ジャパンダイジェスト
独断時評


ユーロ大混乱

欧州連合(EU)の債務危機は、エスカレートする一方だ。10月末から11月初めにかけて、EUは小国ギリシャに振り回された。きっかけは、ブリュッセルで開かれたEU首脳会議である。メルケル首相らは10月26日からブリュッセルで徹夜で協議し、ユーロ安定化のための包括的な対策を打ち出した。

その柱は3つ。第一に、ギリシャ政府は民間の金融機関から借りている約2000億ユーロ(約21兆円)の内、50%を返す必要がなくなった。いわゆる債務の削減である。この措置によって、債務比率(公共債務の国内総生産=GDPに対する比率)は現在の165%から120%まで減る見通しだ。

今年7月の首脳会議では、金融機関が回収をあきらめる比率を21%にしていたが、ギリシャのGDPが深刻な不況のために減少し、債務比率が上昇する一方なので、借金を棒引きにする比率を大幅に増やすことが必要になった。

第二に、金融機関に資本増強などによって、自己資本を一定の水準まで高めることを義務付ける。ギリシャの国債を買っていた(つまり投資していた)銀行は、元本の半分が返って来ないので、損失として処理しなくてはならない。ギリシャ政府の国債を多く持っている銀行の中には、自己資本が減って経営状態が悪化する銀行が現われるかもしれない。EUは、債務削減によって銀行危機が起こることを防ぐために、金融機関に自己資本の増強を命じたのだ。ちなみに50%の債務削減で最も悪影響を受けるのは、ギリシャの銀行。ドイツの銀行が必要とする増資額は、55億ユーロ(5775億円)前後で、政府の資本注入は必要にはならない模様だ。

第三に、ギリシャの債務危機がスペインやイタリアに拡大する事態に備えて、EUの緊急融資機関であるEFSF(欧州金融安定化基金)の融資能力を、4400億ユーロ(46兆2000億円)から1兆ユーロ(105兆円)に引き上げる。

ところが、これらの対策が発表されてからわずか4日後の10月31日、ギリシャのパパンドレウ首相は、「EUの支援措置と、ギリシャが実施しなければならない財政健全化措置について、国民投票を行なう」と突然発表した。EU首脳にとっては寝耳に水だった。

もしもギリシャ市民が国民投票で「これ以上の増税や公務員の解雇はごめんだ」として構造改革を拒否した場合、同国はEUからの支援を受けることができなくなる。ギリシャは借金を返せなくなって破たんする。サミットの合意内容も水の泡だ。投資家たちはギリシャの破たんの可能性が強まったと考えたため、世界中の株式市場で、株価が下落した。国際通貨基金(IMF)は、11月に振り込む予定だった80億ユーロの融資を凍結した。パパンドレウ首相は、カンヌで開かれたG20サミットでメルケル首相やサルコジ仏大統領に説得され、11月3日に国民投票を中止することを発表した。

これまでEU諸国は、「ギリシャがユーロ圏を脱退せざるを得なくなる事態は、絶対に防ぐ」という方針だったが、パパンドレウ首相の一方的な行動に堪忍袋の緒を切らせ、初めて「ギリシャがユーロ圏から離脱したければ、やむを得ない」とする態度を打ち出した。これはEUの大きな方針転換である。国民投票は回避されたものの、EUの団結に大きな亀裂が入ったことは否定できない。過重債務国がユーロ圏を離れる可能性は、もはや空想の産物ではなくなったのである。この危機から抜け出る突破口は本当に見付かるのか。EU首脳の手腕が問われている。

11 November 2011 Nr. 893

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:45
 

海賊党躍進の背景

今年9月にベルリンで行なわれた市議会選挙では、番狂わせがあった。海賊党というミニ政党が8.9%の得票率を記録し、全国で初めて州議会に議席を確保したのである。それまで各地の地方選挙で快進撃を続けていた緑の党の得票率が、ベルリンで予想されたほど伸びなかった原因の1つは、海賊党に票の一部を奪われたためと見られている。

海賊党は、世界中で進行しつつあるデジタル革命の落とし子である。2006年1月にスウェーデンで生まれた海賊党の影響を受け、同年9月にドイツで政党として産声を上げた。この党が最も重視しているのは、インターネット上での市民権の強化と通信の秘密の保護である。たとえば同党は、政府によるネットを通じた監視や盗聴の禁止を要求しているほか、警察や諜報機関による個人データの収集や蓄積を規制するよう求めている。

ネットが日常生活の一部となった今、政府は我々の個人情報を簡単に集められるようになった。海賊党は、政府がネットを利用してプライバシーを侵害することに歯止めを掛けようとしているのだ。

海賊党の懸念は杞憂ではなく、政府機関のネット上での「暴走」は現実の問題になりつつある。本欄でもお伝えしたように、ドイツの捜査機関が「トロイの木馬」と呼ばれる監視ソフトを使って、一部の市民のメールを監視していた疑いが強まっているからだ。連邦憲法裁判所が、警察にこの種のソフトによる監視を許可しているのは、無差別テロの危険など、具体的な容疑がある場合に限られており、捜査機関が市民のPCに侵入して、日常生活を常時監視することは違法である。この「トロイの木馬」疑惑は、海賊党の主張に説得力を与えた。

また海賊党は、ネット上のメディアに関する著作権法の改正も要求している。同党はネット上の音楽や映像を、販売目的ではなく個人で楽しむためにダウンロードすることを合法化するべきだと主張している。ネット上には映像や音楽、電子書籍の交換・共有プラットフォーム(Tauschbörse)があるが、今日では、こうした共有プラットフォームから料金を支払わずに音楽や映像を入手することは違法だ。海賊党は、個人の使用についてはダウンロードを許可するよう求めている。「海賊」という党名は、CDやDVDなどの「海賊版」という言葉から来ている。

多くの市民は、コンテンツの無料使用を当たり前と思っている。だが、コンテンツの製作には多額の費用と時間が掛かっている。このため、無料コピーの合法化はコンテンツを作る側の経営や生活を脅かすことにつながりかねず、デリケートな問題である。

海賊党がベルリンで躍進した理由は、物心ついた時からインターネットを使っている「デジタル・ネイティブ」と言われる世代が、有権者の間で増えていること、そしてほかの政党が重視していなかった「ネット上での市民権の保護」というテーマに焦点を合わせたことである。もちろん、海賊党はインターネットという特定のテーマを強みとする「専門店」であり、CDUやSPDのように社会保障から雇用、外交問題など、様々なテーマについての専門家を抱える「デパート」ではない。同党が連邦議会で議席を得るには、ネット以外のテーマについても政策プログラムとスタッフを充実させる必要がある。

海賊党の躍進に驚いたほかの政党も、ベルリンの選挙以降、ネット上の市民権保護というテーマに注意を向け始めた。その意味で同党は、政治の世界に新しい刺激を与えるという役割を果たした。やはりドイツの政治は、面白い。

4 November 2011 Nr. 892

最終更新 Freitag, 11 November 2011 17:59
 

市民の怒り

「Wutbürger」という単語がある。「激怒する市民」という意味だが、今年の世相を象徴する言葉だ。リビアやチュニジアなどアラブ諸国で市民の反政府デモが多発し、一部の国々では独裁政権が転覆したからである。最近では、欧米諸国でも市民によるデモが頻繁に起きている。だが米国やドイツで怒りの矛先を向けられているのは、銀行を始めとする金融業界だ。

ニューヨークでは「ウォール街を占領せよ」という団体が、マンハッタン南部の金融街でデモを繰り返し、100人を超える市民が警察に逮捕された。10月中旬には、銀行の高層ビルが林立するフランクフルト・アム・マインで数万人が「資本主義に歯止めをかけよう」と気勢を上げた。ローマではデモ隊が警官隊と衝突し、車や商店に放火した。

サブプライム危機、そしてリーマン・ショックは、多くの市民から老後のための貯えや不動産を奪った。一方、国の支援によって破たんから救われた欧米の銀行の取締役や、投資銀行のディーラーたちはリーマン・ショックのために失職しても、雇用契約に基づいて数億円単位の退職金を手にした。昨年業績を回復した欧米の銀行では、幹部たちに対して多額のボーナスが支払われている。契約は契約だが、強い不公平感が残る。

銀行が苦境に陥るのは、ほとんどの場合、経営陣の判断ミスが原因だ。しかし大銀行が倒産すると、世界経済全体に甚大な悪影響が出るので、政府は国民の税金を投じて救済せざるを得ない。

ノーベル経済学賞を受けたジョーゼフ・ステグリッツは、「利益は個人のポケットに入り、損失は社会全体が支払う。こういったシステムでは、ずさんな経営が発生しやすい」と指摘している。現在世界中で銀行に対してデモを行なっている市民たちは、この不公平なシステムの変革を求めているのだ。

公的債務危機が深刻化する中、ギリシャの破たんに備えて欧州委員会は、大銀行に対して自己資本を強化することを義務付ける方針だ。フランスやドイツの銀行はギリシャの国債を買って多額の金を貸している。ギリシャが支払い不能に陥った場合、銀行が国債の購入によって貸した金の内、一部は返って来ない。これを銀行が損金処理すると、自己資本が減る。つまりギリシャの倒産が、銀行破たんにつながらないように、EUは資本増強を義務付けようとしているのだ。米国政府はリーマン・ショックの直後、大銀行の連鎖倒産を防ぐために、半ば強制的に公的資金を注入して金融システムの安定化に成功した。つまり市民が金融業界に対して抗議しているのは、再び政府による銀行支援・救済の必要性が浮かび上がっているからである。

社会民主党(SPD)のガブリエル党首は、「投資銀行部門と、市民の預金を預かる商業銀行を切り離して、投資銀行部門には多額の資本金の準備を強制するべきだ」と提案したが、与党側からもこれに賛成する声が出ている。一方、銀行業界にとって、投資銀行業務は最も重要な収益源なので、SPDの提案には強硬に反対するだろう。

今回の債務危機の一因は、欧州通貨同盟の加盟国が様々な基準に違反しても、厳しい制裁措置を課さず、基準を甘くしてきたEUにもある。ギリシャが改ざんしたデータを使ってユーロ圏に入ったことがわかっても、欧州委員会は厳しく罰しなかった。この態度が、安全な投資対象と信じられてきた国債を、不良債権に変えた。市民の抗議は銀行業界だけでなく、ブリュッセルの欧州委員会に対しても向けられるべきだ。

28 Oktober 2011 Nr. 891

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:44
 

トロイの木馬にご注意!

コンピューターにもぐり込んでデータを盗んだり、有害なソフトを送り込んだりするのは、悪質なハッカーだけかと思っていた。ところが、ドイツの捜査機関も市民のPCに「トロイの木馬」と呼ばれる一種の盗聴ソフトを送り込んで監視していた疑いが強まっている。

バイエルン州ランツフートの弁護士は、「ミュンヘン空港の税関当局が、あるドイツ人のノートブック型コンピューターを点検する際、“トロイの木馬ソフト”を植え付けて、麻薬の販売容疑について捜査するために、監視活動を行なっていた」と指摘している。PCに潜入したトロイの木馬は、メールの内容や交信相手、スカイプによる電話、作成する文書の内容などをリアルタイムで外部に送る。さらに海賊党と密接な関係を持つハッカー集団「カオス・コンピューター・クラブ(CCC)」は、「匿名の情報提供者から送られてきたソフトを調べたところ、トロイの木馬であることが判明したが、このソフトは捜査当局が監視活動のために使っていたものである疑いが強まった」と指摘している。

連邦内務省は、トロイの木馬を捜査に使ったことはないと主張しているが、バイエルン州の内務省は、「CCCに送られたソフトは、バイエルン州の捜査当局が2009年に使ったものと同種の可能性がある」として調査を進めている。

私は5年前にリスクマネジメント業界の講習会で、トロイの木馬の実演を見たことがある。このソフトを植え込んだPCで文章を書くと、別のPCの画面に全く同じ文章が自動的に現れる。しかもソフトを植え付けられた側には、監視されていることが全くわからない。遠く離れた場所から誰かの行動を探るには、もってこいの道具なのである。

連邦憲法裁判所は、人命や財産に危険が迫っている場合などには、捜査当局が被害を防ぐために容疑者に対してトロイの木馬などを使うことを認めている。たとえばテロリストが多数の市民を殺傷する目的で爆弾を作っている疑いがある場合には、警察はこのような監視ソフトを積極的に使って犯行を未然に防ぐべきだろう。

しかし裁判官は、具体的な危険が迫っていないにもかかわらず、トロイの木馬によって市民の私生活などを監視することを禁止している。たとえば、このソフトで特定の市民が使っているPCの画面をリアルタイムで入手する行為は、禁じられているのだ。「この人物は麻薬を売っているのではないか」という程度のあいまいな憶測を根拠に、PCの内容が知らないうちに捜査当局に渡っていたら、プライバシーの侵害もはなはだしい。

しかし、この手法は対外諜報機関の間ではすでに頻繁に使われている。連邦情報局(BND)は、2009年の時点で「オンラインシステムによってPCの内容を探る調査をすでに2500回実施した」と答えている。あるドイツ人ジャーナリストは、BNDに関する本を準備していた際、原稿をPCのハードディスクに保管していた。彼はある時取材の中で、BNDがいつの間にか、彼の原稿のコピーを入手していることに気付いた。彼はBNDが電話回線を通じてPCに侵入したものと推定している。我々が気付いていないだけで、スパイたちにとってこのような行為は、赤子の手をひねるよりも簡単なのかもしれない。

インターネットの使用が当たり前になった今日では、市民が政府から四六時中監視され、プライバシーを失う危険性が非常に高まっている。連邦政府や州政府には、警察や諜報機関がネットの世界で「暴走」しないよう、規制を強めてほしいものだ。

21 Oktober 2011 Nr. 890

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:44
 

アテネの悲しみ

私は今年9月1日、アテネにいた。デモ隊と警官隊が時々衝突する議会前のシンタグマ(憲法)広場から程近い高級住宅街、コロナキ。街路樹にはオレンジがたわわに実っている。温度計の水銀柱がじりじりと上昇する中、ドイツでは聞かれない油蝉の合唱が、朝から響き渡る。

すると、蝉の声に混じって、アコーディオンとタンバリンの音が聞こえてきた。2人のギリシャ人が楽器を弾き、歌を唄いながら歩いている。彼らは住宅街を通りから通りへめぐりながら、施しを求めているのだ。向かいのアパートに住んでいる中年の女性は、お金を窓の下に投げ落とした。辻楽師たちの哀愁を含んだ歌声に、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)の融資を得るために奔走するギリシャ政府の姿がだぶって見えた。

2011年の時点でギリシャの公共債務の残高は、3530億ユーロ(38兆8300億円)。同国は、2011年から2013年までに1240億ユーロ(13兆6400億円)の借金と利息を払わなければならない。欧州統計局によると、2010年の財政赤字は、国内総生産(GDP)の10.5%に達する。これはEU平均の6%を4ポイントも上回っている。債務のGDPに対する比率も、2009年の127.1%から2010年には142.8%に悪化し、EU平均を57.5ポイントも上回っている。ギリシャ人たちはこれらの数字を見て、どこから手をつければ良いのか、途方に暮れている。ギリシャを定期的に訪れるドイツ人のビジネスマンは、「彼らのメンタリティーを変えない限り、この国は変わらない」と語った。

確かに、5年ぶりに訪れたアテネは相変わらずストの町だった。私がアテネに到着した日にはタクシー運転手がストライキ。翌日には学生と教職員が中心街で大規模なデモ。その次の日には、突然地下鉄の運転士たちがストライキに踏み切った。ストやデモは経済活動を停滞させ、景気をさらに悪くする。政府は市民の抗議にもひるんでいない。財政赤字を減らさないと、EUとIMFから融資を受けられないので、新しい不動産税を導入したり、2015年までに公務員を15万人解雇する計画を発表したりしている。しかしこれらの措置が、不況に拍車をかけていることも事実だ。

アテネの町を歩いていると、空き家が目につく。「Enoikiazetei(空室あり。貸します)」と書かれた紙が、町の至る所で、商店のショーウインドウや建物の壁に貼られている。あるドイツ人は、「公的債務問題が噴出して以来、ギリシャ人は以前ほど朗らかに笑わなくなった」と私に語った。5年前には昼間から満員だったコロナキのカフェバーも、閑散としていた。

ギリシャ支援のためにドイツは、すでに220億ユーロ(2兆2000億円)の負担を約束している。だが問題はギリシャにとどまらない。ドイツ連邦議会は9月末にユーロ危機に対処するEFSF(欧州金融安定化基金)の拡大に同意したが、同国が債務保証する金額は1230億ユーロから2110億ユーロ(21兆1000億円)に増えた。金利も含めるとドイツの負担は4000億ユーロに達するという見方もある。確かにドイツは欧州で最も豊かな国であり、他国を支援するべきだ。しかし市民の間では、「ギリシャは底の抜けたバケツ」という不信感が強まっている。2000年以上も前に欧州文明の基礎を築いたギリシャは、今やユーロの安定を脅かす問題児になった。秩序立った一時的な国家破産と、債務の組み換えを避けて通れないという見方が、EU全体に広がりつつある。万一ギリシャを破産させる場合に、第2のリーマンショックのような事態につながることを、世界は最も恐れている。EU諸国が万全の予防措置を取ることを願う。

14 Oktober 2011 Nr. 889

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:44
 

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