89. バイロイト音楽祭の思い出
バイロイト祝祭劇場
ワーグナーの音楽は「まるで麻薬のようなものだ!」なんていわれますが、一度そのとりこになったファンは、まるで信仰にも近い魅力を感じているそうです。そんな「ワグネリアン」と呼ばれる人たちにとって一度は訪れたいのが、「バイロイト音楽祭」。この歴史ある音楽祭は、自作のオペラを理想的な環境で聴いてほしいとの願いから、ワーグナー自身が始めました。代々ワーグナー家によって運営されてきましたが、人気ゆえにチケットの入手が困難で、2~3年前から予約を入れてウェイティングリストに載せてもらいます。
もう35年も前のことですが、ウィーンの知り合いたちが、舞台監督や歌手として参加していました。その一人から「一度ゲネプロでも観に来ませんか?」と声をかけてもらい、二つ返事で出かけることにしました。まだ長男が生まれて6カ月くらいだったので、妻と交代しながら観ようとしていたのですが、劇場に着くと「お子さんは楽屋に預けて一緒に観なさいよ!」と言っていただきました。後から聞いたところ、なんとこの日上がりだったテノール歌手のルネ・コロにも、長男はあやしてもらっていたそうです。
さて、演目は「タンホイザー」で、演出はワーグナーの孫に当たるヴォルフガング・ワーグナー。客席の真ん中に設置された大きなテーブルの前に、ドンと陣取っておられました。ゲネプロといっても出演者たちは衣裳を纏い、メイクもしています。一度だけ、「歌合戦」のシーンで舞台上のカーテンが引っかかり中断されましたが、それ以外は本番さながらに進行されました。
休憩時間には、オーケストラピットへ入らせてもらいました。このピットは独特で、客席との間に湾曲した高い壁が立っているため、客席からは見えません。そして、奥に行くほどひな壇が低くなり、ステージの下まで食い込んでいます。これは、ワーグナーが「地から湧いてくるような音」を求めたためで、それに相応しい重厚な響きがします。ただし、ピットの壁に反響した音はステージ上の歌手の声よりも1拍遅れて出てくるので、指揮者には独特の技が必要だそうです。
このような特殊なピットで、オーケストラの後方の席からでも指揮者が見えるのかを知りたかったので、コントラバスの後ろ辺りから指揮台を見上げてみましたが、ちゃんと良く見ることができ、長年の疑問が解けました。