81. 初めての舞台監督
ルチアの衣裳イメージ
それは学生時代のある日、突然やって来ました。それまで私は、小道具係りの一人としてオペラ公演を何回か手伝っていたのですが、ある時、鬼瓦のような強面マネージャーが来て、「君、音楽が少し分かるのだってね?」と問われました。「は、はい」と曖昧に答えると、「じゃぁ今回、舞台監督をやってくれないか?」とのオファー。突然の出来事にうろたえるばかりでした。
それでも、「Lucia di Lammermoor」(ランメルモールのルチア)と書かれたリコルディ社の分厚いボーカルスコアを渡された時は、興奮を隠せませんでした。リコルディ社とは、あのヴェルディやプッチーニが契約していた名門の楽譜出版社。さぁ大変なことになったぞ……と、毎日猛勉強が始まりました。この作品は、ドニゼッティ作曲のイタリア語オペラなのですが、それまで観たこともなかったので、筋書きはもちろん、音楽も覚えるまで数週間聴き続けました。
いよいよ演出家がやって来て、立ち稽古です。この時の演出家はジュリオ・ボセッティさんという、昔NHKで放送されていたイタリア国営放送の「ダヴィンチの生涯」で司会をされていた方でした。日本では稽古の時間が2週間と短く、ボセッティさんも焦っておられたようで、朝10時から夕方6時まで一切休憩なしで行われました。
本番が迫って来たころで、衣裳もローマから到着したのですが、何と半分が手違いでブリュッセルに行ってしまったというではありませんか。しかも日本に届いたものは、脇役用の衣装。急遽、東京中の衣裳屋さんを当たりましたが、大したものはありません。他方、ローマから届いた衣装は、脇役用といっても宝石などが散りばめられた、ずっしりと重くて立派なものです。そのため初日の公演は、これらの衣装を主役に回して乗り切りました(2日目の公演には、全ての衣装が到着)。
舞台監督の仕事はいわば進行役で、出演者が全員揃っているかをはじめ、大道具や小道具がセットされているかを確認。カーテンの開閉速度や開き方などは演出家と打ち合わせた通りに、劇場技術者に指示を出します。照明についても、インターカムで客席後方の照明室に合図。この合図はQと呼ばれ、歌手の出入りなども含めて楽譜にQの何番と書き込むのですが、この時は120番くらいまであったのです。いやぁ、冷や汗ものでしたが、無事に終えることができました。