バラク・オバマ氏が、アフリカ系市民として初めて米国の大統領に就任することが決まった。私はNHKの特派員としてワシントンDCに住んでいたことがある。同市では市民の半数以上が黒人。特に南東部の地区にはスラム街が多く、犯罪が多いために白人やアジア人はほとんど足を運ばない。NYで最も危険なブロンクスにも取材に行った。まるで戦争直後のようにビルの廃墟が並んでいた。中産階級に属する黒人が増えてきたとはいえ、米国社会には長年にわたって続いた差別の爪痕が今も残っている。テレビに映らないこの国の裏面を見てきた私には、オバマ氏のホワイトハウス入りは画期的な出来事に思える。
ドイツでは、民主党候補オバマ氏の人気が非常に高い。彼が選挙戦期間中にベルリンを訪れて演説し、政府首脳と会談した様子は、彼がすでに大統領になったかのような錯覚を与えた。オバマ氏とそのスタッフは、壁で分断されたベルリンを訪れたケネディ大統領のイメージを作り上げようとしていたに違いない。
オバマ氏への絶大な人気は、ドイツ人がブッシュ大統領と共和党に抱いている強い反感の裏返しである。ドイツ人は2001年の同時多発テロに衝撃を受け、米国がアフガニスタンで繰り広げる対テロ戦争は支持したが、イラク侵攻への参加は拒んだ。ドイツ政府は同時多発テロとサダム・フセインの関連を見出せなかった。国連や国際法を完全に無視した米国の独り歩きは、多くのドイツ人を怒らせた。このため、冷戦の時代には西側同盟の優等生だったドイツは、戦後初めて米国と真正面から対立し、米独関係は急激に悪化した。
オバマ氏はブッシュ大統領よりも「多国間関係」を重視すると述べている。だがシュタインマイヤー外相が分析するように、米国の大統領は最終的には自国の国益を何よりも重視する。このためオバマ氏が大統領になっても、米国の外交・安全保障政策が直ちに大きく変わることは考えられない。彼はイラクからの早期撤退を提案しているが、将来再び抵抗勢力が攻勢に転じて治安が悪化した場合、その時期が遅れる可能性もある。またオバマ氏は、戦況が悪化しているアフガンの兵力を増強する方針を明らかにしている。ドイツはアフガン駐留兵力を4500人に増やすことを決めたが、オバマ氏がこの先、ドイツに対してさらに兵力を追加するよう要求してくるかどうかは、メルケル政権にとって大きな関心事である。
またドイツにとって気がかりなのは、新政権が経済を早期に立て直すことができるかどうかだ。サブプライム危機は実体経済に深刻な影響を与え始めている。新車の売り上げは落ち込み、米3大自動車メーカーの1つ、GMが倒産する可能性もある。ドイツにとって重要な輸出先である米国市場が青息吐息の状態では、不況が一層深刻化する。返済が必要なサブプライム不動産ローンの額は、少なくとも1兆ドル(約98兆円)に達すると見られており、過去100年間で最も深刻な経済危機の克服は、誰を財務長官にしても容易ではない。
ドイツ人たちは「Yes, we can」のスローガンが選挙戦期間中だけでなく、オバマ氏の在任期間中も米国全土に響きわたることを願っている。
21 November 2008 Nr. 741