ジャパンダイジェスト
独断時評


ザクセン=アンハルト州で CDUが予想外の圧勝

6月6日にザクセン=アンハルト州で行われた州議会選挙で、与党キリスト教民主同盟(CDU)が世論調査機関の予想を覆し、第2党であるドイツのための選択肢(AfD)に大差をつけて圧勝した。この選挙結果は、連邦議会選挙の首相候補であるアルミン・ラシェット氏(CDU)にとっても追い風となる。

6日、議会選挙の勝利を祝うハーゼロフ州首相と妻のガブリエル氏6日、議会選挙の勝利を祝うハーゼロフ州首相と妻のガブリエル氏

AfDに約16ポイントの大差

CDUの得票率は、37.1%という高水準に達した。2016年の選挙に比べて得票率を7.4ポイントも増やした。第2位のAfDは前回から得票率を3.5ポイント減らし20.8%だった。CDUはAfDに対して16.3ポイントもの大差をつけた。「CDUとAfDの接戦になる」という大半の世論調査の予想は、完全に外れた。

CDUが勝ったのは、10年前から州首相を務めているライナー・ハーゼロフ氏が、市民の信頼をつなぎとめることに成功したからだ。特に同氏が、「AfDとは絶対に連立や協力を行わない」という態度を明確にしたことは重要だった。AfDは今年3月以来、連邦憲法擁護庁から「議会制民主主義に脅威を与える団体」として監視されている、事実上のネオナチ政党だ。

ザクセン=アンハルト州のCDUの中には、かつて「AfDとの連立の可能性を探るべきだ」と主張する者もいた。これに対しハーゼロフ氏が極右勢力への接近に反対した点は、特に女性や60歳以上の有権者から強く支持された。前回の選挙でAfDに投票した有権者のうち、約1万6000人が今回CDUに鞍替えした。彼らは、選挙前に「CDUとAfDが接戦を演じ、極右政党が第1党になる可能性もある」というニュースに恐れをなして、CDUに票を投じたのだ。

有権者は安定と継続を望んだ

ドイツの政界にはAmtsbonus(現職ボーナス)という言葉がある。現職の首相の政党は常に有利という意味だ。その意味でハーゼロフ氏の勝利は、今年3月のバーデン=ヴュルテンベルク州議会選でのヴィンフリート・クレッチュマン首相、ラインラント=プファルツ州でのマル・ドライヤー首相と似た面がある。有権者は安定を求めて「見慣れた顔」を選んだ。

これに対して振るわなかったのが、左派政党である。左翼党(リンケ)は前回の選挙に比べて得票率を5.3ポイント減らして11%、社会民主党(SPD)は2.2ポイント減らして8.4%とそれぞれ一敗地にまみれた。また緑の党の得票率は5.9%で、前回に比べて0.8ポイントしか伸びなかった。ザクセン=アンハルト州の有権者にとっては、社会的公正や雇用確保の方が、二酸化炭素の削減よりも重要だった。旧東ドイツでは、緑の党の支持基盤は旧西ドイツよりもはるかに弱い。緑の党のアンナレーナ・べアボック共同党首に臨時収入の申告漏れがあったという報道も、逆風となった。

中小企業経営者らに人気がある自由民主党(FDP)は、得票率を1.6ポイント増やして6.4%となった。「5%の壁」を越えてザクセン=アンハルト州議会に復帰することも、有権者が左派政党による実験ではなく、「経済と社会の安定」を選んだことを示している。

「宿敵」がラシェット氏の追い風に

さて、この選挙結果を聞いて、ドイツで最も喜んだのは、ラシェットCDU党首かもしれない。ザクセン=アンハルト州議会選挙は、9月の連邦議会選挙前の最後の州議会選挙であり、中央政局にとっても重要なリトマス試験紙になると見られていた。万一同州でCDUが前回に比べて得票率を大幅に減らし、AfDに首位を奪われていたら、ラシェット候補は党内で指導力を問われ、政治的な大打撃となるところだった。だがCDUの圧勝でそうした事態は避けられ、ラシェット氏は党首としての地位を固めることに成功した。

もともとラシェット氏とハーゼロフ氏の関係は、ぎくしゃくしていた。その最大の理由は、今年4月にラシェット氏とキリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ゼーダ―党首が首相候補の座をめぐって争った時に、ハーゼロフ氏がCDU内部の足並みを乱して、ゼーダ―氏を支持したからだ。ハーゼロフ氏は、世論調査でゼーダ―氏の人気がラシェット氏を上回っていたため、CSU党首の方が首相候補には適任と考えた。ハーゼロフ氏は、CDU役員会の中で最初にゼーダ―側についたために、ラシェット氏の不興を買っていた。

またハーゼロフ氏は、今年5月に「連邦政府が新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるために実行した非常ブレーキ政策は、一部の市民の間でAfDの人気を高めている」と述べ、メルケル政権に対する不満を表明。さらに「パンデミックのような緊急事態には、政府はワクチンを欧州連合(EU)を通じてだけではなく、独自のルートでも購入するべきだ」として、政府のワクチン政策を間接的に批判する発言をしている。

そのハーゼロフ氏がザクセン=アンハルト州での勝利により、図らずもラシェット氏の連邦議会選挙戦にとって強力な追い風をもたらしたことは、皮肉だろう。CDUは党内の意見の対立を克服して、一丸となって闘えることを内外に示した。ラシェット氏は、選挙後の記者会見で、満面の笑みを浮かべながら「CDUは、極右勢力から民主主義を守る堅固な砦だ」と述べた。確かに同党は、今回AfD支持者の票の切り崩しに部分的に成功した。彼はザクセン=アンハルト州での圧勝を跳躍台として緑の党からも票を奪い、連邦首相府の執務室に入るための闘いを続けるだろう。

※1147号本連載の「欧州連合(EU)諸国の中で、戦闘が続いている最中に外相をイスラエルへ送ったのは、ドイツだけだ」という文章は、「G7加盟国の中で、(以下同)」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

最終更新 Donnerstag, 17 Juni 2021 12:37
 

イスラエル・ハマス紛争が再燃 ドイツ政府の苦渋の対応

5月20日、ドイツ連邦外務省のマース大臣は、イスラエルのテルアビブ郊外で、テロ組織ハマスのロケット弾で破壊された民家を視察した。2階の外壁には人間の身長を超える穴が開き、床はコンクリートの塊とガラスの破片で覆われている。壁は真っ黒に焦げ、1階のガレージの車もほぼ完全に破壊されていた。

5月20日、握手を交わすマース外相(左)とアシュケナジ外務大臣(右)5月20日、握手を交わすマース外相(左)とアシュケナジ外務大臣(右)

マース外相、イスラエルへの連帯を表明

この日、マース外相はイスラエル政府のネタニヤフ首相やアシュケナジ外務大臣と会談し、「私は皆さんに連帯感を示すために、ここにやって来た。イスラエルは、ガザ地区からのロケット弾による攻撃に対し自衛する権利がある」と述べた。さらに外相は「私たちドイツ人にとってイスラエルの安全は、ドイツに住むユダヤ人の安全と同様に、絶対に守らなくてはならないものだ」と歴代の政権の方針を強調した。

5月10日以来、ハマスはイスラエルに向けて約3000発のロケット弾を発射し、住宅やバスを破壊した。イスラエル側には12人の死者が出た。これに対しイスラエル軍は戦闘機やドローン、自走榴弾砲などでガザ地区のハマスの拠点を攻撃。その際には周辺の建物にも大きな被害が生じ、パレスチナ側には243人の死者が出た。その中には66人の子どもも含まれている。約1900人が重軽傷を負ったほか、多数のビルが破壊された。

イスラエル側の空爆については、一部の国やメディアから「やりすぎだ」という批判が出た。これに対しマース外相は「イスラエルのハマスなど武闘組織の拠点に対する攻撃は、正当防衛だ。これらの拠点から、イスラエルを狙ったロケット弾攻撃が行われている限り、イスラエルはそうした施設を攻撃する権利がある」と述べ、イスラエルを弁護した。同時に彼は、「民間人の死傷者が双方で増えている。これ以上の犠牲者を避けるために、一刻も早く停戦するべきだ」とイスラエル側に要請した。

停戦前に現地を訪問

マース外相がイスラエルを訪れた20日には、まだ停戦が実現していなかった。イスラエルの市街地では、時折ロケット弾の飛来を伝えるサイレンが鳴り響いた。G7加盟国の中で、戦闘が続いている最中に外相をイスラエルへ送ったのは、ドイツだけだ。メルケル政権の狙いは、イスラエルへの連帯感を強く示すことだった。アシュケナジ外相は、「ドイツは、われわれの自衛権を認めてくれた国の一つだ。ドイツは中東和平の糸口を探る上で重要な役割を演じている」と述べ、マース外相に感謝の意を表した。

マース外相はその後ヨルダン川西岸のラマラで、パレスチナ自治政府のアッバース大統領やシュタイエ首相とも会談し、停戦へ向けて努力するよう訴えた。パレスチナ自治政府とハマスの関係は必ずしも良好ではないので、アッバース大統領らの影響力は限られている。しかしマース外相は、ドイツ政府がイスラエルだけに肩入れしているという印象を避けてバランスを取るために、パレスチナ自治政府をも訪問したのだ。

ドイツの姿勢の背景にホロコースト

イスラエル政府とハマスの停戦交渉はエジプトとカタールを通じて行われ、5月21日に両者は攻撃を停止した。だが戦闘で流れた血はあまりにも多い。今回目立ったのは、イスラエルの一部の都市で、アラブ系イスラエル人とイスラエル右派勢力の衝突が起きたことだ。さらにエルサレム東部のシェイク・ジャラー地区からのパレスチナ系住民の強制退去や、アルアクサモスクの扱いをめぐる議論にも解決の糸口は見えていない。紛争の火種はくすぶり続けるだろう。

「ドイツはイスラエルの肩を持ちすぎではないか」と思う人もいるだろう。しかしこの路線は、ナチス時代の歴史を考えれば当然のことだ。ナチスは強制収容所を建設して約600万人のユダヤ人を虐殺したほか、あらゆる市民権を剥奪して財産を没収した。人類の歴史のなかで虐殺は頻繁に行われてきたが、社会の特定のグループの絶滅を目指して工場のような施設を造り、流れ作業で多数の市民を殺した民族はドイツ人以外にいない。ホロコーストは、生き残ったユダヤ人たちが中東に移住してイスラエルを建国する上で重要な動機の一つともなった。この犯罪への反省から、歴代のドイツ政府はイスラエルを強く支援する路線を堅持しているのだ。

メルケル政権、反ユダヤ主義を非難

さて、イスラエルとハマスの間で戦端が開かれると、ドイツでは決まってイスラエルの軍事行動に抗議するデモが行われる。今回もベルリンやフランクフルトなどでデモが繰り広げられたが、一部で反ユダヤ的な暴力行為が起きた。デュッセルドルフでは以前シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝施設)があった場所で、何者かが慰霊碑の上にゴミを撒いて放火した。ミュンスターではイスラエルの国旗が焼かれ、ボンではシナゴーグの扉に石が投げられたという。ゲルゼンキルヒェンでは、約180人の群衆がシナゴーグの前に集まって、ユダヤ人を罵倒する言葉を叫んだ。

これに対し、メルケル首相やシュタインマイヤー大統領は、反ユダヤ的な暴力行為を強く非難し、「民主主義国家ドイツには、ユダヤ人に対する憎悪は絶対に許されない」と述べた。イスラエル政府の軍事行動が民間人に死傷者を出したことへの批判と、ユダヤ人差別をごちゃ混ぜにすることは、ドイツではタブーなのである。

最終更新 Freitag, 04 Juni 2021 10:47
 

連邦憲法裁の厳しい判決 政府はCO2削減強化へ

ドイツの連邦憲法裁判所(BVerfG)は時折、社会をアッと言わせるような判断を示すことがあるが、4月29日の判決も政界、経済界に衝撃を与えた。

昨年12月12日に開かれた社会民主党(SPD)のデジタルディベートキャンプで話す環境保護活動家のノイバウアーさん昨年12月12日に開かれた社会民主党(SPD)のデジタルディベートキャンプで話す環境保護活動家のノイバウアーさん

「気候保護法は部分的に違憲」の判決

BVerfGは2019年にメルケル政権が施行した気候保護法について、部分的に違憲という判断を下し、政府に二酸化炭素(CO2)削減のための努力を強化するよう命じたのだ。提訴していたのは、北海のペルヴォルム島に住むゾフィー・バックセンさん(22)と3人の兄弟、環境保護団体フライデーズ・フォー・フューチャーのドイツ支部長であるルイーゼ・ノイバウアーさんだ。バックセンさんらは、「私たちの母親はペルヴォルム島で農業を営んでいるが、地球温暖化によって海面が上昇しており、将来海水が地表を覆って、農業ができなくなる可能性がある。政府の気候保護政策が不十分であるために、われわれの将来の生活権が侵害される」と主張していた。

争点となった気候保護法はドイツ政府に対し、2030年までにCO2の排出量を1990年比で少なくとも55%減らすことを義務付けている。さらに政府は、2050年までにカーボンニュートラル(CO2排出量が正味ゼロの状態)を達成しなくてはならない。

将来の世代の負担増・基本権侵害を懸念

気候保護法は、2022~2030年の期間については、エネルギー業界や工業界などが毎年排出するCO2の上限値を明記している。しかし2031年から2050年の期間については、上限値を明記していない。

BVerfGは、「2031年以降の排出量の上限が明記されていないことは、法律の手落ちだ。これにより、将来の世代が今日の世代よりもCO2削減努力を強化することを強制されるかもしれない」と指摘。つまり2050年のカーボンニュートラルを達成するため、政府が対策を強化せざるを得なくなり、将来の世代が交通機関や職業を選ぶ自由を制限されるかもしれない。

裁判官たちは「現在の世代は、削減努力を怠ることのツケを、将来の世代に押しつけてはならない。これは世代間の公平の原則に反し、未来の人々の基本権を制限する恐れがある」と判断。彼らは、このため気候保護法は部分的に違憲であると認定し、メルケル政権に対してこの法律を2022年末までに改正するよう命じた。BVerfGの判決はドイツで最も強い拘束力を持ち、政府も従わなくてはならない。控訴や上告も不可能だ。そうした裁判所が、環境保護団体の若者たちの主張を部分的に認め、政府に対して将来のCO2削減策についても具体的に明記し、気候保護のための努力を強めるよう命じたのは、初めてのことだ。

緑の党にとって追い風となる判決

この判決は今年9月26日の連邦議会選挙にも影響を与えそうだ。実際、各党は競ってCO2削減に拍車をかけることを提案している。極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)を除けば、全ての政党がBVerfGの判決を歓迎した。

緑の党のアンナレーナ・ベアボック首相候補は「地球温暖化に歯止めをかけるための闘いにとって重要で、歴史的な判決」と高く評価。同氏は、「われわれが連立政権に参加した暁には、パリ協定の目標達成を最重要課題とし、経済の全ての分野について、カーボンニュートラルに到達するための道筋を具体的に決める」という方針を明らかにした。緑の党は、2038年に予定している脱石炭を8年早めるよう求めている。

またメルケル政権の連邦環境省は判決を受けて、気候保護目標を大幅に修正する方針を打ち出した。例えば、2030年のCO2の1990年比の削減幅を55%から65%に拡大するほか、カーボンニュートラル達成期限を2050年から2045年に早める。また、2040年のCO2排出量を1990年に比べて88%減らすという新しい目標も検討されている。

現在、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)への支持率は、予防接種の遅れなどコロナ対策の混乱やマスク汚職のために低下しつつある。逆に緑の党の支持率は上昇しており、第2ドイツテレビ(ZDF)が5月に発表した調査では、緑の党(26%)がCDU・CSUを1ポイント上回った。このため緑の党が連邦議会選挙後に連立政権入りするのは、ほぼ確実と見られている。AfDを除く全政党がBVerfGの判決を支持したのは、これ以上緑の党に支持者を奪われるのを防ぐためだ。ドイツのメディアには、「全政党が福島原発事故の直後に、右へならえと言わんばかりに一斉に脱原子力を支持した時に似ている」という論調もある。

産業界からは批判の声も

しかし、経済界からは判決について当惑する声も聞かれる。ドイツ機械工業連合会(VDMA)のティロ・ボドマン専務理事は、「将来の技術革新で、CO2削減は進むはずだ。だが今の時点では、技術革新の内容は分からない。そうした不確定性があるのに、2031~2050年のCO2排出量の上限を厳密に決めるのは難しい」と指摘。ドイツ自動車工業会も、「計画経済的な禁止措置よりも、競争などの市場メカニズムによってCO2削減を加速するべきだ」と主張している。

ただし、ドイツ市民のBVerfGへの信頼感は強い。市民の間でも「現在の便利さを減らしてでも、子どもや孫たちが住みやすい環境を守らなくてはならない」という意識が高まるだろう。この国で経済グリーン化の傾向がますます強まることは確実だ。

最終更新 Donnerstag, 20 Mai 2021 08:50
 

次期首相はベアボックか、ラシェットか?

今年9月26日の連邦議会選挙は、ドイツと欧州の政治・経済を大きく左右する重要な政治日程だ。メルケル首相の後継者は、緑の党のアンナレーナ・ベアボック共同党首とキリスト教民主同盟(CDU)のアルミン・ラシェット党首の間で争われる可能性が強い。

ラシェット氏(CDU)とベアボック氏(緑の党)ラシェット氏(CDU)とベアボック氏(緑の党)

政権入りを目指す緑の党

4月19日に緑の党は、ベアボック共同党首(40)を首相候補に指名した。同氏はオンライン会見で、「ドイツは大きな底力を持っています。政治を変えて、このパワーを解き放ちましょう」と有権者に呼びかけた。

ハノーファー生まれのベアボック氏は、ハンブルク大学で政治学と法学を学んだ後、2004年から2年間ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学。2005年に緑の党に入党し、同年から2008年まで、欧州議会のエリザベート・シュレーダー議員(緑の党)の事務所のリーダーを務めた。2009~2012年まで欧州緑の党の役員会にも属した。英語を流暢に話すベアボック氏は、緑の党きっての国際派でもある。

ベアボック氏は巧みな弁舌と鋭い理解力・洞察力、高いネットワーク力によって、緑の党の中で急激に頭角を現した。同氏は急進的な左派勢力とは無縁の、「実務派」なのだ。彼女は2009年に緑の党ブランデンブルク州支部の共同支部長に選ばれた後、2013年に連邦議会選挙に初当選。2017年まで議員団で気候変動問題に関する責任者を務めた。

同氏は、2018年の党代議員集会で、ロベルト・ハベック(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州政府の元環境大臣)と共に共同党首に選ばれた。2019年のドイツでの欧州議会選挙では、地球温暖化問題を他党よりも熱心に取り上げることによって、得票率を前回の約2倍に増やすという快挙を成し遂げている。

経験豊富なラシェット候補

一方政権与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、4月20日にCDUのラシェット党首(60)を首相候補に選んだ。アーヘンで生まれたラシェット氏は、ボン大学などで法学を修め、フリージャーナリストとして放送局で働いた後、キリスト教系の新聞の編集長を務めた。1979年にCDUに入党し、1994年に連邦議会選挙に初当選。2012年にノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のCDU支部長になった後、2017年に同州政府の首相に就任した。

ラシェット候補は、CDUの中で保守中道の穏健派に位置する。メルケル首相の路線に比較的忠実だ。メルケル首相は、2015年にハンガリーで立ち往生していた約100万人のシリア難民に対し、超法規的措置でドイツに入国し亡命申請することを許した。この人道的決定は、多くの国民から「ドイツの治安を悪化させた」と厳しく批判されたが、この時も、ラシェット氏はメルケル首相の難民政策を支持したのだった。

CDU・CSUでは、首相候補選びが難航した。CSU党首でバイエルン州政府首相のマルクス・ゼーダ―氏も首相候補に名乗りを上げ、ラシェット氏との間で意見が対立したからだ。だが結局CDU役員会が票決で、ラシェット党首を推すことを決めたため、ゼーダ―氏は連邦首相府の主となる野心を捨てた。

緑の党の支持率が上昇、保守党は下落

現在、どの政党も単独では議席の過半数を取れない。政界では、「緑の党抜きに連立政権を組むことは難しい」という意見が有力だ。緑の党は上昇気流に乗っている。世論調査機関のアレンスバッハ人口動態研究所が今年4月に公表した政党支持率調査の結果によると、緑の党の支持率は昨年4月には19%だったが、今年4月には4ポイント増えて23%になった。

逆にCDU・CSUの人気は、コロナ対策の混乱やマスク汚職などのために急落している。今年4月の同党への支持率は、昨年4月の38%から10ポイントも減って28%になった。一部の支持率調査では、緑の党が首位に立っている。4月26日にシュピーゲル誌が公表した世論調査では、緑の党への支持率は29%で、CDU・CSU(24%)を5ポイント上回った。

また民間放送局RTL・n-tvの世論調査では、「直接首相を選べるとしたら、誰を選びますか」という設問に対し、ベアボック氏を挙げた回答者は32%で、ラシェット氏(15%)、社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ氏(15%)の2倍を超えた。この背景には、緑の党が予定通りの期日に首相候補を発表して「鉄の規律」を誇ったのに対し、CDU・CSUでは1週間以上ラシェット氏とゼーダ―氏が公の場で対立し、党内の足並みが乱れている印象を与えたという事実もある。

有権者は変革と安定のどちらを選ぶか

2005年以来、16年間にわたってメルケル政権を経験した市民の間では、「変革が必要だ」という意識が高まっている。昨年以来のパンデミックにより、デジタル化の遅れなど長期政権の「制度疲労」も露わになった。今後緑の党の支持率がさらに上昇し、CDU・CSUの凋落傾向に拍車がかかった場合、ドイツで初めて緑の党の首相が生まれる可能性もゼロではない。

ただしベアボック氏には、大臣はおろか地方自治体の首長を務めた経験すらない。統治に関する経験は、ラシェット氏の方が豊富である。NRW州議会選挙で、同氏は世論調査の支持率が低くても、有力な対立候補を負かすという粘り強さを見せたことがある。残り約5カ月間に、どのような展開があるかは分からない。誰がメルケル首相の後継者になるか、即断は禁物だ。

最終更新 Donnerstag, 06 Mai 2021 12:48
 

なぜ連邦政府の権限をコロナ禍で強化するのか?

4月13日に、メルケル政権はコロナ対策について連邦政府の権限を大幅に拡大するために、感染症防止法の改正案を閣議決定した。州の権限の一部を連邦政府に譲渡するこの決定は、連邦制の在り方にも大きな影響を与える。

13日、連邦議会議事堂前にはコロナ政策に抗議する人々が集まった。横断幕には「不安ではなく自由を」と書かれている13日、連邦議会議事堂前にはコロナ政策に抗議する人々が集まった。横断幕には「不安ではなく自由を」と書かれている

連邦政府が全国一律ロックダウンへ

感染症防止法によると、これまで商店の営業や学校の閉鎖などコロナ対策の細部を決めて実行する権限は州政府に与えられていた。だが「連邦政府による非常ブレーキ」と命名されたこの改正案が連邦議会と連邦参議院で可決されると、初めて連邦政府が全国一律の施策を命令できるようになる。

その際に重要な目安となるのは、直近1週間の住民10万人当たりの新規感染者数(Inzidenz、7日間指数)だ。特定の郡や市の7日間指数が100人を超える日が3日続いた場合、連邦政府は州政府に対してその地区で午後9時から午前5時まで外出を禁止するよう命令できる。また食料品店、スーパーマーケット、薬局、書店、花屋などを除く商店の営業は禁じられ、映画館、劇場、美術館なども閉鎖される。さらに、特定の郡や市の7日間指数が200人を超える日が3日続いた場合、連邦政府は学校や託児所の閉鎖を命じる。

本稿を執筆している4月14日の時点では、大半の郡や市で7日間指数が100人を超えているので、法案が連邦議会と連邦参議院で可決され改正法が施行され次第、大半の地域で一律のロックダウンが実施される。ただし、この改正法案は「パンデミックが続く期間に限って有効」とされ、現在のところ6月30日まで続くことになっている。

州の間でコロナ対策の足並みの乱れ

なぜメルケル政権はこのような厳しい措置に踏み切ったのか。これまでも7日間指数が上昇した際の非常ブレーキという措置は存在した。しかし感染症防止法によると、商店の営業などに関する細則の決定権が州政府に与えられていたため、一部の州政府は7日間指数が高くなっているのに、非常ブレーキを作動させていない。つまりドイツのコロナ対策は州ごとにバラバラの、パッチワーク状態となった。市民だけではなく政治家たちにとっても、どこでどのような規制措置が行われているかを把握するのが難しくなっていた。

メルケル首相は、州政府の間で足並みが乱れた状態に強い不満を抱いており、今回の感染症防止法改正を強く推し進めた。首相は「ウイルスの拡大状況は深刻であり、全国一律の非常ブレーキの導入は、もっと早く行うべきだった。各州が非常ブレーキについて、バラバラの解釈を行う時代は終わった。われわれは感染者数の急増に歯止めをかけて、医療現場で必死で働いている医師や看護師たちを支援しなくてはならない」と語っている。

英国に比べて深刻な感染状況

実際、新型コロナウイルスの感染拡大は続く一方だ。ロベルト・コッホ研究所によると、4月13日までの24時間の新規感染者数は1万810人に上り、294人が死亡した。時には新規感染者数が2万人を超える日もある。全国の7日間指数は141人となっているほか、パンデミックが昨年始まってからの累計死者数は7万8746人に達している。

しかも製薬会社のコロナワクチン生産が遅れていることなどにより、予防接種率も他国に比べて低い。ドイツでは4月13日までに市民の16.3%が1回、6.2%が2回予防接種を受けた。これに対し英国では4月12日までに市民の61.6%が1回、11.3%が2回予防接種を受けている。

この結果、英国の7日間指数は17人で、ドイツの8分の1となっている。24時間当たりの死者数は13人と、ドイツの23分の1だ(いずれも4月13日の数字)。コロナワクチンは1回打つだけでも、重症化・死亡のリスクを引き下げる。その意味で、ドイツなど欧州連合(EU)加盟国でのワクチンの遅れは、生死を左右する問題である。メルケル首相は、ワクチン接種が他国ほど迅速に進まないドイツでは、全国一律の非常ブレーキをかける以外に方法がないと考えたのだ。

「憲法との整合性に疑問」の批判も

だが今回の非常ブレーキに対する批判の声も強い。自由民主党(FDP)のクリスティアン・リントナー党首は、「メルケル政権の施策は疫学的な観点から効果があるのかどうかが不明である上に、予防接種を受けた市民への対応も欠けている。7日間指数だけで、市民の行動の自由を大幅に制限することは、憲法に照らして受け入れがたい」と述べている。

昨年3月にコロナパンデミックの第1波が発生した時には、ドイツは連邦制を採っているために各州が迅速に独自の対応を取ることができた。「フランスのように中央政府が強大な権力を持つ国とは異なり、ドイツでは州政府が機動的に感染防止策を取ったことが、死者数を低く抑えることにつながった」と指摘された。だが今年は真逆で、「16の州政府の足並みが乱れているために、コロナ対策が有効に機能しない」という批判が強まっている。コロナをめぐる連邦制に対する評価が、わずか1年で逆転したのは皮肉だ。

連邦政府は権力を集中させることで、本当に新規感染者数と死者数の増加に歯止めをかけることができるだろうか? 国民はメルケル政権の一挙手一投足を厳しく見守っている。

最終更新 Mittwoch, 21 April 2021 15:29
 

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