ジャパンダイジェスト

ドイツの好景気についに陰り?

私は東西ドイツが統一されて以来、29年間にわたってドイツで政治・経済の定点観測を続けている。

ドイツ経済の「わが世の春」

この国で、2010年以降の9年間ほど景気が良い時期を経験したことは一度もなかった。ドイツの失業率は欧州連合(EU)圏内でチェコに次いで最も低い。今でも多くの企業がITなどの分野で高度なスキルを持つ人材を探している。スーパーマーケットやパン屋さんですら、人手不足に悩んでいる。

2018年には、ドイツ株式指数市場(DAX)に上場している大手企業30社が、950億ユーロ(12兆3500億円・1ユーロ=130円換算)もの収益を上げた。これは1988年のDAX誕生以来、2番目に多い額で、株主たちの懐に多額の配当が流れ込んだ。ドイツの賃金水準もじりじりと上昇する傾向にある。税収は着々と増え、連邦政府や州政府は2014年以来財政黒字を毎年増やしつつある。昨年の財政黒字は、580億ユーロ(7兆5400億円)と過去最高を記録した。

昨年7月、フランクフルト証券取引所でDAXの30周年が祝われた昨年7月、フランクフルト証券取引所でDAXの30周年が祝われた

経済諮問会議が2019年予測を下方修正

だが、ドイツの好景気には陰りが見え始めている。ドイツ連邦政府の経済諮問会議に属する経済学者たちは、今年3月の報告書の中で「ドイツ経済の拡大の速度は、目に見えて衰えた。好景気の時代は過ぎ去った」と指摘。経済諮問会議は、昨年の報告書の中で2019年の国内総生産(GDP)成長率を1.5%と予測していたが、今年3月にこの値を0.8%に引き下げた。

ドイツのGDP成長率資料=経済諮問会議(2019年3月発表)

2017年にドイツの経済成長率は2%を超えたが、成長のスピードは2年連続で減衰。経済諮問会議は2020年の成長率を1.7%と予測するが、今後の世界経済の動向によっては、この予測も再び下方修正される可能性がある。経済学者たちの悲観的な予測の背景には、いくつかの原因がある。まず輸出大国ドイツにとって都合の悪いことに、外国市場に不透明感が増してきている。

貿易摩擦・BREXITの影

例えばドイツ経済にとって最も重要な市場の1つの中国では景気に陰りが見え、需要が減っている。米中の貿易摩擦も、両首脳が今年6月の大阪サミットで「一時的に停戦」することで合意したものの、摩擦が完全に解消したとは言えない。またトランプ大統領はEU、特にドイツからの自動車に対する関税率を引き上げる可能性に言及したことがある。米欧間の自動車摩擦は、ドイツ経済が最も恐れている事態の1つだ。

さらにBREXIT(英国のEU離脱)も、大きな不安要素だ。英国がEUとなんの合意にも達せないままEUを離脱した場合、ドイツからの輸出品に関税がかけられるほか、英国からの部品や半製品、原材料の調達にも困難が生じる。経済諮問会議は「今後の経済動向に関するリスクは非常に高い。世界経済の成長テンポが減速しつつあることを考えると、各国が保護主義的な政策を強めた場合、ドイツに深刻な影響が及ぶかもしれない」と警鐘を鳴らしている。

人手不足で生産が間に合わず

さらに成長率鈍化は、メーカーなどの国内生産能力が限界に近づいたことも災いしている。つまり労働力不足の深刻化で、生産キャパシティーに余裕がなくなり、受注があっても企業が対応できなくなりつつある。

確かに一部のドイツ企業では、昨年度の業績にすでに陰りが見えていた。例えばBMWでは2018年度の売上高が前年比で0.8%、当期利益が16.9%減少し、普通株への配当を12.5%減らした。本社では昨年夏から、新入社員の採用をストップしている。

ダイムラーの2018年度の売上高は2%増えたが、当期利益は29%減少し、配当の11%引き下げを余儀なくされた。ドイツの自動車メーカーにとって世界で最も重要な市場は、中国である。ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲンが毎年販売する車の約35%は中国で売られている。だが中国の景気が冷却傾向を見せているために、2018年度の第4・四半期には、この3社の販売台数が前年同期比で6%減少。2019年は、この傾向に拍車がかかると予想されている。

人員削減を始める企業も

景気の冷え込みや市場環境の変化に備えて、リストラや人員削減を始める企業も現れている。大手電機・電子メーカーのシーメンスはエネルギー部門を中心に従業員数を約1万人減らす方針で、大手化学メーカーBASFも社員数を約6000人削減する。業績悪化と株価の下落に苦しむドイツ銀行も、約2万人規模の人員削減を検討している。各企業はデジタル化にも多額の投資を行わなくてはならず、社員にも新しい資格、技能を身につけることが求められる。10年近く「わが世の春」を謳歌してきたドイツの働き手にとっても、厳しい時代が到来するのかもしれない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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