98. ベルリオーズのこと
ベルリオーズが暮らしたモンマルトルの裏通り
フランスの作曲家ベルリオーズは、ほかに類を見ないほどの奇才で、奇想天外な曲を多く作曲しました。時代はやっとロマン派に入った初期のころで、例えば代表作の「幻想交響曲」は1830年初演ですから、ベートーヴェンの交響曲第九番の初演からたった6年しか経っていないころです。ベートーヴェンも交響曲に合唱を加えるという新しい試みをしていますが、ベルリオーズの「幻想交響曲」は、まるで一足飛びに新時代に入ったかのような奇想天外な発想で展開されます。
まず、交響曲の概念になかった「物語」を取り入れ、楽章も5楽章という新しい構成です。楽章にはそれぞれタイトルが付けられ、場面の設定を作曲家自ら解説をしています。後にワーグナーが提唱したライト·モチーフ(特定の人物や状況を象徴的に表すメロディーで、交響曲やオペラなどの楽曲中に繰り返し現れる)ですが、ベルリオーズはその50年も前に、「イデーフィクセ」という呼び方で、全ての楽章に共通して出てくるメロディーを効果的に多用しています。
さて、幻想交響曲のベースとなった物語は、自らの失恋体験がもとになっています。英国からやって来たシェイクスピア劇団が、パリで「ロメオとジュリエット」を公演し、それを観たベルリオーズはジュリエット役のハリオット·スミッソンにすっかりほれこみました。あの手この手で接触を試みましたが、相手にされず振られます。
幻想交響曲では、失恋によってどん底に落ちた主人公が、なんとアヘン自殺を試みます。生死の境をさまよううちに悪夢に襲われ、彼は夢の中で彼女を殺してしまうのです。最終的に断頭の刑に処され、一瞬現れる彼女の面影も一刀両断、オーケストラの全奏で打ち消されます。そして最後は魔物たちの饗宴へと進んで行きます。
この曲はなんといっても音楽がハチャメチャで、サイケデリックな世界へと引きずり込まれるのが魅力です。第3楽章の「野の風景」では、コーラングレの哀愁を帯びたメロディーと舞台裏で応答するオーボエが、牧童のやり取りを叙情的に表します。最後のティンパニ4セットによる遠雷の表現なども味わい深いものです。
最終楽章では、魔物の饗宴は音の洪水となります。弦楽器群は弓の木の部分で弦を叩き、骸骨が踊り、骨がカチャカチャと当たる様を表現するなど、聴きどころ満載です。