ジャパンダイジェスト

独政府の中国戦略をどう読むか

ショルツ政権は、6月14日に国家安全保障戦略、7月13日に中国戦略という二つの文書を公表した。特に注目されていた中国戦略で、ドイツは中国との「関係断絶は避けるが、重要原材料についての高い依存率を減らす」という硬軟二段構えの方向を打ち出した。

6月20日にベルリンで行われた独中政府間協議で握手する、ショルツ首相と中国の李首相6月20日にベルリンで行われた独中政府間協議で握手する、ショルツ首相と中国の李首相

「パートナーだが、ライバルでもある」

ショルツ政権はこれらの文書の中で、「中国はパートナー、競争相手、そしてシステムをめぐる競争でのライバルだ。しかしここ数年間には、競争相手・ライバルとしての性格を強めている」と指摘した。ドイツが中国の政策に批判的な態度を取っていることは、戦略文書の23ページにはっきり表れている。ショルツ政権は、「中国は攻撃的な形で、アジアでの地域的な優位性を確保しようとしているほか、われわれ欧州人の利益や価値と矛盾する行動を取っている。そのために、地域的な安定と国際的な安全保障が脅かされている。中国は、政治的目標を達成するために、経済力を利用している」と批判した。

ドイツ政府は、「中国共産党の影響力拡大とともに、市民権は後退し、言論や報道の自由は制限されている。少数民族や宗教共同体の文化的アイデンティティーも圧迫されている」とも指摘。その上で「中国は新疆 (しんきょう)ウイグル自治区とチベットで人権を侵害しているほか、香港では国際的合意に反して自治権や市民の自由を抑圧している」と批判した。ショルツ政権は、「われわれは今後も中国での人権に関する状況を改善し、言論や発言の自由を回復するために、努力する」と明記した。

さらに中国戦略文書は、「中国は、ルールに基づく国際秩序の変更を試みている。中国はその経済力を、政治的目標を達成するために利用している。他国への中国経済への依存度を高めることによって、他国に中国の意図を受け入れさせようとするのだ」と批判した。

また同文書は「台湾海峡の安全保障はアジアだけの問題ではなく、ドイツや欧州の安全保障にも影響を与える。現状を変更する場合には、全ての関係者の合意に基づき、平和的手段によってのみ行われるべきだ。軍事的なエスカレーションは、ドイツと欧州の権益にも影響を与える」と釘を刺した。またショルツ政権は、中国がプーチン政権のウクライナ侵攻を糾弾せず、逆にロシアとの関係を深めていることについても、懸念を表明した。

対中依存度の削減を目指す

ドイツは過去のロシア政策の失敗の経験から、将来レアアース(希土)など重要原材料に関する中国への高い依存度を減らしていく。その目的は、調達先の分散化により、サプライチェーンを強靭化することだ。

太陽光発電設備、風力発電設備、BEV(電池だけを使う電動車)のための原材料や半製品について、ドイツは中国に大きく依存している。中国戦略文書は、35ページで「中国との経済関係を維持するものの、リスクを避けるために、戦略的に重要な分野での対中依存を減らす」という方針を明記した。ドイツ政府によると、2020年に勃発したコロナ・パンデミックでは、ドイツがマスクや医療関係者用の防護衣をほぼ100%中国に依存していた実態が明らかになった。

さらにドイツ政府は「再生可能エネルギーの拡大やBEVの普及に不可欠なレアアースなどの重要原材料や半製品、部品について、中国への依存度が危険な高さになっている」と指摘している。

中国戦略文書は、「われわれはこれらの分野での対中依存リスクの引き下げを、優先的に行なう。レアメタル、レアアース、重要な医薬品などの対中依存度を継続的に監視し、調達先の多角化や、欧州連合(EU)域内での調達量の引き上げによって、対中依存度を減らす」と明記した。現在EUは、戦略的に重要な原材料のEU域内でのリサイクル比率を引き上げるための法的な枠組みを整えつつある。これも中国への依存度を引き下げるための試みの一環だ。

デカップリングではなくデリスキング

同時にドイツ政府は、中国戦略文書で、「中国に対して門戸を閉ざさない」という姿勢も明確にした。つまり中国を率直に批判しているが、人権問題などを理由に関係を断絶しようとしているわけではない。例えば、中国戦略文書は「気候変動抑制のためのCO2削減や、将来のパンデミックの再発防止など、グローバルな問題では中国との協力を欠かすことはできない」と主張する。「中国はパートナーでもある。中国抜きには解決できないグローバルな問題に取り組むには、中国とのパートナーシップを利用すべきだ」と述べている。

「われわれが目指すものは、関係を断絶するデカップリングではなく、依存リスクを減らすデリスキングだ」と述べている。ショルツ政権は、文書の中に硬軟二段構えの路線を織り込んだのである。ただしドイツ政府は対中戦略文書の中で、対中依存度をどの程度下げるのか、あるいはどのようにして依存度を下げるのかについては、詳細を記していない。ショルツ政権は、「現在多くの独企業が中国に直接投資を行い、現地で製造活動を行っている。しかし企業は(投資などに関する)決定を行う際には、地政学的リスクに十分配慮しなくてはならない」と述べるに留めた。このことは、政府が民間企業の中国事業のやり方について大幅な介入を避け、企業の判断に任せたことを示している。

将来ドイツ企業の経営者は、経営戦略において中国で事業を行うことの地政学的リスクを詳しく分析し、決定の中に反映させなくてはならない。彼らの責任は、より重くなったというべきだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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