ジャパンダイジェスト
独断時評


難民問題で合意するも、CDU・CSU間に深い亀裂

7月3日、メルケル首相(キリスト教民主同盟・CDU)とゼーホーファー内務大臣(キリスト教社会同盟・CSU)は「難民対策において合意に漕ぎつけた」と発表し、大連立政権崩壊という最悪の事態を回避した。

だが3週間にわたる内紛は、2つの政党の間に修復が極めて困難な亀裂を生んだ。欧州では、発足からわずか4カ月間であわや空中分解状態に追い込まれたメルケル政権の前途を危ぶむ声が強まっている。

メルケル首相と、ゼーホーファー連邦内務大臣
7月3日、難民政策合意について発表したメルケル首相(右)とゼーホーファー氏

首相と内相が対立

今回の内紛が多くの国民に衝撃を与えた理由は、難民対策という政策論争が2人の政治家の感情的な対立に発展したことである。特に事態をエスカレートさせたのは、ゼーホーファー内相の最後通牒だ。彼は「ほかのEU加盟国で難民として登録された人については、ドイツ国境で入国を拒否する。もしもメルケル首相がEU首脳会議で実効性のある対策について合意できなかったら、ドイツが独自に入国拒否に踏み切る」と宣言した。彼は自分の主張が聞き入れられない場合には、内相を辞任するとまで啖呵を切った。

メルケル首相はゼーホーファー氏の主張について「難民政策はEUおよび周辺諸国と協議した上で決めるべきであり、ドイツが独断で入国拒否に踏み切ることは許されない」と真っ向から拒否。その上で「ゼーホーファー氏が首相の意向を無視して入国拒否に踏み切った場合には、首相の権限(Richtlinienkonpetenz)を侵すことになる」と威嚇した。メルケル氏が首相の権限という言葉を使ったことは、武士が刀を抜いたようなものだ。首相の権限を侵した閣僚は、通常罷免されるからだ。連邦議会のショイブレ議長(CDU)も、「首相の指示に反した閣僚が解任されるのはやむを得ない」と援護射撃を行った。

この言葉はゼーホーファー氏を激怒させ、「私のおかげで首相になった人物が、私を解任するというのか」とメルケル氏に対する批判をエスカレートさせた。通常政治家の感情的な言葉の応酬は密室で行われるものだ。だが今回はメルケル氏・ゼーホーファー氏ともに挑発的な発言を公の場で行った。これは異常な事態である。またゼーホーファー氏はCSUの会議でメルケル氏について「もうこの女とは一緒に働くことはできない」と語ったと言われる。CSUの別の幹部は「メルケル氏は退陣するべきだ」と発言した。

地元でAfDの躍進を恐れるCSU

CSUは今年10月に行われるバイエルン州議会選挙で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)に票を奪われて、単独過半数を達成できないことを恐れている。このためゼーホーファー氏はAfDから支持者を奪回するべく、難民政策を急激に右傾化させメルケル氏に対する態度を硬化させているのだ。だがメルケル氏も壁際に追い詰められていた。もしもゼーホーファー氏を解任するか、彼が内相を辞任していたらCSUが抗議のために大連立を解消し、政権が崩壊する危険があったからだ。その場合、連邦議会選挙をやり直すことが必要となり、ドイツに再び政権空白状態が出現することになる。政治が混乱して大喜びするのはAfDだけだ。

メルケル氏は、6月28日から2日間にわたって行われたEU首脳会議で、EU外縁部の警備強化などによって難民の流入をこれまで以上に制限することや、ギリシャ、スペインとの間で登録済みの難民の送還に関する合意をまとめることに成功。ゼーホーファー氏は「これらの合意だけでは不十分」と難色を示したものの、メルケル氏は最後の瞬間に彼を説き伏せた。

トランジット方式は機能するのか?

両者の合意によると、ドイツ政府はオーストリアとの国境に近い地域に「難民審査センター」を設置する。CSUはこの施設をトランジット・センターと呼んでいる(社会民主党はこの言葉に難色を示しているので、公にはトランジット・センターとは呼ばれない)。

オーストリアからドイツに入国しようとする難民が、すでに別のEU加盟国で難民として登録されていることが分かった場合、その難民は48時間以内に最初の到着国へ送り返される。

メルケル政権は、「この施設は空港のトランジット領域と同じで、難民はここに入ってもドイツに入国したことにはならない。入国資格のない難民は追い返される」と説明している。つまりメルケル氏はトランジット方式を認めることによって、事実上国境での入国拒否を容認して、ゼーホーファー氏の顔を立てたのだ。

だが欧州の周辺諸国の間では、この合意について疑問の声も上がっている。たとえば「難民が最初に入ったEU圏内の国が、ドイツからの難民の送還を拒否した場合や、ドイツとの二国間協定の締結を拒んだ場合には、どうするのか」という疑問が出ている。オーストリア政府からは「引き取り手のない難民を、我が国に押しつけるのは御免だ」という批判も聞こえる。

メルケル氏の指導力にも疑問符

さらにドイツの論壇では「メルケル氏とゼーホーファー氏は協調路線を歩むことはできない」という観測が強まっている。その意味で、ゼーホーファー氏はメルケル政権にとって危機の火種であり続ける。AfDの脅威がなくならない限り、今後も「CSUの反乱」の炎が吹き上がるかもしれない。3週間続いた内紛はむしろAfDへの支持率を引き上げるかもしれない。閣僚の行動を十分にコントロールできない場合、メルケル氏の政権運営能力にも疑問が投げかけられるだろう。

最終更新 Donnerstag, 19 Juli 2018 16:40
 

メルケル対ゼーホーファー、難民政策をめぐり激しく対立

バカンスシーズンを告げる夏の青空とは対照的に、ドイツの政界はどんよりとした黒雲に覆われている。この国は6月下旬以来、難民政策をめぐる政府内の対立で激しく揺さぶられた。

メルケル首相と、ゼーホーファー連邦内務大臣
6月20日、ベルリンのドイツ歴史博物館で行われたイベントに参加した
メルケル首相(左)と、ゼーホーファー連邦内務大臣

首相と内相が対立

アンゲラ・メルケル首相とホルスト・ゼーホーファー連邦内務大臣の間で、難民の受け入れをめぐる意見が真っ向からぶつかり合い、キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)の亀裂が深まったのだ。

ゼーホーファー氏は、「EUでは外縁部の境界での警護や入国管理がずさんだ。この状態が改善されない限り、ほかのEU諸国で登録済みの難民はドイツ国境で入国を拒否し、追い返す」という方針を打ち出した。これに対しメルケル首相は、「難民受け入れはEU全体で解決するべき問題。隣国とのすり合わせも不可欠だ。ドイツだけが独りで解決しようとしてはならない」とし、ゼーホーファー氏の主張に反対している。

ドイツに集中する難民たち

中東やアフリカからEUにやってくる難民の大半は、まずギリシャやイタリアに到着する。EUのダブリン協定によると、難民は最初に到着したEU加盟国で登録を受け、そこで亡命申請を行わなくてはならない。だが多くの難民は、社会保障制度が充実しており生活水準が高いドイツに移住しようとする。確かにドイツの難民に対する扱いは寛容だ。ここで亡命を認められた難民は国から住む所を斡旋してもらえるほか、失業者として登録されれば家賃や社会保険料だけではなく、毎月約300ユーロの小遣いも支給される。多くの難民がこの国を目指すのも無理はない。

実際、2015年には100万人近いシリア難民がギリシャやハンガリーではなく、ドイツでの亡命申請を望んだ。当時メルケル首相はダブリン協定を一時的に無効にしたのだ。現在ドイツに入国する難民の数は、2015年に比べると大幅に減っている。しかし長期的に見れば難民危機はまだ終わっていない。人口学者たちは、将来中東や北アフリカからEUを目指す経済難民が増加すると警告している。

もしもドイツがゼーホーファー氏の政策を実行したら何が起きるだろうか。たとえばイタリアに船で到着し、氏名や指紋をEUのシステムに登録された難民は、ドイツ国境で入国を拒否される。隣国のオーストリアも同様の措置を取ると予想されるので、オーストリアもこの難民をイタリアへ送り返す。つまりEUの南端にあるイタリアやギリシャは、ドイツやオーストリアから送還された難民でごった返すことになる。イタリアは、「EU加盟国の間で難民を分配するべきだ」と主張してきたが、東欧諸国などは頑として拒否している。

つまりゼーホーファー氏の主張通りドイツが登録済み難民の入国を拒否したら、他国で混乱が生じる。メルケル氏が首を縦に振らないのはそのためだ。

内務大臣の罷免の可能性?

だがゼーホーファー氏はメルケル氏がEU首脳会議で新たな難民受け入れのルールなどについて合意を達成し、CSUを納得させる解決策を打ち出さない場合には、独断で登録済み難民の入国拒否を実施すると言い始めた。これに対しメルケル氏は「ドイツが独自に入国拒否を開始したら、それは私の指揮権を侵す行為だ」と述べている。つまりゼーホーファー氏が国境での入国拒否を命じた場合、首相は彼を罷免する。

ゼーホーファー氏が解任された場合、CSUは大連立政権から離脱する可能性が強い。つまり3月に生まれたばかりのメルケル政権が崩壊し、連邦議会選挙をやり直さなければならない可能性が浮上したのだ。

10月のバイエルン州議会選挙が原因

なぜゼーホーファー氏は政権の存立を危うくするような態度を取るのか。その理由は今年10月にバイエルン州で行われる州議会選挙だ。1945年に創立されたCSUはバイエルン州の地方政党で、CDUの姉妹政党。1957年以来、同党は61年間にわたってバイエルン州の首相を輩出してきた。だがメルケル政権の難民政策に対する不満から、CSUは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に支持層を切り崩されており、去年9月の連邦議会選挙ではCSUの得票率が前回の選挙に比べて約11ポイントも下がった。CSU支持者の間では、2015年にメルケル氏が独断的に多数の難民受け入れを決めたことに対する不満が強い。

世論調査機関やメディアは今年10月の州議会選挙で、CSUが初めて単独過半数の確保に失敗し、他党との連立を迫られるという見方を強めている。このためCSUは今年に入って、政策を急速に右旋回させて、AfDに奪われた支持者を取り戻そうとしている。

政権崩壊を避けるべきだ

CSUは「2015年の難民危機から3年近く経っているのに、メルケル首相は抜本的な解決策を打ち出していない。CSUは今こそ行動しなくてはならない」と主張。つまり彼らはメルケル氏に公然と反旗を翻すことで、秋の選挙での得票率を増やそうとしているのだ。この態度については、バイエルン州の住民の間からも「あまりにも頑迷な態度だ」という批判が出ている。

CDUとCSUは運命共同体であり、内部抗争はドイツだけではなくEU全体にとってもマイナスである。メルケル氏とゼーホーファー氏の衝突、大連立政権の崩壊という事態だけは絶対に避けてほしいものだ。

最終更新 Donnerstag, 05 Juli 2018 11:39
 

ドイツの武器輸出をめぐる激論

今年1月、トルコ軍はシリアに進撃し、北西部の町アフリンへの攻撃を開始した。この町は2012年以来、クルド人の組織PYDが支配している。PYDはトルコ政府がテロ組織と見なすPKK(クルド人労働者党)と関係が深い。このためエルドアン大統領は、アフリンからPYDを駆逐することを目指している。トルコ軍とクルド人武装勢力YPGの間では激しい戦闘が展開されたが、この戦いでドイツ人を悩ませた問題がある。

シリアのクルド自治領アフリンで戦闘を繰り広げるトルコ軍
シリアのクルド自治領アフリンで戦闘を繰り広げるトルコ軍

ドイツの戦車がクルド人攻撃に使われた

トルコのテレビ局は、最前線で撮影した映像を流した。黄土色と暗緑色の迷彩塗装を施された威圧的な戦車が、シリアとの国境へ向けて進撃していく。だがドイツの政治家たちは、この映像を見てギョッとした。これらの戦車が、ドイツ製のレオパルド2・A4型だった。ドイツで製造された戦車が、クルド人攻撃に使われているのだ。トルコはドイツと同じくNATO(北大西洋条約機構)に加盟。このためドイツは1990年代にレオパルド1型を400台、2009年にレオパルド2型を350台、トルコに輸出した。同盟国に武器を輸出することは、通常ならば問題はないとされている。

だがクルド人の武装組織は、テロ組織イスラム国(IS)とも戦ってきた。このためドイツや米国などは、クルド人の武装組織に武器を供給したり、軍事教練を施したりしてきた。つまりクルド人はドイツにとっては、ISとの戦いにおいては味方である。そのクルド人たちを、ドイツから輸出された戦車が殺傷する。これはドイツにとって大きなジレンマだ。

緑の党、トルコへの武器輸出停止を要求

緑の党で防衛問題を担当するアグネシュカ・ブルガー氏は、ドイツ政府に対してトルコへの武器輸出を直ちにやめるよう要求。同党のクラウディア・ロート氏も「エルドアン大統領は中東地域の情勢をさらに不安定化している。メルケル政権は、トルコへの武器輸出を即時停止するとともに、シリア難民に関するトルコとの合意も廃棄するべきだ」と語っている。

エルドアン大統領は、2016年のクーデター未遂事件以来、独裁的な性格を強めており、敵視してきたクルド人に対する弾圧を強化している。トルコ政府がドイツのジャーナリストや人権活動家を逮捕して長期間にわたり投獄するなど、両国の関係は悪化している。ドイツ政府はそのような国に大量の武器を輸出したことを、いま悔やんでいるに違いない。

ロシアに接近するトルコ

エルドアン大統領はEUやNATOに対して敵対的な姿勢を強めている。彼はEUを挑発するために、時折ロシアのプーチン大統領に接近するかのような態度を見せる。一方欧米との対決姿勢を強めるプーチン氏は、NATOの足並みを崩すために、トルコを自分の側に引き入れたいという思惑を持っている。たとえばロシアはシリア上空の制空権を握っているが、トルコ空軍の戦闘機がクルド人武装勢力を爆撃できるように、アフリン上空の飛行を許した。欧米諸国は「ロシアとトルコが接近しつつある兆候」と見て懸念を強めている。

ドイツは世界4位の武器輸出国

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2013年~2017年までの世界の武器輸出額のなかでドイツは5.8%を占め、世界で4番目に武器輸出額が多い。2016年のドイツの武器輸出額は、前年比で57%も増えて、28億1300万ユーロ(3657億円・1ユーロ=130円換算)。ドイツ市民の間に平和主義的な思想を持った人が多いことを考えると、ドイツが武器輸出大国であるという事実は、違和感を与える。

ドイツ政府では、民間企業が外国政府に武器の輸出を希望する場合、首相、外務大臣、国防大臣、経済エネルギー大臣などが構成する「国防評議会」の許可を得なくてはならない。ドイツは原則として「紛争地域には武器を輸出しない」という方針を持っている。だが、武器を輸出する時点で輸入先が紛争に関与していなくても、トルコのケースのように輸出後、数年経ってからその国が紛争に巻き込まれ、ドイツの兵器を使用するという事態もあり得る。その意味で、現状の原則だけでは、不十分である。

中東地域の不安定化

すでに7年間も続くシリア内戦の影響で、中東地域では、不安定化の傾向が強まっている。サウジアラビアやアラブ首長国連邦などは、イランやイランに支援された過激勢力との対立姿勢を強めている。イランの革命防衛隊は、シリア西部に拠点を設置し、レバノンのシーア派過激組織「神の党(ヒズボラ)」への軍事支援を強めている。ヒズボラはイスラエルとの戦争に備えて、数万発のミサイルを持っていると伝えられる。

イスラエルはイランとヒズボラを最大の脅威と見なしており、これらの勢力との間でいつ戦端が開かれても不思議ではない。中東では今日の事態が平穏でも、明日何が起こるかわからない。

武器輸出三原則を守るべきだ

こうした状況を考えると、ドイツ政府は中東地域への武器輸出を大幅に減らすべきだろう。日本でも武器輸出三原則の大幅な緩和を求める声が強まっているが、私は日本に対し武器輸出には慎重な態度を貫いてほしいと思う。クルド人に砲口を向けるドイツのレオパルド戦車は、日本人にも教訓を与えている。

最終更新 Donnerstag, 14 Juni 2018 12:11
 

米国のイラン核合意破棄、EUは核合意維持を確認

5月8日に米国のドナルド・トランプ大統領は中東情勢を大きく不安定化させる決定を行った。彼は選挙期間中の公約通り、米国政府がイランとの核合意を破棄し、同国に対する制裁措置を強化することを明らかにしたのだ。

イスラエルの路線を踏襲した米国

2015年に米国のオバマ政権がロシア、ドイツ、フランス、英国、中国と共にイランとの間で行った合意によると、イランは15年間にわたりウランの濃縮を行わないこと、低濃縮ウランの量を1万キロから300キロに減らすこと、ウラン濃縮に使われる遠心分離機の数を1万9000個から6104個に減らすことを受け入れた。この合意には、イランの核施設に対する部分的な査察も含まれていた。

イランの核開発プログラム凍結と引き換えに、米国や欧州諸国は同国に対する経済制裁を部分的に解除した。しかしトランプ氏は、「この合意では、イランの核開発を止めることはできない。最悪の合意だ」と主張していた。この姿勢にはトランプ氏が強力に肩入れするイスラエル政府の政策が反映している。イスラエルのネタニヤフ政権は、オバマ政権のイランとの核合意を一貫して批判してきた。イランの核兵器開発の最大の狙いは、敵国イスラエルに対抗することだ。イスラエル政府は公に認めていないが、同国は核兵器を保有している。だが、イランが核兵器を積んだ弾道ミサイルを配備すれば、中東の軍拡競争に拍車がかかる。イランの敵国サウジアラビアも核武装する可能性がある。

米国の合意破棄宣言を受けて、イランはミサイルをイスラエル占領下のゴラン高原へ向けて発射。イスラエルは報復措置としてシリア領内のイランの基地など約50カ所を空爆した。内戦で揺れるシリア西部には、イランの革命防衛隊が軍事拠点を置いており、今年2月からイスラエルとの間で小競り合いが続いていた。

5月8日、米ホワイトハウスでイラン核合意の破棄について発表したトランプ大統領
5月8日、米ホワイトハウスでイラン核合意の破棄について発表したトランプ大統領

EUは核合意維持を確認

イランのハッサン・ロハニ大統領は5月8日に「米国の合意破棄は、国際条約を破る違法な決定であり、許しがたい」と述べてトランプ氏の決定を強く批判。ロハニ氏は「米国の合意破棄後も、残りの5カ国と核合意を維持する」としながらも、「この合意が無効になった場合には、ウラン濃縮を再開する」と語り、再び核開発プログラムの道を歩み始めることを明らかにした。

欧州諸国は、トランプ氏の決定に強い失望感を表明した。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は5月11日に「国連の安全保障理事会で全会一致で決議した合意を一方的に破棄することは、国際秩序への信頼感を傷付ける」と述べ、トランプ大統領の決断を厳しく批判。さらにシリアを舞台に小競り合いを続けるイランやイスラエルに対して、事態をエスカレートさせるような行動を慎むよう訴えた。メルケル氏は今年4月下旬にワシントンを訪れ、トランプ大統領に対し核合意を維持するよう求めたが、その努力は空振りに終わった。

ただし欧州諸国は、米国が抜けた後も核合意を維持することを確認している。今後メルケル氏は英国、フランス政府と共に、イランにウラン濃縮を再開しないよう働きかける方針だ。EUで外交問題を担当するフェデリカ・モゲリニ委員も「イランがこれまで核合意に違反した兆候はない。同国が合意内容を順守する限り、EUは核合意を維持する」という声明を発表している。

ドイツの論壇では、「今回の決定はトランプ氏がこれまで行ってきた数々の奇矯な決定の中でも、最大の愚行だ」という厳しい見方が出ている。確かに2015年の核合意はイランに核兵器開発を完全に放棄させるものではなく、一部の施設については査察が禁じられるなど不備な点もあった。それでもイランが約15年間にわたり核開発を凍結したことは、中東の緊張緩和に貢献した。

だが米国が合意を破棄したことで、今後イラン国内で穏健派の立場が弱まり反米、反イスラエル色の濃い強硬派が主導権を握る可能性がある。

制裁強化を懸念する欧州経済界

米国がイランに対する経済制裁を強化した場合、同国での経済状況が悪化し、国民の不満が強まる可能性もある。トランプ氏の決定は、イラン国内の強硬派にとって追い風となる危険がある。それは中東だけでなく、欧州にとっても大きな損害である。

2015年の核合意以降、欧州企業はイランとの貿易を始めるための下準備を行ってきた。だがトランプ氏の決定によってそうした努力が水の泡となる可能性が強まっている。その理由は、大半の欧州諸国の企業は米国との貿易や現地生産などを行っているので、米国の制裁規定を守らざるを得ないからだ。米国に子会社を持つ欧州企業が、イランと貿易を行った場合、米国政府は「制裁違反」と見なすだろう。

ドイツはかつて欧州でイランとの経済交流が最も緊密な国の一つだった。それだけにトランプ氏の決定はドイツの経済関係者を深く失望させている。

メルケル首相はトランプ氏の大統領就任以降、「我々はもはや米国を完全に信頼することはできない。自分たちの防衛は自分の手で行わなくてはならない」と語ってきたが、今回の合意破棄によって、欧州と米国間の安全保障をめぐる信頼関係にさらに深い傷が付けられた。これは欧州だけではなく世界全体にとって大きな損失である。

今後EUは米国の力を借りなくても、地域紛争を解決し調停を行う能力を身に付けようとするだろう。

最終更新 Donnerstag, 31 Mai 2018 09:01
 

ハノーファーメッセに見るインダストリー4.0の世界

4月23日から5日間にわたり、世界最大の工業見本市ハノーファーメッセが開催された。131ヘクタールという広大な敷地に26の展示館が設置され、75カ国から約5800社の企業、研究機関などが出展した。展示館だけでも、49万6000平方メートルという広さ。今年も全世界から約21万人のビジネスマン、ジャーナリスト、技術者、研究者、市民らが訪れた。

インダストリー4.0のショーウインドウ

ドイツ政府と産業界は2011年以来、製造業のデジタル化プロジェクト、インダストリー4.0とスマートサービスを進めている。ハノーファーメッセはその進捗度を知るためのバロメーターである。2011年にドイツ連邦教育科学省、ドイツ工学アカデミー、人工知能研究センターが初めてインダストリー4.0宣言を行ったのも、同メッセ開幕の直前だった。それ以来インダストリー4.0とIoT(物のインターネット)は、毎年ハノーファーメッセの中心的なテーマとなっている。

ハノーファーメッセ
ハノーファーメッセは製造業デジタル化のショールームだ(筆者撮影)

今年の見本市でも、デジタル・プラットフォーム、スマート工場、人工知能、バーチュアル・リアリティー(VR)を使った製造プロセス、コボット(コラボレイティヴ・ロボット=限られた機能だけを持つ小型のロボット)などが展示の中心となった。見本市の会場では、人間に代わって、目にも止まらぬ速さで部品を組み立てるロボットのアーム(腕)や、工場内を自動的に走り回って部品や完成品を運ぶ箱形のロボットなどが展示されていた。人間の腕の動きに連動して、部品などをつかむロボット・アームも見かけた。目に見えにくいIoTを視覚化して訪問者にアピールするためだ。

「独はデジタル化の試練を乗り切る」

ハノーファーメッセの主催者であるドイッチェ・メッセ社のヨッヘン・ケックラー社長は、「今年の展示の中心的なメッセージは、テクノロジーが人間と競争するものではなく、人間を補佐するものだということです。ハノーファーメッセは、今や製造業のデジタル化の現状を知るためのホットスポットになったということができるでしょう」と語っている。

アンゲラ・メルケル首相も会場で行った演説の中で「ドイツは過去の産業革命の波を乗り切ったのと同様に、デジタル化と自動化による試練を乗り切るでしょう。現在ドイツの雇用状況は極めて良好であり、中規模企業(ミッテルシュタント)は高いイノベーション力を誇っていますが、政府は今後企業の技術開発を税制上の優遇措置によって、さらに支援します」と述べ、政府がデジタル化関連技術の発展をさらに強力に後押しする方針を明らかにした。

出展企業にとってハノーファーメッセは、インダストリー4.0に関連技術を応用した製品やサービスの進捗度、成熟度を競う場となっている。確かに大企業は、インダストリー4.0を急速に実用化しつつある。たとえばハノーファーメッセで毎年最大の展示スペースを誇るシーメンスは、自動車や航空機のメーカー、化学産業が、IoT技術による「デジタルの双子」(本当の製品をデジタル空間にコピーした物)を製造プロセスに活かしている実例を紹介し、多くの訪問者の注目を集めていた。ボッシュ・レクスロートやSEWユーロドライブ、フアウエーのように、展示ブースに未来の自動化工場の一部を再現して、訪問者のためにデモンストレーションを行う企業も多かった。これらの企業では、工場や製品に取り付けられたセンサーが情報をリアルタイムでメーカーに送り、メーカーがビッグデータを分析して新しいサービスを提供するというプロセスは遠い未来の物ではなくなりつつある。

連邦政府がミッテルシュタント支援

ただし大企業に比べると、中規模企業(ミッテルシュタント)ではデジタル化の動きが遅れている。ドイツの企業数の99%を占めるミッテルシュタントが参加しなければ、インダストリー4.0は成功したことにならない。今回の見本市では、連邦政府がミッテルシュタントに強力な支援を行っていることも感じた。

私はドイツ連邦経済エネルギー省と連邦教育科学省がトップに立つ推進団体「プラットフォーム・インダストリー4.0(PI4,0)」のブースを訪れた。PI4,0のヘンニヒ・バンティエン氏は、「ミッテルシュタントの経営者が、インダストリー4.0に関する投資を行う前に具体的な実験やテストを行えるように、我々はラブ・ネットワーク・インダストリー4.0という枠組みを提供し、研究機関や大学での実験を行えるようにしています」と語り、政府が中小企業への知識の伝達を重視していることを明らかにした。

バンティエン氏は「現在ドイツでは好景気が続いている上に輸出が好調なので、多くのミッテルシュタントでは受注状況が極めて良好です。したがってミッテルシュタントから『現在成功している我々のビジネスモデルを、なぜインダストリー4.0によって変えなくてはならないのか』という声が出るのは当然のことです。我々の仕事の1つは、長期的にデジタル化の流れに適応していくことの重要性を企業経営者に理解してもらうことです」と語った。

ドイツは日本以上に見本市が盛んな国である。その利点は、1カ所に多数の企業が集まっているので多くの人々と気軽に情報交換を行ったり、新しい製品や技術に触れたりすることができることだ。会場はネットワーキングのチャンスで溢れている。インダストリー4.0や物づくり産業に関心のある方には、是非一度ハノーファーメッセに足を運ぶことをおすすめする。

最終更新 Montag, 09 Juli 2018 10:53
 

<< 最初 < 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 > 最後 >>
27 / 113 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express Hosei Uni 202409 ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作