ジャパンダイジェスト
独断時評


ガザ侵攻とドイツの苦悩

地中海に面したガザ地区では、長さ45キロ、幅10キロの狭い土地に150万人のパレスチナ人が住む。ここに昨年のクリスマス以来、イスラエル軍が連日空爆を行っている。2009年に入ってからは、戦車や装甲車を投入した地上作戦が開始され、激しい市街戦が展開された。パレスチナ側には500人を超える死者、数千人のけが人が出た。死傷者の中には女性や子どもなど民間人も多数含まれており、中東諸国を中心にイスラエルに対して強い非難の声が巻き起こっている。

イスラエル政府は作戦の目的を、「イスラム過激組織ハマスの、イスラエルに対するロケット攻撃を根絶すること」と説明している。確かに、ガザ地区からイスラエル南部の都市に対してはロケット弾による攻撃が続いていた。イスラエルはハマスがエジプトから掘られたトンネルを通じて、武器や弾薬を密輸していると見ている。

確かに、隣国から住宅街にロケット弾が断続的に撃ち込まれたら、国民は政府に対して「何とかしろ」と強く要求するだろう。だがイスラエル側が開戦前に受けていた被害に比べると、空爆と地上戦によってパレスチナ側が受けている被害ははるかに大きい。

空爆開始後にイスラエル政府の報道官をインタビューしたBBCのキャスターは、「イスラエルのパレスチナに対する空爆は、イスラエルが受けていた被害と釣り合いが取れていると思いますか」と批判的な質問をしていた。

これに対しドイツ政府とマスコミの姿勢は、イスラエルに同情的であり、歯切れが悪い。空爆開始直後にメルケル首相は、「今回の事態の責任は、(イスラエルに対して攻撃を行っていた)ハマスにある」と指摘。今年に入ってからはさすがにイスラエル寄りの発言を控え、「パレスチナ市民に対する人道的な支援を可能にするために、直ちに停戦を」と呼びかけている。国内の新聞もパレスチナだけでなくイスラエル側の被害も取り上げるなど、一方だけにかたよらない報道を行おうと努力していた。

ドイツはイスラエルに対して世界で最も友好的な国の1つである。その背景には、ナチスドイツが約600万人のユダヤ人を殺害するなど歴史上例のない弾圧を行ったという事実がある。このため戦後西ドイツはイスラエルに賠償金という形で多額の資金援助を行うだけではなく、一時は密かに武器まで供与してきた。こうした過去があるだけに、ドイツ政府はイスラエルを厳しく糾弾することができない。マスコミからは「EU加盟国はイスラエルに対して甘いのではないか」という批判も出始めている。

私はイスラエルを何度か訪れて、彼らとパレスチナ人の間の憎悪がいかに強いかを知った。ユダヤ人はホロコーストを体験するまで、武力で抵抗することを嫌う民族だった。イスラエル人たちに、「他者から攻撃されたら、武力で徹底的に反撃する」という生き方を教えたのはナチスドイツであり、彼らを見捨てた国際社会だった。こうした背景があるだけに、強制力を持たないEUの調停作業が成功する見込みはほとんどないだろう。中東の惨劇には、半世紀以上前の欧州での悲劇が間接的に影を落としているのだ。だが、イスラエルの武力行使がさらなる憎悪を生むことも忘れてはならない。

16 Januar 2009 Nr. 748

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:08
 

ベルリンの壁崩壊から20年

今年はベルリンの壁が崩壊してから20年目に当たる。そのきっかけは、1989年11月9日の夜、東ドイツ政権党SED(社会主義統一党)の政治局員が記者会見でなにげなく漏らした「新しい出国規則は、直ちに適用される」という言葉だった。政府はこの日に国境を開放する予定はなかったが、西側のマスコミは政治局員のこの言葉を聞いて、「ベルリンの壁が開いた」と一斉に報じた。ニュースを聞いた東ベルリン市民は国境の検問所に殺到。警備兵たちは人波を抑え切れなくなって検問所の遮断機を開き、東ドイツ人たちは西側に怒涛のように流れ込んだ。28年間にわたって街を分割していた壁が崩れた瞬間である。

私は20年前、身を切るような寒さのポツダム広場で、壁が取り除かれた場所を通って人々が西ベルリンに続々と流れ込む様子を眺めながら、深い感動が身体の中に沸き起こるのを抑えることができなかった。この出来事がきっかけとなって、ドイツはわずか1年足らずの間に統一を達成した。ワルシャワ条約機構も解体されたほか、その盟主だったソ連も消滅する。ベルリンの壁崩壊は、ドイツ現代史の中で最もドラマチックな出来事の1つである。

東西ベルリンを分割した高さ3.8メートルの壁ほど、冷戦によって翻弄されたドイツの悲劇を如実に象徴するものはない。28年の間に西側へ逃げようとして国境警備兵に射殺された市民の数は、ベルリンだけで約190人に上る。ベルリン以外の地域、さらに壁ができる前の時期も含めると、西側への亡命を図って命を落とした人の数は約890人に達する。統一後、犠牲者の遺族や旧西ドイツの人々は、「国を離れようとしただけで自国民を撃ち殺した旧東ドイツは“不法国家”だ」と強く批判した。

ところが、壁の記憶は急速に風化しつつある。現在ベルリンに行っても、壁が街を分断していたことを示す物はなかなか見つからない。ミッテ地区とヴェディング地区の境にあるベルナウアー・シュトラーセの「ベルリンの壁資料館」の前には、壁や当時の街灯、無人地帯がモニュメントとして保存されているが、80年代にこの街を訪れた時に感じた威圧感は感じられない。路上には敷石が並んでおり、「ベルリンの壁(Berliner Mauer)1961年-1989年」と書かれているが、注意しないと見落としてしまう。

最近、ベルリン自由大学が全国生徒を対象に行ったアンケートによると、「壁を建設したのは旧西ドイツだった」と答えた若者がいた。また、旧東ドイツの回答者の半分が、「社会主義時代の東ドイツは独裁国家ではなかった」と答えている。これほど誤った認識が広まっているとは嘆かわしいことである。旧東ドイツでは今よりも失業者の数は大幅に少なかったかもしれない。しかし、政府を批判する論文を発表するだけで秘密警察に逮捕される危険があった。そして共産党が支配し、野党の存在を許さない1党独裁国家であった。

壁崩壊から20年を迎える今年、ドイツ政府は冷戦がどのような悲劇をもたらしたかについて、改めて記憶にとどめる作業に力を入れるべきではないだろうか。

9 Januar 2009 Nr. 747

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:07
 

2009年のドイツを展望する

1月1日の未明、新年を祝う花火が今年も鮮やかにドイツの夜空を彩った。だが美しい光の乱舞を見つめるメルケル首相、政界、経済界の関係者、そして市民の胸の内は複雑だったに違いない。2009年は様々な試練に満ちた年だからである。

政治の混迷

政界で今年最も注目が集まるイベントは、9月に行われる連邦議会選挙である。その最大の争点は、市民の所得格差が広がる中、「社会的公正(Soziale Gerechtigkeit)をどう実現するかという問題である。具体的には、シュレーダー前首相が口火を切り、メルケル政権が続けている社会保障の削減、企業減税、規制緩和などを続けるのかどうかが焦点になる。シュレーダー氏による改革は、失業率を一時的に下げたものの、富裕層と低所得層の間のギャップを一段と広げた。

選挙の行方は非常に読みにくい。それは、大連立政権に参加している社会民主党(SPD)が深刻な危機に直面しているからだ。SPDの混乱の最大の原因は、シュレーダー流の改革を続けるのかどうかについて、党内の意見が分裂していることである。

ミュンテフェリング党首やSPDの首相候補であるシュタインマイヤー氏は、シュレーダー流改革をさらに推進しようとしている。これに対し、前党首だったベック氏はシュレーダー路線にブレーキをかけようとしただけでなく、左派政党リンケと州議会選挙で協力するという態度まで示した。このためSPDは、一挙に左旋回するかに見えた。

ところが、ベック氏はミュンテフェリング氏に敗れて党首の座を追われた。有権者は猫の目のようにくるくる変わるSPDの路線にあきれるばかりだ。この内紛は国民を失望させ、SPDの支持率は25%に下がっている。

一方、所得格差の拡大や社会保障削減に対する不満はリンケの支持率を高めている。リンケは昨年12月初めの時点で13%の支持率を確保し、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)、SPDに次ぐ第3党の地位にのし上がった。旧東ドイツでは、実に有権者の31%がリンケを支持している。社会保障を拡充したり、大企業や富裕層への課税を強化したりすることを求めるリンケのポピュリズム(大衆迎合路線)は、自分を「グローバル化の負け組」と感じている市民の心をしっかりと捕まえつつあるのだ。現在のままでは、CDU/CSU、SPDがともに単独で過半数を取れないという2005年の選挙の悪夢が再来するかもしれない。

戦後最悪の不況?

新年早々、暗い話題について書きたくはない。しかし正直なところ、どの専門家に耳を傾けても今年の経済の見通しは明るくない。その原因は、昨年秋に米国でくすぶり続けていた不動産危機がリーマン・ブラザースの破たんをきっかけとしてグローバル金融危機に拡大し、ドイツなど欧州諸国を直撃したことだ。連邦政府・経済諮問評議会のリュルップ座長は、「ドイツ経済は戦後もっとも急激な景気停滞を経験しつつある。これまで様々な不況があったが、これほど深刻な不況は1度もなかった」と語っている。その理由は、欧州だけでなく重要な輸出市場である米国とアジアも同時に不況に陥ったことである。貿易に大きく依存しているドイツにとって、外国で物が売れないことは大きな痛手である。

ドイツでは、米国や英国ほど不動産価格が急激に上昇していなかったので、不動産バブルの崩壊は経験しなかった。だがサブプライム関連投資によって、州立銀行を始めとする多くの金融機関が巨額の損失を被った。このため銀行が融資に慎重になり、経済の血液である「おカネ」が流れなくなっている。

市場への不信感が強まった今、政府に対する市民の期待は高まっている。連邦政府は財政赤字が一時的に悪化しても景気の刺激に努め、不況による悪影響を緩和することに全力を上げてほしい。同時に、各国の金融システムを根底から揺るがすような危機の再発を防ぐために、複雑化した金融市場に対する監視措置を強めるべきだろう。特に連邦金融サービス監督庁(BaFin)は、金融機関がバランスシートに載せていない外国の子会社がどのような投資を行っているかなど、より細かい監督を行う必要がある。昨年発生した銀行危機は、BaFinの監督が不十分だったことをはっきり示したからだ。

対米関係の再構築を

米国の歴代大統領の中でも、ドイツで最も批判されたブッシュ氏が今年退場し、非常に人気が高いオバマ氏がホワイトハウス入りすることは、新春の明るいニュースの1つだ。ドイツには米国に行ったこともないのに米国が嫌いな人が多いが、初めてアフリカ系市民が大統領に就任するのは、米国のユニークさ、バイタリティーを改めて証明する出来事である。

イラク侵攻がきっかけとなって、ブッシュ政権の時代には、米独関係だけでなく米国とEUの関係は第2次世界大戦後最も悪い状態に落ち込んだ。オバマ氏は国連などの多国間関係を重視すると発言しており、世界全体で失われた米国への信頼感を回復するための努力をすることが期待されている。

国際テロリズム、アフガニスタン戦争、イラク問題、イランの核開発、ロシアが周辺諸国に与える脅威など、安全保障の分野でも国際社会が抱える問題は山積する一方だ。ドイツはオバマ新政権と協力して、これらの問題の解決に向けて貢献するべきだろう。


(筆者より読者の皆様へ)

いつも記事を読んで下さり、どうも有り難うございます。皆様にとりまして2009年が良い年となりますよう、お祈りいたします。今年もよろしくお願い申し上げます。

2 Januar 2009 Nr. 746

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:42
 

中独関係はどうなるのか

ドイツの経済界では、日本に関心のある人が20年前に比べて大幅に減った。今、彼らが最も関心を持っているのは巨大市場・中国である。ドイツ商工会議所(DIHK)が今年発表した数字はそのことをはっきりと示している。

中国が毎年輸入する自動車とその部品の中で、ドイツ製品が占めるシェアは約30%に上る。中国が輸入する機械の15%がドイツからの物である。ドイツの勤労者20万人が、中国への輸出に関わる仕事をしている。貿易立国ドイツにとって、13億人の民を抱え、急激に所得水準が上昇しつつある中国は極めて重要なマーケットだ。国内の労働コストが高いことに悩むドイツ企業にとっては、中国の割安な人件費も大きな魅力である。実際、中国に工場を持つドイツ企業の40%以上が、「今後生産を拡大する」と答えている。中国からの輸入金額は過去10年間でおよそ4倍に増えて、700億ユーロ(約8兆4000億円)に近づいている。ドイツが商品を輸入する貿易相手国として、中国はオランダに次いで世界で2番目の地位にのし上がった。

世界最大の外貨準備高を持つ中国は、今後ドイツ企業への資本参加を積極的に行うだろう。特にユーロの交換レートが急激に下がっている今、中国にとって欧州企業の株は買い時である。その中でも特に彼らが関心を持っているのがドイツの金融機関で、アリアンツが子会社ドレスナーバンクを売却しようとした時も、中国の銀行が買収を申し出ている。ドレスナーはコメルツバンクに買収されることが決まったが、中国側が申し出た買収価格はコメルツバンクが提示した額を上回っていたといわれている。

だが、ドイツと中国の間には深い溝が横たわっている。それはドイツ政府が中国政府による自由の抑圧や人権侵害を強く批判していることだ。今年10月末に欧州議会が中国の人権活動家、胡佳(Hu Jia)氏にサハロフ賞を授与すると発表した時、北京を訪問中だったメルケル首相はこの決定を支持し、中国政府に対して同氏を刑務所から釈放するよう求めた。同氏は政治犯やエイズ患者の支援を行っていた活動家で、欧州議会の人権問題に関する公聴会に電話で参加し、中国の状況について報告したために、公安当局に逮捕されて3年半の禁固刑の判決を受けている。中国政府は欧州議会が同氏に賞を授与することについて、「重大な内政干渉であり、中国とEUの関係を深く傷つける」と警告した。

メルケル首相は、共産党が支配した1党独裁国家・東ドイツで育った。そこでは、政府を批判したり言論の自由を求めたりした市民は秘密警察によって迫害された。こうした国を見ているメルケル氏は、中国の状況を放置しておけないのである。彼女は歴代の首相として初めてダライ・ラマをオフィスに招いて会談し、中国政府を激怒させている。シュレーダー前首相が中国との経済関係拡大に腐心し、人権問題をほとんど取り上げなかったこととは対照的である。グローバル金融危機が実体経済に飛び火し、ドイツ国内の雇用が脅かされる中、ドイツ政府が中国との関係の中で「人権重視」を維持できるかどうか、注目される。

19 Dezember 2008 Nr. 745

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:06
 

メルケル首相、減税を!

ミュンヘンの中心部、オデオン広場からそれほど遠くないところに、バイエルン州の象徴である立派なライオンの石像を従えた大きなビルがある。バイエルン州立銀行の本店である。堂々とした建物だが、その内部は「炎上」している。

州政府の管理下にあるこの銀行は本来、中小企業の融資など公共の利益を重視した業務を行うはずだった。ところが米国のサブプライム・ローン関連の投資によって巨額の損失を被り、倒産の瀬戸際に追いつめられた。バイエルン州政府は300億ユーロ、日本円で3兆6000億円もの公的資金を投じて、この銀行を救うことを決めた。

公的資金とはわれわれ市民の税金である。ドイツでは年末になるとサラリーマン、自営業を問わず税務署に確定申告を行わなければならない。私たちが身を削るようにして払っている高い税金が、ずさんな経営によって傾いた銀行の建て直しのために、まるで湯水のように使われるのだ。全く納得できない話である。

しかも、米国のサブプライム危機はまだ峠を越しておらず、少なくとも来年夏までは続くと言われているので、バイエルン州立銀行の損失が今後さらに増える可能性もある。つまり、3兆6000億円で足りるという保証はないのだ。これでは市民の政府や経済界に対する怒りが募るのも無理はない。もともと倹約家が多いドイツだが、今後市民はさらに消費を減らすだろう。経済学者の間では、今回の不況について「戦後最も急激な景気の後退」という意見が出ている。

自動車業界、化学業界では早くも売上高が前の年に比べて大幅にダウンし、生産活動にブレーキをかける動きが強まっている。今後、失業者の数も急激に増えるに違いない。このため、キリスト教社会同盟(CSU)を中心に「所得税を減らすことによって市民の可処分所得を増やし、消費を促進するべきだ」という意見が強まっている。政府は自動車業界を支援するために、新車を購入した市民には一時的に車両税を免除することを決めているが、それだけでは十分ではないというのだ。

だがメルケル首相は減税に消極的である。彼女は、「税制の見直しは来年9月の選挙後に行うべきだ」としている。金融機関のための緊急支援制度などによって、ドイツの財政には余裕がなくなりつつある。減税を行えば財政赤字や公共債務が増えるので、ユーロ圏加盟国が満たさなければならない様々な基準に違反する恐れもある。もともとドイツ政府は、日本や米国と異なり、借金を増やすことによって景気を刺激することに対して極めて慎重である。

しかし、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会のグリーンスパン元議長が「過去100年間で最大の危機だ」と言ったように、今われわれが直面しつつある不況は第2次世界大戦後、最も深刻なものになる恐れがある。

政府の借金が増加し、ユーロ圏の基準に一時的に違反しても、ここは目をつぶって所得税減税を行い、景気刺激策を取るべきではないだろうか。市民の政府に対する信頼を確保するためにも、メルケル首相には思い切った財政出動を行ってほしい。

12 Dezember 2008 Nr. 744

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:06
 

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