ジャパンダイジェスト

ローマ教皇に失望したドイツ人

9月下旬のさわやかな秋晴れの下、ローマ教皇ベネディクト16世が再び母国ドイツの土を踏んだ。マスコミは、ベルリンやフライブルクで行なわれたミサの模様を詳しく伝えた。だが、カトリック教会の最高指導者のドイツ訪問は、この国の市民に複雑な感情を抱かせた。

今回の訪問は、異例なことづくしだった。まず、ローマ教皇は初めて連邦議会で演説を行なうことを許された。グレーを中心とした落ち着いた色調の議場で、白い法衣に赤い靴の教皇が両手を広げて議員たちに挨拶をしている光景は、ドイツ市民に違和感を与えた。左派政党リンケからは40人あまりの議員、緑の党では約10人がベネディクト16世の演説をボイコットした。議会の空席は、この国でローマ・カトリック教会が浴びている冷ややかな視線を感じさせた。ベルリンでは、教皇の訪独に抗議するデモすら行われた。

ドイツでのスケジュールの中で最も注目されたのは、9月23日に教皇がエアフルトのアウグスティーナ修道院を訪れたことだ。その理由は、宗教改革を実行したマルティン・ルターが約500年前に僧侶としてここで修行したからである。プロテスタントの歴史の中で重要な意味を持つこの修道院を、ローマ教皇が訪れるのは初めてのこと。ベネディクト16世は、プロテスタントの信徒たちと合同ミサを行い、約30分間にわたりドイツ・プロテスタント教会(EKD)の幹部たちと会談した。

ローマ・カトリック教会は、1521年にルターを破門して以来、プロテスタント教会を「異端」とみなしている。ドイツでは一般的にローマ・カトリック教会に対する批判が強い。カトリック教会は、原則として避妊具の使用を禁じているが、このことはアフリカでエイズが拡大する一因になったとされている。ドイツでは、カトリックとプロテスタントの融和を図るÖkumene(エキュメーネ)という運動が重視されているが、バチカン側は消極的である。このためドイツのプロテスタント信徒の間では、今年春頃から「ローマ教皇がプロテスタント教会との融和のために、エアフルト訪問の際に重要な一歩を踏み出すのではないか」という期待が高まっていたのだ。

だが、プロテスタント教会の重鎮たちは、合同ミサの後、異口同音にベネディクト16世の態度について失望感を表した。教皇はミサでの説教の中でルターについて一言も触れなかっただけではなく、「この訪独が(エキュメーネをめぐって)贈り物をもたらすと期待するのは、政治的な誤解だ」と語り、プロテスタント側の期待を打ち消した。しかも彼は、「自分で作った信仰には価値がない」と述べて、プロテスタント教会は異端であるという見方を改めて強調した。さらに「信仰の内容について外交官のように交渉できると思ったら大間違いだ」と語り、融和のためにプロテスタントと話し合う方針はないという姿勢を打ち出した。かつてベネディクト16世は、バチカンで教義庁の長官だった。カトリック教会の教義を担当してきた人物に、柔軟さを期待する方が甘いのかもしれない。

現在、ドイツのカトリック信徒の数は約2460万人(人口の約31%)だが、その数は年々減っている。2009年には約12万4000人のカトリック信徒が教会を脱退した。2010年には脱退者の数が18万人を超えると推定されている。教会税や、聖職者による性的虐待の解明が遅れたことなどが原因だが、ベネディクト16世がエアフルトで見せた頑固な態度も、ドイツ人のバチカンに対する不信感をさらに深めるに違いない。

7 Oktober 2011 Nr. 888

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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