第10回手仕事と向き合うなかで心の佇まいを教えてくれる本
Kazunori Yoda要田 和紀さん
東京、ニューヨークで美容師として活動後、バウハウスの理念やドイツの音楽に惹かれて渡独。2013年にデュッセルドルフで美容室YODAをオープン。デザイナーとして、ワークウェアをはじめとする、シンプルで着心地の良い洋服づくりも行っている。
https://yoda-hair.com/
ドイツ生活で大切にしたい「禅の心」
僕は雑誌が好きでたくさん見ますが、活字を読むのがあまり得意ではないです。でも、興味のある人の伝記や、日本の禅についてなど、好きなものに関する本なら一気に読めます。
1冊目の『茶の本』も、禅に関する本。僕はもともとバウハウスの理念が好きなのですが、バウハウスは禅の思想とも深い関わりがあります。一方で、自分は日本人なのに禅のことを何も知らない。そう思ってこの本を読み始めました。現代社会は、どんどん利益を求める方向に進んでいますが、この本に書かれている禅の思想は、そんな世の中で自分の心に向き合うことを教えてくれます。例えば、「人はいろいろな音楽を同時に聴くことはできぬ。美しいものの真の理解は、ただある中心点に注意を集中することによってのみできるのである」という一文があって。海外生活の中で忘れがちな、日本人らしい心の在り方を取り戻せるような気がして、迷った時は読み返すようにしています。
美容師的な目線では、千利休 のエピソードも興味深いです。ある人が茶室を枯葉一つないくらいに掃除するのですが、それを見た利休は怒り、庭の木を揺すって葉を落とします。ここで利休は「清潔のみではなく、美と自然を求めよ」と言っていて。僕も、お客さんの髪型を美しくする一方で、いつも通り自然体に、というのを心がけています。
ミニマルな視点の中にある美しさ
2冊目の『おつきさまこんばんは』は、息子と読んでいる絵本です。個人的には、この本も禅に通ずるなと思っています。おつきさまが夜空に出てきますが、そこに雲が出てきておつきさまが見えなくなってしまう。でも大丈夫、雲はおつきさまとおしゃべりをしていただけ。雲が去ると、おつきさまが再びにっこり現れる。
ただそれだけのことですが、空をじっと眺めているだけで、こんな物語を作れるなんてすごいな、と。同時に、遠くへ行って新しいものを見るのもいいけれど、自分の身の回りにあることにフォーカスしてみると、実はたくさんの発見や刺激があるのだと、この絵本に気付かされました。
ものづくりへの原点回帰
『Mix Tape』は、カセットテープの文化をアートとして捉えた一冊。カセットテープは、CDが登場した90年代ごろから衰退していきましたが、アナログの温かみが感じられることから、今なおアーティストの間で人気があります。この本では、さまざまなアーティストが自主制作したミックステープが紹介され、ジャケットにはコラージュやドローイングが施されていたり、音楽のプレイリストも手書きだったりと、テープに込められた熱量が感じ取れます。カセットテープの本来の目的は音楽を聴くことですが、この本ではジャケットのデザインを眺めたり、プレイリストから音楽を想像したりするだけで、その世界観が伝わってくる。自分にとって、新しい音楽体験でした。
僕自身、現在ベルギーのレコード店とのコラボレーションという形で、ミックステープを絡めたプロジェクトを進めています。昨今ではウェブ上であらゆる音楽が聴けますが、だからこそカセットテープやレコードに回帰して、ものの良さを味わいたい人も多いのではないでしょうか。デジタルでは表せない、人間の感覚だから感じられるものが、きっとそこにあるのだと思います。
おすすめの3冊はコチラ
『茶の本』
岡倉覚三 著
岩波書店
日本の茶道を欧米に紹介するため、岡倉天心(出版は岡倉覚三の名義)によって英語で執筆され、1906年に『The Book of Tea』として出版された。茶道を禅や道教、華道などとの関わりから捉え、日本人の美意識や文化を解説する。
『おつきさまこんばんは』
林明子 著
福音館書店
ある静かな夜のこと、2匹のネコがお家の屋根の上で空を見上げていると、金色に輝くまんまるなおつきさまが夜空を照らす。空に浮かぶおつきさまの優しい顔、泣きそうな顔、そしてとびきりの笑顔に引き込まれる、0歳からのロングセラー絵本。
『Mix Tape: The Art of Cassette Culture』
サーストン・ムーア 監修
Universe Publishing
1963年にカセットテープが発売された当初、アーティストたちはLPやコンサート、ラジオから流れる曲を夢中になって録音し、独自の世界観をミックステープに込めた。そんな豊かなミックステープのカルチャーを美しいグラフィックと共に紹介する一冊。