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極右政党AfD躍進の背景に ショルツ政権への強い不満

旧東ドイツ・テューリンゲン州のゾンネベルク郡は、人口約5万7000人。ドイツで最も小さな郡の一つだ。6月25日にここで行われた郡長(ラントラート)選挙の決選投票は、ドイツ全体に強い衝撃を与えた。

6月25日、ゾンネベルク郡の選挙で勝利したAfDのゼッセルマン氏(中央)6月25日、ゾンネベルク郡の選挙で勝利したAfDのゼッセルマン氏(中央)

初めてAfDに属する郡長が誕生へ

この決選投票で、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)のロベルト・ゼッセルマン候補が、現職のユルゲン・ケッパー(キリスト教民主同盟・CDU)氏に勝った。ゼッセルマン氏の勝利を防ぐために、CDUから左翼党(リンケ)までが一丸となって現職の郡長を推したが、AfDに勝てなかった。ドイツの自治体としては初めて、AfDに属する首長が誕生することになった。移民数の削減やユーロ圏からの脱退を求めるAfDは、連邦憲法擁護庁から「極右勢力の疑いのある政党」と位置付けられ監視されている。

AfDテューリンゲン州支部長のビェルン・ヘッケ氏は、「市民は、ドイツの政治の改革を望んでいる。この勝利を、ほかの郡での選挙にもつなげていく。来年テューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州で行われる州議会選挙で、政治的な大地震を引き起こす」と発言した。ヘッケ氏は、ベルリンの中心部にあるホロコーストの犠牲者に対する追悼モニュメントについて「あのような恥ずかしい物を首都の真ん中に設置する国は、ドイツだけだ」と公言するなど、AfDで最も過激な政治家として知られる。ゼッセルマン氏もドイツ政府のコロナ感染防止策に反対するデモに参加するなど、ヘッケ氏の路線を信奉している。

ドイツ・ユダヤ人中央評議会のヨゼフ・シュスター会長は、AfDの勝利を、「ダムの決壊だ」と呼んだ。シュスター氏は、「AfDの全ての党員が極右思想を持っているわけではない。しかしAfDテューリンゲン州支部は、同州の憲法擁護庁から極右勢力と位置付けられている。それにもかかわらず、多くの有権者がこの党の候補者に票を投じたことは、私に強い不安を与える。ドイツの民主勢力は、AfDのゾンネベルク郡での勝利を、傍観していてはならない」と警告した。

背景にショルツ政権への強い不満

AfDが勝った理由の一つは、同党がショルツ政権のさまざまな政策に対する市民たちの不満を煽ったからだ。その象徴が、CO2削減をめぐる議論だ。緑の党のロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣は「来年1月1日から、ガスや灯油を使った暖房設備の新設を禁止する」という内容を含んだ建物エネルギー法案を連邦議会で可決させようとしたが、AfDなど野党は「緑の党はあらゆることを禁止し、市民の生活に口を挟もうとしている」と猛烈に反対。この結果、ショルツ政権は法案の内容を大幅に緩和せざるを得なかった。

社会民主党(SPD)のサスキア・エスケン党首は6月26日、「連立与党の政策に関するコミュニケーションだけではなく、政策の遂行の仕方も悪かった」と述べ、AfDの勝利の一因は、ショルツ政権の政策の混乱にあると認めた。

このほかにもAfDは欧州連合(EU)と連邦政府のさまざまな政策を強く批判している。例えば同党はEU域外からの難民の各国への配分や、労働力不足を緩和するための、技能を持つ移民の奨励、2035年以降は原則として内燃機関を使う新車の販売を禁止することに反対している。さらにウクライナへの武器供与や、ロシアに対する経済制裁措置も批判している。緑の党が「家畜が出すメタンガスなど温室効果ガスを減らすために、肉食を減らすべきだ」と主張していることについても、AfDは反発している。

リンケのマルティン・シルデヴァン党首は「ドイツでショルツ政権の政策について、市民の不満が沸騰していることが、AfDの勝因だ。市民の間には、暖房、食生活、車の運転などの領域に政府が必要以上に介入すべきではないという感情が強まっている。同時に、CDUやキリスト教社会同盟(CSU)がAfDと似た言葉を使ってショルツ政権を批判していることも、大きな問題だ」と述べ、保守政党の態度も強く批判した。

旧東独では3人に1人がAfDを支持

市民の不満を背景に、AfDへの支持率は急上昇している。インフラテスト・ディマップが6月23日に公表した世論調査結果によると、AfDへの支持率は19%で、CDU・CSU(29%)に次いで第2位。SPD(17%)、緑の党(15%)に水を開けた。昨年6月には12%だったので、1年で7ポイントも増えている。

AfDの人気は、旧東ドイツで特に高い。フォルサが6月13日に公表した世論調査によると、旧東ドイツでのAfDへの支持率は32%で、ほかの全ての政党を上回った。一方、旧西ドイツでのAfDへの支持率は13%。この数字には、ドイツ統一から33年たっても、東西間に残る「心の中の壁」が表われている。

AfDに票を投じる有権者の半分以上が、「私は連邦政府に抗議するために、AfDに投票している」と答えている。つまりAfDがSPDやCDUよりも良い政策を遂行すると思って選んでいるわけではない。だがナチス時代について学校で教育を受けた市民が、ネオナチまがいの発言を行う政治家が率いる政党に票を投じるのは、ドイツの対外的なイメージを傷つける。ショルツ政権が近年アピールしている「ドイツは外国からの勤勉な移民に開かれた国」という路線に逆行する。

民主勢力はAfDの躍進にどのようにして歯止めをかけるか。伝統的な政党もメディアも、明確な答えを示せないでいることが、非常に気になる。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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