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イスラエル対ハマスの戦争とドイツ

10月7日にガザ地区のイスラム過激組織ハマスのテロリストがイスラエルを急襲し、子どもを含む約1400人を殺害した。ハマスはイスラエルに約2200発のロケット弾を撃ち込んだほか、イスラエル人・外国人222人を誘拐してガザに監禁(これまでに4人の人質が解放された)。人質には、ドイツ国籍を持つ8人のイスラエル人も含まれている。これに対しイスラエル軍はガザに連日砲爆撃を加え、パレスチナ側に多数の死傷者が出ている。イスラエルは、ガザに地上軍を送ってハマスを壊滅させる方針を明らかにしており、中東の緊張が一気に高まっている。ドイツは米国・欧州連合(EU)と歩調を合わせて、イスラエルを支持する姿勢を打ち出した。

7日、テルアビブで記者会見するショルツ首相とイスラエルのネタニヤフ首相7日、テルアビブで記者会見するショルツ首相とイスラエルのネタニヤフ首相

「ホロコースト以来最大の被害」

オーラフ・ショルツ首相は10月17日にイスラエルを訪れ、「われわれはイスラエル側に立つ。イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」という声明を発表した。ショルツ首相は「ハマスのテロリストたちは、イスラエル人の家に押し入り、市民を無差別に殺害し、ガザに連行して人質にした。この野蛮な行為は、われわれを憤激させる。このような所業を正当化するものは、何もない」と、ハマスを厳しく非難した。

イスラエルは1948年の建国以来、多くの戦争を経験してきたが、ハマスの大規模テロを察知できず、同国の「不敗神話」が打ち砕かれた。イスラエルのヘルツォーク大統領は、「ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺)以来、これほど多くのユダヤ人が殺されたのは初めてだ」と衝撃をあらわにした。

ハマスのテロリストたちはガザ地区を囲むフェンスを約20カ所で破ったり、小型エンジン付きのパラシュートでフェンスを越えたりして、イスラエル南部の市町村、共同農場(キブツ)を襲った。

ガザとの境界線から約5キロのクファー・アザというキブツに住んでいたクッツ一家5人は、全員がテロリストに射殺された。父親は、家族を守ろうとするかのように、2人の子どもと妻の上に覆いかぶさって死んでいた。一家は4年前に米国ボストンからイスラエルへ移住したばかりだった。

レイムというキブツの近くでは野外音楽祭が開かれていた。そこにAK47型自動小銃を持ったテロリストたちが襲いかかり、逃げ惑う若者たちを次々に射殺した。イスラエル軍が到着したとき、現場には約260人の射殺体が残されていた。

パレスチナ側に約5000人の死者

一方、イスラエル軍は「地上戦を開始する前に、ハマスの軍事インフラを弱体化させる」という名目でロケット弾の発射機が隠されているトンネルや、幹部の住宅がある建物などを空爆や砲撃で破壊している。だがハマスの施設は、住宅や商業施設、学校、病院などが密集した地域にあるので、市民にも甚大な被害が出ている。10月24日現在で、パレスチナ側には子どもを含む約5000人の死者、約1万5000人の重軽傷者が出た。

イスラエルは地上戦を前に、ガザ市の住民に対し、南部への避難を勧告。約100万人が住居を離れて、国内避難民となった。イスラエルはガザ市の電力と水の供給を止めたほか、食料、衣料品、燃料の搬入も禁止。国連の仲介で、イスラエルはエジプト側の検問所からの水や食料の搬入を許可したものの、約220万人のガザ市民にとっては、焼け石に水にすぎない。ドイツ、フランス、英国など欧州諸国、ヨルダンなどアラブ諸国では、多数の市民がイスラエルのガザ爆撃を非難し、パレスチナ支持を表明するデモを行った。

ナチスのユダヤ人虐殺が負い目

これに対し、ドイツはイスラエル支持の姿勢を崩さない。10月22日にはフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領が、ベルリンで演説し、「イスラエルには自衛する権利がある。ハマスのテロはユダヤ人だけではなく、間接的にガザに住むパレスチナ人も苦しませている。世界中がこの犯罪を見ている。ハマスは野蛮な行為をやめ、人質を即刻解放するべきだ」と訴えた。さらに同大統領は、ベルリンでシナゴーグがある建物に向けて火炎瓶が投げられた事件に触れて、「わが国でユダヤ人たちが不安を抱いているのは、耐えがたい。ユダヤ人に対する攻撃、中傷はドイツの恥だ」と述べ、この国での反ユダヤ主義的傾向を強い言葉で糾弾した。

ドイツがイスラエルを支持する背景には、ナチスが約600万人のユダヤ人を殺害したことに対する負い目がある。アンゲラ・メルケル前首相は2017年の国連総会、2018年のイスラエル議会での演説で、「ナチスの犯罪に関する歴史的責任に基づき、イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」と断定した。ショルツ首相も今回同じ言葉を使った。ただし、ショルツ首相やアンナレーナ・ベアボック外務大臣は、「イスラエルは自国の安全を守る際には、(敵側の市民への被害を最小限にするなどの)人道に関する国際法も守らなくてはならない」と述べている。

今回の戦争では、ガザ市の病院が被害にあったり、国連職員やジャーナリストも次々に犠牲になったりしている。イスラエル軍がガザ市に侵攻した場合、さらに死傷者数が増えることは確実だ。

ドイツからイスラエルへは飛行機で5時間。目と鼻の先である。ウクライナ戦争と中東紛争のダブルパンチは、欧州の政治・経済に大きな影を落とすだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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