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ワクチンとロックダウンをめぐる激論

2月としては異様な暖かさとともに、コロナ禍の長いトンネルに微かな光明が見えてきた。ワクチンの有効性についての報道が目立ち始めた。

コロナワクチンを2回接種したことを証明する予防接種手帳コロナワクチンを2回接種したことを証明する予防接種手帳

他者への感染防止にも有効?

ハイテク大国イスラエルでは、ワクチンを2回受けた人の比率が2月24日の時点で35.5%と世界で最も高い。接種データを分析しているイスラエル保健省とファイザー・ビオンテック(FB)社は、「このワクチンはCovid-19による死亡を防ぐ上で99%有効であるほか、第3者への感染を防ぐ上でも89.4%の有効性がある模様だ」とする研究報告書を作成している。イスラエルの人口は約900万人と少ないので、データの収集・分析には適した国なのだ。

オックスフォード大学のデータバンク「Our World in Data」によると、ドイツでは2月24日までに181万人が2回予防接種を受けた。人口に対する比率は2.2%で、イスラエルや米国(5.8%)には及ばない。

一部の社のワクチンを「忌避」

その原因はメーカーの生産が間に合わないためだけではなく、国民の「好き嫌い」もある。ドイツでは誰でも無料でコロナワクチンの予防接種を受けられる。ただし、ワクチンの「銘柄」を選ぶことはできない。

この国で最も人気があるのは、FB社のワクチン。治験によると、感染防止効果は95%。次に人気なのが、米国モデルナ社のワクチンで有効性は94%。これに対しアストラゼネカ(AZ)社のワクチンは有効性が70%。欧州医薬品局は18歳以上に使用できるという条件で認可したが、ドイツ政府の常設予防接種委員会は、「治験が55歳までの市民にしか行われなかったので、データが十分ではない。このため接種対象は18〜64歳まで」という但し書きをつけて認可した。

2月23日までにドイツには3社から750万本のワクチンが供給された。このうちFB社の製品はほぼ全て投与され、モデルナ社の製品は約3分の1が使用された。これに対しAZ社のワクチンは、これまでに約140万本供給されたが、まだ約21万本(15%)しか使われておらず、85%が貯蔵されたままだ。

一つの理由は、AZ社のワクチンの副反応だ。ブラウンシュヴァイク市のエリザベート病院のカール・ディーター・ヘラー医長は、「2月18日、医師や看護師88人にAZ社のワクチンを投与したところ、37人が41度の発熱、悪寒、下痢、筋肉痛などを訴えて、翌日病院を休んだ。だが、翌週の月曜日には全員が回復して出勤した。後遺症が残った人はいない」と語っている。同病院では、多数の医療従事者が一度に休むと業務に支障が出るので、AZ社のワクチンを一度に多くの医師や看護師に打たないようにする方針だ。

一方、せっかく予防接種のアポイントメントが取れても、自分に投与される製品がAZ社製と分かるとキャンセルする人が多い。常設予防接種委員会のトーマス・メアテンス委員長は、「AZ社のワクチンの有効性が70%だからといって、役に立たないわけではない。このワクチンを打てば、万一新型コロナウイルスに感染しても、重症化したり死亡したりする危険は大幅に減る」と擁護している。

世界には、ワクチンが全く届いていない国が100カ国以上ある。そうしたなか、ドイツで約120万本のワクチンが使われずに余っているのは贅沢な話だ。ドイツ政府では、「イースター(4月上旬)が過ぎれば、この国ではワクチン不足は緩和されるだろう」と説明しているが、一部の市民の間に残るAZ社のワクチンに対する忌避は頭痛の種だろう。

イスラエル、予防接種証明書でロックダウンを部分緩和

予防接種が進むとともに、ロックダウンで疲弊する経済界からは「一刻も早い緩和を」という声が強まっている。ここでもベンチマーク(模範)になっているのが、イスラエルだ。同国は2回ワクチンを受けた人には、「グリーンパス」と呼ばれるデジタル予防接種証明書を交付し、レストランやフィットネスジム、劇場などへ行くことやホテルでの宿泊などを許可した。さらにギリシャとキプロスと協定を結び、予防接種証明書を持つ市民は、3月に空港が再開されれば旅行できるようにする。

連邦憲法裁判所の所長だったハンス・ユルゲン・パピーア氏も「2回予防接種を受けた人からの感染のリスクが極めて低いことが証明されれば、そうした人の権利を政令などで制限する法的根拠はなくなる。これはワクチンを受けた人に特権を与えることではなく、制限されていた市民権の回復だ」と語っている。

ホテル飲食業連合会のイングリット・ハルティゲス会長は、検査数の増加と組み合わせれば、予防接種はパンデミックとの闘いのなかで有効な手段になる。予防接種証明書が発行されれば、われわれはホテルや飲食店で客の証明書をチェックできる」と述べた。2回の予防接種後に旅行をしたり映画館、コンサートなどに行けるとすれば、特定の社のワクチンを忌避する人の数も減るかもしれない。

欧州連合(EU)加盟国の中ではギリシャが欧州委員会に対し、市民の旅行を可能にするために、予防接種証明書の発行を求めている。ドイツ政府はこれまでワクチンを受けた人に特権を与えることに慎重だったが、市民のロックダウンへの不満が高まるなか、春から夏にかけてこのテーマについての議論が進むかもしれない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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