の党が公表したマニフェストと大きく異なる。CDU・CSUはザクセン=アンハルト州議会選挙以来、支持率が上昇しつつあるが、同党は選挙公約の中で緑の党との違いを鮮明に打ち出し、回復傾向をさらに強めることを狙っている。

6月21日に記者会見を行った、ラシェット氏(左)とゼーダー氏(右)6月21日に記者会見を行った、ラシェット氏(左)とゼーダー氏(右)

「ドイツ変革」と「現状維持」の対決

政権入りを目指す緑の党の最大のテーマは、政治・経済のあらゆる側面にエコロジー、つまり環境保護の精神を浸透させることだ。特に地球温暖化に歯止めをかけるために、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス(GHG)排出量を大幅に削減することを最も重視している。そのために、緑の党はさまざまな禁止措置や具体的な数値目標を含む、大胆な政策を公約した。

これに対しCDU・CSUのマニフェストを読むと、「メルケル政権の政策の継続」という印象を受ける。緑の党のような大胆で具体的な施策をあえて打ち出さないことによって、「2005年以来政権に参加していない緑の党に、権力を与えるのは危険だ」というメッセージを世間に発信している。つまりラシェット首相候補は、「環境保護主義者に政権を担当させるという冒険はやめて、政治のプロであるわれわれを選んだ方が良いですよ」と国民に訴えているのだ。

気候保護政策に大きな差異

両党の違いが最も鮮明に表れているのが、気候保護政策だ。緑の党はメルケル政権の現在の政策について、「気候変動にブレーキをかけるには不十分」と見ており、さまざまな強化措置を公約した。例えば、現在ドイツ政府は2030年のGHG排出量を1990年比で65%減らすことを目標にしているが、緑の党はこの削減幅を70%に拡大する。同党は石炭・褐炭火力発電所の全廃を8年早めて2030年に実施するほか、2030年以降、内燃機関を使った新車の販売を禁止する方針だ。さらに緑の党は、高速道路の全区間で最高速度を時速130キロに制限するほか、国内の旅客機の短距離便を禁じることも公約している。

特に激しい議論の的になっているのが、車や暖房の燃料に今年からかけられている炭素税の大幅な引き上げだ。現行規定によると、炭素税は現在の1トン当たり25ユーロから4年後に55ユーロに引き上げられ、2026年以降は入札によって決められる。入札の最低価格は55ユーロ、最高価格は60ユーロである。炭素税収入は、電気料金に含まれている再生可能エネルギー賦課金や電力税の廃止などによって、市民に還元される予定だ。

今の法律によると、2023年の炭素税は1トン当たり35ユーロだが、緑の党はマニフェストに「2023年の炭素税を60ユーロに引き上げる」と明記した。同党のべアボック首相候補は、「2023年にはガソリンは1リットル当たり16セント、ディーゼル用の軽油は18セント高くなる」と認めている。これは市民の「化石燃料離れ」を加速するための、意図的な施策だ。緑の党は「将来、内燃機関の車に乗っていると出費が増えるので、電気自動車に乗り換えるか、公共交通機関を利用するべきだ」というメッセージを送っているのだ。

だがこの政策は、多くのドイツ市民にショックを与えた。読者の皆さんもご存知のように、ドイツ人の多くは倹約家である。大都市では家賃が高いので、郊外に住んで毎日マイカーで通勤している人が多い。彼らにとって、燃料価格の高騰は可処分所得の減少を意味する。緑の党は、マニフェストに「再生可能エネルギー賦課金を減らす」と記しているものの、炭素税収入をいつどれだけ市民に還元するのかについて、具体策を明示していない。

緑の党のエネルギー政策の概要が公表され始めたのは、5月後半以降。6月10日にARDが公表した世論調査の結果によると、緑の党の支持率は前月に比べて6ポイントも減った。CDU・CSUの支持率は逆に5ポイント増えている。論壇では、緑の党の支持率が減ったのは、べアボック党首の臨時収入の申告漏れや党のウェブサイトの経歴の記入ミスだけではなく、2023年の炭素税の大幅引き上げも影響しているという見方が出ている。

CDU・CSUは具体的な数値目標をあえて明記せず

これに対しCDU・CSUはマニフェストに「炭素税の上昇の度合いを整理する」と記しただけで、具体的な数値は明記しなかった。また内燃機関を使う新車の禁止時期を明記せず、脱石炭の時期の前倒しや、高速道路の速度制限は拒否した。つまりCDU・CSUはあえて気候保護政策の細部を公表しないことによって、「わが党は、さまざまな禁止措置によって市民の生活を制限しない」というイメージを生もうとしている。

同じことは税制についてもいえる。緑の党は所得格差を減らすために、所得税の最高税率を45%から48%に引き上げ、富裕税を復活させると公約した。CDU・CSUは「増税は行わず、経済成長によって財源を増強する」と訴えている。「ドイツを変えよう」というスローガンを掲げて、野心的な数値目標を打ち出した緑の党と、現状維持を目指して政策の細部を霧の中に包んだCDU・CSU。9月26日の投票日に、有権者はどのような審判を下すだろうか。

最終更新 Mittwoch, 30 Juni 2021 14:53
 

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