今年9月にベルリンで行なわれた市議会選挙では、番狂わせがあった。海賊党というミニ政党が8.9%の得票率を記録し、全国で初めて州議会に議席を確保したのである。それまで各地の地方選挙で快進撃を続けていた緑の党の得票率が、ベルリンで予想されたほど伸びなかった原因の1つは、海賊党に票の一部を奪われたためと見られている。
海賊党は、世界中で進行しつつあるデジタル革命の落とし子である。2006年1月にスウェーデンで生まれた海賊党の影響を受け、同年9月にドイツで政党として産声を上げた。この党が最も重視しているのは、インターネット上での市民権の強化と通信の秘密の保護である。たとえば同党は、政府によるネットを通じた監視や盗聴の禁止を要求しているほか、警察や諜報機関による個人データの収集や蓄積を規制するよう求めている。
ネットが日常生活の一部となった今、政府は我々の個人情報を簡単に集められるようになった。海賊党は、政府がネットを利用してプライバシーを侵害することに歯止めを掛けようとしているのだ。
海賊党の懸念は杞憂ではなく、政府機関のネット上での「暴走」は現実の問題になりつつある。本欄でもお伝えしたように、ドイツの捜査機関が「トロイの木馬」と呼ばれる監視ソフトを使って、一部の市民のメールを監視していた疑いが強まっているからだ。連邦憲法裁判所が、警察にこの種のソフトによる監視を許可しているのは、無差別テロの危険など、具体的な容疑がある場合に限られており、捜査機関が市民のPCに侵入して、日常生活を常時監視することは違法である。この「トロイの木馬」疑惑は、海賊党の主張に説得力を与えた。
また海賊党は、ネット上のメディアに関する著作権法の改正も要求している。同党はネット上の音楽や映像を、販売目的ではなく個人で楽しむためにダウンロードすることを合法化するべきだと主張している。ネット上には映像や音楽、電子書籍の交換・共有プラットフォーム(Tauschbörse)があるが、今日では、こうした共有プラットフォームから料金を支払わずに音楽や映像を入手することは違法だ。海賊党は、個人の使用についてはダウンロードを許可するよう求めている。「海賊」という党名は、CDやDVDなどの「海賊版」という言葉から来ている。
多くの市民は、コンテンツの無料使用を当たり前と思っている。だが、コンテンツの製作には多額の費用と時間が掛かっている。このため、無料コピーの合法化はコンテンツを作る側の経営や生活を脅かすことにつながりかねず、デリケートな問題である。
海賊党がベルリンで躍進した理由は、物心ついた時からインターネットを使っている「デジタル・ネイティブ」と言われる世代が、有権者の間で増えていること、そしてほかの政党が重視していなかった「ネット上での市民権の保護」というテーマに焦点を合わせたことである。もちろん、海賊党はインターネットという特定のテーマを強みとする「専門店」であり、CDUやSPDのように社会保障から雇用、外交問題など、様々なテーマについての専門家を抱える「デパート」ではない。同党が連邦議会で議席を得るには、ネット以外のテーマについても政策プログラムとスタッフを充実させる必要がある。
海賊党の躍進に驚いたほかの政党も、ベルリンの選挙以降、ネット上の市民権保護というテーマに注意を向け始めた。その意味で同党は、政治の世界に新しい刺激を与えるという役割を果たした。やはりドイツの政治は、面白い。
4 November 2011 Nr. 892