Nr.22 距離感
660分、550分、210分――フランクフルトから東京、ワシントン、モスクワまでのそれぞれのフライト時間です。こうして並べると意外な発見があります。モスクワまでが思ったより近く、東京とワシントンまでの所要時間に大差はありません。しかしこれらは、ドイツ人から見た心理的な距離感とは一致していません。大西洋は、ドイツではしばしば「大きな池」と呼ばれるほど小さな存在ですが、東京は大陸の向こうの端、そのまだ先にあります。心理的には実際の倍くらいの距離がある気がしても当然でしょう。
地図と住所を頼りに、心細い思いをしながら訪問先を探した経験はありませんか。初めて訪れる時には、目的地までの距離はとても長く、しかし帰り道は驚くほど短く感じられます。その場所を「知っている」かどうかが、心理に大きく作用するようです。ドイツ人も、1度でも日本に行けば、日本への距離感が変わってくるかもしれません。
しかし、距離感を決定するより重要な要因は文化的な親近感でしょう。ドイツのアメリカ化は行き過ぎだと嘆くドイツ人が大勢います。近年では、ハロウィーンやバレンタインデーまでドイツに入ってきました。一方、文化が大きく違う地域、例えば南米諸国では、アメリカは一般的に嫌われがちで、アメリカ化も進んでいないそうです。(もちろんこれは、経済的な豊かさとも関係があります)
また、アメリカにはドイツ系住民が多く、(白人の)アメリカ人の半分くらいがドイツ系移民の血を引いていると言われます。ナチ時代にドイツから亡命したユダヤ系移民とその子孫も、同国に大きな影響を及ぼしています。不思議なことに、黒人の苗字にもドイツ系の名前が少なくないようです。それほどアメリカとドイツは近いのです。
さらには、地図と距離感も面白い関係にあります。自分の居場所が中心に来るのは当然ですから、ドイツの地図ではヨーロッパが中央、左がアメリカ大陸、右がアジア大陸となっています。右端の日本が遠く感じられるのも無理はありません。日本では見かけない地図なので、初めて見ると新鮮な驚きを覚えます。しかし、今のように地図の上の方位が北であると定められたのは、ほんの数百年前のことです。アメリカが発見されるまではヨーロッパが下で、その上に中近東や中国が重なり、1番上は天国となっている地図もありました。このように東が上に来る地図においては、日本は「天国に1番近い島」となります。マルコ・ポーロが日本に憧れたのも、こんな地図の描き方と関係があるかもしれません。