ジャパンダイジェスト
独断時評


コロナ予防接種をめぐり激論

ドイツではロックダウンにもかかわらず、新型コロナウイルスの新規感染者や死亡者の数が高止まりの状態にあるが、昨年12月27日(一部の地域では26日)にワクチンの予防接種が始まった。

昨年12月26日、ドイツで初めて新型コロナワクチンを接種した101歳の女性昨年12月26日、ドイツで初めて新型コロナワクチンを接種した101歳の女性

他国に比べて低い接種数

接種は介護施設に住む80歳を超える市民やコロナ病棟で働く医療従事者らから始まり、1月13日までに約69万人が第1回の投与を受けた(このワクチンは、約3週間の間隔を置いて2回注射する必要がある)。各州政府は全国に合計で約400カ所の予防接種センターを開設しており、今後接種の対象を70歳を超える市民、60歳を超える市民へと広げていく。

予防接種の滑り出しは、他国に比べてスムーズではなかった。このため一部の州首相から「欧州連合(EU)とドイツは、ワクチンの購入量が少なすぎたのではないか」という批判が出た。確かに13日時点では、EUでの投与数は米国やイスラエルに比べて少ない。

イスラエルではすでに国民の22.2%、英国では4.2%が1回目の投与を受けているが、ドイツでは0.82%にすぎない。ドイツではマインツのビオンテック社が米国ファイザー社と共に、早期にワクチンを開発したことを考えると、滑り出しの悪さは意外だ。

EUは約23億本を注文

連邦保健省のイェンツ・シュパーン大臣は、「EUやドイツの購入本数が少なすぎたわけではない。現在各国でワクチンの需要が急増しているのに対し、メーカーの製造が追いつかないのが最大の理由だ」と説明している。このためビオンテック社はマールブルクでもワクチンの製造を始めて、供給量を増やす方針だ。

ちなみにEUは、1月13日までに6社に対し合計22億6500万本のワクチンを注文している。調達先を1社に集中しなかったのは、事前に注文してもメーカーが開発に失敗する可能性もあるため、リスクを分散することが狙い。このうち欧州医薬品局が審査を終えて、欧州委員会に承認を勧告したのは、ビオンテック・ファイザーの製品と、米国モデルナの製品の2種類。ワクチンが1年に満たない短期間に開発されたことを考えると、欧州医薬品局が副作用の有無などについて時間をかけて審査を行うのは止むを得ないだろう。EUは「調達不足」という批判を受けて、1月8日にビオンテック・ファイザーの製品を3億本買い足して、合計6億本を注文し終えた。

投与されたワクチンの本数

ゼーダ―首相「介護職に予防接種の義務化を」

さて、新型コロナウイルスによって重症化したり死亡したりする危険が最も高いのは、高齢者である。お年寄りの中には、糖尿病や心臓病などの基礎疾患を持っている人が少なくない。ロベルト・コッホ研究所によると、昨年12月23日までの累積死者数のうち、感染場所が判明している死者9692人の感染場所を調べてみると、82.9%が介護施設だった。

このためドイツ政府は介護施設で働く職員たちもワクチン投与キャンペーンの「第1グループ」に指定し、優先的に予防接種を行おうとしたが、ふたを開けてみると「副作用が心配なので予防接種を受けたくない」という職員の比率が予想以上に高かった。メディアは、「一部の介護施設では、職員の約70%が接種を拒否した」と報じている。ドイツ集中治療学会のアンケートによると、同国で介護業務を行っている人のうち、「予防接種を受ける」と答えた人の割合は約50%だった。

1月13日の時点では、ドイツではこのワクチンによる重篤な副作用は報告されていない。しかしソーシャルメディアの世界では、メルケル政権のコロナ対策に反対する勢力などが、予防接種についても否定的な情報を流している。このため一部の介護職員は、不安を感じているのだろう。

バイエルン州政府のマルクス・ゼーダ―首相は1月上旬に「介護施設の職員など一部の職業について、新型コロナウイルスの予防接種を義務化するべきだ」と発言して物議をかもした。しかし介護業界は、義務化に批判的だ。ドイツ介護従事者連盟(DBfK)のクリステル・ビーンシュタイン理事長は、「介護従事者の何%が予防接種を拒否しているかについての、信頼できる統計はない。3年間の研修を終えた介護従事者は、予防接種の重要性を十分に理解しているはずだ」と主張し、義務化に反対の意思を示した。

今のところ連邦政府は、全ての国民に対する予防接種の義務化については反対している。しかしドイツでは、ほかの病気についてはすでに予防接種で義務化されているものもある。昨年3月1日以降、学校や幼稚園に入るには、はしか(麻しん)の予防接種を受けたことを示す証明書を見せることが義務付けられている。こう考えると、一部の職種で予防接種義務が導入される可能性は否定できない。この国では当分の間、予防接種をめぐって激しい議論が行われるだろう。

最終更新 Donnerstag, 21 Januar 2021 11:15
 

2021年のドイツを展望する政治が大きく変わる年に

厳しいコロナ・ロックダウンのなか、2021年が始まった。わずか1年間で世界がこれほど大きく変わるとは、2020年の元日には想像もできなかった。

毎年恒例の新年演説を行ったメルケル首相(12月30日撮影)毎年恒例の新年演説を行ったメルケル首相(12月30日撮影)

コロナ第2波で苦戦する優等生ドイツ

今年も最大のテーマは、人類のパンデミックとの闘いである。昨年秋以降、新型コロナウイルスの拡大に拍車がかかっている。世界保健機関(WHO)によると全世界で7500万人を超える市民が感染し、約170万人が犠牲となっている。最も被害が深刻なのは米国で、12月21日までの24時間で新規感染者数が約40万人増え、約2700人が死亡した。

ドイツは2020年3~5月の第1波では、感染者数や死者数をほかの欧州諸国よりも低く抑えることに成功し、「コロナ対策の優等生」と呼ばれた。他国の重症者を受け入れて治療するほどの余裕があった。

だが昨年10月以降はドイツでも新規感染者数が毎日うなぎ上りとなり、12月には1日の新規感染者数が2万~3万人に達した。1000人を超える死者が出た日もある。昨年春にイタリア北部やフランス東部で起きた惨状が、約9カ月遅れてドイツにも到達したのだ。ザクセン州やブランデンブルク州の一部の病院では、人工呼吸器付きの集中治療室(ICU)が不足し、ヘリコプターなどでほかの病院に重症者を移送してい る。

メルケル政権は「11月2日から行っていた部分的ロックダウンは不十分だった」として、12月16日に大半の商店の営業禁止、学校の閉鎖を含む厳しいロックダウンに切り替えた。私は1990年から30年以上ドイツに住んでいるが、街角にクリスマス市場がなく、家族や友人との会食、旅行までが制限される年の瀬は初めてだ。

12月下旬には、英国でこれまでよりも感染力が70%強いといわれるコロナ変異種が発見され、ドイツを含む数カ国が英国からの航空機の乗り入れを禁止した。これも気を重くするようなニュースである。

ワクチンはパンデミックにブレーキをかけるか?

唯一の希望の光は、昨年12月に投与が始まったワクチンである。欧州諸国は、重症化の危険が最も大きい80歳以上の高齢者や、重い基礎疾患を持つ市民、介護施設の勤務者、コロナ病棟で働く医療従事者への予防接種を開始した。通常のワクチンよりも迅速に開発、承認されたこのワクチンが、重症者や死亡者の増加速度にどの程度ブレーキをかけることができるか、重篤な副作用のリスクはどの程度あるのかなど、多くの課題が残されている。2021年は、人類が科学の力によってウイルスとの闘いに転機をもたらすことができるかどうかを左右する、重要な年である。

メルケル首相の後継者は誰に?

2021年はドイツの政局にとって大きな変化の年だ。2005年以来首相を務めてきたアンゲラ・メルケル氏がいよいよ政界を引退する。つまりわれわれは、16年ぶりに新しい首相を持つことになる。来年9月26日の連邦議会選挙は、この国の行方を左右する重要な選挙となるだろ う。

昨年11月時点でのキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と緑の党の支持率を合わせると、50%を優に超える。市民の間で地球温暖化・気候変動についての関心が極めて高いことを考えると、これらの党が連邦レベルで初めて連立政権を樹立する公算が大きい。その場合、誰がメルケル首相の後継者になるのかは、未知数である。

その試金石となるのが、CDUが1月15~16日に実施する党大会だ。同党はこの党大会で、新党首を選ぶ。立候補しているのは、ノルトライン=ヴェストファーレン州のアルミン・ラシェット首相、フリードリヒ・メルツ前連邦議会院内総務、ノルベルト・レットゲン連邦議会外務委員長の3人。だが伏兵として、バイエルン州のマルクス・ゼーダ―首相(CSU)や、イェンツ・シュパーン連邦健康大臣の名前も見え隠れする。

一方、緑の党の2人の共同党首(アンナレーナ・ベアボック氏とロベルト・ハベック氏)のうち、どちらが首相候補(Spitzenkandidat=筆頭候補)として選挙で戦うのかも決まっていない。いずれにせよ、緑の党が政権入りした場合、政府が経済の非炭素化を加速することは確実だ。経済界にとっても極めて重要な選挙となる。

さらに2021年は選挙が目白押しの年。連邦議会選挙のほかに、次の六つの州で州議会選挙が行われる。

投票日
3月14日 バーデン=ヴュルテンベルク
3月14日 ラインラント=プファルツ
4月25日 テューリンゲン
6月6日 ザクセン=アンハルト
9月26日 ベルリン
9月26日 メクレンブルク=フォアポンメルン

今年は、コロナ不況を受けて倒産する企業数が増加すると予想されており、パンデミックの経済的打撃が昨年以上に顕在化する。ドイツではコロナ対策に成功するか、失敗するかが政党の支持率に大きな影響を与える。欧州経済の機関車役ドイツが、誰をメルケル首相の後継者に選ぶか。欧州だけではなく、世界中が今年秋の連邦議会選挙に注目することは確実だ。

筆者より読者の皆様へ

いつも独断時評を読んでくださり、誠にありがとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

最終更新 Donnerstag, 07 Januar 2021 11:13
 

2021年の連邦議会選挙で緑の党が政権入りか?

今ドイツだけでなく欧州全体が、環境政党・緑の党の一挙手一投足に注目している。その理由は、来年9月26日の連邦議会選挙で、緑の党が連立政権に参加する可能性が強まっているからだ。政権参加が実現すると、同党は1998年の赤緑連立政権以来、23年ぶりに政権の一翼を担うことになる。

11月21日、緑の党のオンライン党大会で話すハベック氏(左)とベアボック氏(右)11月21日、緑の党のオンライン党大会で話すハベック氏(左)とベアボック氏(右)

緑の党の支持率は第2位

緑の党は11月20日から3日間にわたり、初のオンライン党大会を開いた。共同党首の1人であるアンナレーナ・ベアボック氏は、「われわれは2021年に新たな時代をスタートさせる」と党員たちに呼びかけた。もう1人の共同党首であるロベルト・ハベック氏も、「長年にわたり、緑の党の政権入りについては、拒否反応が示されることが多かった。しかし、今ではそういう時代は過去のものだ」と述べ、権力の座に就くという願望を強く前面に押し出した。

彼らの自信は、世論調査の結果によって裏打ちされている。世論調査機関インフラテスト・ディマップが12月3日に行った政党支持率調査によると、緑の党の支持率は21%。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の36%に次いで第2位だった。このため、メディア関係者らの間では来年の連邦議会選挙以降、CDU・CSUと緑の党が全国レベルでは初の黒緑連立政権を樹立するという見方が強まっているのだ。緑の党は、16の州政府のうち11カ所ですでに連立政権に参加しており、地方レベルでは政権担当の経験を十分に持っている。

政党支持率調査(2020年12月3日実施)

資料=インフラテスト・ディマップ
政党支持率調査(2020年12月3日実施)

気候変動への懸念が背景に

緑の党の人気の背景は、市民、とりわけ若年層の間で地球温暖化問題に関する懸念が強まっており、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの本格的な削減を加速するべきだと考える人が増えていることだ。

この動きは、昨年欧州を中心に多くの若者が環境保護運動「Fridays for Future(未来のための金曜日)」の呼びかけに応じ、授業のボイコットや抗議デモに参加したことと密接に関係している。ドイツは欧州で最も環境意識が高い国の一つだが、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンべリ氏のメッセージを最も真剣に受け止めたのは、ドイツの若者たちだった。

ドイツでは気候変動政策を重視する政党の支持率が高まり、軽視する政党は票を減らす。この傾向が最もはっきり現れたのは、昨年5月26日に行われた欧州議会選挙だ。ドイツの欧州議会選挙で、緑の党は20.5%の票を獲得した。同党は、前回(2014年=10.7%)に比べて得票率を約2倍に増やしたのだ。緑の党が全国規模の選挙で第2党になったのは初めてである。この選挙で、CDU・CSUと社会民主党(SPD)は、地球温暖化問題を重視した選挙戦を行わなかったため、両党の得票率は前回に比べて減ってしまった。

経済の非炭素化を加速へ

CDU・CSUなどの伝統政党も政策を急激にグリーン化させ、気候変動政策を重視するという方針を打ち出している。緑の党によって、これ以上支持者を奪われることを防ぐためだ。またドイツの経済団体も、緑の党の政策担当者と定期的に勉強会を開くなどして、相互理解を深めようとしている。

さて、今年11月の党大会で緑の党が採択した政策綱領を読むと、同党が経済の非炭素化を急激に進めようとしていることが分かる。例えば、同党は「2030年までに電力需要を100%再生可能エネルギーによってカバーする」という目標を打ち出した。メルケル政権は、2038年までに褐炭・石炭火力発電所を廃止する方針だが、緑の党は脱石炭をそれよりも8年早めることを要求。さらに、2030年以降はCO2を排出する新車の販売を禁止することを目指している。

緑の党の執行部は穏健派

こうした政策については、将来CDU・CSUや産業界から不満の声も出るだろう。しかしベアボックおよびハベック両共同党首は、緑の党で実務派・穏健派とみられており、異なる意見を調整する能力に長けている。党内の左派勢力から「環境保護政策が甘すぎる。CO2削減をもっと加速するべきだ」と批判されているほどだ。緑の党が政権入りすることになった場合、党執行部は政策の穏健化を図るに違いない。

1998年の連邦議会選挙で緑の党がSPDと組んで初めて政権に就けたのも、ヨシュカ・フィッシャー氏ら穏健派が党内の急進派を抑え込んで、現実的な政策を実行したからだ。緑の党が来年の連邦議会選挙でどの程度の得票率を示すかは、政局の最大の焦点の一つである。2021年は、ドイツの将来を大きく左右する年になるだろう。

最終更新 Donnerstag, 17 Dezember 2020 09:32
 

バイデン政権誕生へ! 深く安堵するドイツ・欧州

ドナルド・トランプ大統領の下で孤立傾向を強めていた米国が、世界に帰って来る。トランプ大統領は大統領選挙で敗北宣言を拒否し続けていたが、11月23日に民主党のジョー・バイデン陣営への政権移譲に同意した。これにより、来年1月にバイデン政権が誕生することが確実になった。

バイデン次期大統領は11月24日に次期政権の閣僚の指名を開始した。国務長官にはアントニー・ブリンケン氏が就任する予定。ブリンケン氏はオバマ政権下で副国務長官を務めたほか、バイデン氏の安全保障問題に関する補佐官でもあった。財務長官には、連邦準備制度理事会の議長だったジャネット・エレン氏が就任するとみられる。

11月9日、バイデン氏への祝辞を述べるメルケル首相11月9日、バイデン氏への祝辞を述べるメルケル首相

米独関係の修復に強い期待

ドイツの政界・経済界では多くの人々がバイデン勝利について、安堵している。メルケル首相は11月10日にバイデン氏の当確が伝えられると、同氏に電話で祝福の言葉を送った。メルケル首相はこの日に声明を発表し、「米国とドイツは力を合わせて、コロナ・パンデミックや地球温暖化、テロと闘わなくてはならない。両国は歩調をそろえて、市場開放と自由貿易の強化に努めなくてはならない」と米独関係の強化を目指すという姿勢を明らかにした。

メルケル首相の言葉は、トランプ氏が大統領選挙で勝った時とは対照的だ。メルケル首相は2017年11月4日に送った祝辞の中で「トランプ氏が、民主主義や市民権の尊重、差別禁止など、米独が重視する価値を尊重するならば、私はトランプ氏と共に働く準備がある」と語った。トランプ大統領は、この「条件付きの祝辞」に激怒し、メルケル首相が初めてホワイトハウスにトランプ大統領を訪ねた時、居並ぶ報道陣の前で握手を拒否して侮辱した。

また連邦議会外務委員会のノルベルト・レットゲン委員長(キリスト教民主同盟・CDU)は、「バイデン氏が大統領に就任すれば、米国の対外政策は理性的になり、他国との協調関係を重視するようになるだろう。トランプ政権が繰り返してきた『ドイツ叩き』は過去のものになるだろう」と述べている。

「米国ファースト」主義の傷痕

2017年にトランプ氏が大統領に就任して以来、ドイツの世論は一貫して彼の政策について批判的だった。ドイツは欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)などの国際機関を通じた多国間関係を重視してきた。このため、「米国ファースト」を旗頭に掲げるトランプ大統領の態度は、ドイツの路線と真っ向から対立するものだった。

彼の下で米国は独り歩きの傾向を強めた。例えば米国は地球温暖化に歯止めをかけるためのパリ協定や、国連の教育科学文化機関(ユネスコ)から脱退。また2015年にオバマ大統領(当時)がイランの核開発にブレーキをかけるために、英独仏、ロシア、中国と共にイランと合意した「包括的共同作業計画(JCPOA)」からも脱退した。

安全保障の分野でも、トランプ大統領は過去の常識を次々に覆した。彼は今年7月に、ドイツ政府と事前協議しないまま、同国に駐留させている米軍の兵力を約3分の1削減することを一方的に決定した。

米国のシンクタンク大西洋協議会によると、2018年に行われたNATO首脳会議でトランプ大統領は、ドイツなどほかの加盟国が「国内総生産(GDP)の少なくとも2%を防衛予算に回す」という約束を履行していないことに強い不満を表明し、「請求された金額を払わないのならば、米国がNATOから脱退することもあり得る」と発言した。西側軍事同盟の盟主・米国が、NATOからの脱退をほのめかしたのは、前代未聞の事態だ。トランプ大統領は「ドイツは防衛に関して米国に依存する一方で、ロシアから天然ガスを輸入し、プーチン大統領に金を支払っている。さらに大量の自動車を米国に輸出して貿易黒字を生んでいる。これは不公平だ」として、ドイツをしばしば槍玉に上げた。

米国も経済のグリーン化を重視へ

バイデン政権で大きく変わるのが、地球温暖化問題への態度だ。バイデン氏は選挙戦の中で、「2050年までに米国の温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」という目標を打ち出した。これはEUや日本政府など90カ国を超える国々がすでに掲げている目標だ。さらにバイデン氏は「政権発足後、地球温暖化に関するパリ協定にも復帰する」と宣言。彼が「気候問題担当官」という新しい閣僚ポストをつくり、ジョン・ケリー元国務長官を指名したことは、新政権が気候変動問題を重視することの表れだ。

バイデン氏はコロナ危機によって大きな打撃を受けた米国経済を救うために、経済インフラの非炭素化への巨額の投資を行って、景気を浮揚させることを目指している。これはEUのウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長が今年春に打ち出した「グリーン・リカバリー」と共通する発想だ。

しかしながら、トランプ時代の経験から、ドイツ政府内では「米国への依存を減らす必要がある。欧州は自助努力を強めなくてはならない」という見解が強まっている。4年後の米国大統領選挙では、右派ポピュリスト勢力が再び勝利する可能性もある。その意味でドイツ人たちは、バイデン氏の勝利を喜ぶだけではなく、自己責任に基づく安全保障体制を構築する作業を本格化させなくてはならない。

最終更新 Donnerstag, 03 Dezember 2020 09:38
 

イスラム過激派テロに苦悩する独仏

今年の秋はフランス、オーストリア、ドイツでイスラム過激派が無差別に市民を殺傷する事件が相次いでいる。これらの事件は、欧州諸国の治安当局が過激派を十分に把握していないことや、イスラム教徒の社会への統合が遅れていることを浮き彫りにした。

10日に開かれたオンライン会議で話すメルケル首相10日に開かれたオンライン会議で話すメルケル首相

風刺画をめぐる対立がエスカレート

フランスでの事件の引き金となったのは、またもやイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画と表現の自由をめぐる議論だった。今年10月16日にパリ近郊の中学校の歴史教師サミュエル・パティ氏が、18歳のイスラム教徒によって路上で首を切断されて殺害されるという事件が起きた。犯人は逃亡を試み、警察官に射殺された。

パティ氏は授業で表現の自由について教えるために、ムハンマドの風刺画を生徒たちに見せていたという。イスラム教徒の生徒の父親はこの行為に憤慨して、ソーシャルメディアにこの教師の罷免を求めるメッセージを公開していた。

犯人はモスクワ生まれのチェチェン人で、2007年に家族と共にフランスに移住し亡命を申請していた。この男がパティ氏に関するメッセージを見て、犯行に及んだのだ。犯人はシリアのイスラム過激派と接触しており、ソーシャルメディアにヘイトスピーチを掲載するなど過激化の兆候を見せていたが、治安当局の危険人物に関するデータバンクには登録されていなかった。

この事件の約2週間後には、南仏ニースの教会で、21歳のチュニジア人が市民3人をナイフで殺害した。男は今年9月に船でイタリアのシチリア島に上陸した後、フランスに移動していたが、警察や入国管理当局によって全く把握されていなかった。マクロン大統領は、パティ氏殺害事件の後、対テロ部隊の兵士を増員し警戒態勢を強化していた。だがチュニジア人のテロリストは、大統領の対応をせせら笑うかのように、ニースの祈りの場でキリスト教徒たちに憎しみの刃を向けたのだった。

オーストリアにも飛び火

11月2日にはウィーンの中心街で北マケドニア出身のイスラム教徒がナイフで市民4人を殺害し、23人に重軽傷を負わせた。20歳の犯人は、過去にテロ民兵組織「イスラム国(IS)」の戦列に加わるためにシリアへ出国することを希望したため、治安当局によって危険人物として把握されていた。オーストリアでイスラム過激派が無差別テロを行ったのは、初めてのことである。

またドイツでは10月4日にシリア出身のイスラム過激派がドレスデンで観光客2人にナイフで襲いかかって1人を殺害し、もう1人に重傷を負わせた。20歳の犯人は暴力行為の前科があり、事件の6日前に刑務所から出所したばかりだった。

EUはシェンゲン地域外縁の警備を強化へ

今の欧州の状況は、悪夢の2015年に似ている。この年の1月には重武装したテロリストが風刺雑誌シャルリ・エブドの編集部で12人を射殺した。同年11月には、ISのテロリストがパリの劇場やレストランを襲って137人を殺害し、412人に重軽傷を負わせた。今回の事態を重く見たドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領、オーストリアのクルツ首相は、11月10日にイスラム過激派によるテロに関するオンライン会議を開いた。

3人が会議後の記者会見で公表した内容は、具体性に乏しかった。テロ対策は犯罪捜査に関わるため、今後の捜査体制の強化については公表を避けたのだろう。メルケル首相は、「シェンゲン地域の国境監視を強化して、外国人に対するチェックを厳しくする」と語るに留めた。マクロン大統領も、「シェンゲン域内で市民が自由に移動できる状態を維持するには、外縁部の警備を強化する必要がある」と述べた。

欧州連合(EU)は来年5月にシェンゲン圏への入域監視を強化することなどを盛り込んだ改正案を発表する予定だ。フォンデアライエン欧州委員長は、11月末までに移民の若者たちの社会への統合を促進し、過激化を食い止める計画をまとめる方針を明らかにした。

二つの格差が生むイスラム過激派問題

イスラム過激派問題という欧州の病弊は、二つの格差問題と表裏一体である。一つは欧州と中東・アフリカ地域の間の格差。中東やアフリカからは、戦乱や貧困、気候変動による干ばつ、人口爆発を逃れて欧州を目指す人々が今後も増えていく。欧州に比べて出生率が高い発展途上国では、仕事や住宅を得られずに、新天地へ向かう若者が後を絶たない。

もう一つは、欧州域内での格差。一部の若者は、安定した職を得られず貧困層が多い地域から脱出できない。彼らは疎外感と不満を募らせ、キリスト教の価値観を基礎とする白人社会に対する怨えんさ嗟を強めていく。ソーシャルメディアは過激化への近道だ。預言者の風刺画は彼らにとってはタブーだが、フランス社会の主流派にとって表現の自由の抑圧はタブーである。「文化の衝突」を解決するための糸口は、まだ見えない。

将来も難民数が増加することを考えると、各国政府は異文化圏からの移住者の社会への統合の仕方を改善するために本格的な対策を取る必要がある。さもなくば、パリやウィーンのような惨事が繰り返される恐れがあるだろう。

最終更新 Donnerstag, 19 November 2020 09:55
 

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