ビオ(Bio)ブーム
ビオ製品の人気が大幅に伸びている。一昔前なら、ビオと言えば自然食品専門店やエコショップ、あるいはスーパーマーケットの片隅に控えめに置かれた、どちらかと言えば地味な商品だったが、狂牛病や環境意識の高まりを背景に、昨今売り上げを着実に伸ばしている。アルディ(Aldi)やリードル(Lidl)などの大手格安スーパーやドラッグストアでもビオ製品を販売するようになり、「体にいいのは分かっているけれど、ビオは価格が高い」とそれまで敬遠していた消費者心理も一転、ブームにますます火がついている。
このトレンドをさらに拡大させるため、これら格安スーパーにビオ製品を卸す中間業者の間では、より安価な農産物を求めて、供給先を国外に求める動きが活発になっている。ドイツの伝統的な有機農法の理念はどうなってしまうのか。ビオ製品のグローバル化に伴う問題をクローズアップしてみた。
ドイツの現状
今ではもうすっかりお馴染みになった、緑の六角形のビオマーク(Bio-Siegel)がスタートしたのは2001年10月。当時のキューナスト農業相によるイニシアチブの下、有機農業の生産、流通、販売、そして品質管理を包括するシステムが出来上がった。緑の党出身の同相らしく農業政策に「環境対策」を掲げたものだ。その10カ月前には、ドイツで狂牛病(BSE)の感染が確認されており、食品に対する不安が急激に高まった中でのビオマークのデビューとなった。
同年の国内におけるビオ製品の売り上げは、前年比29%増。2007年には売り上げが2001年から倍増した。この伸びは今後もさらに同じペースで伸び続けるだろうと試算されている。(図1)
伸び悩むビオ農家数
一方ドイツでは、こういったビオブームにもかかわらず、ビオ農家の数は増えていない。今年初めに行われたドイツ農業連盟(DBV)のアンケート調査によると、慣行農業者のうち「ビオ農法への転向に興味がある」と答えたのはわずか4.3%、「現在、ビオ農法に転向中」と答えたのも0.3%に過ぎなかった。
そもそも、ドイツのビオ農家数の割合は全農家数の4.4%、農地面積は4.9%と少ない。欧州連合(EU)加盟国でみると、ビオ農地面積の割合が高いベスト3はオーストリア(14.1%)、スイス(11.0%)、チェコ(7.2%)となっており、ドイツは10位だ。
しかし、EU域内でビオ製品の売り上げが最大なのはドイツで、昨年は45億ユーロに上った。これほど巨大な市場がありながら、ドイツではなぜビオ農家の数が増えないのだろうか。
EU拡大による補助金のカット
EUは2004年5月、加盟国数が15カ国から25カ国に拡大し、域内に占める農業従事者数がそれまでの約1.7倍に増えた。そんな中、EU共通農業政策により決定した2007年から2013年までの財政予算では、ドイツに割り当てられる農業補助金はそれまでの92億ユーロから58億ユーロへと、域内諸国で最も減額されることになった。ちなみに、最も多くの補助金を受けることになったのはスロベニアとリトアニアだ。
ドイツ有機農業栽培連盟のビオラントで酪農を営むブルンクさんは、「1年半前の政権交代で補助金が削減されてしまった。このままだと、東欧諸国から安価な牛が流入して国内の酪農価格が下落し、ビオ酪農そのものがなくなってしまうだろう」と将来を悲観している。
格安スーパーでの価格破壊
さらに格安スーパーなどでのビオ製品の安売りもビオ農家を苦しめている.例えばビオ牛乳。人気商品だが、2005年からの値上げ幅はわずか4%にすぎない。それは、ビオ農家と格安店間の年間契約が、物価の変動にフレキシブルに対応できないようになっているためだ。またビオ牛乳の価格は、慣行酪農牛乳の価格を基準にし、それから余りかけ離れないように設定されている。
一方DBVはこのほど、小売り大手レーヴェ傘下の「ペニー」と、同じくエデカ傘下の「ネット」に、抗議の書簡を送ったことを明らかにした。1リットル入りビオ牛乳を0.39ユーロで販売したことに対して、「価格の破壊行為だ。このようなことが今後もなし崩しに起こっ たら、ビオ牛乳のクオリティーが保てない」と表明した。「Geiz hat Grenzen! ( ケチるのにも限度がある!)」というポスターまで作り、怒りを露にしたのだ。
またビオの豚肉は昨年5%値上がりしたが、その後に家畜飼料が44%も値上がりしてしまい、結局、養豚農家の儲けは前年よりも少なくなってしまった。この場合も、格安スーパーなどは、慣行農法の豚肉との値段の差が一定の枠を越えないよう要請していた。
格安店では客は「通常の商品とビオ商品の値段の開き」にとても敏感に反応する。だからビオ農家はこの要請を受け入れざるを得ないのが実情だ。また格安店は従来の流通手段を用い、大量に仕入れることでビオ製品の価格抑制に成功しているが、ビオ農家にとっては決しておいしい話ではない。
用語解説 |
有機農法と慣行農法(有機農法=英語:organic、独語:ökologisch) 水質、土壌、大気を守り自然の力で肥沃度を保つ。成長促進剤、化学肥料、農薬、遺伝子組み替え技術、放射線照射を用いない。一方、慣行農法は、収穫の効率化、労力の軽減化のために、前述の薬品・技術を用いる。 |
ビオ農産物が足りない
ビオブームの裏側で現在、世界的に新たな問題が起こっている。ビオ農産物の生産が追いついていないのだ。ドイツでは1年ほど前から、ビオ供給量が需要を下回っている。特に牛乳、肉、穀物の不足が顕著だ。また食物だけでなく、ビオ酪農のために必要となるビオ飼料も不足している。ドイツ国内の生産者価格はそれに伴い約10%上昇している。ビオブームは近隣のフランスや英国でも起きているが、各国とも同様の問題が浮上しているのだ。
そんな西欧諸国の現状に目を付け、このたび米国最大のビオ企業WholeFoodsが欧州市場への参入を発表した。しかし、ビオ先進国である英国がこれに難色を示した。英国では、企業がビオ農家に補償金を出して国内供給を安定させる方策や、旧植民地だったカリブ海に浮かぶグレナダ島を島ごとビオ農法に切り替え、供給源とするという計画も出ている。トロピカルフルー ツの需要が高い同国にとっては現実性のある計画だ。
外国産のビオ製品
EU域外から輸入される農産物は、欧州有機農業規則(EG-Öko-Verordnung)により各検査機関でチェックを受ける。そして基準を満たしたものだけがビオマークを付けることを許可される。ドイツでは、格安店で売られるビオ製品のうち、旬のもの以外はほとんどが外国から来たものだ。これらはEU域内の販売を前提に作られているので、欧州有機農業規則の最低限の基準はクリアしている。
しかし、ここでは環境に負荷を与えるフードマイレージに関する規定はない。環境に良いのが有機農業ならば、1000キロの距離をトラックで運んできたビオのバナナは有機農法の理念に沿うと言えるのだろうか。
人にも環境にも理想的なビオ農業は、グローバル化の中で生産国と消費国に明確に分かれていく。そして「安ければ安いほどいい」という考え方の前では、ビオ農法は慣行農法にあっけなく打ちのめされてしまう。 ビオブームの先には何が待ちうけているのだろう。
用語解説 |
フードマイレージ 輸入食糧の総重量と輸送距離を掛け合わせたもの。食料の生産地から食卓までの距離が長いほど、輸送にかかる燃料や二酸化炭素の排出量が多くなるため、フードマイレージの高い国ほど、食料の消費が環境に対して大きな負荷を与えていることになる。 (農林水産省「消費者の部屋」を要約) |
● 参考文献
Bio-Siegel Report 01/2006, Bio-Siegel Report 01/2007
http://www.bio-siegel.de
EG-Öko-VO http://www.bmelv.de
Ökologischer Landbau in Deutschland/ Bundesministerium für Ernährung, Landwirtschaft und Verbraucherschutz
http://www.bmelv.de
EU共通農業政策/ 駐日欧州委員会代表部 http://jpn.cec.eu.int
BIO-MARKT-KOMPAKT KENN ZAHLEN MARKT für Bio-Lebensmittel http://www.oekolandbau.de
Bayerische Landesanstalt für Landwirtschaft / AGRARMÄRKTE JAHRESHEFT 2006
1. Die 10 europäschen Länder mit dem höchsten Anteil an ökologisch bewirtschaften Fläche
2. Marktvolumen Ökologischer Lebensmittel in ausgewöhlten europäschen Ländern
http://www.lfl.bayern.de
● インタビュー
Bioland Brungs
Beate und Reiner Brungs
Venner Straße 382 41068 Mönchengladbach
子育てをしながら、現在、ニーダーライン単科大学の食品栄養化学科にて学ぶ。ドイツニュースダイジェストでは連載「安全に食べよう」を執筆