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2024年のドイツを展望する

2023年は中東情勢が再び流動化するなど波乱の年だったが、2024年も同じように困難な年になりそうだ。特に、国内外で重要な選挙が目白押しだ。

昨年12月13日、2024年予算案に関する合意内容を発表するショルツ首相ら昨年12月13日、2024年予算案に関する合意内容を発表するショルツ首相ら

旧東独3州でAfDが勝利か?

ドイツで最も注目されるのが、旧東ドイツで行われる州議会選挙だ。9月1日にザクセン州とテューリンゲン州、9月22日にブランデンブルク州で投票が行われる。現在ドイツのための選択肢(AfD)の支持率は、旧東ドイツで首位もしくはキリスト教民主同盟(CDU)と並んでいる。昨年7月にはテューリンゲン州のゾンネベルク郡でAfD党員が全国で初めて郡長になったほか、12月にはザクセン州ピルナで、初のAfD市長が誕生した。

社会民主党(SPD)や緑の党に対する支持率が低落傾向にあるなか、AfDに対する支持は根強い。AfDは排外的姿勢が強く、ネオナチまがいの発言をする幹部もいる。このためザクセン州、テューリンゲン州、ザクセン=アンハルト州の憲法擁護庁は、これらの州のAfD支部を極右組織と断定した。それにもかかわらず、AfDがこれらの州で30%を超える支持率を得ている理由は、市民がショルツ政権の難民政策、経済政策、環境政策について、強い不満を抱いているからだ。

昨年12月に世論調査機関INSAが公表した政党支持率調査によると、AfDへの支持率は全国でもCDU・CSUに次いで第2位。ドイツ(特に西ドイツ)は、第二次世界大戦後、歴史教育の時間に生徒たちにナチスの犯罪について詳しく教えるなど、「過去との対決」の努力を真剣に続けてきた。そうした国ですら、AfDのような非民主主義的政党の人気が高まるのは、インターネット上で流布されるフェイクニュースと右派ポピュリズム的思想の結果だろうか。AfDへの高い支持率は、CDUの路線も徐々に右傾化させている。CDUは昨年12月に発表した政策綱領案の中で、移民を統合する文脈で用いられてきた「ドイツの指導的文化(Leitkultur)」という言葉を再び使い始めた。外国人であるわれわれ日本人にとっても、気になる傾向だ。

予算危機が市民の可処分所得を減らす

2024年に注目されるのは、連立与党が市民の信頼感を回復できるかどうかだ。昨年11月15日の違憲判決で、ショルツ政権の信用性は深く傷ついた。過去の予算措置について違憲判決が下され、600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)が「無効化」されたのは前代未聞である。

ショルツ政権は昨年12月に、EV(電気自動車)購入補助金廃止の前倒しなどの歳出削減策や、農業従事者の税制上の優遇措置の廃止などを含む2024年予算案を公表し、混乱の収拾に努めた。だが自動車業界からは、補助金カットが1年前倒しされたことについて、「EV普及政策に逆行する決定だ」という強い批判が出ているほか、鉄鋼業界からは「歳出削減のために、電力の託送料金の上昇を抑制するための補助金55億ユーロがカットされ、産業用電力料金の負担が増える」として善処を求める声が上がっている。さらに自動車と暖房にかかる炭素税の2024年の上昇率が引き上げられたことも、庶民の懐具合を直撃する。

昨年ショルツ政権への支持率は、建物エネルギー法案をめぐる議論によって大きく下落した。ショルツ政権の「予算トリック」がもたらす負担増は、市民の不満感をさらに強める可能性がある。

ウクライナ危機の分かれ目の年

国際情勢も混沌としている。今年2月にはロシアのウクライナ侵攻が始まってから、丸2年になる。

ウクライナの将来にとって、今年11月5日に行われる米国大統領選挙は、決定的な意味を持つ。現在トランプ前大統領の共和党内での支持率はトップであり、同氏がホワイトハウスに返り咲く可能性はゼロではない。万一トランプ氏が再選された場合、米国の対ウクライナ軍事援助は大幅に減らされる可能性が強い。彼以外の共和党の政治家が大統領になっても、ウクライナへの援助をバイデン政権と同じレベルに保つことは難しい。トランプ勝利は、プーチン大統領にとって強力な追い風となる。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、「われわれは祖国だけではなく、欧州をも守っている」と主張する。確かに、万一ウクライナがロシアに占領された場合、プーチン大統領は味をしめて、モルダウ、バルト三国、ポーランドなどにも矛先を向ける危険がある。彼の究極の目標は、「偉大なロシアの復活」にあるからだ。

米国からの対ウクライナ支援が激減した場合、ドイツをはじめとする欧州諸国は、武器支援・財政支援を大幅に増やさなくてはならない。ショルツ政権が、2024年予算について「債務ブレーキ(国内総生産の0.35%を超える財政赤字を禁止する憲法上の規定)を適用するが、ウクライナ情勢がエスカレートした場合には、その限りではない」という例外を盛り込んだことに、ドイツ人たちの懸念が浮き彫りになっている。

昨年10月7日にハマスが大規模テロでイスラエル人約1200人を殺害したことから、イスラエル軍がガザ地区に猛烈な攻撃を加えている。パレスチナ側の死者は12月上旬に約1万7000人を超え、その3分の2が子どもと女性である。イスラエルを支持するドイツ政府も、ネタニヤフ政権に対し、市民の死傷者を抑える努力を強めるよう要求している。流された血は、新たな憎しみを生む。中東の戦乱は欧州でのテロの危険も高める。一刻も早く戦火が止むことを祈りたい。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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