ジャパンダイジェスト
独断時評


NPDは禁止できるか

ネオナチ集団「国家社会主義地下組織(NSU)」による犯罪の爪痕は、広がる一方だ。NSUは過去10年間に、トルコ人やギリシャ人10人を射殺し、2件の爆弾テロを行なったほか、14件の銀行強盗によって60万ユーロ(6300万円)を強奪したことがわかっている。

しかし12月上旬になって、新たな容疑が浮上した。ザールラント州のフェルクリンゲンという町では、2006年から今年9月までの間に、トルコ人など外国人が住むアパートなどが10回にわたり放火され、20人が負傷したが、この事件もNSUの犯行である疑いが強まっているのだ。その理由は、NSUが連続殺人を自白するために作ったDVDが、フェルクリンゲンのイスラム教施設に送られてきたからである。

これまでザールラント州の警察は、なぜか極右による外国人に対するテロという見方を排除していた。DVDが送られてきたという情報を得て、慌てて極右テロという観点から捜査を始めたというが、こうした人々を犯罪捜査のプロと呼べるだろうか?「 ドイツの捜査当局は、右の目が見えない」という言葉がある。検察庁や警察が右翼に甘いことを批判する言葉だが、NSUの連続テロに対する警察の捜査の遅れは、この批判が的を射ていることをはっきりと示した。

ハンブルクなどで起きたトルコ人商店主らの射殺事件についても、警察は「トルコ人の犯罪組織による抗争」という偏見を持って捜査していたため、ネオナチのテロであることを、10年以上にわたり見抜くことができなかった。

11月29日には、重要な展開があった。かつて極右政党であるドイツ国家民主党(NPD)のテューリンゲン州支部の副代表だったラルフ・ヴォールレーベンが、NSUの連続殺人をほう助した疑いで、連邦検察庁に逮捕されたのである。捜査当局は、この男がネオナチのテロ組織をあやつる「頭脳」の役割を果たしていた疑いを強めている。

ドイツ政府は、過去にもNPDの活動禁止を連邦憲法裁判所に申請したが、捜査当局が多数の情報提供者をNPDの上層部に持っていたことがわかったため、裁判所は2003年にこの申請を却下した。ヴォールレーベンがNSUを間接的に支援していたことが立証されれば、政府のNPD禁止申請が、裁判所によって認められる公算が高まる。

メクレンブルク=フォアポンメルン州など、NPDが州議会に議席を持つ州では、同党にも国から政党交付金を支給される。外国人の排撃を求める危険な政党に、国民の税金が支払われているというのは、実に奇妙な話だ。

気になるのは、旧東ドイツの一部の市民の間に、今なおネオナチの支援者がいることだ。NSUの犯罪が発覚した後の11月25日には、ツヴィッカウのサッカー競技場で一部のファンが試合中に人種差別的な歌を歌ったほか、選手たちが更衣室で「勝利・万歳」というナチス式の掛け声を使っていた。旧東ドイツの州政府は、「外国企業は旧東ドイツへの投資に消極的だ」と嘆くが、NSUのような組織を10年以上も見過ごし、市民の間に同調者が残っている地域に、進んで投資する外国企業は、なかなか見付からないだろう。

今回の事件は、1992年にネオナチがメルンやゾーリンゲンなどで外国人ら17人を殺害した事件以来、極右グループが外国人を標的とした犯罪としては、最も凶悪な部類に属する。多くのドイツ人の間には、「一部の少数派による犯行。自分たちには無関係」と決めつけ、問題を矮小化しようとする傾向が見られる。だがドイツ社会の底流には、外国人に対する偏見が厳然として残っている。捜査当局だけではなく、ドイツ社会全体が極右問題と真剣に取り組む必要がある。

16. Dezember 2011 Nr. 898

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:46
 

「S 21」の教訓

2年前からバーデン=ヴュルテンベルク州を揺るがしていた、シュトゥットガルト中央駅の近代化プロジェクトをめぐる論争に決着がついた。11月27日に同州で行なわれた住民投票で、投票者の58.8%が建設工事続行に賛成したのである。興味深いことに、一時激しい抗議デモが繰り広げられたシュトゥットガルト市でも、回答者の半数以上が、工事の中止に反対した。

メルケル首相をはじめ、シュトゥットガルト21(S21)計画の推進派だったキリスト教民主同盟(CDU)など保守勢力とドイツ鉄道(DB)は胸をなでおろし、批判的な立場を取っていた緑の党のクレッチュマン州首相や環境団体は落胆の意を表した。

日本人の中にはS21論争について、「駅を近代化することが、なぜ悪いのか」と首をかしげた人もいると思うが、バーデン=ヴュルテンベルク州の市民たちはドイツの報道機関の予想に反して、常識的な判断を行なった。元々シュヴァーベン地方には、勤勉で節約を重視する、保守的な人が多い。そのメンタリティーを考えれば、彼らが現実的な決定を下したことは理解できる。

S21は、いくつかの教訓を我々に与えてくれた。まずドイツでは、州議会が承認した大規模プロジェクトでも、建設費用の高騰などが明らかになった場合、市民の抗議デモなどによって工事が中断され、多額の経済損害が生じる危険があるということだ。S21は中止に追い込まれなかったものの、建設プロジェクトが大幅に遅れたことは間違いない。

今後、州政府や企業は、大規模なプロジェクトには議会だけでなく、早い時期から住民や環境団体を参加させ、場合によっては住民投票を実施することが必要になるだろう。S21の経験に基づいて、これからドイツでは隣国スイスほどではないにせよ、住民に直接決定させる「直接民主主義」が増えていくに違いない。

脱原子力を決定したドイツでは、再生可能エネルギーで作られた電力を北部から南部へ送るための高圧送電網の建設が急務となっている。また再生可能エネルギーの比率が高まるまでの過渡期のエネルギー源として、石炭や天然ガスを使う火力発電所の建設も必要だ。しかし、どちらのプロジェクトも住民の反対によって建設工事が遅れている。

S21の経験は、これらのプロジェクトについても住民への積極的な情報公開が極めて重要なこと、そして時には住民投票によって直接民意を問うことが必要なことを教えている。政府や電力会社は、受け身の態度ではなく、能動的なキャンペーンを行なわなければ、住民の理解は得られない。

S21で、環境保護主義者だけではなく、シュトゥットガルトの多くの市民を激怒させたのは、バーデン=ヴュルテンベルク州の前首相マップス氏(CDU)の傲慢な態度だった。昨年9月30日に、マップス氏はデモの参加者に対して機動隊を投入し、警官の暴力、放水や催涙ガスによって約400人の市民にけがを負わせた。言語道断である。

今年3月に行なわれたバーデン=ヴュルテンベルク州議会の選挙でCDUが初めて大敗し、政権交代が起きた背景には、福島事故によって反原発ムードが盛り上がったことだけではなく、S21をめぐるマップス氏の強引な態度に対する市民の反感もあった。民主主義社会での利害の対立を解消する手段は、あくまで対話であり、暴力であってはならない。S21は、アラブ諸国で政府に対して抗議デモを繰り返す「怒れる市民(Wutbürger)が、ドイツにも数多く存在することをはっきりと示した。

ドイツ社会の決定プロセスは、S21によって今後大きな影響を受けることになるだろう。

9. Dezember 2011 Nr. 897

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:46
 

極右テロ・警察の大失態

旧東ドイツのネオナチ・グループ「国家社会主義地下組織」(NSU)が、10年以上にわたり全国でトルコ人やギリシャ人など10人を射殺し、爆弾テロや銀行強盗を繰り返していた事件は、ドイツの捜査機関にとって戦後最大のスキャンダルだ。

特に憤慨させられるのは、警察が「トルコ人の親族間の抗争ではないか」とか、「被害者は犯罪組織の一員で、もめごとに巻き込まれたのではないか」という先入観を持っていたことだ。10件の犯罪が、同じネオナチ組織による連続射殺事件だと考えた捜査員は、1人もいなかった。マスコミも、「トルコ人の間の内輪もめ」という警察の見方を鵜呑みにして、偏見に満ちた報道を行った。

しかも今回の犯人たちは、90年代に入ってから何度も軽犯罪を繰り返しており、1998年には警察の家宅捜索を受けている。この時にイエナのアジトからパイプ爆弾やTNT火薬、宣伝ビラなどが見付かったため、警察は逮捕状を取った。しかし、3人は検挙される前に姿をくらまし、その後13年間にわたって地下活動を続けながら、犯行を繰り返していた。

テロを準備していたことを示す物品が押収されたのに、容疑者がやすやすと逃げられたというのは不可解である。もしもこの時に、捜査当局が3人を逮捕していたら、10人の犠牲者は命を落とさずに済んだかもしれない。そう考えると、警察の責任は大きい。連邦政府が、被害者の遺族に1万ユーロの賠償金の支払いを検討しているのは、当然のことだ。

さらに唖然とさせられるのは、国内のテロ組織やスパイなどを監視する諜報機関、連邦憲法擁護庁(Bundesamt für Verfassungsschutz)が、この事件についての情報を全くキャッチできなかったことだ。憲法擁護庁は、テロ組織などにスパイを送り込むことを許されている。たとえばNSUのメンバーたちが以前属していた「テューリンゲン祖国防衛隊」のティノ・ブラント代表は、憲法擁護庁から金をもらって、同庁に情報を提供していた。彼が受け取った報酬は10万ユーロ(約1000万円)に達する。憲法擁護庁は、こうした情報源を持っていたにもかかわらず、13年間に全国で行われてきた殺人、爆弾テロ、銀行強盗がNSUのメンバーによるものだということを掴むことができなかった。これでは、何のためにネオナチに多額の報酬を与えて情報源として雇っているのかわからない。しかもこの報酬は、国民の税金から支払われている。ネオナチの情報提供者は、この報酬を極右団体の活動に使うことを許されている。我々の血税がネオナチの活動を間接的に助けているというのは、正に噴飯物ではないか。

3人の男女が、本名の健康保険や免許証も使わずに13年間も地下生活を送るには、友人たちによる支援が不可欠だ。今回の事件の背景には、極右思想に対する旧東ドイツ社会の寛容さもあるように思われる。

憲法擁護庁が極右による連続テロをキャッチできなかった原因の1つは、2001年の同時多発テロ以降、同庁がイスラム系テロ組織の監視に多数の人員を割かざるを得なくなり、極右への監視が手薄になったことだ。また、憲法擁護庁は諜報機関であるために組織が縦割りになっており、各州の間で横の連絡がなかったことも災いした。NSUは、そうした組織の弱点を知っているかのように、バイエルン州からハンブルクまで、州の境を越えて広域的に犯罪を繰り返していた。連邦政府は警察と憲法擁護庁の組織を改革して事態の再発を防がなければ、犠牲者たちが浮かばれない。

2. Dezember 2011 Nr. 896

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:46
 

ネオナチ・テロの脅威

極右グループが、再び牙をむいた。旧東ドイツのテューリンゲン州やザクセン州を地盤とする「国家社会主義地下組織(NSU)」というグループが、2000年からの11年間にミュンヘンやハンブルクなどでトルコ人、ギリシャ人、ドイツ人の警官など10人を殺害していたことがわかったのである。隠れ家からは、被害者の写真などを使った犯行声明のDVDが見付かったが、その内容から、2004年にケルンで釘を入れた爆弾が炸裂し、トルコ人ら22人が負傷した事件もNSUの犯行であることがわかった。連邦検察庁は、外国人が狙われたほかの未解決事件についても、NSUが関わっているかどうか調べを進めている。

連続殺人事件が明らかになったのは、11月4日にアイゼナハで2人の男が銀行に押し入って金を盗んだ後、警官の包囲網に落ちたことから自殺し、乗っていたキャンピングカーに放火したため。ほぼ同時刻にツヴィッカウの隠れ家で爆発が起き、この家に住んでいたベアーテ・チェーペ容疑者が警察に自首した。キャンピングカーからは、2007年にハイルブロンの警察官が射殺された事件で使われた拳銃が見付かり、アジトの焼け跡には、トルコ人らの殺害に使われた拳銃が残されていた。捜査当局は、3人を支援していた共犯者がいるという疑いを強め、犯人グループの周辺を徹底的に洗っている。

NSUの3人組は、少なくとも12件の銀行強盗事件によって資金を稼ぎながら武器や爆薬を調達し、警察の目をかいくぐって全国で犯行を繰り返してきた。その残忍さと機動力は、かつてのドイツ赤軍派(RAF)を思い出させる。動機は明らかにされていないが、被害者にトルコ人が多いことから、外国人排撃のためのテロであることは間違いない。

この事件の最大の謎は、1998年にこの3人が国民扇動の疑いなどで、警察に自宅を捜索されたにもかかわらず、身柄を拘束されず、13年間も逃亡生活を続けられたことである。捜査当局は、アイゼナハで車が炎上するまで、一連の外国人射殺事件とNSUを関連付けることができなかった。しかも、テューリンゲン州の憲法擁護庁は、NSUのメンバーたちが以前属していたネオナチ組織に情報提供者を持っていたにもかかわらず、連続殺人がネオナチの犯行であることを突き止めることができなかった。

今回の事件には、憲法擁護庁の影があちこちでちらつく。NSUがカッセルのネットカフェでトルコ系ドイツ人を射殺した時には、現場にヘッセン州の憲法擁護庁の職員がいたことがわかっている。しかもこの職員は、ナチス思想の信奉者だった。また捜査資料の中には、「憲法擁護庁の職員が3人のネオナチの逃亡を助けた」という記述もある。

国内の過激分子の監視を任務とする憲法擁護庁が、情報を得るためにネオナチの犯罪者たちに便宜を図っていたとしたら、大きな問題である。メルケル首相は「今回の犯罪はドイツにとって屈辱であり、恥ずかしい事態だ」と述べ、捜査当局に対して事件の徹底的な解明を求めている。ドイツの捜査機関も、日本の警察と同じく、左翼に厳しく右翼に甘い傾向がある。特に2001年の米国での同時多発テロ以来、捜査当局の関心がイスラム系のテロ組織に集中したため、ネオナチに対する監視がおろそかになっていたのだろうか。

ネオナチが次々に殺人を繰り返しながら、10年以上も摘発されなかったことは、法治国家ドイツの大きな失態である。極右がこれだけ長期間にわたって計画的なテロを続けた事件は、戦後ドイツでは例がない。今回の事件はドイツの国際的イメージに悪い影響を及ぼす可能性もある。連邦検察庁は共犯者を摘発するとともに、事件の全体像を一刻も早く明らかにしてほしい。我々日本人もこの国では外国人であり、ネオナチの標的にならないという保証はない。その意味では、我々にとっても目を離せない事件である。

25 November 2011 Nr. 895

最終更新 Montag, 05 Dezember 2011 11:54
 

さみしい減税

読者の皆さんの中には、「ドイツ政府が、2013年と2014年に、60億ユーロ(6300億円)規模で所得税の減税を実施することを閣議決定した」というニュースを聞いて、胸を躍らせた方もおられるのではないだろうか。

だが、ドイツには「悪魔は細部にひそむ」という諺(ことわざ)がある。今回の減税についても、細かい所を見ると喜びも半減する。標準世帯の減税額は、月に25ユーロ(2625円)前後。課税対象額が9000ユーロの市民の減税率は36.5%だが、8万ユーロを超える市民の場合は、2%にも満たない。

納税者連盟は「市民の負担が大きく軽減されることにはならない」と指摘。税制問題に詳しいクレメンツ・フュスト教授も「減税額は少なく、経済の活性化につながるとはとても言えない。メルケル政権は、有権者に減税を約束してきたのに、これまで実現できなかった。今回のミニ減税は、政府が面目を保つためのジェスチャーにすぎない」と厳しく批判している。

たしかに月25ユーロの減税では、内需の拡大にはつながらないだろう。現在ヨーロッパでは債務危機が深刻化し、景気の先行きに陰りが見えていることから、むしろ消費を差し控える市民が増えると予想されている。こうした逆風の下では、年に300ユーロ前後可処分所得が増えても、焼け石に水かもしれない。

ドイツにお住まいの皆さんはご存知のように、この国の税金と社会保険料は高い。付加価値税(消費税)も、日本とは比べ物にならないほど高くなっている。このためドイツは伝統的に国内消費が少なく、内需が弱い。したがって、企業は外国に製品やサービスを輸出することによって、収益を確保せざるを得なかった。ドイツは人件費が高いので、安価な大衆向け製品には強くないが、高価な自動車や工業製品では抜群の競争力を誇っている。ギリシャやポルトガルとは違って、外国で売れる、付加価値の高い製品を作ることができる。つまり、高品質な物作りが、この国の経済を支えているのだ。ドイツで働く市民の3人に1人が、輸出に関係のある産業で働いているのも、このためである。

しかしフランスなどほかのEU加盟国からは、批判も出ている。「ドイツでは内需が弱過ぎるために、輸出によって多額の貿易黒字をためこんでいる。このため欧州連合(EU)域内では、ドイツのような工業国と、南ヨーロッパのような農業国との間に大きな経済格差が生まれてしまった。これが債務危機の原因の1つとなった」という主張だ。フランス政府は、メルケル政権に対して「もっと税金や社会保険料を下げて国民の可処分所得を増やし、内需を拡大するべきだ」と訴えてきた。

現在、ドイツの公共債務は国内総生産(GDP)の約83%であり、リスボン条約がユーロ圏加盟国に義務付けている債務比率(60%未満)を大きく上回っている。このため、メルケル政権は、大幅な所得税減税に踏み切ることはできない。しかしフランス政府の主張にも一理ある。ヨーロッパ北部と南部の間に横たわる、貿易収支の大きな格差を減らすためにも、ドイツ政府は将来、債務比率が60%を割った時点で本格的な所得税減税を実施して、すべての国民に勤勉が生んだ利益を還元してほしい。ヨーロッパ最大の経済パワーで内需が拡大すれば、自国企業だけではなくEUのほかの国々にとっても、福音となるのではないか。

このことは、ヨーロッパの経済格差の是正に向けて、重要な一歩にもなるだろう。

18 November 2011 Nr. 894

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:45
 

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