Fujitsu 202406
独断時評


約90万人の市民が極右団体やAfDへの抗議デモ

多くのドイツ市民が、極右勢力や社会の右傾化に対抗するために立ち上がった。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の党員も参加した会合で、外国人追放計画が協議されていたことが分かり、各地で多数の市民が抗議デモを繰り広げた。

1月21日、ベルリンの連邦議会議事堂前に集まったデモ参加者たち1月21日、ベルリンの連邦議会議事堂前に集まったデモ参加者たち

各地で数十万人がデモに参加

1月20日と21日、肌を刺す寒気のなか、「AfDを食い止めよう」、「全てのナチスは愚かだ」などと書いた手製のプラカードを持った市民たちが、ベルリン、ミュンヘン、ケルン、フランクフルト、ハンブルク、シュトゥットガルトなどで広場や道路を埋め尽くした。デモはドレスデン、マグデブルク、エアフルトなど旧東ドイツの街でも行われた。最も規模が大きかったのは、1月21日にベルリンのブランデンブルク門周辺で開かれた抗議集会で、警察発表によると10万人が参加。主催者は「35万人が集まった」と述べている。

連邦内務省の1月22日の発表によると、この2日間にデモに参加した市民の数は、91万600人に上る。その理由は、AfDの支持率が高まったり、反ユダヤ主義の動きが強まったりするなど、社会の右傾化傾向が強まっているからだ。デモ参加者からは、「今の雰囲気は、1930年代にナチスが権力を掌握する直前の雰囲気に似ている」という声すら聞かれた。

極右勢力の「外国人追放計画」

多くの市民の危機感を高め、抗議デモに駆り立てたのは、調査報道センター「コレクティーフ」が1月10日に公表したスクープ記事である。コレクティーフによると、昨年10月25日に、ポツダムのホテルで極右勢力の関係者らが、秘密会合を開いた。主催者は、デュッセルドルフの歯科医ゲルノ・メーリヒ。彼は1970年代に「国家に忠実な青年の同盟」という極右組織の指導者を務めたことがある。

特に問題とされているのは、極右勢力「アイデンティタリアン運動」に属するオーストリアのマルティン・ゼルナーが行った講演である。ゼルナーは、ドイツの文化や伝統を守るために、新しい法律を制定することによって、亡命申請者など数百万人の外国人を国外へ追放する「マスタープラン」について説明した。

ゼルナーは追放すべきグループとして、「亡命申請者」、「ドイツにとどまる権利を持っている外国人」と「ドイツに帰化したが、社会に適応しようとしない、元外国人」を挙げた。つまりドイツに帰化した外国人をも追放するべきだと主張したのだ。ゼルナーは、これらの外国人の行き先として、「北アフリカの国」を提案し、「この国ならば、200万人の外国人を送り込める」と語った。コレクティーフは、「ドイツ国籍を持つ者を肌の色や出身地で差別し、一部の市民を国外追放するという提案は、憲法違反だ」と批判している。

極右勢力が「Remigration」(逆移住)と呼ぶこの提案について、聴衆の間から抗議の声は上がらなかった。ある参加者の「どのように実行するのか」という質問に対し、ゼルナーは「新しい法律によって、追放するべき外国人、元外国人たちに社会に適応するよう圧力をかければよい。逆移住は、短期間では実現できないので、10年単位の時間をかけて行うべきだ」と語った。

この提案は、1940年にナチスがユダヤ人をマダガスカルに強制移住させようとした計画に似ている。ナチスはこれを実現できなかったため、約600万人のユダヤ人を強制収容所に送り込むなどして虐殺した。

コレクティーフによると、会議にはAfDのアリス・ヴァイデル共同党首の腹心・アドバイザーであるロラント・ハルトヴィヒなど、複数のAfD党員が参加していた。ザクセン=アンハルト州議会でAfD議員団を率いるウルリヒ・ジークムントもその場にいた。さらには、キリスト教民主同盟(CDU)の右派勢力「価値同盟」のメンバーであるジモーネ・バウムも参加。AfD党員らは、「私は個人として参加した。党を代表しての発言は一切行っていない」と弁解している。

与野党を問わず抗議デモを称賛

多くのドイツ市民はこの会合に複数のAfDの党員が参加していたことを知って、同党の危険さを理解し、抗議デモに参加した。オーラフ・ショルツ首相は1月20日にビデオ演説を公表し、「極右勢力は、われわれの民主社会の分断と攻撃を試みている。ドイツには約2000万人の外国人またはドイツに帰化した外国人が住んでいる。われわれは、彼らを守るために、社会の連帯を強め、極右勢力に対してはっきり『ノー』と言わなくてはならない」と国民に呼びかけた。首相は、外国人に対して「あなたたちは、ドイツに属している。われわれはあなたたちを必要としている」と強調した。

野党CDUのフリードリヒ・メルツ党首も、「この抗議デモは、ドイツの民主主義が活力を持っている証拠だ」と述べ、抗議行動に参加した市民たちを讃えた。彼は「AfDには、正真正銘の国家社会主義者(ナチス)もいる。しかしAfDに票を投じる市民が全員ナチスであるというわけではない。AfDは、現政権への市民の不満を悪用して、自党への支持率を増やしているのだ」と指摘。メルツ氏は、AfDを「事実上のナチス党」と呼んだノルトライン=ヴェストファーレン州のヘンドリク・ヴュスト首相とは一線を画した。

アレンスバッハ人口動態研究所が昨年12月前半に行った世論調査によると、AfDへの支持率は18%と、CDU・CSU(34%)に次いで第2位。9月にザクセン州など3州で行われる州議会選挙では、AfDが勝つ可能性が指摘されている。抗議デモの高まりが、AfDへの支持率にどう影響を与えるかが、注目される。

最終更新 Donnerstag, 01 Februar 2024 10:26
 

2024年のドイツを展望する

2023年は中東情勢が再び流動化するなど波乱の年だったが、2024年も同じように困難な年になりそうだ。特に、国内外で重要な選挙が目白押しだ。

昨年12月13日、2024年予算案に関する合意内容を発表するショルツ首相ら昨年12月13日、2024年予算案に関する合意内容を発表するショルツ首相ら

旧東独3州でAfDが勝利か?

ドイツで最も注目されるのが、旧東ドイツで行われる州議会選挙だ。9月1日にザクセン州とテューリンゲン州、9月22日にブランデンブルク州で投票が行われる。現在ドイツのための選択肢(AfD)の支持率は、旧東ドイツで首位もしくはキリスト教民主同盟(CDU)と並んでいる。昨年7月にはテューリンゲン州のゾンネベルク郡でAfD党員が全国で初めて郡長になったほか、12月にはザクセン州ピルナで、初のAfD市長が誕生した。

社会民主党(SPD)や緑の党に対する支持率が低落傾向にあるなか、AfDに対する支持は根強い。AfDは排外的姿勢が強く、ネオナチまがいの発言をする幹部もいる。このためザクセン州、テューリンゲン州、ザクセン=アンハルト州の憲法擁護庁は、これらの州のAfD支部を極右組織と断定した。それにもかかわらず、AfDがこれらの州で30%を超える支持率を得ている理由は、市民がショルツ政権の難民政策、経済政策、環境政策について、強い不満を抱いているからだ。

昨年12月に世論調査機関INSAが公表した政党支持率調査によると、AfDへの支持率は全国でもCDU・CSUに次いで第2位。ドイツ(特に西ドイツ)は、第二次世界大戦後、歴史教育の時間に生徒たちにナチスの犯罪について詳しく教えるなど、「過去との対決」の努力を真剣に続けてきた。そうした国ですら、AfDのような非民主主義的政党の人気が高まるのは、インターネット上で流布されるフェイクニュースと右派ポピュリズム的思想の結果だろうか。AfDへの高い支持率は、CDUの路線も徐々に右傾化させている。CDUは昨年12月に発表した政策綱領案の中で、移民を統合する文脈で用いられてきた「ドイツの指導的文化(Leitkultur)」という言葉を再び使い始めた。外国人であるわれわれ日本人にとっても、気になる傾向だ。

予算危機が市民の可処分所得を減らす

2024年に注目されるのは、連立与党が市民の信頼感を回復できるかどうかだ。昨年11月15日の違憲判決で、ショルツ政権の信用性は深く傷ついた。過去の予算措置について違憲判決が下され、600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)が「無効化」されたのは前代未聞である。

ショルツ政権は昨年12月に、EV(電気自動車)購入補助金廃止の前倒しなどの歳出削減策や、農業従事者の税制上の優遇措置の廃止などを含む2024年予算案を公表し、混乱の収拾に努めた。だが自動車業界からは、補助金カットが1年前倒しされたことについて、「EV普及政策に逆行する決定だ」という強い批判が出ているほか、鉄鋼業界からは「歳出削減のために、電力の託送料金の上昇を抑制するための補助金55億ユーロがカットされ、産業用電力料金の負担が増える」として善処を求める声が上がっている。さらに自動車と暖房にかかる炭素税の2024年の上昇率が引き上げられたことも、庶民の懐具合を直撃する。

昨年ショルツ政権への支持率は、建物エネルギー法案をめぐる議論によって大きく下落した。ショルツ政権の「予算トリック」がもたらす負担増は、市民の不満感をさらに強める可能性がある。

ウクライナ危機の分かれ目の年

国際情勢も混沌としている。今年2月にはロシアのウクライナ侵攻が始まってから、丸2年になる。

ウクライナの将来にとって、今年11月5日に行われる米国大統領選挙は、決定的な意味を持つ。現在トランプ前大統領の共和党内での支持率はトップであり、同氏がホワイトハウスに返り咲く可能性はゼロではない。万一トランプ氏が再選された場合、米国の対ウクライナ軍事援助は大幅に減らされる可能性が強い。彼以外の共和党の政治家が大統領になっても、ウクライナへの援助をバイデン政権と同じレベルに保つことは難しい。トランプ勝利は、プーチン大統領にとって強力な追い風となる。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、「われわれは祖国だけではなく、欧州をも守っている」と主張する。確かに、万一ウクライナがロシアに占領された場合、プーチン大統領は味をしめて、モルダウ、バルト三国、ポーランドなどにも矛先を向ける危険がある。彼の究極の目標は、「偉大なロシアの復活」にあるからだ。

米国からの対ウクライナ支援が激減した場合、ドイツをはじめとする欧州諸国は、武器支援・財政支援を大幅に増やさなくてはならない。ショルツ政権が、2024年予算について「債務ブレーキ(国内総生産の0.35%を超える財政赤字を禁止する憲法上の規定)を適用するが、ウクライナ情勢がエスカレートした場合には、その限りではない」という例外を盛り込んだことに、ドイツ人たちの懸念が浮き彫りになっている。

昨年10月7日にハマスが大規模テロでイスラエル人約1200人を殺害したことから、イスラエル軍がガザ地区に猛烈な攻撃を加えている。パレスチナ側の死者は12月上旬に約1万7000人を超え、その3分の2が子どもと女性である。イスラエルを支持するドイツ政府も、ネタニヤフ政権に対し、市民の死傷者を抑える努力を強めるよう要求している。流された血は、新たな憎しみを生む。中東の戦乱は欧州でのテロの危険も高める。一刻も早く戦火が止むことを祈りたい。

最終更新 Donnerstag, 04 Januar 2024 13:33
 

違憲判決でエネ転換予算が600億ユーロ減額

ドイツ連邦憲法裁判所(BVerfG)が11月15日に下した違憲判決は、ショルツ政権だけでなく経済界、市民を驚かせた。再エネ拡大、電気自動車(EV)補助金などの経済グリーン化に大きな影響を与えそうだ。

11月15日、違憲判決を受けて記者会見で話すショルツ首相(中央)、ハーベック経済・気候保護相(左)、リントナー財務相(右)11月15日、違憲判決を受けて記者会見で話すショルツ首相(中央)、ハーベック経済・気候保護相(左)、リントナー財務相(右)

コロナ向け国債発行権の他目的への流用は違憲

この判決の中でBVerfG第二法廷のドリス・ケーニヒ裁判長は、「ショルツ政権がコロナ・パンデミック対策予算のうち余った600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)の国債発行権を、無関係の特別予算『気候保護・エネルギー転換基金』(KTF)に流用したのは憲法違反。このため、ショルツ政権が2022年初めに成立させた2021年度の2回目の補正予算は無効だ」と述べた。

判決の背景にあるのは、憲法(基本法)第109条の財政規律ルール「債務ブレーキ」(Schuldenbremse)だ。2009年に連邦議会で可決されたこの制度によって、連邦政府は2016年以来、国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁止されている。国の借金が将来の世代に過重な利払いなどの負担を残すことを禁じるためだ。この債務ブレーキが一因となって、ドイツは2014年以来6年間財政黒字を記録した。

だが2020年にはコロナ・パンデミック、2022年にはロシアのウクライナ侵攻という未曽有の事態が発生。憲法によると、自然災害や深刻な不況など政府がコントロールできない異常事態には、債務ブレーキの適用を一時的に停止することができる。このため連邦議会は、2020~2022年の3年間については、債務ブレーキを停止した。ドイツ政府は2020年3月、コロナ対策費用として、経済安定化基金(WSF)を創設し、2000億ユーロ(32兆円)の資金を借金(国債発行)によって追加的に調達できることになった。WSFは、過去にも使われた「特別予算」(Sondervermögen)で、通常の連邦予算の枠外に設定された。

2018~2021年までメルケル政権の財務大臣だったオーラフ・ショルツ氏は、21年12月に首相に就任した。同氏は、21年にコロナ対策に充てられる予定だったWSFの予算のうち、600億ユーロの国債発行権が使われずに残っていたことに気付いた。三党連立政権は、再エネ発電設備の増設や、産業界のエネルギー源の脱炭素化など、多額の資金を必要とするプロジェクトを実行する予定だった。そこでショルツ首相は22年前半に、21年度向けの2回目の補正予算を組み、余った600億ユーロの国債発行権を、経済グリーン化を主目的とするKTFに流用させた。さらに債務ブレーキの適用を免除した年度が終わった後にも、政府が追加的に国債を発行できるように規則を変更した。

BVerfGは、ショルツ政権がコロナ対策に充てるはずだった国債発行権を、経済のグリーン化という全く違う用途に流用する際に、その理由を十分に開示しなかったことや、債務ブレーキが免除された会計年度が終わっても、特別予算を理由にして新たな借金をできるようにした点を違憲と認定した。

600億ユーロの補ほてん填方法は不明

政府はKTFの600億ユーロでさまざまな助成措置を予定していた。判決が言い渡された直後、クリスティアン・リントナー財務大臣は原則としてKTFからの支払いを禁止した。KTFからの助成が予定されていたプロジェクトは、産業界の脱炭素化(230億ユーロ)、鉄道インフラの整備(125億ユーロ)、外国の半導体工場の誘致のための補助金(72億ユーロ)など多岐にわたる。11月21日には2023会計年度の全ての支払いも禁止した。現在政府と議会は2024年の予算を作成中だが、その作業も難航が予想される。

本稿を執筆している11月22日の時点では、事実上「消滅」した600億ユーロをどのように穴埋めするのか、どのプロジェクトが変更または中止になるのかは明らかにされていない。社会民主党(SPD)や緑の党からは増税を求める声があるが、自由民主党(FDP)は反対している。一方FDPは、長期失業者らへの援助金(生活保護)の削減などを要求しているが、緑の党は反対の立場だ。リントナー財務大臣は同23日午後、「23年についても緊急事態と見なし、債務ブレーキの適用を解除するよう、連邦議会に提案する」と発表した。

電力・天然ガス価格ブレーキにも飛び火?

CDU・CSUは、もう一つ違憲訴訟を準備している。ロシアのウクライナ侵攻が引き金となって電力価格・天然ガス価格が高騰したために、ショルツ政権は2023年1月1日から来年3月31日まで、市民や企業の負担に上限を設定した。この電力・天然ガス価格ブレーキにはこれまで310億ユーロ(4兆9600億円)が支出されたが、そのための予算もWSFの枠内で調達されている。CDU・CSUは「ショルツ政権がコロナ対策の国債発行権を、エネ価格抑制に流用したのも憲法違反」として訴訟を提起する予定だ。ハイデルベルク大学のクーベ教授は、「今回の判決により、WSFの国債発行権のうち1650億ユーロ(26兆4000億円)が使えなくなる可能性がある」と指摘している。

最悪の場合、電力・天然ガス価格ブレーキへの財源が足りなくなり、市民や企業の負担が増える可能性もある。ショルツ政権が重視するエネルギー転換が、予算不足のためにブレーキをかけられる危険もある。「欧州の病人」ドイツの肩には、インフレによる国内消費の冷え込み、GDPのマイナス成長に加えて、財政政策の未曽有の混乱というもう一つの重荷が加わった。

最終更新 Donnerstag, 30 November 2023 12:25
 

イスラエル対ハマスの戦争とドイツ

10月7日にガザ地区のイスラム過激組織ハマスのテロリストがイスラエルを急襲し、子どもを含む約1400人を殺害した。ハマスはイスラエルに約2200発のロケット弾を撃ち込んだほか、イスラエル人・外国人222人を誘拐してガザに監禁(これまでに4人の人質が解放された)。人質には、ドイツ国籍を持つ8人のイスラエル人も含まれている。これに対しイスラエル軍はガザに連日砲爆撃を加え、パレスチナ側に多数の死傷者が出ている。イスラエルは、ガザに地上軍を送ってハマスを壊滅させる方針を明らかにしており、中東の緊張が一気に高まっている。ドイツは米国・欧州連合(EU)と歩調を合わせて、イスラエルを支持する姿勢を打ち出した。

7日、テルアビブで記者会見するショルツ首相とイスラエルのネタニヤフ首相7日、テルアビブで記者会見するショルツ首相とイスラエルのネタニヤフ首相

「ホロコースト以来最大の被害」

オーラフ・ショルツ首相は10月17日にイスラエルを訪れ、「われわれはイスラエル側に立つ。イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」という声明を発表した。ショルツ首相は「ハマスのテロリストたちは、イスラエル人の家に押し入り、市民を無差別に殺害し、ガザに連行して人質にした。この野蛮な行為は、われわれを憤激させる。このような所業を正当化するものは、何もない」と、ハマスを厳しく非難した。

イスラエルは1948年の建国以来、多くの戦争を経験してきたが、ハマスの大規模テロを察知できず、同国の「不敗神話」が打ち砕かれた。イスラエルのヘルツォーク大統領は、「ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺)以来、これほど多くのユダヤ人が殺されたのは初めてだ」と衝撃をあらわにした。

ハマスのテロリストたちはガザ地区を囲むフェンスを約20カ所で破ったり、小型エンジン付きのパラシュートでフェンスを越えたりして、イスラエル南部の市町村、共同農場(キブツ)を襲った。

ガザとの境界線から約5キロのクファー・アザというキブツに住んでいたクッツ一家5人は、全員がテロリストに射殺された。父親は、家族を守ろうとするかのように、2人の子どもと妻の上に覆いかぶさって死んでいた。一家は4年前に米国ボストンからイスラエルへ移住したばかりだった。

レイムというキブツの近くでは野外音楽祭が開かれていた。そこにAK47型自動小銃を持ったテロリストたちが襲いかかり、逃げ惑う若者たちを次々に射殺した。イスラエル軍が到着したとき、現場には約260人の射殺体が残されていた。

パレスチナ側に約5000人の死者

一方、イスラエル軍は「地上戦を開始する前に、ハマスの軍事インフラを弱体化させる」という名目でロケット弾の発射機が隠されているトンネルや、幹部の住宅がある建物などを空爆や砲撃で破壊している。だがハマスの施設は、住宅や商業施設、学校、病院などが密集した地域にあるので、市民にも甚大な被害が出ている。10月24日現在で、パレスチナ側には子どもを含む約5000人の死者、約1万5000人の重軽傷者が出た。

イスラエルは地上戦を前に、ガザ市の住民に対し、南部への避難を勧告。約100万人が住居を離れて、国内避難民となった。イスラエルはガザ市の電力と水の供給を止めたほか、食料、衣料品、燃料の搬入も禁止。国連の仲介で、イスラエルはエジプト側の検問所からの水や食料の搬入を許可したものの、約220万人のガザ市民にとっては、焼け石に水にすぎない。ドイツ、フランス、英国など欧州諸国、ヨルダンなどアラブ諸国では、多数の市民がイスラエルのガザ爆撃を非難し、パレスチナ支持を表明するデモを行った。

ナチスのユダヤ人虐殺が負い目

これに対し、ドイツはイスラエル支持の姿勢を崩さない。10月22日にはフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領が、ベルリンで演説し、「イスラエルには自衛する権利がある。ハマスのテロはユダヤ人だけではなく、間接的にガザに住むパレスチナ人も苦しませている。世界中がこの犯罪を見ている。ハマスは野蛮な行為をやめ、人質を即刻解放するべきだ」と訴えた。さらに同大統領は、ベルリンでシナゴーグがある建物に向けて火炎瓶が投げられた事件に触れて、「わが国でユダヤ人たちが不安を抱いているのは、耐えがたい。ユダヤ人に対する攻撃、中傷はドイツの恥だ」と述べ、この国での反ユダヤ主義的傾向を強い言葉で糾弾した。

ドイツがイスラエルを支持する背景には、ナチスが約600万人のユダヤ人を殺害したことに対する負い目がある。アンゲラ・メルケル前首相は2017年の国連総会、2018年のイスラエル議会での演説で、「ナチスの犯罪に関する歴史的責任に基づき、イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」と断定した。ショルツ首相も今回同じ言葉を使った。ただし、ショルツ首相やアンナレーナ・ベアボック外務大臣は、「イスラエルは自国の安全を守る際には、(敵側の市民への被害を最小限にするなどの)人道に関する国際法も守らなくてはならない」と述べている。

今回の戦争では、ガザ市の病院が被害にあったり、国連職員やジャーナリストも次々に犠牲になったりしている。イスラエル軍がガザ市に侵攻した場合、さらに死傷者数が増えることは確実だ。

ドイツからイスラエルへは飛行機で5時間。目と鼻の先である。ウクライナ戦争と中東紛争のダブルパンチは、欧州の政治・経済に大きな影を落とすだろう。

最終更新 Donnerstag, 02 November 2023 10:04
 

亡命申請者数の急増にドイツはどう対応するか

ドイツで再び亡命申請者問題が、政局の焦点になっている。バイエルン州のマルクス・ゼーダ―首相(キリスト教社会同盟・CSU)は9月17日にドイツの日刊紙に公表されたインタビューの中で、「ドイツが1年間に受け入れる亡命申請者の数を、20万人に制限するべきだ。地方自治体では、これ以上の受け入れは難しい。政府が亡命申請者受け入れのコントロールを失うと、民主主義が危険に曝さらされる」と語った。

2015年にミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たちと、迎えるミュンヘン市民(筆者撮影)2015年にミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たちと、迎えるミュンヘン市民(筆者撮影)

保守陣営が受け入れ制限を求めているのに対し、緑の党や左翼党(リンケ)の政治家たちは、「亡命申請権は、憲法(基本法)や国際法で保障されている。戦争や政治的迫害から逃れてくる人々を、国境で追い返してはならない」と主張している。

ドイツはEUで亡命申請者を最も多く受け入れている

この問題についての議論が激しさを増している理由は、今年に入ってドイツで亡命を申請する外国人の数が急増しているからだ。

連邦移民難民局(BAMF)によると、今年1月から8月にドイツで亡命を申請した外国人の数は22万116人。これは昨年同時期の申請者数(13万2618人)に比べて66%も多い。最も多いのがシリア人(約6万3000人)、2番目に多いのがアフガニスタン人(約3万7000人)、3番目はトルコ人(約3万人)だ。これらの国々では、多くの市民が内戦の後遺症や、政府による迫害、抑圧に苦しんでいる。一見、トルコが3番目というのは意外に思える。だが同国ではクルド人、野党政治家など、エルドアン政権に批判的な市民が治安当局によって厳しく追及されているため、ドイツで政治的亡命を申請する者が急増している。

問題は、欧州連合(EU)に入った多くの亡命申請者がドイツを目指す点だ。EU統計局によると、今年上半期にEU域内で初めて亡命を申請した外国人の数は、51万9000人(前年同期比で28%の増加)だった。このうち約30%がドイツで亡命を申請している。2022年にはEU全体で約88万人が亡命を申請したが、そのうち約22万人がドイツだった。EU加盟国の中で最も多い数だ。EUでの亡命申請者数のほぼ4人に1人がドイツにやって来ることになる。

なぜドイツに亡命申請者が集中するのか。この国の亡命申請規定はほかの国に比べて寛容であり、到着後の受け入れ態勢も比較的手厚い。このためEU域内に入った外国人は、ドイツへ移動して亡命を申請する傾向が強い。EUではダブリン協定によって、最初に到着した国で亡命を申請しなくてはならないのだが、欧州の多くの国がシェンゲン協定に基づいて国境検査を廃止しているので、亡命申請者の動きを把握するのが困難なのだ。

ドイツは寛容な難民政策を軌道修正するか

われわれはおそらく、ショルツ政権はメルケル前首相が行った人道的な難民政策について、軌道修正を行うのを目撃することになるだろう。ナンシー・フェーザー内務大臣(社会民主党・SPD)は、9月25日、保守陣営の圧力に屈して、ポーランドとチェコとの国境に一時的に検問所を設置することを発表した。目的は、難民から金を取ってトラックなどに載せ、違法にドイツに送り込む「人間運搬業者」を摘発することだ。

亡命申請者のために宿泊先や食事などを用意するのは、地方自治体である。市町村からは、「もうこれ以上亡命申請者を受け入れるのは、不可能だ」という声が強まっている。冬が近づくなか、テントで寝起きする亡命申請者も少なくない。ドイツは、戦火を避けてウクライナから逃げてきた人々約100万人も受け入れている。ポーランドに次いで2番目に多い数だ。

現在の状況は、2015年の難民危機を思い出させる。当時メルケル前首相は、「Wir schaffen das」(われわれは、やり遂げることができる)というスローガンの下に、ハンガリーなどで立ち往生していた約100万人のシリア難民たちにドイツで亡命申請することを許した。ダブリン協定を一時的に無効化したこの「超法規措置」は、国内外で強く批判された。

難民危機はAfDに追い風

メルケル前首相の難民政策は、右翼政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持率を大幅に増やし、2017年の連邦議会選挙で同党は初めて議席を獲得した。難民問題は、AfDにとって追い風になる。ショルツ政権が実効性のある対策を取らない場合、有権者のAfDに対する支持がさらに強まる可能性がある。

ショルツ政権への不満は、旧東ドイツを中心にすでに高まりつつある。アレンスバッハ人口動態研究所の世論調査によると、AfDの支持率は、昨年9月前半には13%だったが、今年9月前半には6ポイント増えて19%になった。幹部がネオナチまがいの発言をためらわない過激政党が、SPD(18%)、緑の党(14%)、自由民主党(7%)を追い抜き、支持率で第2位になったのだ。AfDの旧東ドイツでの支持率は首位。テューリンゲン州では、今年初めてAfD党員が郡長に当選した。旧東ドイツでは来年9月にザクセン州、テューリンゲン州、ブランデンブルク州で州議会選挙が行われる。

亡命申請者問題をめぐりショルツ政権への圧力は高まる一方だ。ロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣(緑の党)は、「われわれは倫理的に難しい決断を下さなければならないかもしれない。民主主義政党は、協力してこの難題について解決策を見つけなくてはならない」と発言している。リベラル陣営がこれまでの人道的路線を貫くことは、困難かもしれない。

最終更新 Donnerstag, 05 Oktober 2023 09:05
 

<< 最初 < 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 > 最後 >>
2 / 112 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作