83. 指揮者カルロ・マリア・ジュリーニさんのこと?
ボルツァーノの裏通り
カルロ・マリア・ジュリーニさん(1914-2005)は、南イタリア出身でローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーではヴィオラ奏者として学びました。ヴィオラを選んだ時点で、彼の控えめな人間性がうかがえます。その後は指揮者に転向し、若い頃はエネルギッシュな演奏が魅力でしたが、晩年イタリアに戻ってからは落ち着いたテンポの温かい演奏になっていきます。
私が彼の演奏を初めて聴いたのは、シカゴ交響楽団とのムソルグスキーの「展覧会の絵」の録音で、このほかにもラヴェルの「マ・メール・ロワ」などが収録されていました。「展覧会の絵」は原曲がピアノであり、それをオーケストラ版に編曲したラヴェルの作品をカップリングに選ぶなんて、おしゃれだなと感心して聴いていました。
シカゴやロサンゼルスでも音楽監督として活躍していたのですが、奥様が病気になられたのを機にイタリアのボルツァーノに戻ることに。看病に時間が取れるようにと、どこにも属さずフリーとして活動していました。そのため活動場所も欧州に限定されていましたが、ベルリン・フィルやウィーン・フィルなどの超一流オーケストラからも度々招かれていたようです。
このボルツァーノは彼が少年時代を過ごした街なのですが、この辺りはかつてオーストリア帝国の領土だったため、自然とドイツ語やドイツ語圏の文化を吸収しました。それもあってか、彼はイタリア音楽も演奏していましたが、むしろドイツ音楽に重点を置いていたようです。それでもさすがはイタリアの血がそうさせるのか、彼の音楽には渋いドイツ音楽でも幾分の明るさがありました。それに何と言っても音楽に対して謙虚であり、丁寧な表現の中で彼の温かな人間性や真摯さが浮き上がります。何度か生演奏を聴く機会がありましたが、ゆったりとしたテンポの中にメロディーラインがきれいに浮かび上がり、至福の時を味わうことができました。
中でも素晴らしかったのは、アムステルダムで聴いたブラームスの交響曲第1番。4楽章の序奏が終わった後、弦のトレモロに乗ってホルンが浮かび上がるところでは、霧が立ちこめた湖の彼方、森の奥からホルンが聴こえてくるかのような情景が浮かびました。そしてオーケストラ後方にあるパイプオルガンに沿って、音がゆらゆらと昇っていくのが見えました。