70. ゴッホ⑨:サン・レミ・ド・プロヴァンスの修道院
古い井戸(サン・レミ・ド・プロヴァンス)
アルルから北東へ20キロほど、サン・レミ・ド・プロヴァンスにあるサン・ポール・ド・モーゾール修道院。ゴッホはここにどのような気持ちでやって来たのでしょうか。街から南へ1キロほど離れたこの修道院の周りには麦畑やオリーブ畑が広がり、近くには紀元前に造られた「グラヌム」という遺跡が残っています。遺跡の背景に見えるアルピーユ山脈は、ワシが羽根を下ろしているような特徴的な形をしていて、ゴッホも気に入って何枚か描きました。
この修道院は、ほぼ彼が入院していた当時のまま残っています。彼がいた部屋ではありませんが、同じ形状の1室が公開されていて当時の様子をうかがい知ることができます。狭くて暗い部屋の窓には頑丈な鉄格子が取り付けられ、ここが精神病院であったことを再認識させられました。鉄格子越しに見える裏庭は右側に行くに連れてなだらかな傾斜をしていて、そうそう、ゴッホが描いたこの場所の絵も斜めになっていたなと思い出します。
ゴッホはここに入院している間も、驚くほどたくさんの絵を描きました。窓越しの絵はもとより、庭の花壇や木々もモチーフにしています。ここで描かれた絵のコピーが裏庭の壁に沿ってずらっと展示されています。弟テオに長男が生まれたとき、お祝いにと描いた「花咲くアーモンドの木の枝」も……。そのそばにはちゃんとアーモンドの木が実をつけていました。精神的にも体力的にもどん底でありながら、絵を描いている間だけは自尊心を保つことができたようです。
回復に従い、ゴッホは病院を出ることも許されるようになりました。病院近くのオリーブ畑や、彼にしては珍しく遺跡も描いています。それに初心に戻って、尊敬していたミレーの作品や、レンブラントの宗教画なども模写しました。絵はこのころからますますうねりを増し、木々や空、道に建物までウネウネとした曲線で描かれています。
そのうちの名作「星月夜」では、うねった糸杉と、その背景には渦巻く空に大小さまざまな星が12個描かれています(これは「ヨセフとその兄弟」の暗示か?)。背景のアルピーユ山脈の手前には、サン・レミの街並みと中央に教会があり、恐らく修道院の2階辺りから描いたのでしょうか。さて、この名画に描かれたサン・マルタン教会へ向かうことにしました。