ジャパンダイジェスト

違憲判決でエネ転換予算が600億ユーロ減額

ドイツ連邦憲法裁判所(BVerfG)が11月15日に下した違憲判決は、ショルツ政権だけでなく経済界、市民を驚かせた。再エネ拡大、電気自動車(EV)補助金などの経済グリーン化に大きな影響を与えそうだ。

11月15日、違憲判決を受けて記者会見で話すショルツ首相(中央)、ハーベック経済・気候保護相(左)、リントナー財務相(右)11月15日、違憲判決を受けて記者会見で話すショルツ首相(中央)、ハーベック経済・気候保護相(左)、リントナー財務相(右)

コロナ向け国債発行権の他目的への流用は違憲

この判決の中でBVerfG第二法廷のドリス・ケーニヒ裁判長は、「ショルツ政権がコロナ・パンデミック対策予算のうち余った600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)の国債発行権を、無関係の特別予算『気候保護・エネルギー転換基金』(KTF)に流用したのは憲法違反。このため、ショルツ政権が2022年初めに成立させた2021年度の2回目の補正予算は無効だ」と述べた。

判決の背景にあるのは、憲法(基本法)第109条の財政規律ルール「債務ブレーキ」(Schuldenbremse)だ。2009年に連邦議会で可決されたこの制度によって、連邦政府は2016年以来、国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁止されている。国の借金が将来の世代に過重な利払いなどの負担を残すことを禁じるためだ。この債務ブレーキが一因となって、ドイツは2014年以来6年間財政黒字を記録した。

だが2020年にはコロナ・パンデミック、2022年にはロシアのウクライナ侵攻という未曽有の事態が発生。憲法によると、自然災害や深刻な不況など政府がコントロールできない異常事態には、債務ブレーキの適用を一時的に停止することができる。このため連邦議会は、2020~2022年の3年間については、債務ブレーキを停止した。ドイツ政府は2020年3月、コロナ対策費用として、経済安定化基金(WSF)を創設し、2000億ユーロ(32兆円)の資金を借金(国債発行)によって追加的に調達できることになった。WSFは、過去にも使われた「特別予算」(Sondervermögen)で、通常の連邦予算の枠外に設定された。

2018~2021年までメルケル政権の財務大臣だったオーラフ・ショルツ氏は、21年12月に首相に就任した。同氏は、21年にコロナ対策に充てられる予定だったWSFの予算のうち、600億ユーロの国債発行権が使われずに残っていたことに気付いた。三党連立政権は、再エネ発電設備の増設や、産業界のエネルギー源の脱炭素化など、多額の資金を必要とするプロジェクトを実行する予定だった。そこでショルツ首相は22年前半に、21年度向けの2回目の補正予算を組み、余った600億ユーロの国債発行権を、経済グリーン化を主目的とするKTFに流用させた。さらに債務ブレーキの適用を免除した年度が終わった後にも、政府が追加的に国債を発行できるように規則を変更した。

BVerfGは、ショルツ政権がコロナ対策に充てるはずだった国債発行権を、経済のグリーン化という全く違う用途に流用する際に、その理由を十分に開示しなかったことや、債務ブレーキが免除された会計年度が終わっても、特別予算を理由にして新たな借金をできるようにした点を違憲と認定した。

600億ユーロの補ほてん填方法は不明

政府はKTFの600億ユーロでさまざまな助成措置を予定していた。判決が言い渡された直後、クリスティアン・リントナー財務大臣は原則としてKTFからの支払いを禁止した。KTFからの助成が予定されていたプロジェクトは、産業界の脱炭素化(230億ユーロ)、鉄道インフラの整備(125億ユーロ)、外国の半導体工場の誘致のための補助金(72億ユーロ)など多岐にわたる。11月21日には2023会計年度の全ての支払いも禁止した。現在政府と議会は2024年の予算を作成中だが、その作業も難航が予想される。

本稿を執筆している11月22日の時点では、事実上「消滅」した600億ユーロをどのように穴埋めするのか、どのプロジェクトが変更または中止になるのかは明らかにされていない。社会民主党(SPD)や緑の党からは増税を求める声があるが、自由民主党(FDP)は反対している。一方FDPは、長期失業者らへの援助金(生活保護)の削減などを要求しているが、緑の党は反対の立場だ。リントナー財務大臣は同23日午後、「23年についても緊急事態と見なし、債務ブレーキの適用を解除するよう、連邦議会に提案する」と発表した。

電力・天然ガス価格ブレーキにも飛び火?

CDU・CSUは、もう一つ違憲訴訟を準備している。ロシアのウクライナ侵攻が引き金となって電力価格・天然ガス価格が高騰したために、ショルツ政権は2023年1月1日から来年3月31日まで、市民や企業の負担に上限を設定した。この電力・天然ガス価格ブレーキにはこれまで310億ユーロ(4兆9600億円)が支出されたが、そのための予算もWSFの枠内で調達されている。CDU・CSUは「ショルツ政権がコロナ対策の国債発行権を、エネ価格抑制に流用したのも憲法違反」として訴訟を提起する予定だ。ハイデルベルク大学のクーベ教授は、「今回の判決により、WSFの国債発行権のうち1650億ユーロ(26兆4000億円)が使えなくなる可能性がある」と指摘している。

最悪の場合、電力・天然ガス価格ブレーキへの財源が足りなくなり、市民や企業の負担が増える可能性もある。ショルツ政権が重視するエネルギー転換が、予算不足のためにブレーキをかけられる危険もある。「欧州の病人」ドイツの肩には、インフレによる国内消費の冷え込み、GDPのマイナス成長に加えて、財政政策の未曽有の混乱というもう一つの重荷が加わった。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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