Fujitsu 202406
独断時評


欧州議会選挙の結果をどう読むか

6月9日夜、ブリュッセルで演説したEPPのマンフレート・ヴェーバー党首と筆頭候補のフォン・デア・ライエン氏(現欧州委員長)6月9日夜、ブリュッセルで演説したEPPのマンフレート・ヴェーバー党首と筆頭候補のフォン・デア・ライエン氏(現欧州委員長)

6月6~9日に行われた欧州議会選挙では、保守中道勢力と極右勢力が議席数を増やし、リベラル勢力が後退した。次期欧州委員会は、環境保護重視の路線の修正を迫られる。

保守・極右が躍進

欧州議会の発表(6月21日現在、今後変わる可能性あり)によると、保守中道政党が構成する欧州人民党(EPP)が議席を2019年の選挙での176から189に増やし、首位を守った。EPPは全議席の26.25%を確保した。この会派は、欧州連合(EU)統合に前向きな、ドイツのキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)などが属する会派だ。EPPがトップに立ったことは、多くの市民が、欧州統合の深化、結束の強化に賛成したことを意味する。

ただし、EU懐疑派も議席数を増やした。フランスの国民連合(RN)などが構成する極右会派「アイデンティティと民主主義」(ID)が議席数を49から58に増やしたほか、ポーランドの右派ポピュリスト政党「法と正義」(PiS)などが加わっている「欧州保守改革グループ」(ECR)も議席数を69から83に増やした。右寄りのEU懐疑派の中心であるこれらの二会派の議席数を合わせると、141に達する。

一方、リベラル勢力や環境保護主義者たちは、大敗を喫した。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が属する「再生」(旧・共和国前進)などの会派・欧州刷新(RE)の議席数は、102から74に激減。環境保護勢力の会派「緑の党・欧州自由連盟」(Greens/EFA)も、議席数を71から51に減らした。

「環境保護だけではなく経済強化を」

この選挙結果には、欧州の有権者たちの「環境保護だけではなく、経済競争力と安全保障の強化も重視するべきだ」というEUへの要求が反映されている。欧州ではウクライナ戦争の長期化、景気停滞、米国や中国に比べた競争力の低下、脱炭素化がもたらす産業構造の転換などによって、市民の不安感が強まっている。

前回の欧州議会選挙が行われた2019年には、地球温暖化と気候変動に対する危機感が、若い有権者たちの間で強まっていた。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏の運動「フライデーズ・フォー・フューチャー」が、世界中のメディアによって大きく取り上げられていた。この結果、2019年の欧州議会選挙では、Greens/EFAの議席数が2014年の選挙時の52から71に大幅に増えていた。このため保守中道勢力も、経済の脱炭素化を重視せざるを得なかった。

2019年に欧州委員長に就任したウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、同年に「欧州グリーン・ディール」を宣言し、温室効果ガス(GHG)の削減をEUの最も重要な政治的目標に据えた。同氏は、2050年までにEU域内でカーボンニュートラルを達成するという目標を打ち出したのである。

次期欧州委員会は、環境保護路線を緩和へ

EUはこの目標の達成のために、矢継ぎ早にさまざまな政策・法律を発表した。例えば、エネルギー部門での再エネ比率の引き上げ、二酸化炭素(CO2)排出権取引(EU ETS)の強化、気候変動の抑制などに貢献する経済活動のリストやEUタクソノミーの導入、2035年以降、内燃機関を使う新車の販売を原則として禁止する法案などを次々に打ち出した。

EPPが首位を維持したため、同会派がほかの穏健会派と協力して議席の過半数を確保できれば、フォン・デア・ライエン氏が委員長に再選される可能性が強い。しかし同氏も、2024~2029年までの任期には、CO2削減を最重視する路線の修正を余儀なくされるだろう。フォン・デア・ライエン氏は、環境保護だけではなく、ロシアの脅威に対する抑止力の強化と、中国や米国企業に対する欧州企業の競争力の強きょうじん靭化にも力を入れることを求められる。

ドイツでも緑の党が後退

「環境保護政策の過度の重視はごめんだ」という市民の反応が最もはっきり表れたのが、ドイツだ。選挙管理委員会の発表(6月24日現在)によると、CDU・CSUが得票率を前回の28.9%から30.0%に増加。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は得票率を前回の11.0%から15.9%に4.9ポイント増やした。AfDに対してドイツで行われていた抗議デモなどを考えると、この躍進ぶりには驚かされる。

逆に、オーラフ・ショルツ政権を構成するSPDの得票率は15.8%から13.9%、緑の党は20.5%から11.9%、自由民主党(FDP)は5.4%から5.2%にそれぞれ減った。ドイツでも、連立与党の環境保護最優先の政策が、市民によって拒絶されたのだ。背景には、ウクライナ支援などをめぐるショルツ首相の優柔不断な態度や過去の予算措置をめぐる失敗などに対する、国民の強い不満がある。

CDU・CSUは得票率を2019年に比べて微増させ、AfDに多くの票が奪われることを阻止した。この選挙結果から、来年秋にドイツで行われる連邦議会選挙でCDU・CSUが首位に立ち、連立政権を樹立する可能性が強まった。CDUのフリードリヒ・メルツ党首が首相の座に就く公算が大といえる。その意味で今回の欧州議会選挙は、ドイツも今後は保守化の道をたどり、1980年の緑の党結成以来この国で重要な役割を果たして来たエコロジー最重視の政策が、曲がり角に到達したといえる。心配なのはAfDの躍進だ。今年9月に旧東独の3州で行われる州議会選挙が注目される。

最終更新 Donnerstag, 04 Juli 2024 11:03
 

マクロン訪独 不協和音を克服できるか?

5月27日にドレスデンで演説をしたマクロン仏大統領(右)とシュタインマイヤー独大統領(左)5月27日にドレスデンで演説をしたマクロン仏大統領(右)とシュタインマイヤー独大統領(左)

5月26日、フランスのマクロン大統領が国賓としてドイツを訪問した。目的は、ウクライナ戦争などを巡ってぎくしゃくしている両国の関係を正常化することだ。コール氏、メルケル氏が首相だった時代には、独仏は欧州連合(EU)の主軸であり、EUで最も緊密な二国間関係を誇っていた。したがって、相手を国賓として招くような格式ばった外国儀礼は不要だった。フランスの大統領がドイツに国賓として招かれたのは、24年ぶりである。ドイツがあえてフランスの大統領を国賓として招かなくてはならないという事実は、いかに独仏間の不協和音が高まっているかを象徴している。両国は、今回の訪問によって、独仏関係を再スタートさせることを狙っているのだ。

「EUは、存亡を左右する曲がり角に立っている」

マクロン大統領は5月27日、ドレスデンで重要な演説を行った。力点は、ロシアのウクライナ侵攻にどう対処するかに置かれた。同氏は演説の中で、「EUは今、かつて例がなかったほど重要な局面を経験している。もしもわれわれが誤った決定を行ったら、EUは滅びるかもしれない」と警告。彼は、ウクライナでの戦争がEUに飛び火するかもしれないという危機感をあらわにした。同氏は、「われわれは欧州の防衛について真剣に考えなくてはならない。ロシアはウクライナを侵略したが、近い将来、ここ(ドイツ)にやって来る可能性はゼロではない」と指摘した。さらに、「ウクライナは自国だけではなく、欧州をも守るために戦っている。もしもウクライナがロシアに征服された場合、ドイツやフランスも危険にさらされる」と述べた。

最近マクロン大統領は、ロシアに対する危機感をあらわにすることが多い。彼は4月22日にパリのソルボンヌ大学で行った演説でも、「プーチン大統領は、歯止めが利かなくなっている。われわれはロシアに対する防衛体制を強化しなくてはならない」と訴えた。

そのためにマクロン大統領はドレスデンでの演説で、「欧州統合は、防衛努力を統合しなくては完成されない。そのためには、欧州は新しい防衛コンセプト(構想)を策定する必要がある。軍備を拡張し、経済的インフラや研究開発への投資を増やすためには、EUの予算を2倍に増やす必要がある」と主張した。この際にマクロン氏は、「私は再びEUが共同債を発行して、資金を調達するべきだと考えている。独仏がイニシアチブを取るべきだ」と訴えた。

EUは2020年のコロナ禍の際に、初めてEU共同債を発行した。ドイツ政府はEU共同債については「債務を共同化することは、万一返済できない国が現れたときに、ほかの国が債務を肩代わりすることになる。これは欧州通貨同盟の精神に反する」として長年反対してきた。しかしメルケル首相(当時)は、コロナ禍で特に甚大な経済損害を受けたイタリアやスペインを救うために、しぶしぶ共同債に同意したのだ。マクロン大統領は、現在欧州が直面している危機を克服するには、再び共同債の発行が必要だと考えている。ドイツのショルツ首相は、この提案を拒否している。

巡航ミサイル・地上軍派遣を巡り対立

独仏の不協和音は、共同債を巡る対立だけではない。フランスは英国と共に、ウクライナ軍がクリミア半島の橋などを攻撃できるように、ゼレンスキー政権に巡航ミサイルを供与している。だがショルツ首相は、ウクライナ政府が要望している巡航ミサイル「タウルス」の供与を拒否。ショルツ氏は、「タウルスの目標設定には、ウクライナでドイツ連邦軍の兵士が協力しなくてはならない。しかし私は一兵たりともウクライナに連邦軍兵士を送ることには反対だ。ロシアから交戦国と見なされる危険があるからだ」と主張している。

地上軍の派遣を巡っても、独仏の意見は食い違っている。マクロン大統領は2月27日にパリで開かれたウクライナ支援会議で、「私は、今後情勢が変わって来たときには、特定のオプションを排除するべきではないと考えている。フランスがウクライナに地上軍を送る可能性はある」と述べ、ドイツ政府を驚かせた。ショルツ首相は、地上軍の派遣については否定的だ。

ショルツ首相は、社会民主党(SPD)のハト派に属する政治家だった。それが、彼の煮え切れない態度の原点だ。彼はウクライナ戦争の初期に、同国が希望する対戦車ミサイルやレオパルド戦車などの供与を拒否した。しかし結局はウクライナや同盟国の圧力に屈して、これらの兵器をウクライナに供与した。

フランスの大統領は伝統的に、戦略的な見地に立った発言、大所高所からの構想(グランド・デザイン)を重視した発言を行う傾向がある。ドイツの首相は細部にこだわってしまい、グランド・デザインを語るのが不得意だ。マクロン大統領は、今欧州が「生きるか死ぬか」の分水嶺に立っていると主張する。同氏はウクライナ侵攻直後には、プーチン大統領に頻繁に電話をかけて、交渉のテーブルに着かせようとした。マクロン氏は、その結果匙さじを投げて、「プーチン氏は武力そして抑止力という言葉しか理解しない」という結論に至った。マクロン大統領は、フランスの核兵器を他国とシェアすることすら提案している。欧州は米国に頼らない核抑止力を持つべきだという発想である。

私は、マクロン大統領の悲観論が的を射ていると思う。欧州諸国は、米国に依存しない防衛体制の整備を着々と進めている。今後欧州諸国は、軍備に多額の予算を回さざるを得ない。徴兵制についての議論も各国で始まっている。1980年代に見た東西冷戦下の欧州へ向けて、時計の針が逆戻りしているようだ。

最終更新 Donnerstag, 06 Juni 2024 08:40
 

ショルツ首相が訪中 ウクライナ戦争と貿易の壁

北京の釣魚台国賓館で会談したショルツ首相と習近平国家主席北京の釣魚台国賓館で会談したショルツ首相と習近平国家主席

オーラフ・ショルツ首相(社会民主党・SPD)は4月14日から16日まで、約1年半ぶりに中国を訪れた。しかし、ウクライナ戦争や貿易をめぐって意見の違いを解消することはできなかった。前回の訪中(2022年11月)では、コロナウイルスをめぐる中国の厳しい検疫規則などのために、ショルツ氏はほぼ1日しか北京に滞在できなかった。だが今回同氏は、3日間中国に滞在した。ショルツ首相が外国への出張で一つの国に3日間滞在したのは初めてであり、彼が中国をいかに重視しているかが表われている。

ショルツ氏は「今回の訪中の目的は、中国と対話を続けることだ」と語った。そして協議の重点をウクライナ戦争と経済問題に置いた。

中国政府はロシアへの影響力行使を拒否

ショルツ首相は4月16日に、習近平国家主席と3時間20分にわたり会談した。だがウクライナ戦争をめぐる話し合いで、ショルツ首相は壁に突き当たった。彼は北京で「ロシアのウクライナ侵攻は国際的な秩序、国境不可侵の原則を乱し、ドイツの権益を直接害している。国連憲章にも違反する行為だ」と訴えた。そして習近平氏に対して、「中国はロシアとの緊密な関係を利用して、プーチン大統領が侵略行為をやめるように働きかけてほしい」と要請した。

ショルツ氏が習近平氏に対して協力を要請した理由は、中国がロシアにとって重要なパートナーだからだ。中国はロシアから大量の天然ガスや原油を輸入している。また習近平氏は、ロシアのウクライナ侵攻直前にロシアとの連帯を強調し、プーチン大統領のウクライナ問題に対する主張に理解を示していた。欧州連合(EU)とウクライナは、「中国は軍事目的にも使える製品や技術をロシアに供与している」と疑っている。ショルツ氏は北京での会談の中で、ロシアに対する隠れた支援をやめるよう中国側に要請したに違いない。

だが習近平氏がショルツ氏に見せた態度は、冷たかった。習近平氏は、「中国はロシア・ウクライナ戦争については中立的な立場を維持する」というこれまでの公式的な見解を繰り返すにとどめ、ドイツ側の仲介要請を拒否した。一つの焦点は、スイス政府が今年6月15日に開催する予定の、ウクライナ戦争に関する国際和平会議だった。ウクライナのゼレンスキー大統領は、この会議に参加する予定だ。ドイツは中国が仲介役として会議に参加することを期待している。

だが習近平氏は、「戦争を終わらせるための国際的な努力は評価する。しかし会議には、ロシアとウクライナが同等の権利を持つ国として参加するべきだ」と述べるにとどめた。この発言には、習近平氏が、和平会議でロシアが非難されて孤立する事態を警戒していることがうかがわれる。このため両国の政府は、「われわれは和平会議を前向きにとらえ、実現について努力を続けるという点で一致した」という曖昧な声明しか発表できなかった。中国側は、「ロシアとウクライナの首脳が参加しない限り、中国は参加しない」という姿勢を打ち出している。本稿を執筆している4月23日の時点では、プーチン大統領はこの和平会議への参加の意思を表明していない。このため、習近平氏が参加する可能性も極めて低いとみられている。

ショルツ氏が前回訪中した時には、習近平氏は「いかなる国も核兵器を使用することに反対する」と述べて、プーチン大統領がウクライナで核兵器を使わないよう要求した。当時この発言は、欧州では「中国が核兵器の使用に反対する欧州諸国に足並みをそろえた。ドイツの外交努力の成果だ」として前向きに評価された。このためショルツ氏は今回も、中国がウクライナ戦争をめぐり、欧州に歩み寄ることを期待していた。だが今回、習近平氏はスイス和平会議についても踏み込んだ発言を避け、ドイツに肩透かしを食わせた。

緑の党のアニエスカ・ブルッガー副院内総務は、「中国は、ドイツの国際秩序回復へ向けてのアピールに関心を示さなかった。ショルツ首相は、習近平氏から曖昧なコメントを与えられただけで、追い返された」と酷評。これに対しSPD左派のロルフ・ミュツェニヒ院内総務は、「ショルツ首相は、中国政府から初めて和平会議について前向きな見解を引き出した。成果を過小評価してはならない」と述べ、首相の努力を称賛した。

欧州への輸出でもすれ違い

ショルツ首相にとってもう一つの重要なテーマは、経済関係だった。ショルツ氏は李強首相との会談で、中国から大量の安価な太陽光発電パネルなどが欧州に輸出され、供給過剰状態になっていることを指摘し、中国政府の対応を求めた。これに対し李強首相は「豊富な供給は競争を加速する。この問題は、市場が解決するだろう。ドイツと中国は協力して自由貿易を促進し、保護主義的な政策と闘うべきだ」と述べた。つまり中国政府には、自国企業に対して欧州への輸出を減らすよう指示する意思はない。価格競争力が弱い欧州企業は引き続き苦戦を強いられる。この点でも、ショルツ氏の訴えは空回りしたというべきだろう。

ドイツ政府は昨年中国戦略を公表し、戦略的に重要な製品や天然資源については、中国への過剰な依存を減らすデリスキングの原則を打ち出した。だが今回のショルツ首相の訪中では、この原則は前面に押し出されなかった。人権問題も中心的なテーマにならなかった。同氏はメルケル前首相と同じく政経分離政策をとり、貿易・投資を優先しているようにみえる。「ロシアには厳しく、中国には寛容に」というショルツ首相の態度は、果たして長期的に成功するだろうか。

最終更新 Donnerstag, 02 Mai 2024 09:58
 

ドイツのEVシフト 補助金廃止で逆風

2月22日、記者会見に臨んだメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO2月22日、記者会見に臨んだメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO

ドイツのBEV(電池だけを使う電動車)シフトに陰りが見えてきた。一部のメーカーは、2030年以降も内燃機関の新車の販売を続ける方針を打ち出した。背景には、突然のBEV補助金廃止がある。

当面BEVと内燃機関の車を販売へ

メルセデス・ベンツのCEO(最高経営責任者)であるオラ・ケレニウス氏が2月22日に行った発言は、ドイツだけではなく世界中で注目された。同氏は「2030年以降も、BEVだけではなく、内燃機関の車も販売できるような柔軟な体制をとる。モビリティー転換の速度は、顧客と市場の条件が決める」と述べた。同社は「2030年以降は、できるだけBEVだけを売る」としていたこれまでの方針を変更したのだ。

彼はその理由を、「多くのユーザーは、まだBEVに変更する準備ができていないからだ」と説明した。同社の予測によると、2030年代の後半でもBEVとPHEV(プラグインハイブリッド車)の販売台数は、全体の50%前後にしか達しない。メルセデス・ベンツが2023年に販売した204万4000台の乗用車のうち、BEVは24万1000台(12%)にとどまった。ただし同社は「将来は完全なBEV化を目指す」という目標を堅持し、生産体制を整備していく。つまり、中長期的に商品ポートフォリオの中心をBEVにすることは間違いないが、当面は市場の様子を見ながら、内燃機関を使う車も販売するという方針を打ち出したのだ。

ドイツでは今年に入ってからBEVの売れ行きが低迷している。連邦自動車局(KBA)によると、2023年12月のBEVの新車の登録台数は5万4654台だったが、今年1月には59%も減って2万2474台に落ち込んだ。BEVの登録台数はガソリンエンジンを使う車(81万724台)に大きく水を開けられている。

購入補助金廃止の衝撃

BEVの売れ行き悪化の理由は、ショルツ政権が昨年12月に購入補助金を突然廃止したからである。引き金となったのは、連邦憲法裁判所が昨年11月にショルツ政権の過去の予算措置の一部について、違憲判決を言い渡したことだ。政府は2024年度予算の修正を迫られ、脱炭素化のための歳出の削減を余儀なくされた。白羽の矢が立ったのが、BEVだった。政府は2024年末まで購入補助金を出す予定だったが、事前の警告もなく廃止を約1年前倒しした。自動車業界からはこの措置について強い批判の声が上がった。

KBAによると、現在ドイツを走っているBEVの台数は、約145万台。同国で使われている乗用車の2.6%にすぎない。普及率が伸びない最大の理由は、価格の高さである。現在ドイツでは約150種類のBEVが売られているが、そのうち価格が3万ユーロ(480万円・1ユーロ=160円換算)未満の車は、3車種しかない。この国が深刻な景気後退に襲われている今、消費者が内燃機関の車を買うのは無理もない。

ドイツのメーカーが2万ユーロ(320万円)前後のBEVの新車を販売できるようになるのは、早くても2026年になると推定されている。BYDなど中国製のBEVメーカーは現在ドイツでの販売体制を整えている最中だ。さらに補助金の廃止で、市民の足はBEVから遠ざかる。ドイツ政府は2030年までに1500万台のBEVを普及させることを目指しているが、補助金廃止はこの目標に逆行する決定だ。

BEVの人気が低いもう一つの理由は、公共充電器の少なさだ。連邦系統規制庁によると、2023年末の時点で公共充電器は10万4236基。BEVの数が2020~2023年に4.7倍に増えたのに対し、充電器は2.6倍しか増えていない。2030年までに目標とする100万基設置を達成できるかどうかは未知数だ。

保守党が「内燃機関車の2035年禁止」撤回を要求

政治的な動きも気がかりだ。欧州連合(EU)は2035年以降、ガソリンやディーゼル・エンジンを使う新車の販売を禁止する方針だが、ドイツの野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は今年1月に採択した政策綱領の中で、この禁止措置の撤回を求めている。同党は現在支持率がトップで、来年の連邦議会選挙で勝利し、連立政権を率いると予想されている。自動車業界からは、「BEVだけで車の脱炭素化はできない。合成燃料(Eフュエル)やバイオ燃料を混焼させて、内燃機関の車を使い続けるべきだ」という声が出ている。CDU・CSUが所属する欧州議会の欧州人民党が、6月の欧州議会選挙へ向けて禁止措置の撤回を求めるかどうかが注目されている。

一方で、欧州最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)グループのオリバー・ブルーメCEOは3月13日、「欧州で2035年以降、内燃機関の新車を禁止する措置を覆そうという議論が行われているのは理解できない。わが社にとってBEVが未来の技術だ」と述べ、あくまでBEVシフトを貫く姿勢を強調した。また、欧州自動車工業会(ACEA)のルカ・デ・メオ会長は、1月13日付の独日刊紙で「欧州で12年以内にBEVが新車に占める比率を100%に引き上げるのは、政府の補助金なしには不可能だ」と語っている。さらにメオ会長は、「ただし世界は、BEVに向けて走り出している。もう後戻りはあり得ない」と述べた。

BEV化の速度が遅くなっても、欧州では中長期的にBEVが究極の目標であることに変わりはない。EUは2045年までにカーボンニュートラルを達成することを目指しているからだ。ただしBEVの比率が高まるまでは、当初の予想よりも長い時間がかかりそうだ。

最終更新 Mittwoch, 03 April 2024 10:58
 

ミュンヘン安保会議と「トランプ再選」という不安

2月17日、MSCで会談したショルツ首相とハリス米副大統領2月17日、MSCで会談したショルツ首相とハリス米副大統領

2月16~18日まで、ミュンヘンのホテル・バイリッシャーホーフで恒例の安全保障会議(MSC)が開かれた。今年で60回目を迎え、オーラフ・ショルツ独首相、国連のアントニオ・グテレス事務総長、米国のカマラ・ハリス副大統領、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領など多数の政治家、官僚が参加し、ウクライナ戦争やガザ戦争を中心に意見交換を行った。

苦戦するウクライナ軍

今年のMSCには、冒頭から悪いニュースが二つも飛び込んできた。ロシアの民主改革を求めていた反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が、北極圏の収容所で獄死した知らせと、ウクライナ軍がドネツク州のアウディーイウカという街をめぐる攻防戦でロシア軍の攻撃を支えきれず、撤退したというニュースだ。

ウクライナは2022年2月にロシア軍の首都キーウ攻略を防いだものの、戦争は膠こうちゃく着状態が続く。米国と欧州諸国の援助が滞っているために、ウクライナ軍は武器や弾薬などの不足に悩まされている。前線の兵士たちは、赤外線暗視装置や防寒具などが十分に国から支給されていないため、個人で購入したりボランティアからの寄付を募ったりしているほどだ。

MSCに参加したキーウのビタリ・クリチコ市長は、「(西側諸国が)武器や弾薬の供与を増やさなければ、あと5~6カ月しかもたない」と悲観的な見方を明らかにした。キール世界経済研究所のデータバンクによると、欧米などが2022年1月から今年1月までにウクライナに供与した援助額(軍事、経済、人道援助)の総額は2524億ユーロ(40兆円3840億円・1ユーロ=160円換算)に上る。そのうち兵器、弾薬などの軍事援助は1075億ユーロ(17兆2000億円)だが、前線では物資不足が深刻化している。

その典型的な例が155ミリ砲弾だ。ウクライナ軍は、1日約7000発の砲弾を消費する。このため昨年欧州連合(EU)は、ゼレンスキー政権に対し「2024年3月までに115万発の砲弾を供与する」と約束した。だがEUが実際に3月までに供与できる砲弾の数は、約50万発にとどまる模様だ。EU諸国は東西冷戦の終結後、防衛予算を年々削減していた。したがってドイツのラインメタルなどの兵器メーカーが生産量を増やすには時間がかかるのだ。EU諸国は今年末までに、155ミリ砲弾の年間生産量を140万発に増やす方針だ。

もちろんEU諸国も努力はしている。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長によると、今年末までに、31の加盟国のうち18カ国が、「防衛予算が国内総生産(GDP)に占める比率を少なくとも2%にする」という目標を達成する見通しだ。ドイツの防衛予算の対GDP比率は昨年末の時点で約1.5%だったが、ショルツ首相が2022年4月に、連邦軍の増強のために1000億ユーロ(16兆円)の特別予算を組むことを発表し、米国のF35型戦闘機などを調達したため、2%ラインを突破する。

トランプ発言の衝撃

だがMSCに参加した欧州諸国の政治家・官僚たちの間には、ドナルド・トランプ前米大統領が今年秋の選挙で再選することへの強い不安感が漂っていた。同氏は今年2月の選挙演説で、「私が大統領になったら、NATO加盟国が防衛に十分に金を支出しない場合、その国を守らない。むしろロシアに対して、『やりたいことをどんどんやれ』と言うだろう」と発言した。最初の任期中にもNATOに対する懐疑心を抱き、米国をNATOから脱退させる可能性まで示唆したことがある。

ストルテンベルグ事務総長は、この発言について「欧州の安全保障を侵食するものだ」と強く批判した。トランプ氏の発言は、NATOの最も重要な機能である集団安全保障ルールに疑問を抱かせるからだ。北大西洋条約によると、ある加盟国が攻撃された場合、ほかの加盟国は自国への攻撃と同列に見なして、攻撃された国を援助したり、反撃したりする義務を負っている。トランプ氏が再選された場合、米国がこの原則を骨抜きにする危険がある。ウラジーミル・プーチン露大統領の思うつぼである。さらにトランプ氏は、「私が大統領になったら、ウクライナ戦争を短期間で終わらせる」とも語っている。彼はウクライナ政府に対して、「ロシアとの停戦交渉のテーブルに着かなければ、武器供与を停止する」と圧力をかける可能性がある。

ドイツの政治家からは、米国を100%信頼することは危険だとして、EUが独自の核兵器を持つべきだという意見が出ている。緑の党のヨシュカ・フィッシャー元外務大臣や、社会民主党のカタリーナ・バーレー欧州議会議員は、「EUはロシアへの抑止力を高めるために、米国だけに頼らずに独自の核戦力を持つことを検討するべきだ」と発言している。エマニュエル・マクロン仏大統領も、ドイツに対してフランスとの間で核兵器をシェアすることを提案している。だがショルツ政権は公式にこのオファーに回答していない。軍事関係者の間には、「ドイツはGDPの2%ではなく、米国同様に3.5%を防衛予算に充てることが必要になる」という見方もある。

ドイツは冷戦終結によって主権を回復し、「平和の配当」を最も多く受け取った国の一つである。だが、今後は産業、教育、芸術、文化などだけではなく、軍事にも多額の予算を注ぎ込み、ボリス・ピストリウス国防大臣が言うように「戦争ができる国」になることを求められる。特に米国が内向的な性格を強めていることは、欧州にとって大きな懸念の種である。「自分の国は自分で守らなくてはならない時代」の到来だ。

最終更新 Donnerstag, 29 Februar 2024 09:20
 

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