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メルケル対レスラー

ギリシャ救済をめぐり、メルケル政権の中で不協和音がガンガン響き渡っている。そのきっかけは、保守中道連立政権の一党である自由民主党(FDP)のフィリップ・レスラー党首が、ヴェルト紙に寄せた一文だった。レスラー経済相は、「ギリシャ問題についてはあらゆるオプションが検討されるべきであり、その中にはギリシャの秩序だった破たんも含まれるべきだ」と主張した。

ドイツ語には、Denkverbotという日本語に訳しにくい言葉がある。直訳すると「思考の禁止」だが、何かを考慮の対象に含めないこと、オプションとして除外することを意味する。レスラー氏は、「ユーロの安定性を確保するには、Denkverbotがあってはならない。ギリシャを破たんさせることも視野に入れるべきだ」という姿勢を打ち出したのである。彼は、「ドイツはいつまで債務保証という形で、ギリシャなどを支援しなくてはならないのか」と懸念を強めている、企業経営者らFDPの支持層を代弁しようとしたのである。実際、EUのギリシャ支援に批判的なミュンヘンのIFO経済研究所のハンス=ヴェルナー・ズィン所長ら16人の著名な経済学者たちは、レスラー経済相の発言を支持する声明を発表している。

しかしレスラー氏の発言は、金融市場に「地震」を引き起こした。この寄稿が引き金となって、ドイツの株式市場の平均株価は金融機関を中心に下落。イタリアやスペインなど過重債務に悩むほかの国々の国債価格も下がり、リスクプレミアム(危険を見込んで上乗せされる利息)が上昇した。マーケット関係者は、レスラー氏の発言を「ドイツ政府がギリシャの破たんを容認しようとしている証拠」と受け取ったのである。

この発言に、メルケル首相は激怒。「不用意な発言で金融市場を動揺させることは、ユーロとギリシャにとってプラスにならない」と述べ、レスラー副首相の発言が政府の見解ではないことを強調した。メルケル首相は、「ギリシャの破たんは避けなくてはならない」という姿勢を貫いている。「ユーロがだめになったら、ヨーロッパがだめになる」と述べ、ギリシャ救済以外の道はないと主張してきた。従って、レスラー氏の発言は、事実上の閣内不一致を示すものであり、いわば「副首相の造反」である。ドイツの歴代の政権の中で、首相が連立政権のパートナーの党首を公の場でこれほどあからさまにこき下ろしたのは、初めてである。

起死回生を狙ったレスラー氏の直言は、FDPにとってむしろ逆効果だった。9月18日に行なわれたベルリン市議会選挙で、FDPは得票率を前回の7.6%から1.8% に減らし、会派としての議席を失った。1.8%という得票率は、極右政党NPDをも下回っており、FDPが吹けば飛ぶような泡沫政党に転落したことを示している。同党は今年7つの地方自治体で行なわれた議会選挙の内、実に5カ所で議席を失った。

これだけFDPの人気が落ちると、メルケル首相は頭の中で、「2013年の連邦議会選挙でもFDPと連立するべきだろうか」と政治的な計算を始めているに違いない。福島原発の事故以来、人気が高い緑の党と組むべきか。それとも社会民主党(SPD)と再び大連立政権を作るべきか。

レスラー氏の「玉砕」は、ドイツの政治家たちにとってユーロ問題がいかに激しい破壊力を秘めているかを、まざまざと示した。メルケル政権の重鎮たちは、戦後最も激しく危険な暴風雨の中で、ドイツ丸の舵取りに成功するだろうか。

30 September 2011 Nr. 887

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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