ロボットが指揮者を務める時代になった
元は車の部品として開発された機械を改良して作られたというこのロボット指揮者は、人間と同じような関節のついた腕を持っている。しかし所詮ロボットなので、表情もなければ燕尾服も着ていない。人間の指揮者が見せる、時に繊細、時にダイナミックな動きを見慣れているクラシック音楽ファンにとってはなんとも味気ない気もするが、このプロジェクトに関わっているフランス人ヴァイオリン奏者パスカルさんにとっては、「クラシック音楽を民主化する」ための企画とのこと。
彼の説明によれば、少人数の楽団にとって生身の指揮者、ましてや著名な指揮者と共演するのはそう簡単なことではない。そこでロボット指揮者に活躍してもらって、1回当たりのコンサートの経費を抑えつつ演奏の機会を増やす、というのがこのプロジェクトの目的なのだという。パスカルさんにとっては注目を集めて自分の仕事を増やす狙いもあるわけだが、それを「民主化」の手段と訴えるところなど、いかにもフランス人らしい理屈だ。
しかし指揮者の仕事とは、コンサートで指揮棒を振るだけではない。むしろ晴れ舞台にたどり着く前に、楽譜を読み込み、その音楽的解釈を楽団員に伝え、コンサートの骨格を徐々に作り上げることがより重要な役割であるとも言えるだろう。練習を通して演奏者と交流するからこそ、コンサート終了時に彼らはお互いを拍手で称え合い、観客はその姿に感動するのだ。
ならばロボットではなく、才能ある若き指揮者たちにチャンスをあげる方が民主化に繋がるのでは、と思ってしまうのは、ちょっと意地悪だろうか。
「Le Monde」紙
"Les robots mèneront-ils les musiciens à la baguette?"