ジャパンダイジェスト

Nr. 11 アブナイ、アブナイ

(誤解されることなく職場の若い女性を誉めるコツ)

アブナイ、アブナイ先日、東京に転勤することが決まったばかりのドイツ企業に勤務するドイツ人に、次のようなことを聞かれました。米国支店に転勤した同僚は、就任早々何気なく秘書の女性に向かって「今日のあなたはすてきな格好をしていますね」とお世辞を言ったつもりが、「セクハラ」で訴えられてしまった。日本でも職場で女性を下手に誉めると裁判沙汰になるだろうか。本当に異国の職場での異性との付き合い方は難しい。フランスやイタリアなど、国によっては相手が女性大臣だろうと「今日のあなたは美しい」と言わない方が野暮で失礼とされるのに…。

確かに文化によって「嫌がらせ」や「差別」と感じる事柄がまったく違うことがあります。女性が顔や腕をあらわにしただけで、男性を挑発している、という解釈が成り立つ社会もあれば、上半身一糸まとわず公園で寝そべっていても誰も気にしない国。感じ方は千差万別で、何の悪意もない人が良俗に反する行為をしていると思われてしまうのですから、なかなか微妙な問題です。

ビジネス通訳をしていると、日本とドイツの間でもそんなカルチャーギャップの板ばさみになってしまうことがあります。たとえば、ドイツ企業を訪問した日本人ビジネスマンが、若くて熱心で、気持ちのいい対応をしてくれる女性社員に感動し、ビジネスパートナーに社交辞令のつもりで何気なくお世辞を言おうとしたようなとき。「いいですねえ、あの女性。若くてなかなか熱心で、おまけに美人で」と言いたいと思ったとします。でもその何気ない一言が、言葉の選び方や強調の仕方を誤るだけで、大きな誤解を生んでしまいかねません。

日本人の陥りやすい落とし穴は、組織における「若さ」の定義付けを誤まってしまうという点です。日本的な感覚では、若くて初々しい人が一生懸命に働いていることはいいことで、年長者が誉めてあげるのも自然なことと考えますが、これが実はドイツではそのままでは通用しない常識なのです。

詳しく見てみましょう。年長者が「親のような目」で若手の努力を応援することは良いことだ、という常識が成り立つのは、社内で時間をかけて人材を育てていくようなカルチャーがあるからです。そんな文化があるからこそ、「若い人」の「意欲的な姿勢」は「今後の可能性」イコール「会社の将来の可能性」として十分に外からも客観的に評価できる事実、ということができます。

ところがドイツ企業の雇用関係は、特定のスキルや資格を基盤としたものです。雇われているのは、一応表向きは年齢とは関係なく、何かのスキルを身につけ、「すでに完成されたスペシャリスト」として自分を売り込んだ人たちです。周りの人に対して「ご鞭撻のほどよろしくお願いします」といって入社したのではなく、「この仕事ならできますので任せてください」と言って入ってきた人たちです。第1に評価されるのは触れ込みと中身が一致しているかどうか、という点であり、売り物のスキルの現時点での質であって、「今後の可能性」ではありません。熱心であっても、引き受けた課題が初めから十分にこなせないなら、単に無能ということになっています。社会一般でも、若い人は次の段階のスキルを身につけたら、より良い職場を探して転職したほうが賢明な人生設計と考えられています。

そんな環境では、若くて熱心だから良いと思う、という発言は社交辞令としては通用せず、個人的な好き嫌いを述べたと思われる可能性があります。「なぜあの若い女性にそんなに関心があるのだろう」と変に勘ぐられてしまうことも考えられます。

あるいは、会談などで若い女性と中年以上の女性が同時に出席している場合も、「若さ」だけを取り立てて誉めてしまうと、誤解を招きやすいでしょう。「男性として、能力よりもセクシーに見える若い女性に注目した」と解釈される恐れがあり、女性のビジネスパートナーをどこまで本気にしているのだろうかと疑われてしまいかねないのです。日本人ならば年配の女性に空々しいお世辞を言うことにはむしろ違和感があると思いますが、レディーファーストのような習慣のある文化圏では、「女性を大事にする」ことは紳士の常識。何の下心もなく社交辞令としてその場の女性をおだてるのなら、若い女性に限らず、その場の女性全員を誉める方が上品、とされているのです。

誤解を避けたいと思うなら、社交辞令に頼らず、できるだけ素直に、そして具体的に誉めるのが一番無難でしょう。「複雑な事柄を手際よく、まるでベテランのように落ち着き払って片付けてくれた」とか「平均年齢を明らかに下回っているのに重大な責任を任されていて優秀だ」と言えば、その人の若さに感動したと言ってもまったく違和感はありません。

もうひとつ。誤用するととんだことになる単語があります。辞書では「乙女」と訳されることもある「ユングフラウ(Jungfrau)」。スイスアルプスのユングフラウヨッホも「乙女岳」などと翻訳されているので、これは若い女性、つまりヤングレディーと同じような意味合いだろう、と思って口にされる方が時々いらっしゃるのですが、ユングフラウは現在ではとても具体的に「処女」という意味で使われています。一般的に未婚女性イコールユングフラウだったその昔は、「若い女性」という意味もありましたが、現代では若い女性を指してユングフラウ、と言ってしまうと周囲が困惑しますのでご用心。ヤングレディーにあたるドイツ語は「ユンゲ・ダーメ(Junge Dame)」です。 くれぐれもお間違えのないように!

  ひとこと
仕事ぶりを評価する場合、よく使われる表現

“eine tüchtige Mitarbeiterin”
よく仕事をする同僚
“eine gute Kraft” 優秀な人材
“umsichtig” 気がきく
“eine gestandene Frau” 多くの試練をこなしてきたベテラン
“ein gestandener Mann”
 
 
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古川まり 東京生まれ。1979年よりドイツ在住、翻訳者、ライター。主な訳書に、アネッテ・カーン著「赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣」など。ドイツ公営ラジオ放送局SWRにてエッセイを発表
http://furukawa-translations.de
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