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フェイスブックと個人情報をめぐる激論

約20億人が利用する世界最大のソーシャルメディア・フェイスブックは、世論から集中攻撃を受けている。引き金を引いたのは、英国のガーディアン・グループに所属するオブザーバー紙が3月17日に放ったスクープ記事だ。同紙は「フェイスブックの利用者約5000万人の個人情報が、英国のデータ分析企業ケンブリッジ・アナリティカ(CA)に不正流出し、トランプ陣営が大統領選挙戦で有権者の投票行動を分析・操作するために使われた疑いがある」と報じたのだ。

不十分だったフェイスブックの対応

オブザーバーに内部告発を行ったCAの元社員によると、同社と繋がりのあるケンブリッジ大学の心理学者アレクサンドル・コーガンが、2014年にフェイスブックのページで心理クイズを実施。約27万人の利用者がこのクイズに参加して、あるアプリケーションをダウンロードした。彼らは自分の個人情報をコーガンに渡すことに同意し、データはCAに流れた。しかしコーガンは、この27万人のアカウントに含まれている約5000万人の友人・知人の個人情報も入手して、CAに供与。これらの利用者は、自分のデータが第三者にわたることを承諾していなかった。これはフェイスブックの規則に違反する行為であり、各国の個人情報保護法にも違反する恐れがある。

フェイスブックは2015年にデータ流出に気付いたが、CAに個人情報の消去を求めただけで、約5000万人の「被害者」たちに、データが第三者に流れたことを通報しなかった。つまりフェイスブックの対応は、極めてずさんだった。

2018年ドイツの展望
3月26日、フェイスブックの欧州子会社の幹部と会見した後、
記者会見を開くカタリーナ・バーレー司法大臣

データ分析がトランプを勝たせた?

CAは消費者や有権者の行動に関するビッグ・データを分析し、市民の性格、嗜好、政治思想のプロファイリングを行い将来の行動を予測する。コーガンが実施したような心理クイズの結果を人工知能で分析すれば、その人の所得水準、趣味や政治思想、投票行動などをかなりの確度で予測することが可能。CAはそうした分析結果を企業や政党に売り利益を得ている。

オブザーバー紙は、「2016年の大統領選挙でトランプが勝った背景には、CAによるフェイスブックの個人情報の分析がある。トランプ陣営はCAの分析結果に基づき、激戦州で有権者の政治思想に合わせた個別広告を送ることにより、ヒラリー・クリントン候補の票を減らし、勝利することができた」と主張。トランプ政権の戦略担当補佐官だった右派ポピュリストのスティーブ・バノン氏は、一時CAの幹部として働いていた。つまりフェイスブックの利用者5000万人の個人情報が、大統領選挙で有権者の投票行動を左右するために使われた可能性が浮上したのだ。

フェイスブックは対応に落ち度があったことを全面的に認めた。同社のマーク・ザッカーバーグ社長は3月下旬にドイツなどの新聞に全面広告を掲載し「我々はあなたの個人情報を守るという責任を十分に果たさなかった。このことについて謝罪する」と述べている。

「民主主義が脅かされている」

欧州諸国では、個人情報の保護への関心が米国よりも強い。このためオブザーバーがデータの不正流出について報じると、各国政府から怒りの声が上がった。欧州委員会のベラ・ジュロバ司法担当委員は「個人情報の保護は、民主主義の基本である。今回のスキャンダルは、民主主義を脅かす物であり、全く許しがたい」と批判した。メルケル政権のカタリーナ・バーレー司法大臣も、フェイスブックの欧州子会社の幹部を司法省に呼びつけて、説明を求めた。同社によると、CAにデータが不正流出した5000万人の約1%は欧州に住んでいた市民で、ドイツ人も含まれている。フェイスブックは、データがCAに流れたすべての利用者に対し、その事実を連絡することを明らかにしている。

EUは今年5月25日から、世界で最も厳しい個人情報保護法(GDPR)を施行する。企業は個人情報の流出が起きた場合、被害者に直ちに通報することを義務付けられる。この法律の最大の特徴は、罰則の厳しさだ。同法に違反すると、最高2000万ユーロ(36億円・1ユーロ=130円換算)、もしくは年間売上高の最高4%の内、多い方が科される可能性がある。

ソーシャルメディアへの規制強化へ

今回のスキャンダルをきっかけに、欧州では個人情報の保護を強化し、ソーシャルメディアに対する規制を厳しくするべきだという声が強まっている。

ミュンヘン工科大学でソーシャルメディアの政治への影響を研究しているズィーモン・ヘーゲリヒ教授は、「フェイスブックがなかったら、トランプは大統領になっていなかっただろう」と断言する。ヘーゲリヒ氏は、「今日ではソーシャルメディアが多くの市民の情報源となっているために、世論の構造が大きく変化しつつある。ドイツでは極右政党『ドイツのための選択肢(AfD)』がソーシャルメディアを最も積極的に使っているが、キリスト教社会同盟(CSU)などほかの政党も、AfDの真似をしようとしている。政党がソーシャルメディアを使う例が急増しているのだから、政府は規制を強める必要がある」と述べている。

CAのデータ分析がトランプ勝利にどの程度寄与したのかは、まだ立証されていない。しかし今回のスキャンダルは、ソーシャルメディアを使えば数千万人の個人情報を容易に集められることを示した。民主主義を守るためには、何らかの対策が必要だろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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