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ディーゼル乗り入れ禁止は適法 - 判決の衝撃

2月27日にライプツィヒの連邦行政裁判所が下した判決は、ドイツの自動車業界だけではなく、政界にも強い衝撃を与えた。この国が進める「モビリティ転換」に拍車をかける出来事だ。

環境保護団体が勝訴

連邦行政裁は「大都市で窒素酸化物(NOx)の濃度がEUの上限値を上回っている違法状態を終わらせるため、最終的な手段として、特定の町や道路へのディーゼル・エンジン車の乗り入れを禁止することは適法」という判決を下した。これにより地方自治体は、ほかに手段がないと判断された場合には、ディーゼル車を締め出すことが許される。ドイツの交通政策や環境保護の歴史で例がない、画期的な判決である。この判決は、過去にシュトゥットガルトとデュッセルドルフの行政裁判所が下した判決を追認したもの。共に環境保護団体「ドイツ環境援助(DUH)」が、NOxの濃度がEUの上限値を上回る状態を是正するよう求めて、バーデン=ヴュルテンベルク(BW)州政府とノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州政府を訴えていた。

財産権よりも市民の健康を重視

去年7月28日には、シュトゥットガルト行政裁判所が、「市民の健康を守るには、ドライバーの所有権が制限されるのもやむを得ない」とし、ディーゼル車の乗り入れ禁止は適法とする判決を下していた。これに対しBW州政府はライプツィヒの連邦行政裁判所に控訴していた。だが上級審はDUHの訴えを認めて、地方自治体に是正措置を取るよう命じた。裁判官たちはディーゼル・エンジンを使った車を持っている市民の経済的な利益よりも、市民の健康を重視したのだ。

ユーロ6の基準を満たしていることをステッカーで宣伝しているディーゼル車ユーロ6の基準を満たしていることをステッカーで宣伝しているディーゼル車

乗り入れ禁止は社会に大きな影響

もちろんディーゼル車の乗り入れ禁止措置は、社会生活や経済活動に大きな影響を与える。このため裁判官たちは、「乗り入れ禁止措置は段階的に実施し、地域に住む人たちの暮らしや経済活動を阻害しないための、代替措置についても検討すること」と命じている。例えば、暖房や水道の修理作業を行う技術者や、在宅介護を行う介護要員には、例外的にディーゼル車の使用が認められるだろう。また電気バスの開発が進んでいない今日、庶民の足である、ディーゼル・エンジンを使った路線バスも直ちに廃止することはできない。

この判決を受けてハンブルクの環境省は、今年4月にはマックス・ブラウアー・アレーなど二つの道路の一部の区間で、排ガス規格ユーロ6を満たしていない車の乗り入れを禁止する方針を明らかにした。

だが連邦交通省を始めとして、大半の地方自治体は、ディーゼル車の乗り入れ禁止を避けたいと考えている。シュトゥットガルトとその周辺地域で使われているディーゼル車の数は約50万台。その内、ユーロ6の基準を満たしているのは、30%にすぎない。毎日車で郊外からシュトゥットガルトに通勤している市民約7万6000人が影響を受ける。

自治体はNOx対策を迫られる

このため行政と自動車業界は、NOx濃度をEUの上限値よりも低くするためのさまざまな措置をまず講じる。したがって、広範囲にユーロ6未満のディーゼル車の乗り入れの禁止措置が始まるのは、2020年以降のことになると見られている。だが連邦行政裁判所が今回判決を下したからには、地方自治体はいつまでも対策を先延ばしにすることは許されない。現在ドイツでNOxの濃度がEUの上限値(1㎥あたり40㎍=マイクログラム)を超えている都市は、約70カ所。最も汚染がひどいのがミュンヘンで、78㎍だが、シュトゥットガルト(73㎍)やケルン(62㎍)、デュッセルドルフ(56㎍)などでもNOx汚染は深刻だ。

去年ドイツの自動車業界は、ディーゼル車のソフトウエアを更新することによって、NOxの値を下げる方針を明らかにした。しかし地方自治体からは、「ソフトウエアの更新だけでは不十分であり、ハードウエアの交換が必要だ」という声も出ている。ハードの交換には、ソフトの更新よりも費用が多くかかるので、自動車業界は難色を示している。

どのようにディーゼル車の乗り入れを規制するかも、まだ決まっていない。例えばドライバーが法律を守っているかどうかを警察官が点検できるようにするためには、「青いステッカー」のように、外部から見てすぐにわかる表示を導入しなくてはならない。警察官がいちいち車を停車させて、車両証を点検していたら、道路の混雑が悪化するだけだ。

EV拡大に追い風

今回の判決は、自動車業界、特にディーラーには大きな打撃となるだろう。ユーロ6よりも古い車の価値が下落する可能性が強いからだ。2015年に発覚したVW排ガス不正の影響で、ディーゼル車のマーケットシェアは下がりつつある。ドイツで毎年認可される車の内ディーゼルの比率は、2016年には45%だったが、2017年1月には33%に下がっている。今回の判決の影響で、ディーゼル車への人気はさらに下がり、自動車メーカーは電気自動車やプラグイン・ハイブリッド車への転換に拍車をかけることになるだろう。

「モビリティ転換」は脱原子力に続き、ドイツ人が技術の転換を経済界に強制する試みだ。日本ならば、とても無理だろう。市民の健康と安全を重視するドイツの司法と政治の意志の力には、感心させられる。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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