ジャパンダイジェスト
独断時評


洞爺湖サミット・ドイツの孤立

洞爺湖サミット・ドイツの孤立「温暖化防止のための努力は、原子力エネルギーについての態度だけで測られるべきではない」。洞爺湖で開かれた主要国首脳会議(G8サミット)でメルケル首相はこう語った。そこには、将来のエネルギー源をめぐる国際的な潮流の中で、ドイツが孤立している現実が浮き彫りになっている。

原油価格が1年間で2倍にはね上がるという危機的な状況の中、サミットに参加した8カ国のうち、7カ国は原子力エネルギーを現在よりも積極的に使い、石油への依存度を減らそうとしている。インドや中国などの新興国からの原油への需要は、今後もますます増えることが予想され、原油価格の高騰にいつ歯止めがかかるかは未知数である。

さらにドイツ以外の国々は、「原子力発電は二酸化炭素を出さないので、温暖化ガスの排出量を減らすという目的にもかなう」と主張している。ポーランドなど中東欧の国々も、ロシアからの石油や天然ガスに依存しなくてもすむように、原子力発電所の建設を予定している。ブッシュ米大統領は、「真剣に地球温暖化について懸念を抱く者は、原子力エネルギーの拡充に努力するべきだ」とまで語っている。つまり、シュレーダー前政権の時代に原子力発電の廃止を決定したドイツは、他の主要経済国とは全く逆の方向に歩んでいるのだ。初めて環境保護主義者たちがエネルギー政策の舵を取った、赤緑政権の遺産である。メルケル氏自身は、脱原子力政策を見直して、原子炉の稼動年数を延ばすべきだと考えている。しかし大連立政権のパートナーである社会民主党(SPD)が、原子力廃止に固執しているため、洞爺湖で他の国々に同調することはできなかったのだ。

洞爺湖サミットがきっかけとなって、ドイツ国内でも脱原子力政策をめぐる議論が激しくなっている。特にSPDの「元老」ともいうべきエアハルト・エップラー氏が、ニュース雑誌とのインタビューの中で、「憲法の中に、原子炉の新規建設を禁止することを明記するならば、原子炉の稼動年数を延長してもよいのではないか」と発言したことは注目を集めた。この発言は、原子力推進派によって「SPDも脱原子力合意の変更を検討し始めた兆し」と解釈されている。だがインタビューをよく読むと、同氏は脱原子力政策の変更を求めているわけではない。むしろ原子炉の新規建設を憲法違反とすることは、脱原子力をより恒久化することを意味している。だがあるアンケート調査によると、脱原子力政策に賛成している市民の比率は、2005年には70%だったが、今では56%に減っている。人々は、原子力発電の比率を減らし、再生可能エネルギーを拡充するためのコストの重みを徐々に感じ始めているのだ。

ドイツの原子力推進派は、洞爺湖サミットでの議論に勢いを得て、脱原子力政策を変更させるために、必死のロビイングと広報活動を繰り広げている。主要経済国として初めて原子力発電に終止符を打ち、再生可能エネルギーを積極的に振興する政策を選んだドイツは、「独自の道」を貫くことができるのだろうか。経済史上でも例のない実験の行方が、極めて注目される。

18 Juli 2008 Nr. 723

最終更新 Mittwoch, 06 März 2013 02:05
 

ドイツを覆うインフレの懸念

バカンスの季節になったが、経済については悪いニュースが山積している。昨年から回復の兆しを見せていたドイツの景気に、警戒信号が点滅し始めた。最大の理由はインフレの懸念である。5月には3.1%だった物価上昇率は、6月末には3.4%に伸びた。物価を押し上げている元凶は、原油価格の高騰だ。車を運転されている方ならば、ガソリンスタンドに立ち寄るたびに燃料の価格が高くなることに気づかれるだろう。

6月末には1バレルあたりの原油価格が140ドル台を突破し、史上最高値を記録。1年間で原油価格がほぼ2倍になった。産油国関係者からは、「今年の夏には原油価格が1バレルあたり150ドルから170ドルに達する」という声すら聞かれる。新興国の石油への需要が増えているだけではなく、投機的な動きも値段を押し上げているのだろう。新たな石油危機の到来である。

原油だけではなく、食料品や非鉄金属の価格も上昇している。インフレは生産コストの上昇につながるので、経済活動を停滞させる。ドイツの今年の経済成長率は2%前後になると予想されているが、経済学者の間では来年の成長率が半分、つまり1%に落ち込むという見方が強まっている。

物価の上昇は通貨の価値を減らす。ドイツは、第1次世界大戦後の大恐慌の際に超インフレに襲われた。このため、当時使われていたライヒスマルクが紙くず同然になり、パン1個を買うのに紙幣をトランクいっぱいに詰めて行ったり、壁紙の代わりに紙幣を壁に貼ったりするという、恐るべき事態を経験した。それだけにドイツ人は、インフレについて他の国民に比べて神経質である。

フランクフルトの欧州中央銀行は、ユーロの通貨価値がインフレによって侵されるのを防ぐために、政策金利(公定歩合)を4%から4.25%に引き上げる方針だ。インフレ・ファイターである中央銀行としては当然の措置だが、ドイツ経済にとって悪い面もある。政策金利が引き上げられると、国際的な機関投資家たちはドルや円を売り、ユーロ建ての投資を増やすので、ユーロのドルや円に対する為替レートは今後さらに上昇するだろう。現地生産を行わず、ユーロ圏で製品を作って日米に輸出する企業にとっては、ユーロ高は製品価格を釣り上げる。ドイツにとって重要な市場である米国では、サブプライム危機が収束しておらず、今後の景気の動向によっては、消費意欲が減退して輸入に悪影響を及ぼす恐れもある。燃料の高騰によって、米国での自動車に対する需要は激減し ている。

1年前には8000ポイントを記録したドイツ株式指数DAXは、すでに6500ポイントを割った。投資家たちはドイツ経済の先行きに暗雲を見ているのだ。これまで減少傾向にあった失業者数も、再び増える恐れがある。実際、ドイツ最大の電機・電子メーカー、ジーメンスは、世界中で従業員の数を1万7000人も減らす方針を明らかにした。景気の失速は、「社会保障を削減する」というシュレーダー流の改革派にとって逆風になるだろう。

11 Juli 2008 Nr. 722

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:00
 

社会的市場経済誕生から60年

「Wohlstand für alle(全ての国民に繁栄を)!」。この言葉をスローガンに、西ドイツの経済大臣だったルートヴィヒ・エアハルトが通貨・経済改革を実行してから、今年はちょうど60年目にあたる。戦争で瓦礫の山となった西ドイツは、そのあと急速に復興して不死鳥のようによみがえった。この時エアハルトは「社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)」という原則を提唱したが、この言葉は今日に至るまで、ドイツの経済モデルを象徴するものとして世界的に有名である。

社会的市場経済とは、一言でいえば競争と平等を同時に実現しようとするものだ。企業は競争を行うが、それは政府が定めた一定の枠の中で行われなければならない。勤労者が搾取されないように、労働時間や休暇についても法律で厳しく規定する。市民の間の格差が広がらないように、政府が企業の自由を制限したのである。競争に敗れた人、病気になったり失業したりした人には、政府が社会保障制度によって安全ネットを提供する。社会保障サービスが非常に少ない米国や英国とは対照的だ。

つまり西ドイツは、自由放任主義を基本とする、米英型の市場経済とは一線を画する資本主義を採用したのだ。このため私は、ドイツの社会的市場経済を「人間の顔を持った資本主義」と呼んでいる。アングロサクソン型の資本主義と区別するために、西ドイツの首都ボンがライン河畔にあったことにちなみ、「ライン型資本主義」と言われることもある。

ところが、いま社会的市場経済は大きく揺さぶられている。経済成長率が鈍化したのに、医療費や年金、失業保険の給付金など、社会保障サービスにかかるコストは急激に伸びている。社会保険料が高いためにドイツは労働コストが世界でトップクラスになってしまい、国際競争力が低下。工場が中東欧に移される原因の一つとなっている。

米国の経営学者らの間では、「社会的市場経済はコストがかかりすぎて、グローバル化の時代には適していない」という批判が出ている。また市民の間でも、社会的市場経済に対する不信感が強まっている。特に、シュレーダー前首相が財界の立場を代弁して、社会保障を削る改革を実行し始めてからは、庶民の間で「政府は自分を守ってくれないではないか」という不満が募っている。

1960年代の高度経済成長期に行われた世論調査では、「社会的市場経済ではもっと自由な分野を拡大するべきだ」という意見が強かった。しかし今では、将来に対する不安を訴え、「もっと生活の安全を保障してほしい」という声が大勢を占めるようになった。

ドイツ人が社会的市場経済を廃止して、米国型の経済に切り替えることはありえない。しかし、60年前の経済モデルをそのままグローバル化の時代に適用するのも無理がある。ドイツ人たちは、社会的市場経済を修正して、エアハルトの理想だった「平等と自由のバランス」を保つことに成功するだろうか?この問題は来年の連邦議会選挙でも重要な争点になる。世界中で幅を利かせる米国式経済モデルに対抗するためにも、「人間の顔を持つ資本主義」はぜひ存続させてほしいものだ。

4 Juli 2008 Nr. 721

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:00
 

リスボン条約否決とドイツの反応

リスボン条約否決とドイツの反応ドイツは、欧州連合(EU)の政治的、経済的な統合を強めることに最も積極的な国の一つである。それだけに、今月13日にアイルランドで行われた国民投票でEUのリスボン条約の批准が否決されたことは、ドイツ政府に強い衝撃を与えた。メルケル首相は、「政治統合をやめるわけにはいかない。なぜアイルランド国民がこういう反応を示したのか、まず調べなくてはならない」と述べた。

リスボン条約は、EU加盟国が27カ国に増えたことから、意志決定のためのプロセスを加速し、EUを一種の「連邦」に近づけることを目的にしている。たとえば、最高決定機関である欧州理事会での議決方式の変更や、「欧州外務大臣」のポスト新設を盛り込んでいる。

もともとEUは欧州憲法を施行しようとしていたが、3年前にフランスとオランダで行われた国民投票で市民が批准案を否決した。そこで「憲法」という言葉を使わずに、ほぼ同じ内容の改革案をリスボン条約という名前で成立させようとしているのだ。だがこの条約は、全ての加盟国によって批准されなくては効力を発揮できないので、今回のアイルランドの拒否によって条約そのものがご破算になる危険もある。

ドイツのシュタインマイヤー外務大臣は、「アイルランドを外して政治統合を進める必要性がある」という意味の発言を行ったために失笑を買った。EUの議決方式などに関する重要な条約を26カ国に適用させて、1カ国だけに適用させないということは現実的に不可能だからだ。以前ドイツには、外務大臣だったフィッシャー氏を中心として、「政治統合に積極的な独仏だけがEUの中核になって、他の国よりも速く統合を進めるべきだ」という意見もあったが、この「二つのスピードを持つEU論」は、EUの団結を弱めるとしてすでに葬られているのだ。

EUの政治統合はエリートたちには歓迎されているが、庶民は不信感を抱いている。アイルランドだけでなくフランスやオランダにも、「EUの力が強大になることによって、自国政府の権力が弱まるのはごめんだ」と考える市民が多いのだ。今や、各国の経済に関する法律の70%はEUの指令を国内法に変えたものである。しかも欧州委員会の委員たちは、市民によって直接選ばれるわけではないので、決定過程が不透明である。そうしたブラックボックスの中で、自国の利益を左右するような重要な決定が次々と行われることに疑問を抱く市民が増えるのは当然である。

さらに多くの市民が、政治統合の強化やEU拡大を「グローバル化」と見なして警戒している。経済のグローバル化は、工場などが人件費の高いフランスやドイツから労働コストの安い東欧へ移転することを促進する。西欧の多くの人々は、産業の空洞化によって失業することに強い不安感を抱いている。

長い目で見れば、EUが政治統合を強めていくことは間違いない。だがフランスとオランダに続いて、アイルランドも「ノー」の意志を見せたことは、市民の不信感がいかに強いかを浮き彫りにした。またしても座礁した船を、再び航路に乗せることができるのは、誰だろうか。

27 Juni 2008 Nr. 720

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:10
 

気候保護のコストは?

今月初め頃、メルケル首相はほっと胸をなでおろしたに違いない。大連立政権に参加している各党は、数週間にわたる激しい応酬の末、二酸化炭素(CO2)を削減し、地球温暖化を防止するための環境エネルギー政策(Klimapaket)の実現に向けた一連の法案を連邦議会で可決させることに成功したからだ。

具体的には、暖房用の熱と電力を同時に供給できるコージェネ型の発電所(KWK)の建設がさらに推進される。また太陽光で作られた電力への振興金の将来の水準について合意し、再生可能エネルギー促進法を更新することができた。

ドイツはこれらの施策によって、2020年までにCO2排出量を1990年に比べて40%減らすことを狙っている。その目玉は再生可能エネルギーの促進だ。ドイツエネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、昨年のドイツの再生可能エネルギーの発電量は前年比で20.9%も増えている。

ドイツが欧州連合(EU)の議長国だった時に発表したCO2排出量の削減計画は「トリプル20」とも呼ばれる。20年までにEU域内全体で、CO2排出量を90年に比べて20%減らし、再生可能エネルギーが消費電力に占める比率を20%まで高め、エネルギー消費量を20%減らすことを目指しているからだ。

欧州委員会のバローゾ委員長によると、CO2削減のためのコストは年間600億ユーロ(約9兆6000億円)で、EUの国内総生産(GDP)の0.45%に相当する。これは、EU域内に住む人々が、一人当たり毎週3ユーロずつ負担するのに等しい。ドイツ産業連盟(BDI)のユルゲン・トゥーマン会長は、「この計画によって、欧州とドイツに巨額の追加コストが生じ、産業基盤が侵食される危険がある。特にエネルギー集約型の産業にとっては大きな脅威であり、数百万人分の雇用が脅かされる」として、EUの提案を激しく批判した。

今回可決された再生可能エネルギー促進法の改訂版についても、経済省やキリスト教民主同盟(CDU)の一部の議員からは、「消費者の負担が大きすぎるので、太陽光発電への振興金をもっと大幅に減らすべきだ」という意見が出ていた。政府は風力や太陽光などで作られた電力について、他のエネルギー源で作られた電力よりもはるかに高い値段で買い取ることを保証している。そのための振興金は、06年の時点で58億1000万ユーロ(約9296億円)。過去6年間で4.9倍に増えている。この振興金は、我々消費者が毎月支払う電力料金に上乗せされている。ドイツの電力が日本や米国に比べて高い理由の一つはそこにある。電力代の40%は税金なのだ。

多くの市民はあまり関心を持っていなかったようだが、今回の法案可決で我々は今後、地球温暖化に歯止めをかけるためのコストをズッシリと感 じることになる。

20 Juni 2008 Nr. 719

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:00
 

<< 最初 < 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 > 最後 >>
98 / 113 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express Hosei Uni 202409 ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作