ジャパンダイジェスト
独断時評


2020年のドイツを展望する

教会の鐘と花火の音とともに、新たな年を迎えた。2020年は、ドイツにとって一体どのような年になるだろうか。

昨年12月12日、ブリュッセルの欧州理事会に出席するメルケル首相昨年12月12日、ブリュッセルの欧州理事会に出席するメルケル首相

2021年・連邦議会選挙の前哨戦が始まる

今年はハンブルク(2月23日)を除けば、州議会選挙が1つもない。バイエルン州とノルトライン=ヴェストファーレン州で自治体選挙が行われるだけだ。

しかし、来年10月24日の連邦議会選挙へ向けた選挙戦は、今年スタートする。この選挙はドイツだけではなく、欧州全体にとって最も重要な選挙の1つとなるだろう。

2005年以来この国を率いてきたメルケル首相は、この選挙を境に政界を去る。同氏はユーロ危機、リーマンショック、難民危機など欧州が直面したさまざまな難題と対決した、欧州連合(EU)で最も経験が豊富な政治家である。EUの事実上のリーダーだったメルケル氏の引退は、欧州にとっても大きな損失だ。

任期が長い首相の負の遺産は、後継者が見劣りすることだ。例えば、メルケル氏の後継者として有力視されていたクランプ=カレンバウアーCDU党首の人気は低い。最近発表された世論調査によると、「メルケル首相の仕事ぶりに満足している」と答えた回答者の比率は47%だったが、「クランプ=カレンバウアー国防大臣の仕事に満足している」と答えた回答者は24%とはるかに低かった。昨年秋の旧東ドイツ3州での州議会選挙で、CDUは大幅に得票率を減らした。11月に行われたCDUの党大会で代議員たちはクランプ=カレンバウアー氏を一応は支持。CDUはクランプ=カレンバウアー氏を首相候補に擁立するだろうが、同氏の選挙戦は険しい道程となるだろう。

一方大連立政権のパートナー・社会民主党(SPD)では、凋落ぶりがCDUよりも深刻だ。同党は昨年12月6日の党大会で、左派に属するサスキア・エスケン議員と、ノルベルト・ヴァルター=ボリャンス氏(元ノルトライン=ヴェストファーレン州財務大臣)を共同党首に選んだ。これまで中央政界では無名だった2人のうち、どちらが首相候補になるのかはまだ決まっていない。いずれにしても、SPDはCDUとの違いを際立たせるため、政策を左傾化するものとみられる。

伝統政党の弱体化、左派・右派の躍進

公共放送局ARDが昨年12月5日に発表した政党支持率調査によると、CDU・CSU(キリスト教社会同盟)の支持率は25%。SPDは第4位に転落し、支持率は13%にすぎない。つまりCDU・CSUとSPDは合計38%しか取れず、議会の過半数を確保できていないのだ。1970年代にはこれらの3党が約90%の得票率を記録したことを考えると、ドイツ社会の大きな変遷を感じる。こうした数字を見ると、来年の総選挙以降、大連立政権が継続される可能性はかなり低いと見るべきだろう。

ARDのアンケートでは、緑の党の支持率はCDU・CSUにわずか2ポイントの所まで肉迫している。現在の状況が続けば、緑の党抜きでは連立政権を構成することはできない。今年緑の党が支持率の維持に成功できるかどうかは、来年の総選挙の結果を占う上で極めて重要だ。一方右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、来年の総選挙へ向けて旧西ドイツで支持率を伸ばすという目標を打ち出している。つまりこの国では、第二次世界大戦後の二大政党制を支えてきた伝統政党が弱体化し、緑の党に代表されるリベラル勢力と、AfDに代表される右派勢力が支持率を伸ばしているのだ。英国やフランス、イタリアでも見られる社会の分極化現象は、今年のドイツでも強まるだろう。

最近一部のドイツ人の間では、反ユダヤ主義や排外主義が強まっている。昨年はカッセル区長暗殺やハレのユダヤ教礼拝施設襲撃未遂など、ショッキングな事件が相次いだ。今年はこうした不穏な動きに歯止めがかかることを望む。

ドイツ産業界の試練

もう1つ心配なのは、独経済の停滞傾向。昨年正式なリセッション(景気後退)の診断は下らなかったが、第2四半期には国内総生産(GDP)が0.2%減った。国際通貨基金(IMF)の統計では、昨年のドイツのGDP成長率は0.5%で、EU平均1.2%の半分以下。イタリア(0%)に次いでユーロ圏で2番目に低い。

景気を冷え込ませている最大の原因は、米中間、米欧間の貿易摩擦だ。特にこの国の産業界の屋台骨の1つである自動車産業では、懸念が強まっている。ドイツ自動車工業会(VDA)では、今年のドイツでの乗用車の販売台数が前年比で3.9%減って343万台になると予測している。産業界は売上高・収益が減っているにもかかわらず、デジタル化、モビリティー転換、人工知能の活用などさまざまな構造変化を実現しなくてはならない。どの業界にとっても重大な試練である。ドイツが政治的、経済的な難題を克服できるかどうか、注目していきたいと思う。

また昨年12月13日には、英国でボリス・ジョンソン首相が率いる保守党が圧勝。3年間続いた交渉の末、英国が近くEUとの合意に基づいて離脱することがほぼ確実になった。合意なしのハード・ブレグジットは避けられたものの、EUは創設以来初めて加盟国を失うことになる。欧州全体にとっては大きな痛手である。

ー 筆者より読者の皆様へ ー

いつも当コラムを読んでくださり、ありがとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
最終更新 Donnerstag, 02 Januar 2020 15:25
 

SPD新執行部の五里霧中

社会民主党(SPD)は、12月6日から3日間にわたりベルリンで党大会を開き、新党首を選んだが、その人事は同党の混迷の深さを浮き彫りにした。

8日、SPDの党代表に選ばれたヴァルター=ボリャンス氏(左)とエスケン氏(右)8日、SPDの党代表に選ばれたヴァルター=ボリャンス氏(左)とエスケン氏(右)

中央政界では無名の人物が党首に

代議員たちは、左派のサスキア・エスケン議員と、ノルベルト・ヴァルター=ボリャンス氏(元ノルトライン=ヴェストファーレン州財務大臣)を共同党首に選んだ。2人とも中央政界では、ほとんど名前を知られていない。SPDはすでに12月1日の党員集会で、2人を共同党首に指名していた。現在財務大臣であるオーラフ・ショルツ氏は指名されなかった。

エスケン氏らが党首に選ばれた最大の理由は、彼らがキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立に批判的であるからだ。2人は、SPDが支持率を引き上げるには、社会保障を大幅に拡充することが重要だと考えている。具体的には所得格差を減らすため、国が新たな借金をしてでも財政出動を行ったり、今年12月時点で1時間当たり9.19ユーロの最低賃金を12ユーロに引き上げることなどを要求している。

SPDの大幅な左傾化

さらに基本法(憲法)には、「連邦政府と州政府の財政赤字は、国内総生産(GDP)の0.35%を上回ってはならない」とする「債務ブレーキ」という規定があるが、エスケン氏らは、福祉増進のためには債務ブレーキの規制を緩和するべきだと考えている。

またエスケン氏らは富裕層への新税導入も提案。地球温暖化に歯止めをかけるためにメルケル政権が打ち出した「2030年気候保護プログラム」についても「産業界に忖度したために内容が手ぬるい」として、二酸化炭素の排出価格の大幅引き上げも求めている。

エスケン氏らは、「社会保障を拡充するために、CDU・CSUとの連立協定の変更を目指して交渉を始める。保守党が変更に反対する場合には、SPDは大連立政権を解消する」という姿勢を示した。党大会で代議員たちがこの2人を共同党首に選んだ事実から、SPDが左傾化への道を歩み出したことが分かる。

影の権力者は30歳の青年部長

実は、今回の党首人事の陰の立役者は、SPD青年部を率いるケビン・キューネルト部長だ。同党の急進的左派に属するキューネルト氏は、SPD衰退の原因が保守党との大連立にあると推測。大連立によりSPDと保守政党の政策の違いが見えにくくなったことで、多くの党員を失望させ、SPDは緑の党やリンケ(左翼党)、ドイツのための選択肢(AfD)に支持者を奪われたと考えているのだ。

キューネルト氏は、エスケン氏らが「連立協定の変更、場合によっては大連立を解消」という条件を受け入れたために、青年部を動員して、2人の無名の政治家を党首の地位に押し上げた。さらにキューネルト氏は、副党首にも選ばれた。通常SPDの副党首は3人だが、同党はキューネルト氏を選出するため、その枠を5人に増やしたほどだ。実務派のショルツ財務大臣や、マル・ドライヤー前党首代行など、中央政界で有名な政治家たちは、党執行部から事実上追い出された。

その意味で、ベルリンでの党大会の勝者はキューネルト氏であり、エスケン氏ら新党首は青年部長にコントロールされる「傀儡(くぐつ)」と言うことができる。弱冠30歳のキューネルト氏の地位は、大幅に高まった。

大連立政権崩壊の可能性も

新執行部は、現在15%前後にまで落ち込んでいるSPDの支持率を、2倍の30%まで引き上げることを当面の目標としている。エスケン氏らは、今後CDUのアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首やCSUのマルクス・ゼーダ―党首と協議して、連立協定の変更を要求しなくてはならない。

しかしCDU・CSU側はすでに協定の変更を拒否する方針を打ち出している。クランプ=カレンバウアー氏は「憲法の規定である債務ブレーキを揺るがすことはあり得ない。歳出と歳入の均衡という原則も変えない」と述べたほか、最低賃金の12ユーロへの引き上げも拒否する姿勢を見せた。エスケン氏らは、CDU・CSUから連立協定や財政政策の変更をはねつけられた場合、キューネルト氏が望むようにSPDの閣僚を全員辞任させて、大連立政権を崩壊させる可能性がある。

ドイツの政局は不安定化か

この場合、可能なオプションは2つある。1つは、2021年10月に予定されている連邦議会選挙を前倒しすることだ。しかしこれについては、CDU・CSUの多くの政治家が否定的である。このため2つ目のオプションとして、メルケル首相がCDU・CSUの閣僚だけから成る「少数派政権」を来年の総選挙まで維持するという可能性が取りざたされている。少数派政権は議会の過半数を持たないため、法案を連邦議会で可決させるにはその都度野党と協議しなくてはならず、政局運営に多大な時間がかかるようになる。

いずれにしても、今後の政局が不安定化する可能性が強い。もちろん新執行部が、マルティン・シュルツ氏(SPD)のように「やはり権力の座にあった方が心地よい」として妥協する可能性もゼロではない。だがその場合、SPDの支持率はさらに低下するだろう。30歳の青年部長に事実上コントロールされる新SPDは、ドイツをどの方向に進ませようとしているのか。経済界、多くの市民が固唾をのんで見守っている。

最終更新 Donnerstag, 19 Dezember 2019 14:17
 

CDU・緑の党の党大会が示した明暗

次の連邦議会選挙は、2021年10月24日。あと2年足らずである。各政党は首相候補を絞り込むための作業を始めた。キリスト教民主同盟(CDU)が11月22~23日に、緑の党が11月15~17日に開催した党大会は、再来年の総選挙で大きな波乱が起きることをはっきりと示した。支持率低下に苦しむ伝統政党と、「国盗り」を目指す環境政党の躍動感と結束の強さ。2つの党大会は、この格差を白日の下にさらした。

11月22日、CDUの党大会で演説するクランプ=カレンバウアー氏11月22日、CDUの党大会で演説するクランプ=カレンバウアー氏

批判を封じ込んだクランプ=カレンバウアー氏

CDUのライプツィヒでの党大会は、A・クランプ=カレンバウアー党首にとって正念場だった。同党では彼女の指導力に疑問を呈する声が強まっていたからだ。「首相候補にふさわしくないのではないか」という見方も浮上している。だが彼女は党大会での捨て身の演説によって、こうした不満を少なくとも一時的に鎮静化させることに成功した。

同氏は「私が望んでいる将来のドイツが皆さんの希望と異なる場合には、今日この場で率直に話し合って、諍(いさかい)に終止符を打ちましょう。もしも私の構想が皆さんの希望と一致する場合には、今日から一緒に仕事に取り組みましょう」と訴えた。彼女は「私に不満があるならば、党大会ではっきりさせよう」という「最後通牒」を突き付けたのだ。この演説直後、代議員たちは総立ちになり7分間にわたって党首に拍手を送った。これによって同氏は一種の「みそぎ」を受けて、自分への批判を封じ込んだのである。

党首の人気がわずか18%に下落

党首に対する批判の理由の1つは、今年9~10月にザクセン州など3つの州で行われた州議会選挙で、CDUが「惨敗」したことだ。同党のテューリンゲン州議会選挙での得票率は前回に比べて約12ポイント、ザクセン州とブランデンブルク州ではそれぞれ約7ポイント減った。右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)がどの州でも、得票率を大幅に増やしたのとは対照的だ。昨年11月の党大会での党首選で敗れたF・メルツ元院内総務は、「連邦政府のイメージは最悪だ」と公言し、旧東ドイツ地域での州議会選挙の連敗の責任はメルケル政権にあると批判した。

メルケル首相の後継者として最も有力視されていたクランプ=カレンバウアー氏の人気は下がる一方だ。公共放送ARDの意識調査によると、同氏への支持率は今年1月には46%だったが、11月にはわずか18%に下落した。同氏は7月に連邦国防大臣に就任したが、突然「欧州諸国はシリア北部に軍を派遣して緩衝地帯を設置し、トルコ軍の侵攻で危険にさらされているクルド人を守るべきだ。ドイツも約2500人の兵士を送る準備がある」と発表。同氏はこの構想を大連立政権のパートナーである社会民主党(SPD)と全く協議していなかった。またクランプ=カレンバウアー氏は、トルコ軍のシリア侵攻を誤って「併合」と発言してしまい、国際政治の領域での知識や経験不足が露呈した。

それだけに党大会での代議員たちのソフトな反応は意外だった。最大のライバルのメルツ氏さえ、クランプ=カレンバウアー氏を全く批判せず、指導部に協力する姿勢を見せた。CDUはメディアと有権者が注目する党大会で、分裂している印象を与えることを避けたのだ。つまり本当は険悪な関係の夫婦が、公では仲良く振舞うようなものである。ただしこの党大会でCDUの問題が抜本的に解決されたわけではなく、多くの有権者が厳しい目を向けていることに変わりない。

緑の党の次期政権入りは確実か?

これとは対照的に、圧倒的な統率力と団結、政権奪取への熱意を示したのが、緑の党のビーレフェルトでの党大会だった。共同代表A・ベアボック氏とR・ハベック氏は、CDUやSPDの執行部が足元にも及ばない強い指導力を発揮した。

ベアボック氏は代議員の97.1%、ハベック氏は90.4%という高い支持率で代表に再選された。これは緑の党の党大会での代表選における支持率としては、過去最高である。緑の党は1998~2005年までSPDとの連立政権に参加したが、当時は副次的な役割しか演じることができなかった。ベアボック氏は、「われわれは1998年には他党の随伴役にすぎなかった。しかしそのような時代は終わった。これからは、われわれが自ら政策を実行する番だ」と語り、再来年の選挙で政権に参加し、緑の党が連邦首相府のあるじになるという野望を明確に打ち出した。

緑の党は1999年にもビーレフェルトで党大会を開いた。当時外務大臣だったJ・フィッシャー氏は、左派勢力からインクの入った袋を投げつけられた。彼はコソボに連邦軍を派遣することを支持していたからだ。しかし今回の党大会では、共同代表の両氏が左派を見事にコントロールし、結束の固さを見せつけた。

指導層の過半数が緑の党の入閣を希望

11月のARDの意識調査によると、緑の党への支持率は22%で、第二党の座にある。現在の状況が続けば、緑の党が連立政権に入ることは確実だ。アレンスバッハ研究所によるドイツの企業幹部や政治家など指導層へのアンケートでは、「CDUと緑の党の連立政権を望む」と回答した比率は、2月には19%だったが、11月には31%に増加。回答者の62%が、緑の党が何らかの形で政権に加わることを望んでいる。上昇気流に乗った緑の党と下降を続けるCDUが見せた明暗は、新時代の到来を暗示しているように思える。

最終更新 Donnerstag, 05 Dezember 2019 13:33
 

テューリンゲン州議会選挙に見る東西ドイツの「心の分断」

10月27日に行われた旧東独・テューリンゲン州議会選挙では、予想通り伝統政党が得票率を減らし、右翼政党が大きく躍進した。連立政権の構成も困難を極めている。旧東ドイツの地方選挙の結果は、ベルリンの壁崩壊から30年経った今なお、東側と西側の市民の間で「心の壁」が残っていることを浮き彫りにした。

10月28日にベルリンで開かれた記者会見に出席した、AfDのヘッケ氏(右から2番目)10月28日にベルリンで開かれた記者会見に出席した、AfDのヘッケ氏(右から2番目)

AfDが得票率を倍増

キリスト教民主同盟(CDU)は、得票率を前回の33.5%から21.8%に減らして第3党に転落。得票率が11.7ポイントも減ったことになる。社会民主党(SPD)も得票率を12.4%から4.2ポイント減らした。わずか8.2%の得票率では、泡沫政党と言われてもおかしくない。これに対して右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、得票率を10.6%から2倍以上の23.4%に増やし、第2党の座に躍り出た。今回の選挙でAfDほど大きく票を伸ばした党はほかにない。

AfDは、イスラム教徒やトルコ人を露骨に差別する政党だ。筆頭候補は、テューリンゲン州支部長のビョルン・ヘッケ氏。彼はAfDの中で最も右派に属する政治家だ。同党の内部組織「フリューゲル」の指導者の1人だが、この組織は連邦憲法擁護庁から「人種差別的」として監視されている。ベルリンにはナチスが虐殺した約600万人のユダヤ人のための追悼モニュメントがあるが、ヘッケ氏はこの慰霊碑を「恥のモニュメント」と呼んで批判したことがある。そうした人物が要職にある党を、約26万人の有権者が選んだ。

連立政権樹立が困難に

AfDの躍進は、政権樹立を難航させている。テューリンゲン州議会では、前回(2014年)の選挙でリンケ(左翼党)、SPD、緑の党が連立政権をつくっており、リンケのボド・ラメロウ氏が首相を務めている。旧西独出身のラメロウ氏は社会保障政策を重視する、リンケでは穏健派の政治家だ。テューリンゲン州での人気は高い。実際、同州の今年9月の失業率は5.1%で、ノルトライン=ヴェストファーレン州(6.5%)よりも低かった。今回の選挙でリンケは、得票率を0.8ポイント増やして31%を確保し首位に立った。しかしSPDと緑の党が得票率を減らしたため、これまでどおりに赤・赤・緑連立政権を続けられなくなった。

ラメロウ氏は「有権者がわが党に政府を率いる権利を委託したのは、明らかだ」として首相を続投する方針を打ち出した。彼はAfDを除くすべての政党と連立の可能性を探ることにしている。だがCDU執行部は、リンケとの連立を禁止。リンケは社会主義時代の東ドイツの政権党「ドイツ社会主義統一党(SED)」の流れをくむ政党だからである。

またCDU執行部は、AfDとの連立も禁じている。こう考えると、どの党にとっても過半数の確保は難しい。現在最も可能性が高いのは、ラメロウ首相を首班とする「少数派政権」であるとみられている。

旧東独3州でAfDが地盤を拡大

さて今年秋に旧東独の3州で行われた州議会選挙では、いずれも伝統的政党が後退してAfDが躍進し、第2党になった。ザクセン州議会選挙では、AfDの得票率が前回の選挙での9.7%から約3倍に増えて27.5%に。CDUの得票率が7.3ポイント減って32.1%だったのとは対照的である。SPDの得票率は4.7ポイント減ってわずか7.7%に下落。また、ブランデンブルク州でもAfDは得票率を前回(12.2%)の約2倍に増やして、23.5%を記録した。

AfDの人気は、旧西独よりも旧東独で高い。2017年の連邦議会選挙で、AfDの旧西独での得票率は10.7%。これに対し同党は旧東独で約2倍の得票率(21.9%)を記録。2019年5月の欧州議会選挙でも、旧西独でのAfDの得票率は8.8%だったのに対し、旧東独では2倍を超える21.1%だった。社会の右傾化は、われわれ外国人にとって不気味な現象だ。

統一後の変化に対する失望感

この背景には、旧東独の一部の市民が「自分は東西統一で負け組になった」という怨念を抱いているという事実がある。

統一後、旧東独では多くの旧国営企業が閉鎖され、多くの市民が生まれて初めて失業を経験。年配の労働者は、定年を繰り上げて退職させられた。旧東独の失業率は2005年には18.7%という高い水準に達し、一時東側の失業率は西側よりも約10ポイントも高かった。そのため多くの旧東独人、特に高等教育を受けた優秀な若者たちが統一後、職を求めて旧西独に移住したのだ。連邦統計庁によると1990年の旧東独(東ベルリンを含む)の人口は1603万人だったが、2000年には1512万人に減った。

統一から30年経った今も、社会主義時代に生まれ育った旧東独人の中には「われわれは二級市民のように扱われている」、「社会主義時代に自分がやってきたことは、今日のドイツでは全く価値のない物と見なされており、人生を否定されたような気がする」という不満を持つ者が少なくない。こうした不満がAfDにとって追い風となっている。

AfDに対する支持率は、今後旧西独では下がるが、旧東独では地域政党として地盤を中期的に確保するとみられている。旧東独では、高速道路や鉄道、住宅は見事に整備された。しかし東西間の目に見えない壁は、ベルリンの壁崩壊という歴史の輝かしい1ページに暗い影を落としている。政府にとっても、この壁を崩すのは容易なことではない。

最終更新 Mittwoch, 13 November 2019 18:08
 

反ユダヤ主義者の危険な暴走 ハレ・シナゴーグ襲撃の背景

極右勢力が、またもやドイツ社会に衝撃を与えた。10月9日は、ユダヤ人にとって最も重要な祝日ヨム・キップール(贖罪の日)である。この日、旧東ドイツのハレで27歳のドイツ人男性がユダヤ教の礼拝所(シナゴーグ)を襲ったのだ。

10月10日、警察に連行されるシュテファン・B(真ん中)10月10日、警察に連行されるシュテファン・B(真ん中)

犯行をネット上で「生中継」

男は数丁の銃を持ってシナゴーグに押し入ろうとした。彼は散弾銃で扉を撃ったが、施錠を壊すことができなかった。このため侵入をあきらめ、通りがかりの女性を射殺したほか、近くの飲食店にいた男性を殺害した。男はさらに2人の市民を負傷させた後、車で逃走を試みたが、警察に逮捕された。

連邦検察庁の調べによると、犯人はザクセン・アンハルト州のアイスレーベンに住むエンジニア、シュテファン・B。彼はシナゴーグに乱入して、礼拝中のユダヤ人たちを殺害することが目的だったと認めた。Bは散弾銃のほか小銃など2丁の銃と多数の銃弾を持っており、さらに彼の車からは4キロの爆薬や火炎瓶が見つかった。

彼はヘルメットに取り付けた小型ビデオカメラで、犯行の一部始終を撮影し、インターネット上の「トゥイッチ」というストリーミング・フォーラム上に配信。トゥイッチは、テレビゲームの愛好者らが自由に動画を公開できるフォーラムだ。犯人がシナゴーグの扉をこじ開けようとしている様子や、通行人を射殺する模様がトゥイッチに20分間にわたって流れた。

Bがネット上に残した犯行声明は、彼がネオナチの思想に汚染されていることをはっきり示している。彼は「ナチスによるユダヤ人大量虐殺はなかった」と語ったのだ。さらに「ヨム・キップールを選んだのは、この日には敬虔な信徒以外のユダヤ人もシナゴーグに集まると思ったからだ。ユダヤ人を1人でも殺せば、目的を達成できたことになる」と述べている。

この日ハレのシナゴーグでは、約50人のユダヤ人が礼拝に参加していた。もしもBが扉をこじ開けていたら、大惨事となるところだった。

彼の犯行は、今年3月15日にニュージーランドのクライストチャーチで起きた銃乱射事件を想起させる。この事件では、極右思想を持つ男がイスラム教徒の礼拝施設に乱入し、51人を射殺したが、やはり犯行の様子をネット上に流していた。

ユダヤ人を狙う犯罪が増加傾向

2019年は、ドイツで極右のテロが新しい段階に入った年として記憶されるだろう。これまでドイツの極右の暴力は、トルコ人などイスラム教徒に対して向けられることが多かった。たとえば1992年11月に旧西ドイツのメルンでネオナチの若者がトルコ人の住む住宅に放火し、親子3人が焼死した事件や、翌年5月にゾーリンゲンで極右勢力がトルコ人の住む家にやはり放火して、家族5人を殺害した事件などがある。旧東ドイツのネオナチ・グループが、2000年からの11年間にミュンヘンやハンブルクなどで外国人ら10人を殺害した事件でも、被害者の多くはトルコ人だった。

だがハレの事件は、人種差別主義者が初めてユダヤ人の大量殺害を試みたという意味で、極右の暴力の質を大きく変えた。ナチスは1930~1940年代に約600万人のユダヤ人を虐殺。21世紀の今、再びユダヤ人がドイツで生命の危険にさらされたのである。

実際、ゼーホーファー内務大臣はハレの事件の直後、「ドイツでは反ユダヤ主義による危険が非常に高くなっている」と指摘。大臣は「この国の極右勢力の数は約1万2000人だが、彼らの中には武器を愛好し、暴力をためらわない者が多い。今後似たような事件がいつ起きてもおかしくない」と注意を呼び掛けた。

またシュタインマイヤー大統領は、「ハレの事件の犯人は、独りでテロを実行したかもしれない。しかし彼は実際には独りではなかった」と語る。大統領は、「犯人は独りで凶行に走ったのではなく、インターネット上で極右勢力に感化され、応援されていた。反ユダヤ主義を煽る言葉は、街角やネット上に広がる一方だ」と述べ、人種差別に対するタブーの意識がこの国で減りつつあることに警鐘を鳴らした。

また近年ドイツでは、ユダヤ人が路上で唾をかけられたり、暴言を浴びさせられたりする事件が増えている。連邦内務省によると、ユダヤ人を狙った極右の暴力犯罪は2001年には27件だったが、昨年は49件に増えている。

「過去との対決」への重大な挑戦

衝撃的だったのは、犯人が武器の大半を自作していたことだ。Bは銃弾や手投げ弾も自分で作っていたという。しかもBは、過激な極右勢力として警察からマークされていなかった。このことは、警察が知らないうちに、危険な思想を持つ市民の武装化が進んでいることを示している。もちろんドイツ人の大半は外国人を差別しない、穏健な人々である。多くの人々が今回の事件を糾弾している。だがこの国では、まるでコンピューターゲームのように、大勢の人を殺す映像をネット上に流すことによって、「同志たち」から喝采を浴びたいと思う勢力が、社会の片隅に巣食い始めている。ハレの事件は、その事実を白日の下に曝した。

政府はシナゴーグなどユダヤ関連施設の警備を強化するべきだ。そして、ドイツが第二次世界大戦後から続けてきた「ナチスの過去との対決」を無きものにする思想が、なぜ今この国で広がり始めているのかについて、原因を究明する必要がある。

最終更新 Donnerstag, 31 Oktober 2019 12:11
 

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